第三話36 名前:第3話 ◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/08/21(月) 23:39:43.37 ID:bQ3z7N120【Third Color : Green】 周りからの視線が突き刺さる。 恥ずかしさが、生まれた。 「あの……さ……」 「ん? どうかしたの?」 「……ごめん、なんでもない……」 椎野は、嬉々としている。 とても、言い出せなかった。 繋がれた左手と右手。 周りからのざわめきは、次第に大きくなっていく。 (そりゃそうだよな……俺なんかが、椎野と……) 有り得ない、という言葉が遠くから聞こえた。 それくらい分かってる、と言い返したかった。 椎野は、全く動じることなく歩いている。 気にならない性格なのだろうか。 男と付き合うのが本当に初めてなら、もっと恥ずかしそうにするのではないか、という疑問はあった。 しかし、人によって違う部分だ。断定はできない。 結局、下駄箱まで手は繋ぎっぱなしだった。 38 名前:第3話 ◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/08/21(月) 23:43:38.88 ID:bQ3z7N120 「じゃあ、また後でね!」 「うん……」 2組の教室の前で、椎野と別れた。 瞬間、周りの人間が集ってきた。 「毒尾! お前、どうしたの!?」 「何で椎野と手繋いでんの!? え、まさか」 「なわけねーって!! 毒尾だぜ!!」 「いや、椎野は案外B専かも知れない……」 「それにしても毒尾はねーだろー!!」 本人が目の前に居ても、お構いなしだった。 無視して教室に向かうも、囲みを崩さずについてくる。 「どっちから告白したの? やっぱ毒尾くん?」 「もしかしてしぃちゃんから?」 辟易した。全員死ねばいいのに、と思った。 下らない詮索をすることの楽しみは、恐らく一生理解できない。 椎野との関係が、望んだものだったら、もっと気分も違っただろう。 しかし、どうにもならない蟠りを抱えている今は、ただただ面倒なだけだ。 バスに乗り込んでからも、周りからの質問は続いた。 音楽を聴いて全て無視したが、しかし隣の男だけは、無視できない。 内藤が嬉しそうに話し掛けてきた。 40 名前:第3話 ◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/08/21(月) 23:47:22.00 ID:bQ3z7N120 「おめでとうだお、毒尾!」 「……ありがと……」 「上手くいって良かったお! ブーンも嬉しいお!」 内藤は自分のことをブーンと呼ぶ癖があった。 小学生のときの仇名らしい。それを今でも一人称にしているということは、よほど気に入っているのだろうか。 「実はブーン、しぃちゃんが毒尾のこと好きだって、前から知ってたお。だから成功するって分かってたお」 「……マジで?」 「マジだお。多分知ってたのはブーンだけだお。だから、昨日毒尾が『椎野を呼び出してほしい』って言ったときは、嬉しかったお」 「……そっか……」 前から好きだった。それを、知っていた。 意外だった。内藤は、どこからそれを知ったのだろう。 内藤だけ、ということは、内藤の彼女である津出は知らなかったということになるだろう。 津出経由でないということは、椎野に直接聞いた、ということになる。 それなら、内藤に聞いておきたいこともあった。 「内藤、椎野は何で俺を好きになったんだ?」 「ん? それは確か、孤高な感じがカッコイイとか……クールなのが良いとか……そんな感じだったと思うお」 「それだけか?」 「ブーンが知る限りじゃそれだけだお」 こいつは時々、平気で嘘をつく。 それを念頭に入れて喋らないと、騙されそうになる。しかし、この発言は、嘘とは思えなかった。 それが、真実なのだろうか。それだけが、真実なのだろうか。 結局、疑いは絶えない。 44 名前:第3話 ◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/08/21(月) 23:51:49.78 ID:bQ3z7N120 「しぃちゃんは毒尾にベタ惚れだお。ガンガンいっちゃっていいと思うお」 「ベタ惚れ……?」 「ずっと前から好きだったんだお。でも、しぃちゃんは告白する勇気がなくて……そしたら毒尾から告白されて、多分めちゃくちゃ嬉しかったと思うお」 「そうなのか……? そうは見えなかったけど……」 「嬉しさを出すのが苦手なんだお、きっと」 「そうも見えなかったけど……」 噛み合わない、と思った。 内藤の発言が、ところどころ、不自然だ。