四十章一四十章 過去と未来を 音が踊る。色が踊る。刃が踊る。血が踊る。人が踊る。 音は、刃が打ち合う金属音。 色は、彼らの得物の色。 刃は、彼等が握り振るう得物。 血は、刃によって彼らの身から溢れたそれ。 人は、まるで乱舞しているかのごとく動き回っている。 金属音を奏で、色を持つ得物を振るい、血を撒き散らして踊るは三人。 ハインと、ジョルジュと、そしてモナーだ。 当然彼らは踊っている訳ではない。戦い、殺し合っている。 剥き出しの敵意をこれでもかと叩き付け、同様に叩き付けられる敵意に対応する。 戦闘は高速化し、金属の打ち合う音は途切れなくなる。一つの音となる。 得物の色は空間に残る帯となり、血は刃を濡らし空間に紅を散らした。 全力での咆哮が三つ、同時に響く。 同様に全力を込められた刃は、一際高く強い金属音を打ち鳴らす。 それと同時に、まるで音に弾かれたかのように、接近していた三人は一斉に距離を取った。 僅かに息を荒くし、しかし自らの敵を睨みつける瞳は力を失わない。 全身の筋肉は撓められ、すぐにでも動けるようにスタンバイされている。 三人とも、身の至る所に傷があった。それらの傷は、いずれも軽傷。 だが、三人は気付いていた。 少しでも気を抜こうものなら、即座に致命傷が刻まれる、と。 その思考は決して誇大じゃなく、可能性でもない。現実で、必然だ。 それは、ここに揃っている人間を見れば一目瞭然だ。 “管理人”トップクラスの戦闘力を持つハイン。 武器の扱いにおいて誰よりも秀でたモナー。 天才的な反射神経と、型のない特異な“力”を持ったジョルジュ。 それぞれが敵の命を奪う事を目的とし、そしてそれを為すだけの力がある者達だ。 油断は許されない。僅かなミスが、死に繋がる。 三人ともそれを理解しており、だから全力で戦い、相手の命を狙う。 全ては生きる為に、先へ進む為に、だ。 三角形に対峙する三人。 その三角形の中心に、今にもはちきれそうな緊張を孕んでおきながら、動かない。 たった一つの小さな動きで、その停滞は解き放たれるだろう。 だから三人はそれぞれ、相手を見ている。動きを、瞳を、呼吸を見ている。 同様に、自分は見られている。だからそれぞれの動きは、小さく、静かなものになっていった。 だが内側には、限界以上に引き絞られた緊張が存在する。 事態が動き始めた時に、遅れないように。 少しでも早く動けて、対応出来た方に、戦闘の結果は傾くだろう。 今の状況は、全くの互角。 形としては、二対一なのだが―――しかし、モナー達は、優位な立場に立てずに居た。 (;´∀`)(何故だもな……?) おかしい。 何故、圧倒出来ない。 今まで、ハインの相手は自分一人で良かった筈だ。 圧倒出来ている、というわけではなかったが、少なくとも互角程度には戦えていた。 それには、ハインが本気で戦っていなかったというのもあるだろうが。 だが、それでも。 今、こちらは二人なのだ。 ジョルジュの戦闘力は決して低くない。 ハインが本気だったとしても、こちらとの戦力差は相当にある筈だ。 だが現実。 自分達は、こうして互角の戦いを繰り広げている。 優勢に出来ない。 (;´∀`)(どころか、少々押されている……もな?) 背に厭な寒気を感じ、モナーは歯を噛み締めた。 ( ゚∀゚)(何か―――おかしいな) 対してジョルジュは、モナーとは違うところに疑問を持っていた。 ( ゚∀゚)(あいつ、本当にハインだろうな? 何か、別人みてーだ) 彼女を睨みつける瞳が、すっと細められる。 感じるのは、大き過ぎる違和感。 これまで、ハインは常に『遊び』を持っていた筈だ。 言動は常にふざけたものだったし、戦闘ですらも楽しむ為に行っていた。 戦闘中でも笑顔を絶やさず、“管理人”としてではなく“自己”として動き回っていた。 だが、今目の前にいる彼女は、まさしく別人のようであった。 あれだけ自由で不真面目だったというのに、今は取り憑かれたかのように真面目だ。 戦闘も、最初から本気。遊んだり、ふざけたりという事を一切しない。 ジョルジュ達を排す事に全力になっている。本来は正しいその事が、大きな違和感になっていた。 永遠に終わらないかと思っていたあの軽口は、戦闘前の一言だけ。 それから今まで、口は沈黙を保っている。 瞳に光はなく。 表情に笑みはなく。 彼女の全てに、余裕がなかった。 焦っている。そんな風に見えた。 ( ゚∀゚)(……何か、あったか? 相当キツい何かが) 思考して、しかし同情する気にはならない。 