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つき指の読書日記 by 大月清司

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つき指の読書日記 by 大月清司

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本の福沢諭吉論
[ 読書 ]    


座右の諭吉

 日本は古代から、外国を範として書で学ぶという伝統が一方であった。江戸期までは漢籍で、学問はその訓詁学であったともいえる。直接、大陸中国へ積極的に学びに行く、それは遣唐使でほぼ終えた。その支那での経験をとおして、実態と漢籍との異常な乖離を漢文で報告した書は残っている。
 その一方で古代から連綿とつながる、日本精神の研究も時には宗教、神道で、時には国学で残った。消えることがけしてない。
 幕末期にいち早く漢籍から蘭書、英書へ外から学び取ることに躊躇しなかった。世界で通用する範を変えただけであったともいえる。今日に残る学術翻訳語を日本だけでつくり、次々に積み重ねていった。
 その大変動の時流があったからこそ、草奔の士が一気に歴史の表舞台に躍り出て、既存の学問を蹴散らした。洋学が主流になり、学識、思想を西欧に求め、留学もし、いち早く日本語にも翻訳する、そういう知的な土壌になった。西欧信仰に覆い尽くされた。
 どう実用化するか、江戸期は近世でなく、近代だったからこそ、難なくこなし、濃密に吸収もし、経済も資本の蓄積(内部留保)から再投資へのサイクルを当然とした。それが近代化できるかどうかの国家としての大きな分岐のひとつである。封建制だけが信義と契約社会の基礎になり得た。近代法、法社会がそれゆえ成立できた。藩の伝統が、清廉で低待遇の地方の役人を生み、国家官僚も藩閥の高官以外は同じで、一等国になるために堪え忍んだ。だから彼らだけが恩給制度を受けても誰も問題視すらしなかった。
 そのひとりが福沢諭吉で、知識だけでなく実学を重要視し、学問塾を大学へという高等教育、学制制度もつくり得た。その業績を高く評価した、もっかの売れっ子学者、齋藤孝『座右の諭吉 才能より決断』(光文社新書 2004年刊)を読んでみた。問題のポイントが整理よく組み立てられ、論旨がわかりやすく書かれている。古典のもつ教養の骨格としての意味、カルチャーセンターなどで手軽に知識を求める弊、私淑する師の大切さも率直に語る。知識だけでなく、時流にのった決断の意味合いがいかに重いかも述べる。見事な新書であり、見事なゆえに物足りない新書にもなり得る。読者を時には突き放し、書を選ぶ力がどこから生まれるか、肝心(かんじん)なそこが抜けている。安易な道はないのである。そう思いながら読了した。

 ↓釧路の海産物 釧路丸水









Last updated  2009/02/10 05:52:57 AM
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Re:本の福沢諭吉論(02/09)   広小路狸さん


Re[1]:本の福沢諭吉論(02/09)   つき指さん


Re:本の福沢諭吉論   tesaさん


Re[1]:本の福沢諭吉論(02/09)   つき指さん


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