四十一章三(´・ω・`)「楽しめそうだ……!!」 ショボンは精神を集中し、再度、フサの思考を読もうと試みた。 そして、唖然とする。 (´・ω・`)「―――何だ、これは」 酷いノイズがかかっていて、何も視えないし、聴こえない。何も感じ取れない。 これまでにない。どれだけ精神のコントロールに長けているものでも、ここまではやれない筈だ。 更に精神を集中し、彼の奥へと潜り込む。思考を探ろうと、入り込んで――― 彼は突然、笑いだした。 (´・ω・`)「とんでもない。ふざけている。これが映画だったら大ブーイングだよ。あり得る筈がないんだ。 リアリティの欠片もない。これが人間だって? 冗談キツイよ、そんな冗談は笑えない。 獣以外の……魔獣以外の何物でもないじゃないか! ―――あぁ、素晴らしいよ!!」 歓喜の声を上げながら、しかし彼は自分の脚が途轍もなく震えている事に気付いた。 武者震いだ、と言い聞かせた。 そうじゃない筈がない。 フサは口から血をボタボタと床に滴らせながら、ショボンの肉を咀嚼している。 ショボンはフサの次の行動を読もうと、精神を滑り込ませ――― 愕然とした。 視えたのは赤色。血の色。その奥で、獣の瞳がこちらを睨みつけている。 聴こえたのは唸り声。獣の牙が打ち合って鳴らす音が、酷いノイズの向こうから聴こえた。 感じ取れたのは、ショボンへの憎しみ。ギコを巻き込んだ事への怒り。獲物を前にした獣の愉悦。 そして、殺意。純粋な、とことん研ぎ澄ました、とんでもない殺意。 どこまでも先の見えぬ殺意、殺意、殺意殺意殺意殺意殺意! 思考なんてほとんどない。これは人間の持って良い意志じゃなく、まさに――― まさに、魔獣だ。魔獣そのものだ。 獣化、獣人なんて甘いもんじゃない。 笑えるレベルじゃない。まるで悪夢だ。 (;´・ω・`)「う、あ……!」 思わず一歩を引いた、その瞬間。 フサから溢れた殺意が自分を包み、明確になった意志が脳に流れ込んできた。 踏み込み。爪、下から振り上げる。 即座に斜め後方に跳ぶ。しかしそれでも、脇腹から肩にかけて四本の線が長く平行に並び、血を噴いた。 (;´・ω・`)「く……!」 ショボンはフサに幻覚を仕掛けようと、彼の脳に“力”を向けた。 しかし、弾かれる。思うように彼の“認識”を操作出来ない。 精神状態が人間のそれと大きく違う上、振り切れた感情が操作を困難にしていた。 全力で集中すると、ようやく彼の“認識”に手をかける事が出来た。 しかしその内容はと言えば、労力に全く見合わない。 精度が低すぎるのだ。彼に視せている幻覚の人数も少ない。 だが時間稼ぎ程度にはなる。相手を観察する時間は出来た。 ショボンは距離を取って落ち着きを取り戻すと、フサを見詰めた。 (´・ω・`)「……さぁ、どうなる?」 ミ#`゚Д゚彡「…………………」 フサは、目の前で三人に増えた獲物を見詰めていた。 彼等はナイフを手に、向かってくる。 フサは床を蹴った。爆音と共に、床が吹き飛ぶ。 三人の内、一番前にいた者に飛びかかった。 加速した勢いはそのままに、腕で肩を抑え、頭を銜え込む。 首を振った。ショボンの首は容易に捩じ切れ、身体は蹴倒される。 銜えた頭蓋は噛み潰し、吐き捨てた。気の抜けたような、鈍い音が床で跳ねる。 頭を失った身体から噴き出した血に全身を濡らされながら、フサは更に床を蹴った。 今まさにナイフを振り下ろそうとしていた二人目のショボンに、肩から体当たりを喰らわせる。 ショボンの中で、幾つもの鈍い破砕音がした。 彼は吹き飛ぶと、壁に激しく身体を打ち付け、口の端から血の筋を垂らしたまま動かなくなった。 最後の一人は、フサの背後からナイフを振るった。 フサは即座に振り返り、腕を横薙ぎにする。 ナイフの鋼鉄の刃は、フサの爪と衝突すると、粉砕された。 フサの爪には傷一つ付いていない。目の前で起きた事象に、ショボンの表情が硬直する。 