そんな余裕はないのだ。 本気で迫るハインに、こちらに余裕はない。 同情すれば死ぬだけだ。今のハインは、それを現実にする。 だがもしかしたら、利用なら出来るかもしれない。 不安定なら、ちょっとした言葉で動揺もするだろう。 何かしらの傷口を抉り、動揺を誘う―――。 非情だとは思う。良心が痛まない訳でもない。 だがそんなことを言っている状況ではない。こちらも敗けるわけにはいかないのだ。 これは戦いだ。ルールがあり、フェアプレイが称賛される試合じゃない。 自分にそう言い聞かせた。 ( ゚∀゚)「ハイン。お前、何があった?」 从#゚∀从「……あ?」 ハインの眼光が、ジョルジュを貫いた。 思わず後退りそうになる。しかし平静を装って、言葉を続けた。 ( ゚∀゚)「何か様子がおかしいぜ? お前らしくない」 从#゚∀从「…………」 ( ゚∀゚)「ハイン」 从#゚∀从「うるせぇよ。私に干渉するんじゃねぇ。 数度顔合わせただけなのに、馴れ馴れしくしてんじゃねぇぞ、クソガキ」 乗ってきた。緊張の中で、ジョルジュは拳を握る。 表情を嘲笑に変えた。わざとらしく肩をすくめ、軽く両腕を広げる。 ( ゚∀゚)「おいおい、前まで馴れ馴れしくしてきたのはあんただろうが。 っは、何だその顔。いつもの笑顔はどこに行った? いつもの軽口はどこに行った? 言動といい表情といい、随分と余裕がないね。何を焦ってんだ?」 从#゚∀从「……うるせぇっつってんだろうが。ぶちまけんぞテメェ」 ( ゚∀゚)「そこは嘘でも良いから余裕を見せるべきじゃね? 怒ってどうすんの。それじゃ余裕がありませんっつってるもんだぜ? それともマジで、ハッタリもかませないくらいにギリギリなの? あのハイン様が?」 从#゚∀从「……!! テメェ、舐めやがって……!!」 ( ゚∀゚)「あーあー、だから怒るなっつーの。ハゲるよ?」 ハインは飛び出しそうになる自分を抑えるのに精一杯だった。 ジョルジュの漏らす笑い声に、自制心が崩されていくのを感じる。 ダメだ、落ち着け。冷静に、慌てる事無く排除すれば良い。 从#゚∀从「……あぁ、もう良い。クソくだらねぇ。 テメェらに構ってる暇はねぇんだ。早々に死んでもらう」 ( ゚∀゚)「はい、そこ。構ってる暇はないって、何をそんなに急いでるんだ? 何がそんなに気になるんだ? それとも、心配なのか? お前が戦闘を楽しむ事よりも優先するそれは、何だ?」 適当な戯言だ。冷静になれ。 从#゚∀从「テメェには関係ねぇよ!! 黙りやがれ!!」 ( ゚∀゚)「なるほど。やっぱり、何かあったんだね。 あんたが酷く不安定になっちまうような何かが。 そんで、それに対して他人に触れてほしくない……自分だけでそれをどうにかしたい、って感じてる、かな?」 熱くなるな。声を荒げるんじゃない。自制心を保て。 从#゚∀从「……随分とアバウトな予測で、偉そうに語ってくれるじゃねぇか。あ? テメェが私の何を知ってるってんだ!?」 ( ゚∀゚)「否定しないんだ。当たってるんだね、俺の予想は」 冷静になれ。内で呟いたその声に、もはや意味はなかった。 从#゚∀从「――――――ッ!!」 動く。呻きとも咆哮とも取れない声を漏らしながら、ハインの身が床を滑った。 応じるようにジョルジュも前に出て、手の甲からブレードを生やした右腕を跳ね上げる。 弾け散る火花、短い金属音。叩きつけられた黒銀の巨大鋏は、橙のブレードによって止められた。 ( ゚∀゚)「こんな軽い挑発にも、乗る。やっぱ、今のあんたおかしいよ」 从#゚∀从「だから何だ! 澄ましてんじゃねぇぞ!!」 鋏はブレードの刃を滑り、下方へ抜ける。 そして間髪置かず跳ね上がった。 ジョルジュはそれを左腕の爪『尖鋭』で受ける。 が、受けきれない。黒銀の鋏は重く、込められた力も途轍もないものであった。 左腕は弾かれ、鋏は幾分か速度を落とした上で、なお昇る。 (;゚∀゚)「ッ!」 咄嗟、首を反らした。 その顎を掠り取るようにして、刃が抜ける。 掠っただけだというのに、彼の頬から顎にかけてを紅い線が走り、血煙が空気を紅くした。 そしてハインの攻撃は続く。 鞭のように振るわれた長い脚が、ジョルジュの脚を薙ぎ払う。 衝撃に脚は床を離れ、ジョルジュはその背を床で跳ねさせた。 息が詰まる感覚。間もなく、腹部に追撃が来て、その感覚は輪郭を濃くする。 (;゚∀゚)「げッ―――!!」 倒れたジョルジュの腹部に、ハインの右脚が突き立てられていた。 