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香子2005's Shopping List
香子2005の日記 [全322件]
http://umedayoko.cocolog-nifty.com/blog/ まんねりしてきたし、機能に不満もでてきたので、こちらに引っ越すつもりです。 今後ともよろしくお願いします。 Last updated 2009年2月12日 23時36分49秒
住所はここ10年ほど、メールアドレスは10数年、まったく変わっていないのだけれど、気分転換とニーズに伴ってときどき名刺をつくりかえる。今回のは過去最高にお気に入り。こういう写真を加工したものは、以前はばかみたいに高かったのに、今はずいぶんと安くなった。 上が表で、下が裏。著作なんて昔はプリントしていなかったけれど、永谷脩さんに「あやしいヤツと思われなくていいぞ」とアドバイスされたことがある。 それでも最初の頃は取材の現場に女なんて私ぐらいだったから、すぐに覚えてもらえたし、メジャーリーグにきてからもそう。ともかく90年代前半はライター不足で、ナンバーでもなんでも私がNFLまで書いていた。情報が不足していたせいか、「週刊ベースボール」も「ナンバー」しかなく、どちらも私がほとんど書いていたから、選手もよく読んでくれていて、「ああ、梅田さんか」とすぐに話が通った。 でも、最近はライターの数も増えたし、日本人大リーガーも数も増えた。野球界以外の人と知り合う機会も増えた。あやしい人物という印象をあたえないよう、名刺にも気くばりするようになった。 しかも、私の場合、アメリカ人にもわかってもらえる名刺にしておきたい。日本用とアメリカ用でつくっていたこともあるのだが、取材現場ではそれなりに集中したいから、混乱は避けたい。 社会人になって最初の名刺は角が丸いもの。女性は角が丸いもの、という規則があったのだ。へんなの。 フリーになってすぐは肩書きがわからなくて(笑)、名前と住所と電話番号だけのシンプルなものを作った。何しろ東亜燃料のOL(といっても、3か月しか働いていないから、職歴と名のるほどのものでもない)からいきなりの転身だったから、「フリーライター」なんて名のるのも本もののフリーライターに悪いような気がして・・・。 「スポーツライター」という言葉も今ほど一般的でなかった。 友だちからは「フリーターっていうんでしょ?」とも言われたが、それは違うんじゃない? だから、肩書きなしの名刺が長くつづき、アメリカに拠点を移した1990年、お世話になった編集者がつくったプロダクションとマネージメント契約していたから、そこで名刺をつくってもらった。 高田馬場の駅から徒歩1分。元「サンデー毎日」の編集者たちだったから、そこの下請け仕事が定期的にきた。鳥越俊太郎氏が編集長をやっていた時代。 これが大大大失敗。 「Weed」という会社名は、「雑草のごとく」という意味でつけたはずだが、アメリカ人にとっては「マリファナ」という俗語なのね。 たしか知り合ったばかりの夫も「すごい社名だなぁ」とあきれていたし、ぎょっとする人が多かった。 日本では誰もそんなこと指摘しなかった。学校でちゃんと教えてほしいわぁ。 Last updated 2009年2月12日 0時5分56秒
もうじき野球シーズンがはじまる。 10年以上つづけていた夕刊紙のコラムが終わったし、「月刊メジャーリーグ」も季刊紙になってしまった。 このブログは身内向けの雑感中心にして、それとは別に、コアなスポーツファンのための「メールマガジン」を発行していけたら、とプランしている。 タイトルはシンプルに、”WEEKLY CHICAGO SPORTS (仮題)‘ シカゴ五輪はどうなっちゃうのか、それからカブスとホワイトソックスのネタ、ごくごくローカルなアイスホッケー&フィギュアスケートの話題・・・。 そんなかんやシカゴから新鮮なネタをお届けしていきたいと準備中。 というのも、せっかく長時間インタビューにさいてもらっても、雑誌はページがかぎられてしまっているから、全部を載せることができない。 つい先日もプロデューサー兼ライターのひろのちゃんから、「載せられなかった分はニフティのウェブマガジンのほうに載せますから」と言われ、「オッケー!エージェントのほうにも連絡しておくわ」と返事はしたものの、はたと困った。時間がとれるかどうか。 バブル期に大量の仕事をこなしていたときは、まだ子供2人が小さかったから母に手伝ってもらったり、チャイルドシッターや雑用のアシスタントの週何回か来てもらっていた。 アシスタントの主な雑用は電話をとること。新聞や雑誌を切り抜いて資料用のスクラップを作ること。それから大事なのはインタビューのテープおこし。