ショボンは後退して距離を取ろうとしたが、それも叶わなかった。 遅過ぎた。床を蹴ったと同時に、顔を掴まれたのだ。 身体が浮き、爪の触れた肌から血が噴き出す。 (;´・ω・`)「放せッ……!!」 彼は自分の顔を掴むフサの腕を殴りつけ、胴を蹴りつけた。 しかし全くビクともしない。放されるどころか、力が込められていく。 彼は自分の頭蓋の骨が軋む音を聴いた。次の瞬間には、握り潰されていた。 フサは奇妙にへこんだ彼の頭を床に叩き付けると、踏み付ける。 残っていた頭蓋骨の欠片すら砕け、鼻孔や耳朶から血が溢れて血溜まりを作った。 ミ#`゚Д゚彡「グルル……」 喉を震わせ、顔を上げる。 数メートル先に、また一人、ショボンが居た。 瞬きを一つすると二人に、もう一度すると三人に増えていく。 (´・ω・`)「さっきと同じさ。何人殺そうと変わらないよ。 さぁ、ここから君はどうするんだい?」 三人のショボンが同時に呟き、走り出した。フサを囲むように動く。 フサは三人の顔を見回すと、その内の一人に猛然と飛びかかった。 首を引き裂いて引き摺り倒し、しかしそこで止まらない。 首から血を噴き上げる死体を踏み台に、そこから更に直進する。 そして何もない空間で、思いきり爪を振り下ろした。 爪の先が何かを掠り、呻き声が聞こえた。 唐突にフサの視界が歪み、背後に迫っていた二人のショボンが消える。 その代わりに、数メートル前方に、肩から血を流したショボンが現れた。 彼は肩を抑えて苦痛の呻きを漏らし、しかし楽しげに笑っていた。 (;´・ω・`)「……よく分かったね。しかし、何故分かったんだい?」 返答はないだろうと思いながらも尋ねた。 破ってみせろとは言ったが、しかし本当に突破されるとは思っていなかった。 幻覚で何人もの自分を見せていた上に、本物の自分は認識出来ないように操作していたのだから。 何故突破されたのかと、フサを見詰める。 ふと、今の状況を不自然に思った。 何故、本物の自分を見付けたというのに、フサは襲いかかってこないのかと。 フサは周囲を見渡し、しきりに鼻をひくつかせるだけで、攻撃の意志を見せてこないのだ。 そこで、ようやく気付いた。 フサは視覚ではなく、臭いで判断したのだ。 幻覚を幾ら殺しても、幾ら血を流させても、臭いは感じない。 いや、認識を操作しているのだから、多少の臭いは感じたかもしれない。 しかし精度の低い認識操作しか出来てない今、その感覚はリアルからはほど遠い。 既に彼から傷を負ってしまっている自分は、フサからすれば唯一、本物の血の臭いのする存在だ。 そこを狙ったのだろう。そして今、彼は確認の作業を行っているに違いない。 目の前に居る敵は本物か。周囲に血の臭いはないか。この血の臭いは本物か。 やがて彼の眼がこちらを見据え、鼻が動きを止めた。 確認作業が終了したのだ。 目の前の敵は、本物の、殲滅すべき敵であると。 ミ#`゚Д゚彡「グル……グルルルル……!」 喉を鳴らして、一歩を踏み出すフサ。 ショボンは彼に対して挑発の言葉を吐き掛けようとして、困惑した。 喉からは、細く、情けない息しか出なかった。喉の筋肉が緊張しきってしまって、思うように声が出ないのだ。 フサがもう一歩、踏み出す。 ショボンは、自分の脚がまた、ひどく震えている事に気が付いた。 いつのまにか、呼吸が荒い。喉が渇いていて、痛い。 汗が額から頬を伝って顎で落ちる。首の後ろが寒く、痺れたように痛む。 まさか、と思った。 そんなことはない、と思うが、しかしそれを自分に信じさせることは出来なかった。 まさか僕は、怯えているのか。 違う、あり得ない。絶対に違う。 僕はこの時を待ち望んでいたのだし、そもそも怯える理由なんて存在しない。 きっと、本能による反射みたいなものだ。獣から離れるように、人という物は出来ているのだから。 そう言い聞かせても、身体の変調は収まらなかった。 フサが更に、踏み出す。 ショボンは喉から自然と声が出てくるのを感じた。 