彼女は右脚で彼の動きを止めたまま、両手で握った鋏を振り上げる。 (;゚∀゚)「ざっ……けんな!!」 息苦しさの中で無理矢理に言葉を吐き捨て、ジョルジュが右腕をハインに向けるのと (#´∀`)「もなぁぁあぁあぁっ!!」 走り寄ったモナーが、咆哮と共に薙刀を横薙ぎにするのは、同時だった。 ジョルジュの右腕は一瞬で形状を変化させ、拳から極太の針のような物を、ハインの腹部に向けて伸ばす。 モナーの薙刀はハインの喉へ。その刃が内包する威力は、彼女の首を切り飛ばすのに十分なそれだ。 だが対するハインは焦る事もなく、まるでそうなる事が分かっていたかのように、動く。 両手で振り上げた鋏を限界以上に開いて、分解。 鋏は二本の歪剣へと姿を変え、振り下ろされた。 左手、銀色の歪剣は横手へ。 右手、黒色の歪剣は下方へ。 同時に鳴り響く金属音、二つ。 モナーの薙刀は真正面から受けられ、ジョルジュの『針』は歪剣の腹で受けられていた。 (#゚∀゚)「ッ―――邪魔だ!!」 僅かな驚愕を顔に浮かべつつ、腹に突き立てられた脚に、左腕の肘打ちをぶち込む。 ハインの脚はあっけなく横へズレ、ジョルジュはすぐさま起き上がって左腕を横薙ぎに一閃。 だが、抜ける。彼女は上半身を大きく反らし、その一閃を回避していた。 そして、ジョルジュが弾き飛ばしたばかりの彼女の脚が、跳ね上がる。 その足裏は彼の胸を捉え、再度、彼を床へと蹴り飛ばした。 ハインは胸を蹴りつけた勢いのまま、後方へ跳躍。 その直後に、彼女の在った空間を青の流線が粉砕した。 風切り音の後に、舌打ちが二つ。モナーと、ジョルジュのものだ。 モナーはすっとジョルジュの前に立つと、ハインの方を向いたまま、肩越しに彼に声をかけた。 ( ´∀`)「大丈夫かもな?」 (;゚∀゚)「ん……、オッケーオッケー。あんたのおかげで、痛いだけで済んだ」 応えつつ、ジョルジュは立ち上がって尻を叩く。 モナーは「それは良かった」と呟くと、視線をハインに向け、眼を細めた。 ( ´∀`)「……君の言う通り、ハインはどこかおかしいみたいだもなね」 ( ゚∀゚)「ん。話が通じないくらいだからね」 仕方なさそうに、首を傾げる。 ( ´∀`)「交渉は出来ない。つまり」 ( ゚∀゚)「ここを抜ける為には、あいつを叩きのめすしかないわけだ」 モナーは小さく頷き、ジョルジュは笑みを顔に浮かべる。 楽しげなそれではなく、やや皮肉めいた笑みだった。 もしかしてハインだったら戦う必要はないかもしれない、と少しだけ、希望を持っていたからだ。 よもや、その正反対の結果になるとは。 ( ゚∀゚)「でも簡単な事じゃないみたいだね。 ハイン、本気だ。余裕もないけど、容赦もない。 しかも、我を失ってるわけじゃない。きっちりと、勝ちに来てる」 ( ´∀`)「もな。二対一の状況で、ここまで戦って見せてる。 こっちも全力で行かないと、もしかしたら、もしかしちゃうもな。 気を抜いちゃダメもなよ、ジョルジュ君」 ( ゚∀゚)「わーってるよ。……しかし、何を、あいつはあんなに慌ててるんだかね」 ジョルジュの言葉に、しかしモナーは軽く首を横に振った。 ( ´∀`)「本人が喋らないなら、気にするべきじゃないもな。 聞き出す必要も余裕もない。今はとにかく、戦闘に集中するもな」 ( ゚∀゚)「……あーいよ」 気になるところではあったが、確かにそんな場合でもない。 ジョルジュは体勢を低く構え直し、右腕の形状をブレードに変化させると、ハインの動向を観察する。 ハインはというと、もはや焦りを隠そうともしない。 姿勢は前傾となり、イラついたような表情を見せて、熱い息を吐いている。 しかし策もなく飛び出すようなこともなく、やや充血したその眼は冷静に戦況を見ていた。 焦っているが故に、彼女は冷静だった。冷静であろうとした。 早くこの戦闘を終わらせる為に、だからこそ冷静でなければならない、と彼女は分かっていた。 从#゚∀从「待ってろよ、つー……」 そしてジョルジュが瞬きをするタイミングで、彼女は飛びだした。 从#゚∀从「らぁあああぁぁぁぁああぁッ!!」 (;゚∀゚)「くっ!」 左より叩き付けられる黒の歪剣を、左腕の爪で受ける。 間髪置かず、銀の歪剣が別方向より襲い来る。 速い。避けられない。仕方なく右腕で受けた。直後、腹部に衝撃。脚が浮いたところでようやく、蹴り飛ばされたのだと気付いた。 だがハインは追撃をかけない。どころか一歩を引く。 そして両手の歪剣を鋏に変形させると、思いきり跳ね上げた。 