三十八章六闇色の腕は地へと堕ち、床の破片と砂塵を巻き上げた。 草色の脚は跳ね上がって空を切り、そのまま兄者は宙返り。 そして兄者は宙返りの回転の動作をそのままに、脚を振るう。 草色の異形は、右腕を床に埋めたドクオへと飛び――― (#゚A゚)「っるぅぁああぁッ!!」 寸での所で引き抜かれた右腕を捉えた。 ドクオの身体は、床を足で削りながら背後へ吹き飛ぶ。 その姿を兄者は追尾。追い付き、頭蓋の高さで足を横薙ぎにした。 (#゚A゚)「ッ!!」 咄嗟に、上半身を大きく仰け反らせる。 兄者の脚は空を蹴り、抜けた。 (#゚_ゝ゚)「チィィィィィィッ!!」 慣性のまま行こうとする脚に力を込め、床へと叩きつける。 床が爆砕し、兄者はその勢いを利用して脚を跳ね上げた。 後ろ回し蹴りのような形で腰の高さを薙ぐ脚を、ドクオは左腕で受ける。 耳が痛くなるような金属音。左腕は大きく弾かれ、ドクオの眼に焦燥が映り込んだ。 (;゚A゚)「くッ!」 視線の先、脚が翻る。 左腕での防御は間に合わない。 咄嗟。後方へとステップを踏みつつ、身体を後方へと倒した。 眼の前を横薙ぎの異形が通り過ぎ、風が脳を揺らしていく。 兄者の舌打ちが聞こえ、脚が振り上げられたのが見えた。 そしてそれから、ようやく背中が床へと落ちる。 回避行動を取ろうとするが――― (; A )「……チッ」 もう、間に合わない。 兄者の脚はドクオを破壊し尽くさんと、振り下ろされて――― 川#゚ -゚)「させるかぁああぁぁああああぁああぁぁぁああぁっ!!」 (#゚_ゝ゚)「!!」 (;゚A゚)「!?」 兄者の背後、クーが咆哮した。 その右腕は既に横薙ぎの運動を始め、兄者の頭蓋を粉砕せんとしている。 (#゚_ゝ゚)「下衆が―――ッ!!」 やむなく、後方へ脚を飛ばした。 クーの右腕はいとも簡単に弾かれ、彼女は大きく後退する。 兄者は追撃をかけようとして―――がくん、と動きを止めた。 見ると、足首を闇色の右腕が掴んでいる。 (#゚_ゝ゚)「貴様……!!」 背後、ドクオは膝立ちの姿勢を取っていた。 兄者はクーに向けて踏み込んでいた脚を、後方へと飛ばす。 鋭い突起の生えた踵がドクオへと伸び、しかし捉えられない。 ドクオは膝立ちの姿勢から横へと跳んでいた。 着地の一歩で立ち上がり、そして上方へ跳躍する。 一瞬。ドクオの下を異形が薙ぎ払い、それが起こした風がドクオの前髪をはためかせた。 (#゚_ゝ゚)「馬鹿が!! 着地する前に終わらせてやろう!!」 (#゚A゚)「馬鹿はテメェだ!!」 (#゚_ゝ゚)「!?」 一瞬。 ドクオに攻撃を仕掛けようとした兄者の背中が、大きな血華を咲かせた。 (#゚_ゝ゚)「がッ―――!?」 川#゚ -゚)「何の為の私だと思っている。お前の相手はドクオだけじゃない」 身体をやや反り返した兄者の背中を蹴りつけ、後退。 兄者は体勢を崩し、追撃する事も出来ない。 (#゚_ゝ゚)「がぁああぁぁぁぁあああぁぁあぁッ!!」 床を蹴りつけ、クーに迫る。 彼女が稼いだ距離を一瞬で無とし、兄者は渾身の力を込めた前蹴りを放った。 が 川#゚ -゚)「ふッ―――!!」 後退しつつ、右腕を縦に構える。 脚は右腕を弾き飛ばすが、軌道を僅かに変えられクーを捉えられない。 (#゚_ゝ゚)「死ね! 死ね!! 死ね!!!」 前蹴りに使った足を踏み込みにし、床を蹴った。 そして脚を跳ね上げるが―――そこでまたしても、闇色の腕に阻まれる。 兄者は舌打ちを漏らし、ドクオの腕を弾き飛ばそうとするが――― 弾き飛ばされたのは、兄者の脚の方だった。 脚に力を込める前に、ドクオが腕を跳ね上げたのだ。 隙が、生まれる。 (#゚A゚)「殺れ!!」 川#゚ -゚)「あぁ!!」 踏み込み。首筋に向け、氷華を振り下ろす。 青い刃は容赦なく兄者の首筋へと伸び――― (#゚_ゝ゚)「ッ―――!!」 