それは、自分自身、信じられない言葉であったが。 (;´・ω・`)「く……来るな……!!」 気付けば、後ろに一歩、退いていた。 しまった、と思ったがもう遅い。 フサの眼が輝く。 逃げる獲物を追う獣の本能が、彼を飛び出させた。 ミ#`゚Д゚彡「ガァアアァアアァァアアアァアァァァアアァッ!!」 (;´・ω・`)「くっ!!」 思考を読む“力”を全力で働かせ、頭に浮かんだビジョンに、身体を横に飛ばす。 それでも爪が上着を掠り、それを使い物にならなくなるまでに引き裂いた。 ショボンは舌打ちをしながらも、両手にナイフを握る。 ほとんど意味はないであろう事は分かっていたが、ないよりはマシだ。 一つ深呼吸し、フサの思考に更に深く“力”を滑り込ませる。 出来得る限り先の思考を読まなければ、この男には勝てないからだ。 頭痛がした。ただでさえ読み辛い思考であったし、ここまで“力”を使ったのは初めてだからかもしれない。 歯を食い縛って耐える。すぐだ、すぐに済む。こんなところで終わるわけにはいかない。 思考の断片が脳内に浮かび、即座にそれに対応。回避する。 それでも間一髪、ほんの少しでも遅れれば致命傷と言うところだ。 息を吐く間もなく、フサの次の攻撃が放たれる。 閃光の如く脳内に浮かぶヴィジョン。跳ね上げられる爪。 咄嗟にバックステップを踏んだ。若干間に合わない。頬が裂け、四筋の血が噴いた。 止まる事無く後退するが、しかしすぐに無意味だと気付かされる。 一瞬。爆音がしたと思えば、目の前に獣の顔があった。 口が開き、巨大な牙が剥き出しにされる。血の濃厚な臭いがした。 鼻と顎を手で左に押し、自分の身を全力で右に投げる。顔のすぐ横で、牙同士が打ち合う音がした。 腕が横薙ぎにされる。身を屈めて躱した。 脚が放たれる。思いきり後方へ跳び、躱す。無理な体勢だった為に体勢が崩れ、ショボンは床を転がった。 即座に立ち上がり、同時に横へ跳ぶ。振り下ろされた爪が、自分の居た場所の床を砕いていた。 距離を取ろうと、床を蹴る。ゆっくりと持ち上がったフサの紅い視線が、ショボンを射抜いた。 彼は際限のない恐怖と寒気を感じ、そして同時に堪え難い怒りを感じた。 ふざけるな。これは、どういうことだ。何だ、この状況は。 僕が、押されている? 先程までと、形勢が全くの逆じゃないか! この僕が防戦一方だって!? ふざけるな、そんな事は許さないぞ! (#´・ω・`)「獣風情が、調子に乗るなよ……!!」 跳ね上げられた腕を回避しつつ踏み込むと、右手に握るナイフで肩に切りつけた。 硬い感触。金属の擦れ合うような甲高い乾いた音。火花。 長く伸びた獣の硬い体毛が、刃の肌への到達を邪魔していた。 (#´・ω・`)「邪魔な……!!」 言いつつ、彼は唐突に身を後ろへ倒した。 直後、フサの腕が横薙ぎにされる。彼の鼻先を掠めて、抜けた。 ショボンは巧みに身を捻って体勢を立て直すと、即座に身を屈める。 袈裟掛けに振り下ろされたフサの腕が、ショボンの身体擦れ擦れの空間を引き裂いていった。 彼は一歩を踏み込むと、硬く握り締めた右手のナイフをフサの左太腿に突き立てた。 硬い感触、甲高い擦過音。刃がある程度まで潜ると、そこに一際硬い感触があった。表皮だ。 構わず力を込める。すると、ナイフの刃が更に潜り、体毛の隙間から朱が溢れ出た。 しかしその量は少ない。硬い体毛と皮膚とが邪魔をして、思うように刃が入り込まないのだ。 頭の中に思考が、ヴィジョンが流れ込む。自分に腕を振り下ろそうとしているようだ。 予想通り。ショボンはそこで退かず、更に踏み込んだ。 全力で、肩でフサの胴を押す。フサは体勢を崩した。攻撃の意志が薄れ、体勢の立て直しを図ろうとする。 ショボンは右手のナイフから手を放し、左手に握っていたナイフを両手で握り締めた。 倒れ込むフサと共に、自分も倒れ込む。全体重を乗せたナイフを、体毛の比較的薄い脇腹に突き立てた。 