黒銀の鋏はそこで、青の薙刀の重い一撃を真正面から受け、弾く。 (#´∀`)「もなッ!!」 モナーは流れのまま薙刀を半回転させ、石突きの部位を下から跳ね上げる。 それをハインは大鋏の柄で防御、弾き飛ばした。 咆哮をあげ、大鋏を横に一閃。しかしその刃は、縦に構えられた薙刀の柄によって受け止められる。 その衝撃を殺し切らず、むしろ利用して、モナーはその身を旋回させる。 そして全力を込めて、叩きつける。遠心力を纏った大薙刀は、ひどく重い破壊力を伴っていた。 ハインもそれに負けじと、腰の回転を使って大鋏を叩きつける。 まるで大剣の如き質量を持つ大鋏は、薙刀に負けない破壊力を内包する。 結果、二つの得物は壮絶な金属音を奏でて弾けた。二人の手に、得物から伝わった痺れがびりびりと走る。 だがハインはそこで停滞しない。 大鋏を片手に持ち代え、刃から返ってくる衝撃を後方へ上手く逃しながら、モナーに接近した。 モナーはそれに反応出来ない。 从#゚∀从「寝てろ!!」 モナーの脚の後ろに片足を置き、それを引きつつ、腕を水平に振るった。 腕は肘の辺りでモナーの首を捉え、彼は呻きを漏らしつつ、床に仰向けに叩き付けられる。 鈍い音がしたが、頭を打った様子はない。咄嗟に顎を引いたようだ。 しかし背中を打ったからか、呼吸が辛そうだ。 衝撃は弱くなかった。苦痛は相応にある。 今の状態では応戦も満足に出来ないだろう。 だがハインはそこで、やはり追撃をせずに、大きく後方へ跳び退った。 直後、彼女の目の前の空間を橙色の刃が貫いていく。 (#゚∀゚)「チッ!」 舌打ちと共に、ジョルジュが彼女とモナーの間に入り込んできた。 しかし、すぐに飛びかかるということはしない。ハインの様子を窺い、タイミングを見計らっている。 そして右腕の形状をショートブレードに変えつつ、背後のモナーに向けて叫んだ。 (;゚∀゚)「相棒として、全力で護らせてもらうよ! でも残念ながら、大して長い間持たないかんね! だからさっさと体勢を立て直してくれよ! 死にたくないっしょ!?」 そして言葉を後方に残して、彼は突撃の疾駆を始めた。 距離は一気に消え失せ、ジョルジュはその右腕を振るい、ハインはそれに対抗すべく動く。 橙のブレードは下から上方へ、斜めの軌跡を刻んだ。 ハインはそれに合わせて身体を斜めに傾がせ、ブレードを苦もなく回避。 彼女はそのまま距離を詰め切ろうという動きを見せたが、しかし直前で停止、後退した。 その眼前、四本の橙の線が空間を刻みつける。ジョルジュの左腕の『爪』によるものだ。 ジョルジュの舌打ち。それから間を置かず、彼は後退するハインを追撃しにかかった。 床を滑りつつ、右腕と左腕を連続で叩き付ける。 全力だが、闇雲ではない。隙を狙い澄ました上で、出来る限りの速度で刃を振るった。 風切り音が連続し、踏む足音は強く早くなっていく。 が、しかしハインを傷付けられない。刃が届かない。 ジョルジュの全力は、彼女の両腕に握られた黒と銀の歪剣によって全て受けられ、あるいはいなされ、避けられていた。 何てふざけた野郎だ、とジョルジュは歯を噛む。 (#゚∀゚)(しかも……まだ余裕がある) 追い詰められていない。届かない。 届かせるにはどうすれば良いか―――それを思考した時に、いくつかの言葉が浮かぶ。 なるほど、やってみる価値はあるか。 ( ゚∀゚)(トリッキーに動いて、翻弄する!) フサやモナーに教わった、自身の戦い方。 状況はやや違うが、戦い方としては有効に使える筈だ。 それを、試してみよう……ではない。絶対に、成功させなくてはならない。 この状況を打破する為には、そして生きる為には、失敗は許されない。 やれるかどうかではなく、やるしかない。訓練は十分に積んだ。出来ない筈は、ない。 そして思考が終ると同時に、攻守が逆転する。 後退のステップを踏んでいたハインの脚が、床を強く踏み締めた。 無理矢理な停止による摩擦の音。合成ゴムの焦げる臭い。 次の瞬間には、彼女の後退の動きは前進の動きへと変わっている。 ジョルジュに正対した彼女は、容赦のない前蹴りを撃ち込んだ。 リーチは長く、速い。ジョルジュに、それを避ける術はない。 ない、筈だった。 ( ゚∀゚)「よっと!!」 声。それはその一瞬で、正面から横へ流れる。 そしてハインの脚は空を貫いた。そこにジョルジュの身体はない。 彼女の表情が僅かな驚愕に染まる。 しかし、すぐさま元の表情へと戻った。怒っているような、焦っているような顔に。 从#゚∀从「クソが……!」 