寸前。兄者が、身体を僅かに横へとズラした。 氷華の刃は右肩と首の間に食らい付き、盛大に血飛沫をぶち撒ける。 川#゚ -゚)「ハァアアアァアァァァアアァアァッ!!」 更に、右腕を跳ね上げた。 それは兄者の顎を打ち砕こうと空を切り (#゚_ゝ゚)「させるかぁあぁああぁあああぁっ!!」 兄者の脚に、蹴り落とされた。 脚はすぐに翻り、隙に塗れたクーへと伸びる。 (#゚A゚)「グッ―――!!」 間一髪のところで、ドクオが間へと入った。 壮絶な金属音。草色と闇色との間で、火花が弾け散る。 しかし兄者の脚の勢いは止められず、ドクオはその体勢のまま吹き飛んだ。 川#゚ -゚)「ッハァ!!」 兄者の視界、下方からクーの腕が跳ね上がる。 それに対して兄者は、ドクオを蹴り飛ばした足をそのまま振り落とした。 対して力を込めないその動作で、クーの右腕は弾き飛ばされる。 兄者は脚が床に着くと、その脚を踏み込みに前蹴りを放った。 クーは咄嗟に右腕を防御の為に構える。 瞬間、金属音。クーの身体は、堪える術もなく吹き飛ばされた。 身体は壁にぶつかって動きを止める。 クーは苦しげに、咳を漏らした。 川;゚ -゚)「クソッ……!」 歯を噛んで立ち上がったクーの隣、ドクオが並んだ。 鋭く細められた瞳は兄者を捉え、すぐに動けるように全身は撓められている。 ( ゚A゚)「……未だに“力”を解放しつつありやがるな、あのバケモノは。 だが―――」 川メ゚ -゚)「あぁ、行ける。ドクオ」 ( ゚A゚)「あぁ。行こう。終わらせる」 そして二人は同時に一歩を踏み出した。 歩み、そして駆けていく。 全てを終わらせに。 (#゚_ゝ゚)「何故だ……」 駆ける二人を、兄者は不可解なものを見る眼で見詰めた。 彼らの足取りはぴたりと合い、まるで思考が通じているかの如く迷いがない。 眉が詰められ、表情が不快気に歪む。 弟者がクー達にしていたように。 (#゚_ゝ゚)「何故、奴らはこんなにも完璧な連携が出来る……! 即席の、しかもついこの前まで敵だった者同士が、何故……!!」 そこで、兄者は見た。 どこまでも真っ直ぐな光を宿した、彼らの瞳を。 瞳の中にある輝きの名は、信頼。 ( ゚_ゝ゚)「信頼……」 ふっと、兄者の脳内に浮かぶ二つの人影があった。 そうだ。彼らは丁度、今のドクオ達のようだった。 二人で一つであるかのように、いつも共に在り、いつも互いを理解して、互いを信頼しきっていた。 だから彼らの連携は無敵で、彼らの前では、どんな屈強な敵も地に膝を着いた。 だが彼らは、敗けてしまった。 ―――彼らの名前は兄者と弟者。流石兄弟。自分達だ。 それに気付いた時、兄者はドクオとクーの中に、自分達の幻影を見た。 まるで鏡の向こうに自分を見るかのように。 しかし、彼らは二人なのに対して、自分は一人だ。 弟者が、いない。 当然だ。弟者は殺されてしまったのだから。 そうだ。クーに殺されてしまった。 自分の代わりにクーの攻撃を受け、殺されてしまった。 ………………? 何故弟者は、私の代わりにクーの攻撃を受けた? 庇ったからだ。ならば何故、私を庇う必要があった? その時私は、何をしていた? ( ゚_ゝ゚)「―――あ」 気付いてしまった。 気付いて、しまった。 (;゚_ゝ゚)「あ―――あ、あぁぁ」 弟者はクーに殺された。 それは事実だが……しかし。 (;'゚_ゝ゚)「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――!!」 弟者が死ぬ原因を作ったのは、私だ。 私がクーに勝利したと、愚かしくも油断したからだ。 クーはただ、私のその隙を突き。 弟者はその命を以て、私の隙を埋めてくれた。 私の代わりに、弟者が死んでしまったのだ。 本当に死ぬべき愚者は、私だったのだ クーという人間を前にして、油断だと? とんでもない愚行だ。