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浮舟日記 [全17件]
最近つくづく思う。 人生なんて「成り行き」だと。 昔はとても計画的な人間だったから どんなことでも事前に計画やら予想だの立てて、 なるべくその通りに実行することを良しとしていた。 実際確かにそうやって履行出来ていたんだよね。 100%とは言わないまでも キモチ的には90%ぐらい。 でも いつしか自分の未来予想図は狂いを生じ始めて 当初思っていたほどは上手く履行できなくなってきた。 その狂いを感じ始めた頃から 自分自身にも自信が持てなくなったりもして その内に未来図を描くことさえ諦めてしまった。 そうして暗中模索を繰り広げるうち ふと気がつくと それでも物事が進んでいることだけは感じ始めた。 それは以前自分が歩んでいた 計画の実行なんかじゃなくなくって ただの成り行き。 事前に あぁしよう こぅしよう そんな風に考えたり描いていたりしてたんじゃなく ただの行き当たりばったり。 ホントはそれが良いのか悪いか そんなことさえ解らない。 ただ 成り行きで物事が進んで行き 結果的には何とか上手く回っている。 だから結果オーライで良しとせざるを得ない。 だけども最近思った。 実は人生なんて元々そんなものかもしれないって。 翻って考えてみれば 自分自身が今生きていることだって成り行き。 別に一生懸命生き延びようと思って生き抜いた訳じゃない。 たまたま死ななかったから生きているだけのことかもしれない。 だから 生きていることさえ成り行きなのかもしれない。 ましてや 人生が何処でどうなろうかなんて それ自体成り行き以外の何者でもない。 もちろん その過程では上手く行ったり行かなかったり 色々あるけど その全ては多かれ少なかれ成り行き。 深く考えるほどのものでもないのかもしれない。 深く考えても 詰まらないストレスを生むだけ。 人生は成り行き。 もちろん計画通りに人生歩めた人は素晴らしいと思う。 だけど 上手く行くも行かないも それさえも所詮成り行き。 指値で行った人生が 必ずしも幸せとも限らないし。 何処で誰に出逢うのかも成り行き。 「運を天に任せる」というと少し他力本願っぽくも聞こえるけど まぁ 人生ってそんなものなのかもしんないなぁ..って。 願わくば 成り行きの人生の過程で 楽しい出来事が少しでもあるとイイよね。
5月5日は子供の日。 日本全国子供の日。 子供心に 3月3日は「女の子の日」なのに 5月5日は何故「子供の日」?と思ったものだけど 大人になった今では 男だろうが女だろうが 何故「大人の日」はないの?と素朴に感じたりして。 子供には将来があってイイけど 大人には未来も見えない中こんなに頑張っているのにね。 その分大人には「勤労感謝の日」がじゃない? アレは「大正天皇誕生日」を無理矢理残しただけじゃん。 ちなみに「明治天皇誕生日」が「文化の日」よ。 その点「昭和天皇誕生日」が「昭和の日」かぁ。 以前そうだったように「みどりの日」の方がマシよね。 つくづく今時の政治家はセンスないわよね。 それにしても「子供の日」。 昔はもっと子供の日を満喫できてたような? 柏餅に粽 鯉幟に紙兜 武者飾りに菖蒲湯。 何だか行事メジロ押しって気がしたんだけど 最近はそうでもないよね。 動物園等の公共施設がタダなぐらい? それは単に自分達が大人になってしまって 子供のことに興味関心がなくなったから? 多分そうなんだろうけど 時代も何だか余裕がなくって そんな遊び心を持たなくなってしまったような? 風情のある行事が減って デジタルにお金で処理する行事が増えたような気がしちゃう。 子供の頃 それはそれなりに悩み抱えてたり 耐え切れないほどの苦しみ抱いていたり 今となるとそれは思い出せもしない 遠い日のカゲロウでしかないのだけど 「いいんだよ。子供はそれでも。」 そんな言葉で片付けられないほど 純粋に傷付いていたりしたものさ。 だけどいつしか 時間というレールに乗ったボクらは 否応なしに大人という世界に直面させられた。 けれどもあの頃の苦しみや悲しみは 今となっては耐えられえるほどのことだったとしても 心の中に占める苦しみのシェアは あの頃と別段変わっちゃいない。 