忌々しげに呟く彼女の表情は、ジョルジュが動いた方向と逆に動いた。 橙の髪が、彼女の動きに遅れてついていく。 その内の一房が、唐突に千切れて宙で散った。 鮮やかな切断面は、ジョルジュの右腕によるものだ。 ( ゚∀゚)「惜しい!」 从#゚∀从「うるっせんだよ! 雑魚は大人しく散ってろ!!」 声と共に、猛攻が始まった。 空間に色が付く。黒と銀。そして橙の色。 それらは残像だ。余りにも速いハインの攻撃が生み出した、色のある残像。 そして色は、彼女のステップと共に前進する。それはまるで、ジョルジュを呑み込もうとするかのように。 それに対して、彼は鋭い笑みを浮かべた。 勿論、余裕なんてない。笑える要素なんてどこにもない。 だというのに、彼は笑った。おかしくて堪らないというよりは、自然と零れてしまった、とでもいうように。 色が増える。ジョルジュの右腕と爪の色―――まるで夕陽のような橙だ。 それは圧倒的に遅くはあるが、ハインの色に対抗してみせた。 結果、色に音が付く。透き通った風切り音と、洗練された金属音だ。 そして両腕で抑えきれない攻撃はというと、ジョルジュは避けていた。 その天才的、怪物的な反射を以てして。 危なげな応対ではあったが、しかし間一髪のところで、彼女の色はジョルジュに届かない 壮絶な風切り音の中、ハインが歯を噛み締める音と、ジョルジュの乾いた笑い声が重なる。 しばらくその応対は続き、やがて変化が起きた。 空間に赤が混じる。血だ。 ハインの刃が、徐々にジョルジュを削り始めていた。 刃が掠れば肌が切れ、血液が噴き出す。 縦横無尽に空を駆けるハインの刃は、溢れた血液すらも切り刻んで、それを赤の霧へと変えた。 霧は徐々に増える。疲労からか、ジョルジュの腕が彼女に追い付けなくなってきていた。 (;゚∀゚)「チィ……!」 ダメだ。これじゃ真正面からぶつかってるのと変わらない。 ハインのペースに乗ってしまってはいけない。 この猛攻から抜け出さねば。 後退の速度を上げた。ハインはそれにぴたりと付いてくる。放す気はなさそうだ。 次の一歩で、一気に速度を上げる。ハインはそれでも、しつこく食い下がってくる。 ( ゚∀゚)(―――そうだ、それで良い) やがて速度がピークに達すると、ジョルジュは床を全力で踏み締める。 先程のハインのように綺麗には決まらなかったが、しかし速度は一気に落ちた。 その脚を軸に、後退の勢いを前進へシフトする。 ハインはついてきている。眼前だ。 黒の歪剣を振り上げ、今にも振り下ろさんとしている。逆側の銀の歪剣も、振るわれる寸前といった感じだ。 それに対し、ジョルジュは前進の勢いを殺さぬまま、右腕を前に構えた。 しかしその形状はショートブレードではなく、巨大な盾だ。 振るわれたハインの歪剣は、堅い音を経てて盾で弾ける。 その隙に、ジョルジュは大きく一歩を踏んだ。 盾の向こうのハインに並ぶ。 彼女のペースにさせなければ良い。 攻撃を叩き込もうとするのならば、避ければ良い。 避けられない猛攻を仕掛けてくるのならば、止めてしまえば良い。 盾で猛攻を無意味なものにしてしまえば、そこで彼女のペースは崩せる。 そして彼女が新たな流れを作り出す前に、自分の流れを作ってしまえば良い。 さぁ、攻撃は止めた。後は、自身の流れを作りだすだけで良い。 この巨大な盾によって、彼女から自分の動きは見えない。 自分がどのようにして流れを作ろうとしているのか、彼女からは見えない。 更に一歩を踏む。これで背後を取れた。 そして左腕を振り上げ、盾から飛びだして――― (;゚∀゚)「あ……!?」 そこに、ハインはいなかった。 盾の向こうにいると思っていたハインは、いつのまにか消えていた。 ……そうだ。 あちらから自分が見えないように、こちらからもあちらは見えない。相手がどう動いているか分からないのは、自分もだった。 即興の作戦だったとは言え、迂闊だった。どこに、と彼女を探そうとする。 その時、微かな音が聞こえた。 音は背後から。床を踏む音、そして風切り音だ。 (;゚∀゚)「―――!!」 息が詰まり、焦りと緊張が全身に満ちる。 必死で左腕を背後に飛ばした。 プロテクターに覆われた前腕は、そこでひどく重い衝撃を受ける。 その衝撃に、びりびりと全身が戦いた。 歯を噛み締める。関節と筋肉が悲鳴をあげていた。 从#゚∀从「チッ……! 無駄に面倒臭ぇもん付けてきやがって。 そいつがなきゃ、今頃は左腕を飛ばしてたものを」 言いつつ、ハインは歪剣を握る手から力を抜かない。