失笑を通り越して、笑えない。 そんな事を犯してしまう私は、死んで当然だったのだ。 しかし実際死んだのは、弟者だ。 私の愚行の為に、弟者が死んだ。 ―――私が弟者を、殺した。 (;'゚_ゝ゚)「私が、弟者を……殺して、しまった。 ……すまない、弟者。私は、私は……」 私は、弟者の後を追わねばなるまい。 弟者の死を、この命を以てして償わねばならない。 ―――『生きてくれ』 ふと、弟者の言葉が脳裏をよぎった。 弟者の、最期の願いだ。 『あぁ、お前の分まで生きよう』と、自分は言った。約束した。 その際に絡めた、血に濡れた小指の感触は今も覚えている。 指切りをした手は斬り落とされてしまったが、それでも、心が覚えている。 私は、生きねばならないのだろうか。 死んでは、弟者との約束を破った事になる。 しかしこの罪の意識が、悲しみが、死を求めているのだ。 それとも、弟者は―――それでも生きろと言うのだろうか。 あぁ、きっと言うだろう。自身が許せないなら、その罪の中で苦しみながらでも生きろと、そう言うだろう。 立場が逆であったなら、私は弟者にそう言うだろうから。 (;'゚_ゝ゚)「……弟者」 生きるべきか、死ぬべきか。 答えは未だ、出ない。 しかし、今すべき事は――― ( ゚_ゝ゚)「……私は、戦うべきだ」 眼の前、殺意を漲らせた瞳でこちらを睨みつけるのは、クーだ。 弟者を殺した張本人。 (#゚_ゝ゚)「まずは貴様を殺してからだ!!」 生きるか死ぬか。 そんな事は、眼の前の弟者の仇を殺してから考えれば良い。 今ここであっけなく殺されてしまっては、弟者の死は無駄になってしまう。 私が生きるだけの価値が―――弟者が死ぬだけの価値がそこにあったと、証明せねばならない。 それをするまで、私に死ぬ権利などはない。 (#゚_ゝ゚)「おぉぉおぉぁぁああぁあぁっ!!」 クーが距離を詰め切るタイミングで、右脚を振り上げ、そして落とす。 音すら置いてきぼりにして振り落とされた右脚は、しかし彼女の目の前で阻まれた。 阻んだのはまたしても、闇色の異形の左腕。 (#゚A゚)「させるか、っつーんだよ……!」 全身で左腕を支えつつ、ドクオが兄者を睨み上げる。 闇色に満ちたその瞳は、しかし兄者の中に違和を感じ取った。 こいつ、何か良くねぇ事を考えてやがる。 直感が、そう告げていた。 川#゚ -゚)「これで……終わりだ!!」 そのドクオの腕の下に潜り込むようにして、兄者の懐に入る。 そしてその勢いのままに、氷華を心臓に突き刺そうとして――― (#゚_ゝ゚)「ああぁああぁあぁああぁあぁっ!!」 咆哮。兄者の左足までもが上がり、それもドクオの左腕を捉える。 そして、蹴る。いや、後方へ跳躍した。 ドクオの左腕を、足場として。 (;゚A゚)「ぐッ!?」 その衝撃にドクオは大きくよろめき、クーが突き出した氷華の切っ先は、兄者の胸を浅く穿ったのみ。 僅かな血液の水滴を後に引いて、兄者は大きく後退した。 そして、着地と同時。 着地の為に使ったその足に力を込めて、大きな一歩を踏み出す。 その一歩で、急激に加速。 ほとんど跳躍するようにして、兄者はクーとの距離を詰め切った。 (#゚_ゝ゚)「おぉぉぉおぉおぉぉぉおおぉっ!!」 その勢いに、更に風を脚に纏わせる。 そして下方から上方へ、薙ぎ上げるように振るった。 クーはそれに、反応出来ない。 (;゚A゚)「ちぃっ!!」 寸でのところで、ドクオが二人の間に入ってそれを防御。 腕を伝わって、凄まじい衝撃が全身を走る。 攻撃は、防御した。 しかしドクオの身体が、ふっと地面から離れてしまう。 当然の事だ。 ドクオは咄嗟に防御に入った。崩れて、僅かに重心が浮いた体勢を、整える事もせず。 その状態で振り上げの攻撃を受けた。 故に足は地面から離れ、体は浮き上げられてしまう。 