美作（みまさか）

　今日、小学校５年生の会話式鑑賞法の見学に美術館へ行きました。
　今は「元永定正展」を開催しています。この元永定正さんの作品は気持ちをわくわくさせます。とてもすばらしい展覧会です。
　その展覧会に併設している常設展の会場に、東郷青児の「望郷」がありました。
　あらためて、見ました。大きい作品です。
　１９２８（昭和３）年、長いフランス生活を終えて帰国した東郷青児は、疎外感に襲われます。
　東京は、異国のように馴染めず、絵も売れない暮らしが続きました。
　そんな時、１９歳の西崎盈（みつ）子 との心中未遂事件をおこしています。１９２９（昭和４）年３月のことです。心中事件の年に描いた作品は「超現実派の散歩」。この作品も飾られていました。こちらは思っていたより小さかったです。
　そして、離婚やアトリエの建設などで借金を抱えた東郷青児は、買い手のつきやすい小さな作品も多く手がけるようになります。誰もが美しいと思える絵を描きたいと思い始めるのです。
　それは独特の美人画でした。
　美の巨人のことばを借りると、次のようになります。
　＜「僕は座り心地の悪い理論の椅子を古道具屋に売り払ってしまった」そして、一歩一歩確かめるように自分のスタイルを作り上げていきました。色数を減らし無駄なものを削ぎ落とし単純な線と理想のマチエールを求めて。＞
　また、この心中事件は、東郷青児と作家宇野千代とを結びつけることになります。
　宇野千代は、執筆中の小説の中で若い男女がガス自殺をする場面を描くために、まだ白い繃帯を首にまいていた東郷青児に取材のため訪問したのですが、２人はその晩から一緒に暮らしはじめたとのことです。
　東郷青児は暇さえあればアトリエにこもっていたと、そして宇野千代は、絵が何枚か出来上がると両手にぶらさげ、買ってくれそうな人々の間を売り歩いたという話が中公文庫出版の彼女の自叙伝「生きて行く私」の中に出てきます。
　しかし、宇野千代との同棲は４年ばかりしか、続きません。
　東郷青児は、心中事件を起こした、西崎盈（みつ）子と結婚します。
　その一方で東郷青児は、フランス政府よりオフィシェ・ドルドル・デ・ザール・エ・レットル（文芸勲章）とか日本芸術院会員とか数多くの名誉を手に入れました。
　晩年は、サハラ砂漠に惹かれて、何度も出かけています。
　「もう１０年若かったら砂漠に消えてしまいたい」それが、晩年の口癖でした。
　
　ところで東郷青児と現在の損保ジャパンの縁は、戦前、まだ東京火災といった頃に始まります。
　東京火災から安田火災に変わりますが、東郷青児の１９３４（昭和９）年の二科展出品から、カレンダーは東郷青児の作品が使われます。
　ヨーロッパから帰朝して、絵では食べていけない当時の東郷青児の作品を、パンフレットやカレンダーに積極的に取り上げ、バックアップし続けたのが安田火災の歴代社長でした。
　戦後、復興二科会のリーダーとなって活躍し、功なり名遂げた画家から、所蔵の全作品を無償で提供したいとの申し出を受けて、新宿西口の高層本杜ビル建設を機に東郷青児美術館（現在の損保ジャパン東郷青児美術館）が開館したのは１９７６（昭和５１）年のことです。
　その２年後、東郷青児は８０歳で亡くなりました。