むしろ、強めていく。 ジョルジュはそれに耐える。既に、脚や腕には震えがあった。 プロテクターが軋む。 (;゚∀゚)「残念だったねぇ……。今あんたが握ってるそいつと同じく、あのおっちゃんが作ってくれたもんだよ」 从#゚∀从「見りゃ分かる。あの糞ブラコン野郎め」 (;゚∀゚)「んな事ぁ良いからさ……!」 ジョルジュは右腕をハインに向ける。 盾の形状を持っていたそれは、一瞬で形を失い、次の一瞬で槍へと変化。 更に、伸びる。高速で、ハインの喉目掛けて。 (#゚∀゚)「いい加減どけよ、畜生が!!」 从#゚∀从「!」 穂先が彼女の喉笛を蹂躙する瞬間、彼女の姿は後方へ滑る。 紙一重のところで穂先は届かず、彼女はジョルジュからある程度の距離を開けた。 ジョルジュはこれを好機と見た。 奴が退いた。ここで畳みかければ、退かせたままに出来る。こちらの流れに出来る。 逃すわけにはいかない。 思考するや否や、ジョルジュは駆けた。全力での疾走は距離をすぐに無くす。 ハインはそれ以上退こうとはしなかった。彼女も今の流れを失いたくないのだろう。 一度距離が開けた事によって、流れは消滅した。ここで流れを掴めた方が、これ以降の戦闘で有利に立てる。 ジョルジュは駆け寄った速度のまま、左腕の爪を突き出す。 ハインは身体を旋回させ、彼の攻撃をそのまま後方へ流した。 そして旋回の運動の中で歪剣を逆手に持ち替え、流れたジョルジュの背目掛けて振るう。 从#゚∀从「―――ッ!?」 だがそこで歪剣は止まる。背に回されたジョルジュの右腕が、彼女の歪剣を受けていた。 いつの間に変形したのか、その右腕の形状はショートブレードだ。 (#゚∀゚)「はいこれ来ましたァ!」 そしてジョルジュの身も旋回する。歪剣を弾きつつ、左腕の爪を袈裟掛けに振り下ろした。 しかしハインは上半身を反らすだけでそれを回避。そして、その流れのまま両脚が跳ね上がる。 バック宙のような動きだ。爪先はジョルジュの顎へと伸びたが、ジョルジュは寸前で身を退き回避。 動作の後、ハインは跪くような姿勢になる。その脳天目掛けて、ジョルジュは容赦なく右腕を振り下ろした。 だが右腕が捉え、粉砕したのは床。彼女の身は、寸前に前転してジョルジュの背後へと抜けていた。 ジョルジュがそれを知覚するのと、ハインが彼の背後で立ち上がったのは、全くの同時。 从#゚∀从「らぁっ!!」 (#゚∀゚)「くっ!!」 ハインは右手の黒の歪剣を、横薙ぎに。 ジョルジュはショートブレードと化している右腕を、振り返りながら一閃。 互いに全力の一撃だった。 今までよりも一層大きく、甲高い金属音。 内包された衝撃が二つの刃の間で弾け―――そして彼女の手から、黒の刃が離れた。 くるくると宙を回った後に、ハインの背後の床に突き刺さる。 (#゚∀゚)「貰った!!」 彼女の右側がガラ空き、今こそ最大のチャンスだ。 間を置かず、左腕の爪を振るった。 だが。 从#゚∀从「甘ぇ!!」 彼女の右腕が、裏拳の形で跳ね上げられた。 途轍もない衝撃が左腕に走る。殴り飛ばされたのだ。 何か、嫌な音がした。もしかしたら、『爪』にヒビでも入ってしまったかもしれない。 だが、それどころではなかった。 驚愕に、一瞬、動きが止まってしまっていた。 その隙に、ハインが距離を詰めている。視界の隅で、彼女の脚が跳ね上がった。 (; ∀ )「げぇッ……!!」 腹部に強烈な厭な痛み。 脚が浮くほどに強力な蹴りを叩き込まれてしまっていた。 吹き飛び、転がった先で、堪らずジョルジュは激しく嘔吐する。 うるさく叫ぶ心臓の音。その向こう側で、足音が聞こえた。 僅かに上げた視線は涙でぼやけ、しかし接近してくる橙色を確認する。 いけない、と脚に力を入れるが、立てない。力が抜けていく。呼吸がやたら苦しかった。 (; ∀ )「…………ッ!」 近くで空気が揺れる。足音が止んだ。 ああ、お終いか、とやけに冷静に考えてしまった。 一瞬を置いて、そんな自分を、叱咤する。 ふざけるな、冗談じゃない。ここで死んでたまるか。 お前は何の為にここに来た。覚悟をしてきたんだろうが。 お前の覚悟は、こんなところで諦めて良い程度のものなのか。お前の命の価値はこの程度か。 不快な鉄の味と酸っぱさが広がる口内を噛み締め、全身に力を込める。 腹が燃えるように痛かったが、起き上がる事だけに集中した。生きねばならない。生きる為なら、こんな痛みなど。 まもなく、僅かに身体が起き上がる。しかしそこで、腹に重い衝撃。