そして (#゚_ゝ゚)「邪魔を―――するなぁあぁあぁああぁっ!!」 (;゚A゚)「ッ!?」 兄者は、中空のドクオの身体に、前蹴りを叩き込んだ。 ドクオは咄嗟に、その脚を左腕で防御――― だが浮き上げられていた身体は抗う事も出来ずに、大きく吹き飛んだ。 川;゚ -゚)「ドクオッ!!」 (#゚_ゝ゚)「他人の心配をしてる場合か、クー!!」 川;゚ -゚)「……チッ!!」 舌打ちを漏らしつつ、放たれた回し蹴りを右腕で受ける。 右腕に、そしてそこから全身に、とてつもない衝撃が広がった。 驚愕と戦慄から、歯を食い縛る。全身の毛が逆立つような厭な寒気。 何だこれは。 速過ぎる。それに、尋常じゃなく重い。 また一段と、飛躍的に“力”が解放されたというのか!? (#゚_ゝ゚)「しぶとい……ッ!!」 残像を残して、脚が引き戻された。 そして即座に、上段蹴りの形を持って発射される。 クーはそれを、本当に際どいところで防御。 異形の右腕が衝撃に軋み、全身の骨と筋肉が悲鳴を上げた。 (#゚_ゝ゚)「死ね……死ねッ!!」 腕を蹴り弾かれ、そして僅かに足を引いて横薙ぎ。 クーはその勘と経験から攻撃を読んだのか、身体を大きく傾がせて回避。 軌道を読んだと言うのに、それでも兄者の脚はクーの身体を掠り取っていった。 一瞬の躊躇、判断の遅れが死を招く。 その中でクーの瞳は―――僅かな焦燥を浮かべつつも、氷のような冷たさと鋭さを持って、兄者を睨みつけていた。 川;゚ -゚)(焦るな……動きの全てを掌握し、防御と回避に全ての力を注ぐんだ) すぐに、ドクオが来てくれる筈だ。 そして、自分を護ってくれる。そうなれば、私が終わらせられる。 こちらの勝利だ。 焦ってはならない。 今はただ、生き延びるんだ。 大きくバックステップを踏んで距離を取るクー。 しかしその行動は、兄者の一歩によって、一瞬にして意味を失った。 脚が跳ね上がる。 兄者の動きを出来得る限り掌握していたクーは、見事その足を右腕で防御した。 だが――― (#゚_ゝ゚)「死ね! 死ね!! 死ねぇえぇッ!! クー! お前だけは! お前だけは殺さねば……私は死ねないんだ!!」 川;゚ -゚)「ッ!?」 咆哮。 受け止めた筈の脚に、更なる力が働いた。上方へ、という力が。 必死で右腕を支え、止めようとする。 しかしそれは更に上へ、上方へと向かい――― 川;゚ -゚)「ぐぁっ……!!」 右腕が、弾かれる。 脚はクーの顎先を掠めて上方へと抜け――― 振り落とされる。 川;゚ -゚)「…………!!」 大きく弾かれた腕は、間に合わない。 応え得る術がない。回避も、防御も、攻撃も。 全てが、間に合わない。 脚はクーの頭蓋を捉えるだろう。 ここまで来て、お終いだ。 だが、その時。 突如、異変が起きた。 (;゚_ゝ゚)「ッ―――!」 振り落とされた脚が、クーの頭蓋の直前で急停止した。 兄者が止めたわけじゃない。停まってしまったのだ。 それはまるで、ビデオに一時停止をかけたかのように。 (;゚_ゝ゚)「あ、ぁ―――? 何だ、一体何が?」 川;゚ -゚)「……? 何だ?」 兄者自身、何が起きているのか分からないようだ。 その隙に、クーは後退。兄者から、距離を取る。 そして、彼女が後退の足を止めた、その時。 突如、兄者の脚が力を失って地に堕ち、そのまま彼はくずおれる。 兄者は驚愕の表情を深くし、立とうとする。が、立てない。 まるで脚に力が入らないかのように。 彼の脚は、完全に沈黙していた。 (;゚_ゝ゚)「く、くそっ! 何だ、どうなっている!?」 兄者の顔に、更に深い混乱が広がっていく。 その時、沈黙していた兄者の脚から、小さな異音が響いた。 ごくごく小さな、ともすれば聞き逃してしまいそうなほどの異音―――。 そして兄者の混乱の表情が、突如、凄まじい苦痛に引き歪む。 (; _ゝ )「ぐ、が、がぁあぁあああぁああぁあぁああぁぁぁぁあぁあぁぁああぁっ!?」 絶叫。 それに反応したかのように、兄者に異変が起き始めた。 まず反応が現れたのは、草色の異形の両脚だ。 それが今、酷い痙攣を起こしていた。 そして痙攣したまま、その脚は不気味な脈動を開始する。 大きく、どこまでも不気味に。 まるでその脚、それ自体が生物のように。 脈動と痙攣、そして兄者を蝕む苦痛はどんどんとその激しさを増し――― 発現と同じく、唐突に止んだ。 しかし止んでから間もなく、新たな異変が発生する。 異音。しかしそれは、先ほどまでのそれとは違う。 音は、部屋全体に響き渡るような大音声だ。 それにその音の中に一つ、似ているようで違う、妙な粉砕音が混じり込んでいた。 まるで、骨がへし折れているかのような――― 否。それは実際に、骨がへし折れて行く音だった。 (;'゚_ゝ゚)「あ、が……!! うぁぁあああぁあぁあああぁあぁぁああぁぁぁああぁぁあああぁっ!!」 兄者の異形の脚の骨が、砕けていく。 鋭い突起の飛び出た、金属質の表皮の内側で。 粉砕音と混ざり合った異音が叫ぶ度に、兄者の脚が変形していく。 異形から、人の脚の形に。 しかし骨が砕けている為か、随分と歪だ。 そして色も変化を始めた。 草色から、徐々に人の肌の色に変色し―――そして脚先から、段々と黒く。 その黒色は、“死”色の黒。兄者の脚は、壊死していた。 筋肉が腐敗し、皮がぐずぐずと垂れて崩れていく。 酷い悪臭が漂い、鼻を刺激した。 (;'゚_ゝ゚)「何故……・何故こんな―――」 声は、詰まる。 音にならない苦悶の叫喚が、出そうとした言葉を押し潰してしまった。 兄者は自身の身体を抱き締めて、絶叫する。 全身の関節と筋肉が、尋常でない痛みを訴えていた。 そして全身の各所から、ほぼ同時に「ばつん」と弾け飛ぶような音。 筋肉が断裂を起こしたのだ。 そして続いて、幾つかの粉砕音が響く。 骨が砕け、へし折れて行く音だ。 叫喚。筋肉の断裂音。骨の粉砕音。 思わず耳を塞ぎたくなる。眼を閉じてしまいたくなる。 しかしクー達は、それを出来ずにいた。 眼を、耳を、彼に完全に奪われていた。 (;'゚_ゝ゚)「う―――っ!!」 突如兄者は、眼を剥いて床を睨みつけた。咆哮はない。叫ぶ事すら出来ない。 とんでもない苦痛が、今度は中から押し寄せて来ていた。 まるで体内で何かが暴れまわっているかのような、そんな感覚。 内臓が、激しい収縮と痙攣を繰り返す。 高まっていく苦痛―――それが頂点に達した時。 兄者は、激しく嘔吐した。 しかし出てくる物は消化しかけの食物じゃない。 血液だ。鮮やかな紅ではなく、赤黒い。 そこに調和する事なく混ざっている黄色は、胃酸であろう。 嘔吐は止まらない。 何度も何度も、兄者は赤黒い血を吐き出し続けた。 やがて、静かになった。 兄者の身体の変化は終わり、もう始まらない。 彼は、自身が吐いた血の海の中で横たわっている。 両脚は、歪に歪んだ壊死の黒。 “力”の存在など、そこには微塵も見当たらない。あるのは、死に切った“力”だったものだけ。 全身はというと、これも歪だ。 ない筈の関節が生まれ、既存の関節は曲がらぬ方向に曲がっていた。 それはどこか不気味で滑稽で、道化を思わせる。 川;゚ -゚)「……何が」 ('A`)「“力”に身体が耐えきれなかった―――ってとこか」 隣に立ったドクオが、無感動に言った。 その瞳は未だに、安心の色を浮かべていない。 ('A`)「奴は弟者の“力”を貰い受けて、二つの“力”を扱えるようになった異能者なんだろ? 二人分の“力”を体内に抱えて、それでいて身体や脳、内臓は普通の異能者と変わりない。 とあれば、身体は耐えられない。こうなって当然だ」 ('A`)「……むしろ、ここまで耐えられたという事が驚きだ。 本来なら“力”を完全に開放した時点で、こうなっていてもおかしくない筈だろうよ。 