ただ 大人には自分の命さえ裁量することが認められているけど 子供には何となくそれが許されて無いってだけで その分案外子供の方が行き場のないキモチを抱え込んでいるかもしれない ・・なんてね。 願わくば子供たちに決してそんなことのない 明るい未来を感じさせる世の中であって欲しいよね。 ・・・なんだけど 現実はそんなことはないか。。(苦笑) せめて子供たち 将来のことなんて全く考えなくてイイ。 今日1日を精一杯楽しんで生きてね。 私達大人たちは そんなことさえ夢のような話なのだから。
朝から偏頭痛に悩まされた。 単なる睡眠不足だろうと思い そのまま放置しておいたのだけど 何とも治る気配がない。 少し横になって転寝でもしようかと思っていたのだけど なんやかんやでそんな暇もなく 結局そのまま頭痛持ちのまま半日を過ごした。 こりゃシンドイやと思い 遂に鎮痛剤を服薬してみた。 数十分後。 頭痛はすっかり雲散霧消 むしろ脳が軽くなったかの思いで とても快適になった。 さすが鎮痛剤。 薬だけのことはある。(←何だ?そりゃ?!) 元々普段から薬を服用しない私は (花粉症は投薬必須だけど) たまの薬が良く効くことがある。 以前も海外旅行中 当たり腹に悩まされて正露丸を服用したら その日からしばらく便秘になってしまった。 (普段は緩腹なのだけど...) 高熱に悩まされていて 解熱剤を飲んだら 35度ぐらいまで下がって 低温動物になってしまったこともある。 今回もそうなのかどうか分からないけど 何だか 単に頭痛を鎮痛させただけじゃなくって アドレナリンだか何だか快楽物質まで分泌させたかのよう とてもキモチイイ感覚を漂わせてくれた。 それにしても薬は恐い。 漢方薬ならいざ知らず 化学合成した薬は何処か恐い。 私みたいにやや効き過ぎる人間などは特に こんなの飲んでいて大丈夫なのかな?と少し心配になる。 本来は治るの遅くても 頭痛ぐらいは自然治癒力に任せておくのがイイかな?と思う。 それをこんなに瞬時に治してしまうパワーは それはそれでありがたいのだけど それはそれで何か不安にもなる。 例えば抗生物質。 それらは人体内で分解されることはなく そのまま地球上の何処まで行っても 地球上に残るそうな。 仮に下水場で浄化され 河川に流されても そのまま物質は分解されないまま浮遊し いつしかバクテリアなどに吸収され 魚介類に吸収され また人間の体内に生物濃縮され蓄積されるとか。 そうしていつか人間に戻り 自然からしっぺ返し喰らっちゃうとか。 やっぱ人工的な化合物や生成物ってよくないんだよね。 勿論 自然で分解されるものならイイんだけど そうでないものは 例えば核廃棄物 結局矛盾を右から左に受け流すだけで 将来いつか自分達に跳ね返ってくるのだものね。 勿論その恩恵もあるから一概には言えないかもしれないけど なろうことならば自然に身を委ねるのが一番なのだよね。 栄養のバランス考えて 腹八分目で 充分な睡眠取って 早寝早起き。 そうしていれば基本的には大丈夫。 何の薬やドーピングに頼ることもない。 人間は自然の一部なのだから 自然の摂理に身を委ねれば健康健康。 何も予定の無いこのGWだからこそ せめて日頃出来無い健康管理に心掛けたいものです。
待ちに待った?GWの到来。 といっても今年のGWは飛び石だたから この5/3〜6の4連休がGWでしかない。 今時3連休はザラだから 少し長めの連休ってトコかな? 勢いこんな短い期間は安近短で攻めるよりかない。 ところが生憎お天気もパッとしないから 何処に出掛けるという気もしない。 しょうがないから身の回りの整理に努めるぐらい。 逆に普段の土日は諸事紛れて終わるから 物事切り替えるには丁度良い休暇かもね。 まず 気がつけば季節はすっかり初夏めいてきたから タンスの整理をしなくっちゃイケナイ。 まだまだ冬物がのさばっているモンだから これらを春〜夏物にチェンジ。 ホントは布団も干して 毛布も片付け 寝室をイメチェンしたいのだけど お天気がまだ悪いので こちらは後半戦に持ち越し。 机の下やら ベッドの隅っこなど 埃も溜まっているから 掃除機掛けした後で雑巾掛けも。 