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たぬきぶたの日記2

たぬきぶたの日記2

都城~青井岳~清武


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都城~青井岳~清武



<2008年2月2日の日記後半>

<1972年(昭和47年)8月1日>

都城から青井岳までは、例のごとく、ヒッチハイクです。

ところが、このときは上手くいかなかった。

焦る気持ちとは裏腹に、うまく捕まらない。そうですよね。

田舎から都市部へは通る車はほぼ目的地が似ています。そちらの方面ですから。

ところが、都市部から、田舎を目指すのは至難の業。

行く先を書いたスケッチブックを用意していればいいのだが、そんなかさ張ることはしたくなかった。





青井岳鉄橋です。この鉄橋のすぐ左が駅になっています。

宮崎と都城を結ぶこの山岳路線では青井岳駅の南が峠のピークです。

この鉄橋は以前に来たときも写しているのだが、なぜか来てしまった。

この角度の写真しか撮れないのですぐに離れた。というより、この列車の後に

C5557が左から右へ宮崎方面へ行った。これを追いかけた。



やっと追いつきました。C5557号機です。

このときはヒッチハイクがうまくいかずに、追いつくのに時間がかかりました。

いらいらしながらでした。かろうじて清武の鉄橋です。

この清武はジャイアンツのキャンプ地で有名かな。

このあたりまでが宮崎平野です。

意気込んだ割にはなんてことはなかった。次の列車もここで写した。



その頃はなぜか、鉄橋にこだわっていた。もっと別の角度から写せばいいのだが、

つい本数を稼ごうと安易な構図にはまってしまう。

これはC57の何号機だろう。門デフの先が少し欠けているような形です。

そこで、もっと南西の沓掛辺りに行くことにした。沓掛という駅名は当時は

3つあったそうです。この日向沓掛と信州長野の信濃沓掛です。信濃沓掛は現在

西軽井沢に名前を変えました。やはり軽井沢という名前がいいようです。

あと1つは忘れてしまった。ごめん。

いよいよ、気合いの入った写真です。



南国九州にはこのパシフィック型のC55やC57がよく似合う。きれいです。

機関区の皆さん方もよく磨いているのでしょう。

どこのSLよりも車体がきれいで光っていた。



南国らしさを出してみました。C57117号機です。門デフのサイドビューがきれいです。

後追いの写真もあるのですが、似たようなものがあるので、次にゆずります。

次はもっとほれぼれする美しさです。(自分だけ?)








美しい。ああ、ほれぼれする。

サイドビューがこんなにきれいなSLは他にないでしょう。

貴婦人と呼ばれたC57と同じスタイル、形のようですが、C55のスポーク動輪

が全体のバランスをよくしている。

たった2両のC5557とC5552号機のために追いかけているようなものです。

続きの写真です。




言葉がでない美しさ。




夕日をあびて車体が輝いています。





南九州の中でも山岳路線は少しはあるが、2つの山越えはC55とC57にはつらい。

高速運転用のC55やC57は急行列車や都市部での客車列車などを牽引していた。

無煙化の波に押され、苦手な勾配路線を最後の活躍の場として余生を送っていました。

山登りに向かうSLを見てたら、涙が出てきた。




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