二十二章中彼の眼に飛び込んできたのは、異様過ぎる光景だった。 緑がかった石畳には、広がる紅と倒れる五つの死体。 そして物騒な得物を手にして一人の少年を囲む男達。 その少年は、最愛の弟。 だがその弟も、囲まれていながら笑みを浮かべている。 しかも両手には刃だ。 モナーは一瞬、本気で自分の眼を疑った。 そしてその次に、頭を心配した。 (,,・∀・)「……兄ちゃん?」 その言葉で、ようやく我に返った。 (;´∀`)「モララー! お前、何を……!」 (,,・∀・)「……見て分かるでしょ? 父さんと母さんの仇―――反異能者組織の人を狩ってるんだ」 右手の刃で、近くに転がっていた少女の死体を指す。 (,,・∀・)「ついさっき、この子もこいつらに殺された。異能者だからって理由で。たったそれだけで」 (;´∀`)「じゃあ、その四体の死体は……」 (,,・∀・)「何度言えば分かるの?」 モララーの表情が、変化する。 皮肉に。あまりにも皮肉な笑みに。 (,,・∀・)「僕が殺したんだよ。みんな、みんな。 そして、こいつ等も僕が殺すんだ。母さんや父さんと同じ苦しみを与えてやるんだ」 (;´∀`)「モララー……」 モナーは、歯を噛み締める。 その表情は、苦痛に歪んでいた。 だが、彼はその表情を無理に隠した。 ( ´∀`)「僕はVIPPERとして―――いや、兄としてお前を止めなきゃならないもな。 ……止まってくれないかもな?」 (,,・∀・)「止まらない。止まれないよ。母さんと父さんの為にも」 ( ´∀`)「……父さんと母さんの為だと、もな?」 込み上げてくる激情に、思わず握っていた鋏を石畳に叩きつける。 脆い石畳はあっけなく砕け、宙を舞った。 (#´∀`)「父さんと母さんが、そんな事を望んでるとでも思ってるもな!? あの二人は、お前をこんな風に生かす為に身代わりになったんじゃないはずだもな!!」 (#・∀・)「分かってるよ、そんな事!」 モララーも、負けずに言い返す。 (#・∀・)「でも、何もしないわけにもいかないでしょ!? 父さんと母さんを殺されて、それでも黙って大人しくしてろって言うの!? 仇を討てる“力”がここにあるのに!? 父さんと母さんの事を忘れろとでも言うの!?」 (#´∀`)「そんな事は言ってないもな! ただ、人を殺すのは辞めろって言ってるんだもな!!」 (#・∀・)「例え普通の生活に戻ったところで何になるのさ!? それに、組織に命を狙われて、普通の生活なんか出来ると思う!?」 言いつつ、モララーは二本の刃を翻らせる。 金属音が響いて、二人の男が突き出した得物が弾き飛ばされた。 (#・∀・)「ほら、こいつらは僕の命だけしか見ていない! こんな奴らを放っておいて、普通の生活が出来る訳もないよ!!」 怒声が響き渡り、彼の四方八方から得物が振り下ろされる。 だがそれは、彼の数センチ手前の空間で静止。空間の壁だ。 (#・∀・)「こいつらが! こいつらが、父さんと母さんを殺したんだよ!? 目の前にいる仇をわざわざ逃がすなんて、そんな事は僕は出来ないよ!!」 両の刃が、再度翻る。 それは二人の男の腹を深く切り裂き、翻る刃で更に二人の喉を刺し貫いた。 だがそれで、二本の刃はへし折れてしまった。 モララーは二つの柄を投げ捨てると、足元にあった刃こぼれのある手斧を手に取る。 (#・∀・)「神童なんて名声も! くだらないテストで高得点を取るこの頭脳も! 笑い合える友達も! 誉めるだけの先生も! 何一つ不満のない環境も! 母さんと父さんが―――大切な人がいなきゃ、僕にとって何の意味もないんだ! 大切な人がいない世界で生きて! するべき事も果たせない世界で生きて、何の意味があるのさ!!」 刃こぼれした斧は、振るわれるたびに鈍い音をこぼして男達を切り倒していった。 振るわれる一撃で頭が割れ、跳ね上がる一撃で腕が飛ぶ。 それから薙ぐように振るわれた斧は、一人の身体を二つにして、もう一人の横腹に深く食い込んだ。 だがそこで、ガラスが割れるような音が響いた。 重なる衝撃で、彼を護っていた空間の壁が破壊されたのだ。 「死ねぇぇえぇえぇ!!」 嬉々とした怒声と共に、無数の得物が振り下ろされる。 その一つ一つが致命傷を与える軌道を走っていた。 (;・∀・)「しまっ……!!」 もう無理だ、と理解した。 こうなる運命だったのかも。そう思った。 いや、もしかしたら僕は死にたかったのかもしれない。 母さんのところへ、父さんのところへ行きたかったのかもしれない。 不思議と、死にたくないとは思わなかった。 死にたいって訳でもないけれど、生きなくちゃならない、とは思わなかった。 死んじゃいけないってのは分かってる。 母さんと父さんが僕を生かしてくれた意味が、なくなってしまうから。 だけど、それでも―――僕はどこか、死にたかったのかもしれない。 正解の答えを理解する事と、それをそのまま自分に当てはめると言うのは別の事だ。 兄さんが言っていた事が正解だとは分かるし、そうするべきだとも思う。 でも、でも……。 何で自分がこんな事をしているのかなんて、分からなかった。 父さんの、母さんの仇を取る為。それは分かっている。 だけど、それを為した後―――僕は、どうするのだろう。 それが、分からなかった。 でも、とにかく、この胸の中にある黒い闇を吐き出したかった。 楽になりたかったんだ。逃げ道をひたすら走っていたんだ。 でも、もう良いや。 考える必要が、なくなる。考えられなくなる。 楽に―――なれる。 無数の金属音が響いた。 我に返れば、目の前には苔生した石畳。 どうやら、いつのまにか頭を抱えて蹲ってしまったようだ。 ぽたっ、と。彼の目の前の石畳に一滴の紅が落ちる。 紅は段々と量を増やし―――緑の石畳を紅の石畳へと変貌させた。 気付けば世界は、その液体の音以外、無音だった。 何事かと、顔をあげる。 そこには、兄がいた。 ( ´∀`)「……無事もな? モララー」 兄の、優しい声。 何度も何度も聞いた、優しい―――優しい、声。 父や母の声と同じくらい好きだった、兄の声だった。 (,,・∀・)「兄、ちゃん?」 だが。 ( ´∀`)「もな?」 (,,;∀;)「何でだよぅ……!」 その兄の身体は、血塗れだった。 モナーの体は、紅で染まりきっている。 その理由は明確。身体の至る所に、男達の得物が刺さっていた。 だが、それだけではない。 彼の両手には、歪な銀の刃と、歪な黒の刃。 それぞれの刃が、男達の身体を貫いていた。 男達の身体からの返り血が、彼をより紅く染め上げていた。 ( ´∀`)「何でって……何、もな?」 男達の驚愕と怒声をよそに、モナーは穏やかに続ける。 (,,;∀;)「何で、僕の為にそんな傷付くの!? 僕は……異能者で、こんな人殺しなんだよ!?」 ( ´∀`)「弟を護らない兄貴が、この世の中にいるもな?」 言いつつ、刃を振るう。 貫かれていた男達の身体が吹き飛び、地面を転がった。 ( ´∀`)「お前が異能者であろうと人殺しであろうと、関係ないもな。 お前はそんな名前じゃなくて、僕の弟―――モララーって名前があるもな」 なお穏やかに続けるモナーに、男達は驚愕を隠せない。 モナーの傷は、無視出来るような傷ではなかった。 「な、何だてめぇは!」 ( ´∀`)「VIPPER。……いや」 手早く、己の身体に突き刺さっている得物を投げ捨てる。 そして、己を囲んでいる男達に黒と銀の刃を向けた。 ( ´∀`)「こいつの兄貴だもな」 男達の殺気が、自分に向くのが分かった。 その状態で、モナーはのどかな優しい笑顔を浮かべる。 ( ´∀`)「……お前との話は、こいつらを片付けてからもな。 動くなもな、モララー。兄ちゃんが、お前を護りきってみせるもな」 それから、一瞬。 モナーに向けて無骨な大剣を振り下ろそうとした男の首が、凄まじい量の血を吹いた。 彼の大剣は、宙を舞っている。 その柄には、手首が付いたままだ。 モナーは一瞬の内に男の手首を切断し、そして首を切りつけたのだ。 彼は一瞬で黒と銀の歪剣を鋏に戻し、それを左手に握ると、跳び上がる。 そして空中で大剣を掴むと、一気に急降下した。 (#´∀`)「も゛な゛っ!!」 大剣を地面に叩きつける。 運悪く大剣の面積の中にいた者は、一瞬にして押し潰された。 そして、大剣を振り回す。 巨大な刃は男達の胴を容赦なく分断し、そして振り抜かれる。 そこで静止するかと言えば、そうではない。 大剣は、再び宙を舞った。 しかしそれはさきほどのような生易しい物ではなく、強い回転と速度を持ち合わせていた。 