つき指の読書日記 by 大月清司
悼む人
青春文学といわれるものがある。明治期からだと、尾崎紅葉『金色夜叉』、徳富蘆花『不如帰』から、その後の武者小路実篤、太宰治がすぐに思い浮かぶ。
いまなら村上春樹、片山恭一、そして天童荒太もその流れに加えられるのではないか。
若い年齢層から幅広い読者を得やすく、多くはテレビドラマ化、映画化になり、大ベストセラーになる。純粋といえば純粋だが、どことはなしに青臭い感じがあって、文芸評論家や他の作家からは敬遠されがちで、ほとんどが大きな文学賞の対象になることはない。
人生の微妙な陰影、暗部を含まないし、主人公の生きざまに血のかよったリアリティが乏しく、女子供の小説と、陰で眉をひそめるということになる。
直木賞は大人の襞を描くので、そのような傾向はことに嫌う。ところが今回の受賞作に、従来も社会性のからませてはいても、普通であれば候補作にエントリーされること自体、いままでの天童荒太ならば想像できなかった。ところが、有無をいわさず、一生涯ついてまわる直木賞を射止めた。
もともと寡作である。内部で十二分に発酵するまでは筆を執らない。俗に練りに練るタイプで、準備から書き上げるまでに12年の歳月を要した。名が上がったこと自体、受賞作の最短位置にいることは想像できた。
その小説、天童荒太『悼む人』(文藝春秋)は、一気に吸い寄せられて丸二日かかって読み終えた。過去に『永遠の仔』、『家族狩り』、『包帯クラブ』を読んでいた。人間というものの生きる根源を追い詰めるように迫っていくのが作風で、受賞作も更にみがきがかかり、ひとつの大きな世界を、遠巻きに、用意周到に、甘ったるさを極力抑制し、描ききっている。かえって直木賞らしくないところに、鋭い新鮮さを感じさせる。重量級の小説であることは確かで、いまの薄っぺらいケータイ小説を蹴散らしているようで、じつに小気味がよかった。疲れさせられたが、この吸引力に魅了されたことは確かである。
↓釧路の海産物 釧路丸水
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