俺には、何でこいつがこんなにも戦えたかが、まったく分からない」 川メ゚ -゚)「…………………」 兄者は何故、戦えた? 身体の問題ではないだろう。 ドクオが言う通り、兄者は一つの身体に二つの異能を宿した人間だ。 ただの異能者が、二つの“力”を完全開放して、こうまでも生きていられる筈がない。 となると、要因は精神の力。感情の力だ。 怒り、だろうか。憎悪、だろうか。 想って、すぐに取り消した。 怒りや憎悪だけであったならば、“力”の解放は一瞬で限界を振り切っていただろう。 確かに、怒りや憎悪もあっただろうとは想う。 しかし“力”を解放させた本当の理由は―――そうではないと思う。 弟者を失った哀しみ、ではないだろうか。 それとも、弟者の代わりに仇を討とうという気持ちだろうか。 はたまた、弟者の死を無駄にしないという決意だろうか。 そこまで考えて、悟る。 兄者の“力”を限界すれすれまで解放させ、かつ兄者の命を延ばしていた存在。 それは―――弟者への愛なのだろう、と。 哀しみも。仇討ちの想いも。決意も。 憎悪も、怒りも、狂気すらも。 全て、弟者への愛だ。 いつでも共に在って。 いつでも共に戦って。 いつでも共に生きた。 まるで一つのように在った存在への、愛だろうと。 川メ゚ -゚)「彼らは、互いを護り合っていたのだろうさ。 弟者は死して、なお兄者を護っていた―――そんな答えで、どうだ?」 ('A`)「……良いんじゃないか? それで。 どうせ理論じゃ説明出来ない。そんな感じの理由が、一番近いんだろうさ」 と、その時。 自身の血の海の中。 身じろぎすら止めていた兄者の身体が、びくっと動いた。 ドクオとクーは、同時に後退る。 ( _ゝ )「……は……ぁ」 砕けた腕を伸ばし、前の床を捕まえて引っ張った。 動かぬ身体を必死で這わせて、カメの歩みよりもゆっくりと移動していく。 彼の視線の先には、自身と同じく血の海で倒れた“片割れ”―――弟者だ。 ( _ゝ )「く……ぅ、はっ……」 今にも途絶えそうな息を吐きながら、移動する。 壊死した両脚の皮と肉が削げ落ちて、移動の跡を黒く残していった。 眼から垂れ落ちた透明の雫は、赤黒い血の海に落ちて紅く染まる。 兄者は涙を流しながら、必死で床を掻いて這った。 ( ;_ゝ;)「弟者……おと、じゃ……」 川メ゚ -゚)「…………………」 クー達は、それをただ見ていた。 見ている事だけしか、出来なかった。 ただただ、悲しかった。 どれほどかかっただろう。 兄者の身体は、弟者との距離をかなり詰めていた。 しかし、もはや限界だった。 砕けた腕は原型を失くし、床を掻いてもほとんど進まない。 引き摺っていた脚は半分以上が床に削り取られ、彼は見るも無残な姿となっていた。 だがそれでも兄者は、床を掻く。 眼の前に迫る自身の死に憶する事もなく、ただ必死に。 しかし腕は力なく床を滑り、身体はほんのわずかに進んだだけだった。 ( ;_ゝ;)「おと……じゃ、ぁぁ……!!」 上半身を弟者の血に濡らして、兄者は腕を伸ばす。 それは弟者の手を取ろうとして―――数センチ届かない。 床を掻く。進まない。 もう、届かない。 ( _ゝ )「弟者……弟、者……。 こんな兄、で……・すまな―――」 最期の力を振り絞って腕を限界まで伸ばす――― が、指先が僅かに、弟者の手を掠ったのみ。 力を失って、兄者の腕が弟者の海に落ちる。 そして命を失って、兄者の身体が弟者の海に沈んだ。 もう、動かなかった。 今度こそ、終わったのだった。 ('A`)「……ようやく終わったな」 川メ゚ -゚)「あぁ」 ('A`)「思った以上に、手こずっちまったな。 流石兄弟もミンナも、尋常じゃなく強かった」 言って、そこでドクオの身体がぐらりと揺れた。 おっと、とドクオは足元を確立させて、そしてぶんぶんと頭を振る。 