鈍く重い感触が全身に、そして両手に伝わる。呻きが喉から漏れた。 即座に立ち上がり、距離を取る。紅く濡れた両手の中にナイフはない。 遅れて、フサが立ち上がった。彼の脇腹には、柄まで埋まったナイフがあった。 何でもないかのように引き抜くと、フサは唸りを上げる。動きにも、何ら支障はなさそうだった。 (#´・ω・`)「チィッ……!」 舌打ち。刺し所が悪かったか。致命傷には至らなかったようだ。 しかし、だ。体毛の薄い部分に、あの方法であれば、ナイフの刃が通るという事は分かった。 問題は一つ。致命傷となる部位に、どうやってナイフを突き立てるか、だ。 同じ方法は二度とは効かないだろう。今自分は、絶望的に少ないチャンスの内の一つを消費してしまったのだ。 一発でもまともに喰らえば致命傷であろうあの攻撃の中で、どのように接近し、どのように刃を突き立てるか。 一つの単純な問題は、しかし残酷なまでに解決策の見付からない難問であった。 思考している合間にも様々な感情が湧き起こり、思考に翳がかかる。 恐怖。戦慄。怯え。焦燥。後悔。苦痛。困惑。もう嫌だ。逃げ出したい。死にたくない。 そしてそれらの意志を凌駕する激怒もまた、その勢いを強めていく。 ふざけるな、この僕が、どうしてこんな想いをしなくてはならない。 駒如きが、道化如きが、この僕を苦しめる事が許されるものか! 殺してやる、殺してやる、殺してやる! 出来るだけ凄惨に、殺しきってやる!! 冷静で利口だった思考は、やがて感情に呑み込まれる。 (#´・ω・`)「うぁぁぁああぁぁああああぁぁああぁあぁぁあぁッ!!」 新たに両手にナイフを握ると、ショボンは駆け出した。 フサもナイフを投げ捨て、待つという事をせず床を蹴る。 一瞬で二人の距離は消えた。 フサの腕が跳ね上げられる。ショボンはそれを受け流すと、ナイフを横に一閃した。 金属音、火花。僅かに落ちる体毛の奥、これもまた僅かに赤が滲む。 やはり斬撃は届かない。刺突でなければ。 ナイフを握り直したところで、フサの脚が振るわれた。 身を引いて躱す。が、僅かに爪が引っ掛かったのか、服が無残に千切れ飛び、腹部から鮮やかな赤色が噴き出した。 ショボンは顔を歪める。苦痛の為もあったが、何より憎悪と激怒の為だった。 踏み込み、ナイフを振るう。胸を狙った刃は、躱されたことで肩に突き刺さった。 神経を切断してやろうと力を込めるが、体毛と表皮、筋肉が刃の侵入を許さない。 諦めて、もう一方のナイフを振るった。 逆手で握った横薙ぎの刃は、フサの鎖骨の上へと伸びて――― (#´・ω・`)「……ッ!!」 あと一寸というところで、刃の動きは止まった。 驚くべき速度で動いた獣の手に握り締められたのだ。 引こうとしたが、引けない。圧倒的な力によって、ぴくりともナイフが動かない。 鋼鉄が厭な音を経てる。次の瞬間には、フサの手の中で、鋼鉄は細かい破片へと姿を変えていた。 (#´・ω・`)「クソッ……!!」 後方へと、床を蹴った。すぐに、迂闊だったと後悔する。 後退したところで逃げられる訳もなければ、フサが逃す筈もない。 瞬間。フサの足元の床が抉れ、吹き飛ぶ。爪と牙を剥き出しに、追ってくる。 頭に浮かんだヴィジョン。寒気がした。思考の前に言葉が出て、身体が動いた。 (#´・ω・`)「く……来るなァアァァァァァァアアァァアァッ!!」 腰の後ろから同時に四本のナイフを引き抜き、投げる。 四つの刃は全て急所へと飛んだが、その全てが爪の一振りで薙ぎ払われた。 ショボンが一歩を後退する。後退しながら、また四本のナイフを投げる。 フサが追う。また同じように、腕の一薙ぎで全てを打ち落とす。 更に一歩を踏み込もうとして、フサの前進の動きが唐突に止まった。 弾かれたように、上半身が仰け反る。大きく開かれた口の上、右の眼孔には、ナイフが突き立っていた。 時間差で投げ付けられたナイフに、彼は気付けなかったのだ。 (#´・ω・`)「……は! 引っかかったか! 所詮獣、思考は単純なままのようだねぇ!!」 後退の脚を止めて、ショボンが叫ぶ。 仰け反ったフサを見る眼には、ほんの僅かだが余裕が戻り、笑みすら浮かんでいた。 その表情が固まる。 フサの身体が動いた。仰け反った身体が元に戻る。 右眼に突き立ったナイフに無造作に手をやると、フサはそれを躊躇なく引き抜いた。 不快な粘着音。紅く染まったナイフが床で硬い音を経てた。 どす黒い傷口から血液を溢れさせながら、しかしフサに苦痛の様子はない。 喉を鳴らし、牙を剥き、強張らせた表情を浮かべる獲物に飛びかかろうと脚に力を込める。 (#´・ω・`)「まだ、まだだ! 調子に乗るなよ……!!」 フサの姿が掻き消える。同時に、ショボンが思いきり上半身を落とした。 次の瞬間。ショボンの頭上、爪が振り抜かれる。ショボンはすかさず、ナイフを振り上げた。 顎の下に向けて跳ね上げたナイフは、しかし牙に噛み止められた。 火花が散る。甲高い金属音が鳴ったと思えば、次の瞬間には噛み砕かれていた。 フサの紅い瞳がショボンを捉える。 感情のない、殺意のみの宿る獣の瞳は、僅かに残ったショボンの余裕を蹂躙した。 (#´・ω・`)「うぁぁぁぁああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁああぁぁッ!!」 拳を握り、振り上げた。フサの頬に叩き込む。 硬く鈍い音。一瞬遅れて、血が噴いた。 フサの血ではない。フサの牙によって切れた、ショボンの拳から噴いた血だ。 ショボンは怒声を上げながら、膝を跳ね上げる。 鋭く腹に打ち込まれた膝は、しかし予想よりも遥かに硬いその感触に痺れた。 構わず、肘で胸を突く。肋骨を砕くつもりで振るったものの、砕くどころか満足にダメージすら与えられない。 返ってきたのは硬い感触と、痛みのみだ。 フサは何もせず、攻撃を仕掛けてくるショボンを見下ろしていた。 考え尽された彼の攻撃は、しかし全く歯が立たなかった。 怒声を上げ、意味を為さない攻撃を繰り返す彼は、どこまでも無様であった。 ミ#`゛Д゚彡「グルル……!!」 やがて何度目かのショボンの攻撃が終わった時、フサが動いた。 一歩を深く踏み込み、薙ぎ払うように爪を振るう。 (#´・ω・`)「!!」 一瞬遅れてショボンが動くが、若干遅い。 冷静さを失った彼には、フサの攻撃を避けきるだけの十分なヴィジョンが視えていなかった。 爪のほんの先端が、頬を掠って抜ける。 それだけで頬の皮膚が鋭く裂け、肉が弾けて赤色の塊が宙を舞った。 残留するエネルギーが、まるで殴りつけたようにショボンを回転させる。 ショボンの身体は激しい錐揉み回転をしながら吹き飛び、床に叩き付けられた。 全身に厭な痛みが走る。首が折れていない事が不思議だった。 頬に触れる。どろりという感触、熱い液体。鋭く、鼓動に合わせて強まる痛みがあった。 一瞬、茫然とした瞳で、掌を見詰めた。信じられない物を見ているような、そんな瞳。 (´゚ω゚`)「……もう、良いや」 ぽつりと、呟いた。 紅く濡れた手が、腰の後ろに隠れる。 その手がもう一度現れてフサに向けられた時、紅色の中には黒い鉄の塊があった。 大型の拳銃。無機質で無慈悲な、鈍い輝き。 (#´゚ω゚`)「もう良い、死んでしまえ! 楽しむつもりではあったけどねェ、僕はここで死ぬ気はないんだよ!!」 立ち上がると同時。 右手で握った拳銃のトリガーを、躊躇なく引いた。引いた。引き絞った。 (#´゚ω゚`)「君はやり過ぎた……やり過ぎたんだよ!!」 爆音。放たれる銃弾。 フサに向けられて発砲された三発の銃弾は―――躱された。 まるで、見えているのかのように。 (;´゚ω゚`)「―――ッ!? 馬鹿な!?」 フサが一歩を踏み出した。 ショボンは歯を噛み縛って、更に手の中のトリガーを引いた。 (#´゚ω゚`)「死ね、死ね、死ねよ!! 