矛盾を感じる。 ベタ惚れだとは思わなかったし、告白したときは、戸惑っているようにも感じた。 一体何故だ? 「とにかくベタ惚れなのは間違いないお。付き合ってすぐだとか、そんなの気にしなくてもいいと思うお」 「付き合ってすぐ……だからって、何を気にするんだ?」 「色々気にすることもあるお。例えば、食っちゃっていいのかとか」 「……あのなぁ」 「毒尾だってそういう気持ちはあるはずだお。あんだけ可愛い子なら、尚更だお」 「一回も思ったことねーよ……」 「一緒に居るうちに、そう思うようになるお。彼女って、そんなもんだお」 「……ないな……少なくとも、今はない」 「まぁまぁ、そう思う日も遠くはないと思うお」 からかっているだけだ、と思うのが普通だろう。 しかし、普段の内藤とは、少し違う気もする。 何か、目的があって喋っているように感じられる。 思い過ごしだろうか。色んなことに、過敏になりすぎているのだろうか。 46 名前:第3話 ◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/08/21(月) 23:53:47.59 ID:bQ3z7N120 「内藤、お前は津出さんと一緒に回るのか?」 「違うお。長岡・荒巻と一緒だお」 「……まぁ、そんなもんか……」 彼女がいるからといって、わざわざ遠足まで一緒に居る必要はない。 そう思っていた。しかし椎野は、一緒に居ることを望んだ。 積極的の一言で片付けてしまっていいのか、分からなかった。 (シンドくなりそうだな……) バスの窓から空を見上げる。 やはり日差しは強かった。 「何乗る? ドっくん、何か乗りたいものある?」 「いや、別にない……」 「私、ジェットコースターは苦手だからダメなの……それ以外でいい?」 「うん、いいよ……俺もあんまり好きじゃないし……」 「じゃあ、行こっか!」 繋がれた手を引っ張られる。 女の手の、小ささと、柔らかさを感じた。 (……やっぱ好きじゃないな……) 喧騒が耳を突く遊園地。 はしゃぎ回る子供や、悪ノリする中学生。 どれも、見ていて快いものではない。 60 名前:第3話 ◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/08/22(火) 00:26:15.02 ID:WllVhbVH0 「可愛いね」 「え? 何が?」 「子供。私、子供大好きなの」 「うーん……俺は別に……」 「無邪気な感じが良いなぁって……思う」 「そっか……」 しばらく子供を見続ける椎野。 自然と口元が綻び、笑顔になっていた。 その笑顔が、素直に、可愛いと思った。 「いっぱい回ろうね!」 再び手を引っ張られる。早足で乗り場に向かった。 「いい景色だったねー」 「……うん……」 観覧車から降りて、地に足をつけた。 地面の感触をしっかり確かめたくて、何度も足踏みする。 「ど、どうかしたの?」 「いや、別に……」 言い出せなかった。高所恐怖症だということを。 観覧車で椎野が話しかけてきた言葉も、全く記憶に残っていない。 胸から喉へ、何か気持ち悪いものもこみ上げてきていた。 61 名前:第3話 ◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/08/22(火) 00:30:32.02 ID:WllVhbVH0 (今にして考えれば……どっちみち飛び降り自殺なんて無理だったのかも……) 覚束ない足元はお構いなしで、椎野は左手を引っ張った。 (……キツイ……) 昼飯も食わずに回り続けたため、疲労はピークに達しかけていた。 椎野の笑顔も、苛立ちを引き出すだけだ。 「もうこんな時間かぁ……バスに戻らなきゃね……」 繋がれた左手の感覚は既にない。 歩き続けた足の両膝も痛みで、感覚が薄れかかっていた。 「色々連れまわしちゃってゴメンね……疲れた……?」 「……別に」 「それなら良いんだけど……」 俺が別にと言うときは、不満があるときだ。 それを椎野が知っているはずはなかった。 分かっていながら、苛ついた。 「ご飯も食べられなかったし、怒ってるかなーって思ったの……そうじゃないなら、良いんだけど……」 繋いだ左手に、力を込めたくなった。 どれだけ鈍いんだ、この女は。忖度する気もないのか。 この暑さの中で、手を繋いでいることが、不愉快になってきた。 65 名前:第3話 ◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/08/22(火) 00:34:29.42 ID:WllVhbVH0 「いいよ、別に」 「ゴメンね……私一人で楽しんじゃって……これからは、気をつけるから……」 少し、分かってきたのだろうか。 