川メ゚ -゚)「目眩か?」 ('A`)「あぁ。どうやらちょっと、疲れちまったみたいだ。 戦闘が終わって、気が抜けたのかね。どっと来た」 川メ゚ -゚)「…………………」 ドクオの眩暈の理由が疲労でない事は明らかだ。 今は出血は止まっているが、全身に刻まれ穿たれた傷は、尋常でない出血があったことを示している。 恐らく、血が足りていないのだろう。 しかし、クーも無事なわけではない。 ドクオに比べれば、出血は圧倒的に少ない。背中と左肩の傷から、だけだ。 しかし打撃によるダメージが大きい。僅かな動きでも身体が軋む。 二人とも、よくここまで戦えたものだと思った。 ('A`)「さ―――行こうぜ。 さっさとあいつらを助けに行かねぇと。 それにこのまま気ィ抜いてると……何つーか、寝ちまいそうだ」 川メ゚ -゚)「あぁ」 応えて、歩みを進めようとした。その時。 クーは、見た。 紅い海に沈む青白い二人。 互いに互いを想って死に、しかし手を交える事なく死に終えた二人。 兄者の顔は弟者に、弟者の顔は兄者に向けられ、それは互いに見詰め合っているようにも見えた。 川メ゚ -゚)「……待て、ドクオ」 ('A`)「ん?」 川メ゚ -゚)「せめてもの救いを、こいつらに与えたい」 言って、クーは二人を顎で示した。 ドクオは一瞬、眉根を寄せて思案する。 そしてすぐに答えが出たのか、頷いた。 ('A`)「あぁ、別に良いが―――お前、そんなにお人好しだったっけか?」 川メ゚ -゚)「……そんなことは、ない。と、思う。 今は特別なんだ」 流石兄弟は、お互いの為にその命を燃やした。 豪、と。それはもう、惜しげもなく壮絶に。 大切な者を護る、大切な者の為に戦う。 その姿勢が、自分と―――自分達と符合したように思えたのだ。 こんな風に在りたいと、そう思えたのだ。 だから、敬意を。せめてもの救いを。 ('A`)「そうか。まぁ、良いさ。 『救い』とやらを、さっさと与えてやろうぜ」 川メ゚ -゚)「あぁ」 頷いて、二人は流石兄弟に向けて同時に歩み出した。 そして同時に、二人の海に足を踏み入れる。 紅が跳ねて足首を濡らすが、二人に刻まれた傷の割に血の量は少ない。 流れ出るだけの血が、もう残っていなかったという事なのだろう。 ('A`)「しょっ……」 兄者の身体に到達したドクオは、その身体を無造作に抱き上げる。 そして手を伝わってくる歪な骨格の感触に顔を顰めながら、その身体を移動させた。 弟者の、すぐ隣に。 青白いそっくりな顔が、二つ並ぶ。 向かい合ったその瞳に、しかし再開を喜ぶ輝きはない。 あるのは哀しい死だけ。 川メ゚ -゚)「…………………」 そしてクーが、隣り合った二人の手を重ねてやる。 死によって固まった腕を動かすのは大変だったが、しかしそれによって満足感に似た物を得られた。 顔も体格も思考も、抱く想いすらそっくりであった二人の手は交差した。 想いは繋がっただろうか。二人はまた、一緒になれただろうか。 くだらない感傷だ、と想う。 死んだ者は、所詮死んだ者だ。 全てが終わりきってる肉塊に、救いなどがある筈もない。 だがそれが分かっていても、彼女は彼らを想わずには居られなかった。 二人の死体を見下ろして、彼女は静かに言い放つ。 川メ゚ -゚)「兄者。弟者。君達に永久の平穏を。 そして君達が、あちら側でも共に在れる事を願おう」 そして二人に背を向け、歩き出した。 ドクオは手を合わせて小さく「南無」と呟くと、早足でクーに並ぶ。 ('A`)「さぁ、急ぐぞ。この様子じゃ、他の奴らが心配だ」 川メ゚ -゚)「あぁ」 二人は早足で、しかし身体に必要以上の負担をかけないように歩み行く。 その姿はすぐに部屋を出て、廊下の奥へと消えていった。 後に残されたのは、紅に沈む肌の白い双子。 そして安らかな表情を浮かべたミンナだけだった。