もちろんインタビューするのは私だがこれを全文、つまり一字一句を文字にしておいてもらうと、いいとこどりして原稿にすればいいから時間の節約になる。それに他にはない貴重な資料となり、あとあとまで何かと原稿に生かせるものなのだ。 でも、今は留守番電話やEメールがあるから、電話番なんて必要なくなった。 本当に便利だ。 「みのり伝説」みたいだが、私がライターになったばかりの頃、ファクスはまだもっていなかった。 新聞社の原稿は記者席からファクス。週刊明星とかの連載は毎週バイトくんが都心からわざわざ国分寺まで約1時間半、せっせと原稿を取りにきてくれたもの。今では考えられないレトロな話だ。 今はシッターもアシスタントも雇っていない。実収入が減っても人件費が減ったから、身入りは私の場合いつの時代も同じ。 これは占い師とか霊感が強い人によく言われるのだが、私の場合は経済的にあまり苦労しない、いつでも必要な分だけ入ってきて、そのまま流れていく。たまらないらしい。(苦笑) 出産で120万円ぐらいかかると、ぽっと一口120万円の仕事が入ってきたりしていた。 だから、最近はテープおこしにしても、(正確にいうとテープじゃなくて、ICレコーダー)一字一句ではなく、自分でざっと聞いて必要なところをピックアップし、そのまま原稿に書いてしまっている。 本当はテープおこししたほうが助かるんだけど。 なんとか時間がつくり、自分でテープおこしするかなぁ。そしたら、長女が「私がやってあげる!」と言ってくれた。 気持ちはうれしいけど、なんといっても生粋のアメリカ人。漢字はぱーである。 「だいじょうぶ。パソコンなら漢字がでるもん。けんちゃんの日本語はわかりやすいし」 試しに頼んでみたら、英文タイプにはなれているから、早い早い。すぐにできちゃった。しかも、けっこうちゃんと日本語になっている。 これから文章を整えて、ムックが発売になった後(ネタは重複しないから、別にいいのかな)アップしてもらおう。 Last updated 2009年2月9日 20時0分4秒
四大陸選手権。デビッドはまたまた呼ばれて、行ってしまった。前は国外の競技会に呼ばれてしまうと、その間はほぼ音信不通だったのに、今はiphoneをもっていますから。 ホワイトソックスとカブスの動向は1年中、どこにいても、ホッケーのマイナーリーグでプロになった息子の試合中だろうと、たえず確認している男なのだ!(笑) それから、アメリカにもmixiみたいなソーシャルネットワークがあって、スケーターとコーチ同士いつもこれで連絡をとりあうような形になっている。ブログではなく、メールやチャットや写真や動画が中心。 ミライ・ナガス選手のコーチでもあるシャレーン・ワンは去年の夏、自宅のパソコンの調子が悪く、ややこしかった時期があったけれど、このソーシャルネットワークなら外からアクセルできたから、便利だったみたい。 そういえば、未来ちゃんはあの頃から足首をいためていて、シャレーンもクチキ先生もそれはそれは心配していた。 がんばりやだから「練習を休め」と言っても休みたがらないのだ。 デビッドの兄のジミーの妻、ジェイミーがカナダ育ちで、シャレーンと幼友だちなのだ。 同じ先生に習っていたそうで、ジェイミーとシャレーンは教え方や話し方がとても似ていて、姉妹みたい。アメリカ人とはやはり違っていて、性格もしゃべり方も謙虚で、かわいらしい感じ。 さて、ジャッジというのは時間がないようであるらしく、ホテルでの一人暮らしが退屈なのか、昨日はデビッドと生徒同士がチャットしていた。国際的だなぁ。 話題はもっぱら生徒の一人、シャレーンが車の仮免許をとったこと。もちろんシャレーン・ワンとは別人。 シャレーンといえば、うちの長女より1歳半上なだけだが、アメリカでは15歳からジュニア免許というのがとれて、高速はだめとか制限つきで一応は運転ができる。 恐ろしい。 小さい頃からよく知っているので、あのシャレーンが・・・という思いが強い。 母親似の美女で、スタイルも抜群なのだが、典型的なアメリカ人なので、練習のときめったによけない。だから、よくぶつかる。 日本みたいに混んでいるリンクじゃないのに、excuse meを連発しながら、よくぶつかる。 一人っ子なので、大切に育てられたらしく、性格はとてもいい。 村主章枝さんが五輪の年にラフマニノフを滑っていたら、普通よけると思うのだが。当時まだティーンエイジャーの手前だったシャレーンの頭にそれはなかったみたい。幸いぶつからなかったけど、はたで見ていてハラハラしてしまった。その時は新横から他にも来ていたので、目を丸くしていたもの。 デビッドにもそれが頭にあったらしく、「シャレーン、きみはExcuse meを連発しながら、あちこちに車をぶつけるんじゃないだろうな?」 と懐疑的だった。シャレーンも負けてはいない。 「私のママは弁護士だし、パパは警察官だから、大丈夫よ」 これは本当の話だが・・・。何が大丈夫なのかしら!? うちは日本式で、18歳までは運転させたくない。それに多少は高くついても、日本のドライバースクールに入れて、しっかり習ってもらおうかと思っている。 アメリカのドライバースクールは個人経営で、基本的な車の動かし方しか教えないから。なのにあんな簡単に免許を取らせてしまうのだから、怖い、怖い。 事故が多いわけだ。 Last updated 2009年2月7日 9時27分10秒