モナーは、大剣をまるでブーメランのように投げ飛ばしたのだ。 それはかなりの数の男を切り飛ばして、石畳に突き立つ。 見れば、尋常でない量の紅が石畳を覆っていた。 だが、男の数は減らない。 それどころか、増えているような気さえする。 おそらく、この事を聞きつけた組織の人間が集まりつつあるのだろう。 ここは既にシベリアの中心部だ。組織の人間も多い。 だがそれでも、モナーの眼の光は衰えなかった。 いや、むしろ輝いたとも言える。 今の彼の前では、数だけの雑魚は問題にならない。 元々、彼は能力が高かった。 だが、その能力の高さを覆い隠すほどの異質な能力が彼にはある。 異常とも言えるほどの、あらゆる武器の扱いの巧さ。 そして、自前の武器の作成能力。 初めて握る得物でも、彼はずっと使ってきたかのように―――特別な訓練を受けたかのように扱ってしまう。 彼に扱えない武器など、この世には存在しない。逆に言えば、この世の全てが、彼の武器だ。 そして人は、何かを護ろうとする時、最高の力を発する。 ―――今の彼を倒せる者など、この中には一人たりともいない。 例え彼が、凄まじいほどの傷を負っていても、だ。 (#´∀`)「もなあぁぁぁあぁぁあぁっ!!」 突き出された長剣をかわし、顎を肘で打ち抜く。 そして長剣を奪い取ると、手近な男の喉を貫いた。 周りで、風を切る音が重なる。 そこでモナーは、左手に握っていた巨大ハサミを頭上に構えた。 一瞬の後、無数の剣撃がハサミで弾けた。 それと同時に、ハサミが翻る。 巨大なハサミは、無防備な状態の男達の脇腹から入り、逆側から抜けた。 いくつかの死体が出来上がり、血の霧が舞い踊った。 (;´∀`)「くそ……数ばかり多くてめんどくさいもな」 ハサミを両手で構えながらも呟く。 出血と疲労によって、体力がかなり低下していた。 そして体力の低下は、油断を呼び起こす。 「死ねぇえぇぇえぇっ!!」 (;´∀`)「もなっ!?」 後ろからの、刺突。 慌ててハサミで防御するが、間に合わず、少し脇腹を抉り取られた。 (;´∀`)「―――ッ!!」 すぐにハサミを翻し、男の頭を切り飛ばす。 だが、それがダメだった。 無理な体勢からの攻撃で、モナーはバランスを崩してしまったのだ。 もちろん、その好機を男達が逃すわけもない。 無数の風切り音。 モナー目掛けて、無数の得物が振り下ろされた。 モナーは必死でハサミを振るい上げるが、筋の入ってない斬撃は三本ほどの得物しか弾けない。 致命傷になるであろう箇所は守れたが、それでもこの得物の数は相当危険だ。 歯を食いしばった。 それと同時に、背中や足にいくつもの鋭く熱い衝撃が走る。 痛みに、一瞬意識が遠のく。 だが、無理矢理に意識を確保した。 ここで倒れるわけにはいかない。 自分は、自分は弟を――― (#´∀`)「護るんだもな!!」 腰を落とし、ハサミを二本の歪剣へと変化させる。 そして、ただ無造作に、それを振り回した。 (#´∀`)「もなもなもなもなもなもなもなもなっ!!」 首が飛び、胴が千切れ、頭が割れる。 眼に見えて、男達の数は減っていった。 だが。 このままでは、間に合わないとモナーは確信していた。 多すぎた出血、限界を超えつつある痛覚。 何度も切られた足は、そろそろどこかの筋が切れる頃だ。 そう分かっていても、彼は止まらなかった。 弟を護る為。自分の大切な物を、愛せる物を護る為。 「がぁあぁあぁっ!?」 「な、何だお前r」 その時、絶叫と狼狽した声が遠くから聞こえた。 それと同時に、攻撃の手が各段に弱まる。 何事かと、顔を上げた。 そこには――― ( ФωФ)「よぅ。頑張ってんな」 ( ∵) 「来て良かった」 鉈のような幅の広さを持った長剣を握ったロマネスクと、槍を握ったビコーズがいた。 そして、彼らの前には数多の死体。 (;´∀`)「ロマネスク……それに、ビコーズさん?」 ( ∵) 「そうだよ」 (;´∀`)「何故ここに?」 ( ФωФ)「ビコーズがな、帰ってきてから『嫌な予感がする』つったんだよ。 こいつの予感はよく当たるから、あっちはセントジョーンズに任せてこっちに来た」 ( ∵) 「そういう事。それよりもロマネスク君」 ( ФωФ)「あん?」 ( ∵) 「敬語使って欲しいな。私、上司だし」 ( ФωФ)「うるせぃ。今はそんな事よか、こいつ等をどうするか考えるべきだろ」 ( ∵) 「そうだね」 武器を構える。 それと同時に、怒声をあげて男達が動いた。 ( ∵) 「まぁ、どうするかって言っても―――」 ( ФωФ)「潰す、しかねぇよな」 猫のような笑みを浮かべて、ロマネスクも動き出す。 それに続くかのように、ビコーズも石畳を滑るように走り出した。 そして――― (,,・∀・)「僕も、戦る」 モララーが、立ち上がっていた。 空間を超えて呼び出したのであろう、その両手にはナイフだ。 (;´∀`)「モ、モララー?」 (,,・∀・)「兄ちゃんだけに任せるわけにはいかないよ。これは僕の問題なんだから」 言い終えるのと同時、無数の金属音が響く。 その中に、モララーは突っ込んでいった。 ( ФωФ)「おぅ少年! お前も戦るかい!?」 (,,・∀・)「うん。これは僕の問題だからね」 ( ФωФ)「よっし、じゃあ―――」 (,,・∀・)「暴れようか」 ( ∵) 「ほら、無駄に話しない」 三人は喋りながら、襲いかかる男達を凄まじい勢いで切り倒していく。 それを見て、モナーはハサミを握る手に力を込めた。 ( ´∀`)「僕も、戦るもな……!」 身体に力を込めれば、傷口から血と一緒に力が抜けていくような感覚を覚えた。 だが、彼はハサミを振るう。 弟を、護る為。仲間と、共にある為。 哀しみと憎しみの連鎖を、少しでも止める為。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ (;´∀`)「お、終わった……もな?」 ( ∵) 「うん、終わったね」 (,,・∀・)「数ばっかり増やして、どうにか出来るとでも思ったのかな」 ( ФωФ)「ガキがらしくねぇセリフを吐くんじゃねぇ」 呟く彼らの前には、数多の死体。 そして、動けないほどの痛手を負った者達。 不気味な呻き声が路地裏を覆っていた。 ( ФωФ)「これは、『理由もなしに異能者を殺そうとしていた反異能者組織を鎮圧した』で済むか」 ( ∵) 「『説得は不可能。やむを得ず戦闘を行った。その結果、死傷者多数』も付けておこうか。 結構厳しい所だろうけど、正当防衛で済むと思う。上の人達も、反異能者組織には良い思い抱いてないしね」 ( ФωФ)「だな。……さて」 言いつつ、ロマネスクは幅広の長剣を肩に乗せる。 そして、モララーの方向に向き直した。 ( ФωФ)「元々の仕事、片付けるか」 ( ∵) 「そうだね」 ビコーズも、ロマネスクと同じようにモララーに向き直す。 モララーは二人に挟まれる形になり、表情から笑みを消した。 (,,・∀・)「……一応聞いておくけど、どういうつもり?」 ( ФωФ)「分かってんだろ?」 ( ∵) 「反異能者組織とは言え―――正当防衛だとしても、君は殺し過ぎた。 これ以上の死者を少しでもなくす為、君を拘束させてもらう」 ( ФωФ)「こちらも一応聞いておく。素直に、拘束されてくれるか?」 (,,・∀・)「分かってるでしょ?」 くくっ、とモララーの口角が上がる。 楽しそうで、それでもどこか悲しそうな―――あまりにも、皮肉な笑み。 (,,・∀・)「止まらない。止まれない。母さんと父さんの仇を討つんだ。 それに、彼らは無罪の異能者を次々と惨殺しているんだ。そんなクズ共、放っておけない」 ( ФωФ)「……なら、仕方ないわな」 ( ∵) 「モララー。君を力ずくで拘束させてもらう。死にたくなければ、早々に降伏してくれ」 (,,・∀・)「じゃあ君達も、死にたくなければさっさと逃げてね」 モララーもナイフを構え、戦闘態勢に入る。 空気が一気に鋭くなり、動くだけで切れそうな雰囲気が誕生した。 (;´∀`)「……ロマネスク。僕は……」 ( ФωФ)「俺らに任せとけ」 モララーから視線は逸らさぬまま、言う。 ( ФωФ)「自分で止めたいってのも分かるが、その身体じゃあ無理だ。すぐ血がなくなる。 しかも記録を見る限り、こいつは相当のやり手だ。万全のお前が戦っても良い勝負になるくらいのな。 だから、お前の代わりに、俺達が止める。