せっかく立ち直しかけた身体は吹き飛び、再度床に密着してしまった。 (; ∀ )「がっ……はっ。げ……!!」 まったく同じところにぶち込まれた苦痛は、相乗する。 口からは溶かしかけの食物の代わりに、液体が溢れた。血だ。 呼吸が苦しい。運悪く、嫌なところに入ってしまったようだ。いや、ハインはきっと最初からそこを狙っていたのだろう。 世界がスローに感じる。 しかしそれは自分が速く動けるというわけではない。どうせ自分は今、動けない。 これは単なる、苦痛による時間の遅延だ。苦痛だけが、長く長く、自分を蝕んでいく。 もう一度、力を込めた。 ダメだ。身体は情けなく震えるだけで、立ち上がれそうな気配がない。 力を込める為に、そして苦痛と悔しさに噛み縛った歯が、軋んだ音を経てた。 遅々と流れていく視界で、やがて橙色が目の前に立つ。 空気が揺れた。ここからは彼女の足しか見えないが、得物を振り上げたのだろう。 どうにか出来ないか。転がる事は。せめて致命傷を避ける術はないか。全力で思考する。 生きたい。初めて、そう思った。 だが容赦はない。空気の流れが強くなった。 とうとう振り下ろされてしまったか、と息を呑む。 だが。眼の前、彼女の脚が跳ぶようにして離れた。 一瞬。脚があった床に大きな片刃が突き立つ。鋭く光を返すその刃は、ただただ美しかった。 上方から舌打ちが聞こえ、まもなくそこに男物のブーツが現れる。 それは、モナーのものだった。 (;´∀`)「大丈夫かもな?」 相変わらずのどかな声が聞こえた。 だが、声に余裕がない。少し掠れて、苦しげに上擦っている。まだ、ダメージが残ってるのだろう。 顔を上げられない為に顔を見れないが、きっと似合わない顰めっ面をしていることだろう。 「あんまり大丈夫じゃないかな」応えようとして、しかし不明瞭な呻きしか出て来なかった。 ( ´∀`)「ああ、答えなくて良いもな。喋らない方が良いもな」 諌めるように言葉を落として、モナーは床に突き立てた薙刀を抜く。 やはり、言葉は少し苦しげだ。大丈夫なのか、とジョルジュは眉根を寄せた。 表情からそれを読み取ったのか、モナーはそれに対して「僕は大丈夫だもな」と呟く。 ( ´∀`)「まだ少し息苦しいけど、もう動けるもな。動けるから、戦えるもな。 安心して良いもな。心配するくらいなら、一秒でも早く動けるように、しっかり休んでほしいもな」 薙刀を握る手に力を込め、姿勢を低く落とす。 脚を適度な広さに開き、踵を僅かに上げて、上半身を前傾にした。 ( ´∀`)「……僕も相棒として、君の事を全力で護らせてもらうもな。でも残念ながら、大して長い間持たない。 だからさっさと体勢を立て直してほしいもな。死にたく、ないもな?」 余裕ありげに溢して、そしてモナーは一歩を前進。 その一歩から一気に加速して、薙刀を正面に構えた。突撃の姿勢だ。 対するハインは堂々と構えている。手の中の歪剣は鋏に戻され、既に腰高に構えられていた。 離れていく背を見つつ、ジョルジュは安堵の息を吐く。 生きている。その事にここまで安心出来るのは、嬉しく思えるのは初めてだった。 モナーへの感謝の念が、止め処なく溢れてくる。彼がいなければ、死んでいた。 ( ゚∀゚)(……妙な感覚だ) 生きたいと思っている自分が、死にたくないとここまで思っている自分が、新鮮だった。 どうやら俺は変われたようだ。あの辛く、つまらなくて仕方のない日常も、きっと素晴らしいものになるのだろう。 ならば、生きなくては。こんなところで死ぬわけにはいかない。あの男の真実も見付けていない。 ジョルジュは身体に力を込める。 身体が熱くなり、痛みが徐々に―――本当に徐々にだが、薄れていく。 異能者となり、化け物のそれとなった身体が今、堪らなく愛おしかった。 この身体が、自身の存在の意味を教えてくれて、そして世界を変えてくれた。 そして今、必死に自分を生かせようとしてくれる。 ならば、自分はそれに応えねばなるまい。 望むところだ。 (#゚∀゚)「意地でも生きてやるよ……!」 力を込める。身体が熱くなっていく。 その熱さすら、生きようとしている自分を実感出来て、心地良かった。 (#´∀`)「もなっ!!」 突撃の速度を刃に乗せ、正面、切り上げる。 ハインはそれに対し、正面からぶつかるような軌道で大鋏を振り下ろした。 激突する。重い衝撃が刃の間で爆発し、双方を勢いよく弾き飛ばした。 その時、モナーの手の中で、くるりと薙刀が回る。 衝撃から生まれた勢いをそのままに、石突きがハインを上方から襲った。 