
中山道を少しずつ歩くの15日目は秋晴れの中、芦田宿(立科町役場のすぐそば)から歩き出す。夏を避けて久しぶりのウォーキング。だんだん標高が高くなってきているからであろう。吹く風がとても気持ちいい。広い通りに出てすぐ、笠取峠の松並木がある。枝ぶりのいい松があったりするが、松枯れ対策(?)か、桜の木も多く植えられている。笠松峠までは比較的交通量の多い142号線を歩かなくてはならない。峠を越え、下り坂になり、広重の絵を見てすぐのところから静かで快適な側道を歩く。「原道」と所々に標識がある。それが本来の中山道らしいが夏草に覆われていたので、側道をそのまま道なりに行く。
長久保宿の入口に松尾神社がある。(上の写真;今回の写真は携帯の横長になる。)長久保宿は竪(たて)町がちょうど道路工事中だったが、資料館となっている一福処濱屋には入れてもらうことが出来た。

貴重な資料を無料で見せていただけるだけでなく、休むための椅子やお茶まで用意していただいている。心暖まる思いをして出発。石合本陣や釜鳴屋(竹内家)竪町から左に直角に曲がって横町に入り長久保宿を抜ける。ちょうど稲穂が黄色く色づいて重そうである。「どことなく稲の香りがしてくるね」と家内。和田宿までの道は左右の山のその中央を国道が走っているのだが、それを避けるように山際を左側から回ったり、大和橋の手前の少しの部分だけ国道を歩く。国道142号線と152号線の分岐するそこはややこしく、一旦左の152号を進むが、最初の道を右折。橋を2つ渡って、国道142号に出てその道に沿った右側の道を進む。日よけのあるバス停で途中休憩をとり出発。やがて右側の山際の小道を進むと和田宿は近い。

下の写真、ちょっと見えにくいかもしれませんが、和田宿の入口の碑。左側の道を行きます。

和田宿の本陣の目の前にある古民家で出しているお蕎麦がとても美味しかったので特筆しておきたい。
和田宿から和田峠を越えて下諏訪へ向かう道は距離だけでなく大変険しい「難所」と聞いているので、どう攻略するかを慎重に検討している。
中山道を少しずつ歩くの14日目は、小海線、岩村田駅を出発。塩名田、八幡、望月宿、そして間の宿、茂田井宿を経て、芦田宿まで歩いた。【実施日:2008.6.7】
岩村田駅を出て先ず訪れたのは駅に近い西念寺。浄土宗のお寺だった。お坊さんが座っている石像が印象的だった。すぐに中山道に戻って本格的に歩き出す。

あまり標識がなくこの道でいいのだろうか、と思っていたころに「相生の松」と標識が。ホッとする。松は3代目だとか。

重要文化財の文字に反応して駒形神社に立ち寄る。もとは国宝だったのだとか。

この日、最初の宿場町、塩名田に入ってすぐ、八百屋さんに「ほんの小さなプレゼント」と声をかけられ、ガイドマップをいただく。心が和む。塩名田の本陣は八百屋さんからそう遠くなかった。やがて道は千曲川の河岸まで進み、昔、舟をつないだという「舟つなぎ石」など見て、赤い橋を渡る。

八幡宿への道はだらだらの上り坂が続く。途中お地蔵様を見つけ浅間山をバックに撮ってみた。高崎側から見た浅間山とこの辺りから見た浅間山の形はずいぶんと違う。

八幡宿の八幡神社、本陣跡はさほど感激することもなく、先を急ぐことに。望月に入る手前のレストランのコーヒーの文字が見えたのでここで昼食。この辺りはコンビニや商店が少ないので貴重な休憩場所ともなった。望月の手前は国道から離れ、細い旧道となり小さな峠を越える。望月の町が見えてくる辺りに素朴な道祖さまがあった。

望月宿の本陣跡は歴史民族資料館になっていて多くの資料が展示されていた。貸切バスで来て見学される方も多いらしい。午前中に来客があったようで係員の遅めの昼食時に訪ねてしまったようだった。外に出たら次のバスが到着していた。
間の宿、茂田井。この日、一番よかったのはここの町並みだ。広い道路から離れて実に静かなたたずまいだ。その中に酒屋の蔵があったりする。

その先、芦田宿の案内板は少なかった。バスも「立科町役場行き」となっている。屋根にシャチ?ののっている土屋本陣を見て、近くのバス停から岩村田行きのバスに乗車。帰りのバス車内では通ってきた宿場町も気にせずに爆睡してしまった。
次回はまたいつのことになるやら。その先、大きな和田峠も控えているため、どうアタックしていくか、只今、検討中だ。