お前はせいぜい、弟が止まってくれるのを祈れ」 その言葉に、歯噛みする。 自分の無力さがここまで憎くなったのは、初めてだった。 (;´∀`)「……モララー」 (,,・∀・)「ごめんね、兄ちゃん」 一体、その『ごめん』には、どんな想いが込められていたのか。 彼がそれを確かめる術も時間もなく―――戦いが、殺し合いが始まった。 ( ФωФ)「ずぁぁっ!!」 凄まじい速度で振り下ろされる刃。 しかしそれはナイフでわずかに軌道をずらされ、石畳を切り砕くに終わる。 ( ∵) 「ッ……!」 そこで、右斜め下から切り上げられる槍。 モララーはそれに対して軽く身を引く。槍の刃は、彼の腹部の服を薄く切るに終わった。 だが、そこで槍が回転する。 刃よりも深いラインを走った石突は、モララーの腹部を深くえぐった。 ビコーズは更に槍を振るおうと一歩踏み出す。 ( ∵) 「痛ッ……!」 だが、槍は振るわれなかった。 その理由は明白。 彼の肩に、尋常でない勢いでナイフが突き立ったからだ。 後ろに数歩退くほどの衝撃に、しかしビコーズの表情は歪まない。 その空虚な眼はモララーでなく―――その後ろで刃を横薙ぎにしようとしているロマネスクを見ていた。 ( ФωФ)「っるぁあ!!」 咆哮と共に叩きつけられる刃。 だがそれはモララーの身体には届かない。 幾重にも重ねられた空間の壁。 その内、三枚の壁を破壊した所で、彼の刃は止まってしまった。 (,,・∀・)「へぇ、すっごい威力だね。何層も壁を作っといて良かった」 (;ФωФ)「……てめぇ」 ロマネスクの声を無視し、モララーは軽いステップを踏んで後ろへと下がる。 (;ФωФ)「素直に拘束されろよ!」 (,,・∀・)「僕は掴まるわけにはいかないんだって。 反異能者組織を止めるまでは、止まれない」 (;ФωФ)「反異能者組織は俺達がどうにかするから、大人しくしてろってんだ!」 (,,・∀・)「……はぁ?」 そこで、モララーの表情が変わる。 禍禍しい憎しみをたたえた、怒気満ちる表情へと。 (#・∀・)「あんた達がどうにか出来なかったから、母さんが、父さんが死んだんでしょ? ふざけてるの? あんた達が何もしないから、僕がやってるんだ。それを、何を偉そうに―――!!」 モララーの両手が、ロマネスクに向けて掲げられる。 そしてそれは、まるで何かを握り潰すかのように閉じていって――― 破砕音が響いた。 見れば、ロマネスクがいた空間が歪んでいる。 そう、『さっきまで』彼がいた空間が。 (;´∀`)「ロ、ロマネスク……!?」 モナーは、最悪の結果を思い浮かべる。 彼は、空間に押しつぶされてしまったのではないかと。 それこそ、跡形もなくなるほどに。 モララーの“力”は、空間操作だ。 出来ない話では―――ない。 (;´∀`)「ロマネスクッ!?」 「あんだよ、うっせぇな」 (;´∀`)「もな!?」 後ろからの声に、驚いて振り返る。 そこには、ロマネスクを右腕で抱えているビコーズがいた。 ( ∵) 「間に合って良かった。危ない危ない」 平然と呟くビコーズ。 だが、彼の左腕は肩口から綺麗になくなってしまっていた。 ちぎり取られたような傷口。 そこから流れ落ちる、尋常でない量の血液。 (;´∀`)「ビ、ビコーズさん。その腕は……!?」 ( ∵) 「あぁ、ちょっと間に合わなかったようだね。仕方ない」 (;ФωФ)「うぉっ、悪いなビコーズ。それは流石に、時間かかるな」 ( ∵) 「流石にね」 (;´∀`)「痛くないんですかもな!? 時間かかるって何もな!?」 ( ∵) 「そりゃ痛いよ。我慢してるの。我慢」 ( ФωФ)「異能者は破損した部分が回復するんだぜ? ビコーズはその能力がちょっと他より強いみてぇでな、生半可な傷だったらすぐ治る」 ( ∵) 「でも流石に腕取られちゃったら治るの時間かかるしね。だから、時間かかる」 (;´∀`)「信じらんないもな……」 ( ФωФ)「俺達の想像が追いつかない“力”を持ったのが、異能者だからな」 そこで、彼はモララーに向き直す。 モララーは、右手に反り身の片刃剣―――日本刀を握ってロマネスクを睨んでいた。 既に、戦る気は満々のようだ。 ( ФωФ)「おーおー、ガキの割に良い面してんじゃねぇか。流石モナーの弟。 ……道を間違えなければ、将来は相当すごい位置にまで上り詰めたんだろうな。 だが、もうお前は道を間違え過ぎた。素直に拘束されてくれないのなら、手加減ナシで―――」 (,,・∀・)「両親の死を見て見ぬ振りして、ちやほやされた生活を続けるのが正しい道? 僕はそうは思わない。僕が行く道が、僕にとって正しい道なんだ。その道を邪魔するっていうなら―――」 「「 殺しにかかる 」」 二人の声が重なって、そして同時に動き出した。 (,,・∀・)「ッ!!」 鋭い吐気と共に突き出される日本刀の切っ先。 それを刃の側面で受けて、弾く。 隙の出来たモララーの脇腹に、刃を叩きつけようと振るう。 だがその刃は唐突に跳ね上がり、彼を傷付けぬまま上へと抜けた。 (;ФωФ)「なっ―――!?」 驚愕に眼を見開けば、彼の右足も上がってる事に気付いた。 受ける前に、刃の側面を蹴り上げたのだろう。 上がっていた右足が地面に落ちる。 そしてすぐに、その足を軸に踏み込み、拳を突き出した。 (;ФωФ)「チィィッ!!」 反射的に、防御しようとその拳を左手で受け止める。 だが――― 拳を受けた左手。 それを突き破って、左手の甲からナイフが顔を出した。 それに驚く暇もなく、今度は右から日本刀が迫る。 ロマネスクはそれを刃で弾くと、バックステップで距離を取った。 (;ФωФ)「痛ッ……!」 痛みに顔をしかめる。 見れば、左手には細くも傷口の粗い線―――真っ直ぐ見れば、それが貫通していると分かる穴だ。 勿論、だくだくと流れ出る血は止まる気配を見せない。 しかも、左手の人差し指から小指までが動かない。 親指も、動くとは言え、動かせば激痛だ。 (;´∀`)「ロマネスク!?」 (;ФωФ)「あー、大丈夫大丈夫。今までにもこんなのは何回もやってきたから」 強がりを言って、モララーを見やる。 彼の手には、手の中に握り込んで刺す特殊なタイプのナイフ―――プッシュナイフが握られていた。 (;ФωФ)「なるほど、空間操作、か。 殴る直前に、そのナイフをどこかから呼び出したってわけだな」 (,,・∀・)「正解。油断したね」 言って、日本刀を前に構える。 まるで、首に刀を突き付けるかのように。 (,,・∀・)「これでもう、ほとんど左手は使えないね。 残るは君の右腕と、そこの人の右腕だけ。 さぁて……どう料理しようか?」 その言葉に、ハサミに身体を預けていたモナーが激昂した。 (#´∀`)「モララー!! お前……いいかげんにしろもな!!」 だが、モララーは何も反応しない。 まるで何も聞こえていないかのように。 心なしか、その横顔が皮肉に笑っていた。 ロマネスクは、右腕に握る刃を強く握り締める。 (;ФωФ)「本当にこいつ、ガキのくせにやりやがるぞ……面白ぇ!!」 じっとりとした汗を浮かべながら、顔に浮かべるのは猫のような笑み。 だがその表情は人懐っこい猫ではなく―――獲物を見付けた虎のような笑みだ。 ( ∵) 「さて、僕もそろそろ参加しようか」 (;ФωФ)「大丈夫なのか?」 ( ∵) 「あまり大丈夫じゃないよ。だから頑張ってね。 僕は異能者っていっても、戦闘用能力は皆無なんだから」 (;ФωФ)「ふざけんな!」 (,,・∀・)「……最期のお喋りは済んだ?」 一歩、踏み出す。 反異能者組織の男達の身体から出た紅で、ピチャリと音が跳ねた。 それに応じるように、ロマネスクとビコーズも構える。 ビコーズは左腕がないので、槍を構え辛そうだ。 だが。 ( ∵) 「行くよ。サポートしてね」 (;ФωФ)「なっ!?」 一番最初に動き出したのは、ビコーズだった。 (;・∀・)「うっ!?」 これにはモララーも予想外だったようで、彼は一瞬、動く事を忘れてしまう。 その一瞬だけで、ビコーズには十分だった。 振るわれる槍。 それは一振りで日本刀を弾き上げ、そして回転し、石突で右手の甲を打ち付ける。 その衝撃にモララーはプッシュナイフを落とし、日本刀を握った手は大きく跳ね上げられた。 (;・∀・)「はっ……早すぎr」 その言葉は、低いうめきに変わる。 ビコーズの足裏が、深く深く、彼の腹にめり込んでいた。 吹き飛ぶモララー。 それを追撃するのは、幅広の長い刃を持った影だ。 ( ∵) 「Go、ロマネスク」 (#ФωФ)「おっるぅぁああぁあぁっ!!」 静かな呟きに続き、咆哮と共に振り下ろされる斬撃。 モララーは無理な体勢のまま空間の壁を創り出すが、無意味。 ロマネスクの刃は三重にまで重ねられた空間の壁を全て粉砕して、モララーの脇腹を深く抉り取った。 しかし。 そのロマネスクの身体が、いきなり仰け反る。 何事かと見れば―――その眼から、日本刀が生えていた。 (;´∀`)「ロマネスク!?」 (;#ωФ)「がっ!? ぐっ―――!!」 驚愕と苦痛に、刃を取り落とす。落下音は聞こえなかった。 おびただしい量の血を眼から噴き出しながら、ロマネスクは眼から生える日本刀に手をかける。 切っ先は脳には達していなかったようで、嫌悪感を抱かせる粘着音を響かせて日本刀は抜けた。 その日本刀の柄が、掴まれ、引っ張られる。 強く刃を握っていなかった為、刀はすぐに持って行かれた。 そして次の瞬間には、首の両サイドに冷たく鋭い感触。 それは日本刀と、ロマネスクが取り落とした刃だった。 それぞれがクロスして、ロマネスクの首に押し当てられていたのだ。 もちろんそれを握るのは、モララーだ。 (;#ωФ)「お、お前―――!?」 (,,・∀・)「ゲーム・セット」 刃が同時に引かれる。 凄まじい大きさの血華が二つ咲き、そして紅い蜜を噴き上げた。 (;#ωФ)「かっ……! かかっ! か、はっ・……!!」 首を両手で抑えて、よろめく。 眼はかっと見開かれ、口は苦痛と悔恨に歪んでいた。 (;´∀`)「ロマネスク!!」 (;#ωФ)「かっ……!」 石畳に倒れ込む。 だが、その状態でロマネスクは叫んだ。 (;#ωФ)「ビコーズ!! 後は……た、頼んだ!!」 ( ∵) 「分かってる。聞こえた。任せて」 相変わらず淡白な受け答えをして、ビコーズは槍を握り締めた。 それを見て、ロマネスクは溜め息を吐く。浅く、熱い溜め息だった。 そして、猫のように笑う。もう自分は最期だと悟ったかのように。 しかし混乱に歪むモナーを見ると、その表情は申し訳なさそうな物へと変わった。 (;#ωФ)「す……すま、ねえ。モ、モナー。俺が、お前を、巻き込んだ。 俺、が。俺が済ますべき仕事、だった……のに、イタズラにお前を巻き込んで。 辛い思い、を、させる事に……なる。悲しい思いをさせる事に……本当に、すまな……」 そして言葉は、唐突に途切れた。 (;´∀`)「ロマ……ネスク?」 モナーは危なげによろめきながらも、横たわるロマネスクに駆け寄る。 そして彼の傍らにひざまずいた。 肌に、触れる。 腕に、肩に、顔に、触れる。 暖かかった。その暖かさは、少しずつ失われていった。 涙が、頬を伝った。 流れる涙は顎から落ち、ロマネスクの頬で弾ける。 「何、泣いてんだよ」 笑いを含んだ声が、目の前から聞こえた。 滲む視界の奥で、ロマネスクが笑っているのが見えた。 ( ゚´∀`)「ロ、ロマネスク……?」 ( #ωФ)「……そうだ。お前に、言い忘れた事があった」 ( ゚´∀`)「な、何もな?」 ( #ωФ)「ちょっと耳近づけろ。最期まで、声張れないと思うから」 軽く頷いて、ロマネスクの上半身を起き上がらせる。 そして、口元にそっと耳を近づけた。 ロマネスクはそれを確認すると、一つ息を吸い込んで、言った。 「お前に会えて、良かった。ありがとう。楽しかった。 お前に何度も救われた。お前に何度も笑わせてもらった。 恩も返せなくて、すまない。むしろ重荷を背負わせる事になっちまって……すまない」 震え、弱まっていく声が、悲しい。 消えそうになる炎のような、そんな友人の声が悲しい。 気付けば、頬を涙が濡らしていた。 「もう、俺はいなくなっちまう。自分だけ言い残して逝っちまうのは嫌だが―――これだけは言わせてくれ。 辛い想いさせて、すまない。今まで、ありがとう。……じゃあ、な」 想いを吐き出しきるかのように、ふっと息を吐く。 それと同時に、腕の中の重さが増えた。 だが、それは思っていたよりもずっと軽い。 血が抜け過ぎていた。 ロマネスクの身体が、揺れる。 それは死の痙攣ではなく―――モナーの震えが、伝わって揺れていた。 安らかな顔をしたロマネスクは、すでに真っ青だ。 触れれば、冷たすぎるほどに冷たい。