渡良瀬日記 その4
外人墓地を左にやり過ごし坂を歩いている。右手の洋館は喫茶だかレストランだった筈だが、閉鎖されていた。大仏次郎文学記念館まで来ると、いつの間にか少し後ろを A子が歩いている。 「喉が渇いたわ。」そう言うと私が従うのが当然とばかり追い抜き、喫茶室に先に入って行く。 やがて来たウエイトレスは薄いグリーンの、メイドのような服を着ている。真白な襟の胸元が不自然なくらい開いていて、そこから豊かな胸が覗く。「生憎、ビールは御座いませんが、よろしいですか。」何故私の注文が見透かされたのか、と彼女の顔を見ると、営業的な笑みではなく私に媚を売るかのように微笑んでいる。 うすい唇からこぼれるように並びのよい歯が見えた。目元が誰かに似ているなと刹那思ったが、あまりにも私好みの娘だったのでそんな事など、どうでも良くなった。そんな私への A子の視線に気付き眼を落とすとウエイトレスの細く張りの有るふくらはぎと、締まった足首が見え欲情した。 「私はアイスティ、Mは?」問う A子の言葉に「ジンジャーエール。」と答える。尚もウエイトレスの後姿を見ていると「お気に召しましたか、旦那様。」と妙につやっぽい声色で A子が言う。「んん」「次は彼女がよろしいですか。」「次って、なにがだい」「顔に出てますよ、正直者さん。」「君の次なんていないさ。」自分で言った言葉に驚きつつ、きっと嘘になるなと感じていた。 いかにもバーテンダーの黒チョッキを着た男が来て「誠に申し訳有りませんが、本日の営業は打ち切りです。」と腰をかがめる。変な店だと呆れたが、A子は汗をかいたコップの水をひとくち飲み、「じゃぁ、出よう。」とさっさと立ち上がる。 港が見える丘公園に出てベンチに座る。風に揺れる、私の大好きなA子の黒髪の向うに、港を出入りする船と空が広がる。ふいに首に手を廻され、そのまま A子の上に引き寄せられ横たわる。色白の小さな顔が、ベンチの下の芝の緑に浮かぶようで美しい。抱きしめようとすると逃げるように自分から上になり、私の顔を見つめる。くちづけしようと顔を寄せようとしたら、A子のうなじの向うにとても、とても高くて、真っ青な空があった。 そうか、今日でA子とは終わりなんだなと気付き、彼女を強く抱いた。