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 気付くと、真っ白な世界の中に居た。 上下も左右も、床も天井も分からない、どこまでも茫とした世界。 その中で、自分は独りだった。 いつも共にあった片割れは、いない。 心にあるのは悔しさ。空虚感と哀しみ、そして罪悪感だ。 あそこまで追い詰めて、結局は敗けてしまった。 弟の命が散ったのが、無駄になってしまった。 弟を失い、勝利まで取り逃して―――自分は一体、何をしているのだろうか。 何をのうのうと、死んでしまっているのだ。 私は、兄として、もっと何かを果たすべきだったのではないのか。 ( ´_ゝ`)「私は、無能だ―――」 二つの異能を宿してようが、意味はなかった。 私はどこまでも無能だった。だから弟も死に、勝利も得られなかった。 自身が嫌になって、吐いた溜め息。 それは意識せずに、言葉になっていた。 ( ´_ゝ`)「……すまない、弟者」 そしてその言葉に、応える声があった。 「謝罪などいらんよ」 驚愕に、眼を見開く。 いつからそこに居たのか、眼の前に一つの顔があった。 白い、見慣れた顔。 僅かに垂れた細い眼は、小さく笑みの形を持っている。 (;´_ゝ`)「弟、者―――」 (´<_` )「私がそうしたかったから、そうしただけだ。 その気になれば、私は兄者が死ぬのを傍観する事だって出来たんだ。 それをしなかったのは、単に私のわがままだよ。兄者に死んで欲しくなかった」 ( ´_ゝ`)「……私だって」 (´<_` )「ん?」 ( ´_ゝ`)「私だって、お前に死んで欲しくはなかった! お前が死ぬくらいだったら、私は喜んで死んだ!! なのに、何故お前は―――」 (´<_` )「早い者勝ちだよ。私も兄者も、互いに互いを死なせたくなかった。 だから私が先に、兄者を生かしただけさ。 ……だから兄者、お前が私の事をすまなく思う必要はないんだよ」 それに、と弟者は続ける。 その口元に、柔らかな笑みを乗せて。 幾分硬い笑みではあったが、それは確かに、彼が欲していた『感情』によるものだった。 (´<_,` )「こうなってしまっては、そんな問題はどうだって良いじゃないか。 私達はまた、一つになれた。それだけで、十分だろう?」 ( ´_ゝ`)「――――――ッ」 ふと、眼の奥が熱くなる。 弟者のその言葉で、ようやく実感した。 私達は、また出会えたんだと。 弟者が死んでしまった時、心の底から絶望した。 しかし今、こうして、目の前にいる。また共に、在れる。 それが、どこまでも嬉しかった。 ( ´,_ゝ`)「……あぁ、そうだな」 もしかしたら、これは幻想かもしれない。 死んだ自分が絶望の中で作り出した、都合の良い妄想かもしれない。 それでも、良かった。 幻想であったとしても、大切な者はこうして、目の前にいる。 それが今の、全てだった。 (´<_,` )「ならば、行こうか。兄者」 すっと、弟者の手が伸ばされる。 兄者はその手を取り、そして力強く握り締めた。 暖かい。 この感触が幻想であったとしたら、私は喜んで、幻想の中で生きてやろう。 ( ´_ゝ`)「どこへ、だ?」 (´<_,` )「私達が、行くべきところへさ」 ゆるりと兄者の手が引かれ、兄者は弟者に合わせて歩き出す。 行く場所は、ぼんやりと分かっていた。 名前は知らないし、どんなところかも分からない。 しかし、ぼんやりと。感覚が、行くべき場所を教えてくれる。 それがどんなところでも、構わなかった。 もう、何も怖くなかった。もう、何があっても笑っていられるような気がした。 ただ一人、弟者さえ傍に居てくれたら。 ( ´,_ゝ`)「あぁ、行こう。―――どこまでも、いつまでも、共に」 そして二人の姿は、白い光の中に消えていった。 戻る 目次 次へ |