無理をして、全身の力を振り絞って話したのだろう。 声が、漏れる。 ロマネスクの紅い喉からではなく―――ロマネスクの血がべっとりと付いた、モナーの喉から。 咳混じりの、うめくような啜り泣き。 それは時と共に大きくなり――― 「 ロ マ ネ ス ク ! ! 」 絶叫となって、路地裏に響いた。 それを裂くような、金属音。 続いて肉を裂く音と、鈍い打撃音。 そちらを振り向いてみれば、ちょうどビコーズとモララーが距離を取ったところだった。 モララーは脇腹と腕、肩から出血。 ビコーズは血反吐を吐いている。 だが、それも一瞬。 ビコーズは一際大きな血塊を吐き出すと、再度飛び出した。 薙ぐように振るわれる一撃。 モララーはそれを空間の壁でガードすると、ビコーズの胸目掛けて掌底を放った。 だがその掌底は、石突によって正面から止められる。 しかも、それだけではない。 ビコーズの姿が、ふっと消失する。 そして次の瞬間、その姿はモララーの後ろにあった。 (;・∀・)「くっ……!」 振るわれる槍を、辛うじて受け流す。 しかし巧みに操られた槍は一回転し、再度モララーに切りつけた。 (;・∀・)「痛ッ……!」 だが、槍の斬撃は浅い。腹の皮を一枚裂いただけだ。 モララーはバックステップ。それにピッタリついていく形で、ビコーズは踏み出す。 そして鋭く短い吐息と共に突き出される穂先。 そこで響く金属音。 モララーの手には棍が出現しており、それが穂先を受け流していた。 そこで、再度モララーはバックステップ。 ビコーズは、追わない。 (;・∀・)「はっ、はっ……」 ( ∵) 「なるほど。強い」 短く言って、ビコーズは槍を右腕だけで器用に回す。 左腕は全快とまではいかないまでも、既に手首付近まで再生していた。 だが――― ( ∵) 「モナー君」 モナーは、言葉を返さない。 言葉が喉に詰まって、出て来なかった。 ロマネスクの死が、未だに飲み込めていなかった。 それを知ってか知らずか、ビコーズは言葉を続ける。 ( ∵) 「残念だが、私はもう持たない」 おかしなうめきが、喉から漏れた。 それだけしか出来ない自分が悔しかった。 ( ∵) 「血を出し過ぎた。再生した箇所に血を回す為に、更に私の体内の血は薄くなる。 それでも、現状では出血は止まらない。再生しても傷は出来る。すぐに私の中から血はなくなってしまう」 モナーは、言葉にならない言葉を吐こうとする。 だがそれも、「だから」と続いたビコーズの言葉で遮られた。 ( ∵) 「私の死に様を見ていてくれ。僕が、この世界にいた痕跡を残せるように」 それだけ言って、ビコーズは石畳を蹴った。 それに舌打ちして、モララーも飛び出す。 横薙ぎに振るわれる槍。 それを棍で受けて、足を跳ね上げた。 跳ね上がった足は、狙い通りにビコーズの顎を蹴り上げる。 だがその足は、いつのまにか再生していた左腕に掴み取られた。 ( ∵) 「ふん」 (;・∀・)「わっ……!?」 モララーの身体が浮く。 ビコーズは左腕だけの膂力で、モララーを投げ飛ばした。 壁に激突して、モララーは低い呻き声を発して地面に落ちる。 それを好機と見て、ビコーズは肉薄した。 振り下ろされる槍。 だがその標的だったモララーの身体は唐突に消え、槍は壁の一部を破壊するに終わる。 「僕の“力”は―――」 ( ∵) 「空間操作だね。分かってるよ」 「なっ……!?」 ビコーズは、背後の空間に裏拳を飛ばす。 それは今まさに棍を振り下ろそうとしていたモララーの頬を殴り飛ばした。 (;・∀・)「ぶっ……!! な、何故―――」 ( ∵) 「私がさっきからやってるような事をやって、私が慌てるとでも思ったかな?」 言葉と共に、槍が横薙ぎに振るわれる。 モララーはそれを防御しようとするが、数瞬遅い。 風切り音を響かせて振るわれた槍。その柄は、モララーの脇腹を捕らえる。 何本かのアバラが折れる鈍い音。それと共に、モララーは吹き飛んだ。 (;・∀・)「がぁっ……!!」 しかしモララーは、すぐに立ち上がる。立たなければ殺される状況だからだ。 ビコーズはまたも、肉薄している。 戻る 目次 次へ ジャンル別一覧
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