あなたの天職がわかる最強の自己分析 せっかく献本してもらったが、2月はあかん、読む時間が作れないので、先に紹介だけさせてもらうわ。 私が大好きだった治おじさん。父の弟。治おじさんは10歳からそこらで母親に死なれ、同じ頃、たまたま読売巨人軍が山口県まで遠征にきた。そして、川上哲治にサインを頼んだら断られたそうだ。治おじさんはそんなこと忘れていたが、横でそれを見ていた父はずっと恨みに思っていて(笑)、アンチ巨人になった。 そんな父の影響をいちばん受けているのは、他ならぬ私なのだが・・・。 せっかくヤフオクで玉木宏さんの広告をたくさん手に入れたが、やっぱり読売新聞の宣伝だけは壁に飾る気になれなかったもの。 治おじさんは2年前、がんが再発して亡くなった。自分の会社で働いていて気分が悪くなり、自分で車を運転して病院にいったのが金曜。そのまま入院して次の週の水曜には帰らぬ人となったのだ。 この本の著者はその治おじさんの娘、つまり私のいとこが書いた。 中をぱらぱらめくったら、囲みのコラムとか、書き込みできるシートがたくさん載っていて、とても丁寧につくった本だとわかった。めくるだけなら簡単だけれど、作るほうは大変だったはず。 ま、これは編集者の労作だわね。 しかし、私が就職活動するとき、こういう本があったら助かったかも。 考えてみると、私はあまり自己分析ってしない。 1日が24時間あったとして、8時間は睡眠として、あとのほとんどの時間、野球のことを考えている時間が長いんじゃないかな。その次が子供たちのこと。さらに、仕事関係者のこともいろいろ考え、企画を思いついたりしたらメールする。 親のことは正直いって電話をかけたり、かけようと思うときぐらいしか考えていないかも。 夫のことは・・・ご飯の献立を考えるとき、「何を食べたいかな?」とほんの数分ぐらい思い浮かべるけど、あとは正直いってほとんど頭から消えている。地下で仕事していて、「タオルをとって」とか2階から言われたときぐらいか。 でも、自分のことはそれ以上に考えていないと思うな。もちろんゼロではないけれど、せいぜい一日にほんの数分、「やせたいなー」とか、「図書館に行きたいなー」とか考える程度。 「昼に何を食べようかな」と思うことはあっても、それは「昼ごはん」であって、「自分」のことを考えているとは言えないのでは!? ああ、先々こういう仕事はやってみたいから、こういう企画書をつくり、リサーチして、資料を集めておこう、なんて考えることはある。でも、それは「仕事」であって「自分」のこととは言えないと思う。 なんやかんやいっても、22歳に社会に出てから、ずつと好きなことを仕事にして、ときどきはテレビやラジオにも出たりして(それも星野仙一氏や長島茂男氏と。身にあまる光栄でした)。やりたいことは全部好き勝手にやらせてもらってきた。 億を稼いでいたことはないが、車1台(軽ね!)(笑)ぐらいならいつでもキャッシュで買えた。 その一方で、決してハンパではなかった。こと仕事にかんしては、やくざチックなほど、いつだって本気モードだった。世の中や読者が何を今ほしがっているか、ぎらぎらとした思考回路でアンテナをはり、あれやこれや思いをめぐらせる癖がついてしまっている。・・・とまあ、私にしては珍しく自己分析。 商売柄もあるのか、もう20年以上、自分のことは2の次にして、取材対象者のことばかり観察して、分析したり、インタビューしたりしている。 そのうち時間ができたら、この本でじっくり自己分析してみようかな。 Last updated 2009年2月5日 0時43分11秒
![]() ![]() 2月が近づくと、いつも感じるのだが、1日30時間ほしい!2月だけでもいいから。 野球の開幕にそなえて、やっておくべき雑用が山積みになるし、原稿もあるし、税金申告にも時間をとられるし・・・。最近はとくにそう。ジムに行くと3時間ぐらいあっというまに過ぎてしまうので、2月は絶対に2時間未満にしなきゃ。 ブツとして今いちばん私がほしいものはこれ。玉木宏さんの声で励ましてくれる体重計。いいなぁ。お茶漬けを大量に買って応募しますか。 Last updated 2009年1月31日 23時53分37秒 |一覧| |
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