彼女の鋏は腕と共に大きく弾かれている。防御は出来ない。 从#゚∀从「チッ!!」 咄嗟、しゃがみ込んだ。石突きは彼女の頭を掠り、抜ける。 間を置かず、彼女は床に手を付いた。それを支えにして身を持ち上げ、器用に脚を跳ね上げる。 顎を狙ったそれは、しかし寸前で硬い感触に止められた。それは横に構えられた青い柄。モナーの薙刀だ。 罵倒を漏らし、彼女はその柄を蹴りつけて身を上下反転。 そこですかさず鋏を身の前に構える。 直後、重い衝撃。鋏に薙刀が叩き付けられていた。得物の向こう、モナーの表情が悔しげに歪む。 ハインはそこで、大きく一歩を退いた。 モナーは追わない。溜息を一つ吐き、姿勢を整える。 その姿は、どこか余裕があるように見えた。 (;゚∀゚)「……すっげ」 戦闘を見ていたジョルジュの眼に、僅かな驚愕が浮かんでいた。 あのハインが受け身になっている。 攻撃はことごとくモナーに受けられ、どころかモナーからの攻撃を受けそうになっているじゃないか、と。 モナーに改めて畏怖に似た感情を抱き、しかしどうも安心出来ない。 嫌な予感がする。自分をあそこまで圧倒したハインが、あのまま敗けるとは思えないのだ。 身体に込める力を強める。これは、早く戦線に復帰すべきだと感じた。 从#゚∀从「クソが……クソが……! どいつもこいつも邪魔しやがって……!!」 後退した先、ハインはぶつぶつと低く言葉を呟いていた。まるで呪詛だ。 その視線だけで殺せそうなくらいにモナーを睨みつけ、大鋏を握り締める手は軋みを挙げる。 それを見て、モナーは笑う。 ( ´∀`)「どうしたもな、調子でも悪いもな? それとも、何かが気になってて戦闘が手に付かないもなか?」 从#゚∀从「……うるせぇよ。安い挑発しやがって。 安心しろよ。そんなこと言わずとも、すぐにでもぶち殺してやる」 ( ´∀`)「流石に、もう乗らないもなか」 ちょっとがっかりしたように眉根を寄せ、首を傾げて ( ´∀`)「なら、正々堂々とやるもな」 脚を肩幅に開き、腰高に薙刀を構えた。 どこか穏やかに見える表情の中、瞳は鋭くハインを睨みつけている。 从#゚∀从「来いってか?」 ( ´∀`)「その通りだもな。人間と武器職人の意地を見せてやるもな」 薙刀を構えたまま、左手の人差し指だけで手招きする。 ハインはそれに対して、怒りとも笑みとも取れぬ表情を浮かべ、親指を下に向けた。 直後。 床を蹴りつける轟音と共に、彼女が高速で前進した。 腰高に構えられた鋏は刃を寝かせている。攻撃範囲に入ると同時に、横薙ぎにされるのだろう。 二人の距離は見る見る内に詰められ、彼女は鋏を握る腕に力を込めた。 だが、その鋏の攻撃範囲にモナーが入る直前。 彼の握る青の薙刀が、先んじて袈裟掛けにされた。刃は―――届く。鮮やかな赤が散った。 そして間髪置かず、第二撃が振るわれる。 从#゚∀从「! ちっ!!」 数歩を引く。薙刀の刃は虚しく抜けるが、モナーは追わない。 先ほどと同じく、ただ悠然と、堂々と構えている。 ハインはそれが気に喰わないのか、「嘗めやがって」と漏らした。 彼女の腕からは赤が零れていた。 傷は長いが、細く浅い。僅かに遅れたとは言え、薙刀の動きに彼女が反応したからだ。 反応が遅ければ―――これが一般人などであれば、腕は飛んでいただろう。 从#゚∀从「嫌らしい戦い方しやがって」 ( ´∀`)「勝つ為だもな。こうしないと勝てない。この為に僕は、薙刀って武器を持ってきたんだもな。 嫌らしくて結構。僕は勝つ為に、堂々と嫌らしい戦い方をさせてもらうもな」 从#゚∀从「……そうかい。とことんイラつく野郎だ」 不快気に表情を歪ませた。その瞳は、彼の握る青い大薙刀を見ている。 薙刀という武器の特徴の一つに、その卓越したリーチの長さが挙げられる。 大きなものでは三メートル近い長さの物も存在し、そしてモナーが握る薙刀は、まさにそれだった。 当然、重さは相当にあり、長い分だけ扱いづらさも増すのだが、しかしこの場合は例外になる。その得物を握るのが、モナーだからだ。 ハインは、鋏の攻撃範囲に彼を捉える事も出来ない。 大鋏もかなり大型の武器には入るが、しかし薙刀のリーチの長さには到底及ばない。 モナーは悠然と構え、彼女がある程度接近した時に薙刀を振るえば良い。それで十分に間に合う。 戻る 目次 次へ ジャンル別一覧
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