誤魔化し続けていたハウスダストにもバイバイ。 遂には部屋の中に飽き足らず 荒れ放題だったべランダにも足を伸ばす。 春蒔きの野菜苗などが芽を出してきたので その間引きやら植え替えやら。 ずっと生えるに任せていた大株達も 思い切って切り詰めて剪定したり 大鉢に引越しさせてみたり。 そんなかんなで一日はあっという間に暮れてしまった。 そういえば 花粉症が恐くて部屋の空気も入れ換えてなかったよねと 部屋のあちこちの窓を思いっきり開放してみる。 部屋の中を心地良い風が吹き抜けていった。 思わず床にゴロンとしてみる。 キモチイイ。 肌がスベスベする。 丁度ベランダを整理した青い香りが鼻に感じる。 草木の香り。 爽やかというには少し土っぽいけど ナチュラルな分だけ許せる気がする。 風薫る5月。 街のあちこちにはツツジが紅に白に咲き乱れている。 いつしか季節に通り越されていたいたような。 イケナイケナイ。 何でもなくボウッと過ごしているようでも 時間に流されていたんだね。 いつも立ち止まる勇気を持たねば。 心にユトリを無くしちゃイケナイよね。 何となく 自然に身を委ねて 人間らしさを取り戻した風薫るGWの一日。
ふと思い出した。 四禮正明。 「身も心もスキャンダラス」って歌を歌っていたっけ。。 殆ど誰も知らないだろうけど。。(笑)
私の知人にとても面倒くさい人がいる。 いつも人との出会いや付き合いを求めて居ながら 自分本位で周囲を振り回すだけ。 「みんな私に絡んで!」と叫ぶ一方で 自分からは外に出ようとしない。 何よりもそんなにマメではない。 折角集まった人々も直ぐに見透かし 日に日にそばを離れて行くと 「世間は冷たいもの」と嘆く罵る。 まったくもう〜。 地球はアナタ中心で回ってんじゃないよ! そう言ってやりたくもなるけど おあいにくさま。 そんな御仁は生来のB型。 人の話には耳を傾ける筋合いもない。 つくづく 腹立たしさを通り越して ホント 面倒くさくなる。 も〜好き勝手やってちょ!って。 マッチポンプとはアナタのことよ。 いっそこんな人は 人間付き合いうまく行く訳ないんだから むしろ引き篭もりでもしてなさい! そう心から言ってやりたいのだけど そこはそれ 生来のB型。 自覚症状は無いもんだから 常に悪いのは周囲の方だと結論づけ 真に心良き人との出会いを求め また新しい旅に出る。 出会った人々は不幸だね。 こんな適当な人間の出来心と勝手気ままに 散々振り回されては イヤな時間だけを共有して離れ去る。 いっそ出会わなければ幸せだったのに.... それは全ての人が最後に感じる言葉。 今日は今日とて 頭に来て携帯も解約して 違う番号でまた一からやり直すという。 イイんだけどサァ そんなことしてもまた同じことの繰り返しよ。 そう忠告したいけど どうせ聞かぬ馬の耳に念仏。 まぁ好き勝ってやってくんさい。 つくづく 面倒くさい人。
例えばたった一人の人と出会えるとして 例えばたった一人の人に愛されるとして それはいつだって夢が醒めるまでの幻想でしかない。 長い夢もあれば 短い夢もある。 華やかに彩られた夢もあれば モノトーンな淋しい夢もある。 そのどれもが 目が醒めた時には儚く消えて行ってしまうんだよね。 ギュッと抱き締めたその体温は この世のモノと思えないほどに温かなのだけど 離れたそばから余計に一段と冷えてしまう。 流す涙とどっちが冷たいのかなって思いたくなるほどに。 恋愛は幾つものことを教えてくれて 少し背伸びした大人気分を味あわせてくれたけど 失恋はもっと多くのことを教えてくれて 無邪気な子供の頃の気持ちを懐かしく感じさせてくれたよ。 もう恋なんてしない。 もう恋なんてしない。 そう何度想ったことだろうね。 それでもまた恋をしてしまうのは 心の寂しさを埋めようと恋に恋しているのか それとも 閉ざした心を押し広げようとする暴力的なアナタのせいなのか いずれにしても 私はまた夢を見るハメになるんだろうね。 今度の夢ばかりは 決して醒めることがないようにと祈りつつ 私はまた目を閉じるよ。 |一覧| |
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