不機嫌ムードを、出しすぎたかも知れない。休まず連れまわされたことは確かに不快だったが、元々は自分が椎野に何も言わなかったせいもある。 申し訳ないような気分になってきた。 「いいよ、俺も楽しかったし……そんなに気にしないで……」 「ホントに……?」 「うん……」 こうやって、続いていくのだろうか。 納得できない蟠りを抱え、常に不満を持ちながら。 想像したくもない未来が、広がっているようだった。 「お姉ちゃんはね、高校卒業して一旦は専門学校入ったんだけど、途中で辞めちゃって、今は印刷会社で事務やってるんだぁ」 「へぇ……」 「ドっくんは兄弟居ないの?」 「うん、一人っ子……」 「そうなんだぁ……」 遠足を終えて、帰りの電車。 学校最寄の駅から、椎野が降りる駅まではおよそ30分。 俺が降りる駅までは35分ほどかかる。 66 名前:第3話 ◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/08/22(火) 00:38:47.74 ID:WllVhbVH0 「お父さんは、どんな仕事してるの?」 「親父? 医者だけど……」 「お医者さん!? え、じゃあお金持ちだったりするの?」 「別に……そんなでもないけど……」 「家は? おっきい?」 「……まぁ、普通の家よりは……」 大きめの家を好きだと思ったことはなかった。 いつも寒々としていて、寂しさを感じてしまうのだ。 「掃除とか面倒だから、家政婦雇ってるし……」 「えー!? すっごーい!! お金持ちなんだぁ……」 「いや、大したことないよ……ホントに……」 「でも……行ってみたいなぁ、ドっくんの家……」 また、椎野の頬が赤らみはじめていた。 何度かこちらに視線を向け、すぐに自分の足元に戻す。 周りには高校生が大勢居て、騒がしかった。 「明日さぁ……土曜日、だよね……」 「……うん……」 「ドっくんの家……行っても、いい……?」 どうすべきか、咄嗟には判断できなかった。 断る理由はない。しかし、快く受け入れる気分でもなかった。 何故か、周囲の騒音が耳に響かなくなっている。 68 名前:第3話 ◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/08/22(火) 00:42:41.77 ID:WllVhbVH0 窓の外を一瞥して、椎野を見た。 少し不安げな瞳で、こちらを見つめ続けている。 上目遣いの女性の顔は、何故こんなに愛らしいのだろうかと、考えさせられた。 「……うん……いいよ……」 「ホント!? やった!!」 子供のように無邪気に喜ぶ椎野。 他の乗客の視線が集まるのを感じた。 「えーっと……1時でいい?」 「うん! じゃあ1時に……えっと、駅?」 「あぁ、そっか……案内しなきゃだから……じゃあ、1時に駅の改札で……」 「ありがとう! 楽しみにしてるね!」 そして、ちょうど椎野が降りる駅に電車が到着した。 椎野が立ち上がり、短いスカートが揺らめく。 「また明日!」 元気良く別れを告げて、椎野が電車から降りていった。 70 名前:第3話 ◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/08/22(火) 00:47:17.79 ID:WllVhbVH0 (……家に……来るのかぁ……) 部屋を片付けなければいけない、と一瞬思ったが、よく考えたら、一昨日片付けたばかりだ。 特に準備することなどはないようだった。 (……ん……いや、待てよ……) ふと、内藤の言葉が頭を過ぎった。 ――――毒尾だってそういう気持ちはあるはずだお (いやいや……ないって……) ―――― 一緒に居るうちに、そう思うようになるお。彼女って、そんなもんだお (……そんな……もんか……?) 今は、全くそういった欲望は沸かない。 しかし、もし部屋で二人きりになったら――――あるいは、そういう思いも芽生えるのだろうか。 実際、その状況になってみないと、分からない。 しかし、行き当たりばったりでは、問題になる可能性もある。 (……いやいや……でもなぁ……) 考えが、脳内を右往左往していた。 71 名前:第3話 ◆azwd/t2EpE 投稿日:2006/08/22(火) 00:51:20.18 ID:WllVhbVH0 電車から降りて、改札を抜けて、歩いた。 そして、いつもと違う道を通る。 家とは逆方向の薬局に寄ってから、家に帰った。 第3話 終わり ~to be continued ジャンル別一覧
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