何で死なないんだよ、クソが!!」 撃ち放った銃弾は躱される。 何発かはフサの肉体に喰らい付いたが、フサはそれをまったく気にもせず駆けた。 ショボンが最後の一発をフサの眉間に見舞おうと、引き金を引いたと同時。 それが爆音を上げた瞬間、ショボンの手の中の黒い塊はただの鉄塊と化した。 フサによって握り潰されたのだ。それを握っていた、ショボンの右手と共に。 (;´゚ω゚`)「うわぁぁあぁぁあぁぁぁあああぁぁあぁああぁぁぁあぁっ!?」 絶叫を上げて、手を引いた。激痛と共に、フサの手の中からぬるりと抜ける。 目の前に持ってきた手を見て、もう一度絶叫を上げた。 手であったそれは、もはやただの歪な赤い肉塊だった。所々から骨が覗き、隙間から銃であった筈の鉄塊が見える。 (;´゚ω゚`)「僕の右手が……!! うぁあ、うぁああぁああぁぁあぁっ!!」 力の入らない手が、痛みと恐怖で震えた。粘着音が鳴って、肉塊の中から鉄塊が床に落ちる。 激痛。激しく打つ鼓動の度に、手と頭に強烈な痛みが走った。 息が荒くなる。視界に赤がかかる。歯が噛み合わずにかちかちと鳴った。 (;´゚ω゚`)「こんな……こんなことが……」 揺れる瞳でフサを見る。 こちらを見返す紅い瞳は相も変わらず無感情に、冷たい。 (#´゚ω゚`)「あってたまるものか……!!」 割れそうな頭痛の中で、しかしショボンは更に“力”を行使した。 痛みを無視し、全力で集中する。 ビコーズに、そして自分の兄に行った行為と同じものを試みる。 フサの獣の精神の中に侵入し、それを壊そうというのだ。 複雑で堅い壁があったが、しかしショボンの“力”はそれを通り抜けた。 フサの精神の核に、“力”で触れる。躊躇なく、握り潰そうと力を込めた。 だが。 (;´゚ω゚`)「――――――!?」 ショボンの視界にノイズが混じる。 何が起こっているのか分からなかった。直感で、危険だと判断し、“力”を引いた。 だが、遅かった。 何か、殻のような物が割れ、砕け散るような音が頭の中で響く。 それを切っ掛けに、頭痛がその強度を増した。 目眩。ノイズ音が聴こえる。狂いそうだった。 反撃だと。 信じられなかった。 心得も何もない者に、反撃を喰らったという事が。 確かに、自分の精神はフサの精神のすぐ近くに在った。 心得がある者であれば、それなりの抵抗、或いは逆催眠などを掛けられるかもしれない。 しかし、全力であった自分の“力”を相殺し、それどころか凌駕し反撃までも行うということは、不可能である筈なのだ。 在ってはいけないこと、である筈なのだ。 何故。 何故だ。 考える時間は、与えられなかった。 ミ#`゛Д゚彡「ガァァァァアアァァアァアアアァァアァッ!!」 (;´゚ω゚`)「っく―――!!」 高速で飛びかかってくる。速度に乗せた爪を、身体を斜めに退いて躱した。 即座に、爪が裏拳の形となって振り抜かれる。 ショボンはそれを体勢を低くして躱し、後退のステップを踏んだ。 (;´゚ω゚`)「く、くそ……!!」 どうすれば良い。どうすれば良いんだよ。 拳も効かない。ナイフも効かない。銃も効かない。 どころか、“力”すら効かないこの化け物に、どう対処しろというんだ。 その一瞬の思考が、ショボンの脚を一瞬、鈍らせた。 フサの脚が、踏み込まれる。 (;´゚ω゚`)「!! しまっ……!!」 退こうとするが、その直前、脇腹に激痛。 フサの爪が、自分の脇腹をがっちりと捕まえていた。 フサの口が開く。真っ赤な口腔が、鋭く長い牙が、目の前に広がった。 咄嗟に、右腕を突き出した。 激痛と衝撃、弾ける粘着音。フサの牙が、深く深く、ショボンの右腕に喰い込んでいた。 絶叫。脳に電撃が走ったかのような感覚。 身体を引くが、びくりともしない。左腕、両脚で力任せに殴りつけた。意味がない。 (;´゚ω゚`)「放せ! 放せ! 放せ! 放せ! 放せ! 放せ! 放せ! 放せ!!」 目の前に、フサの紅い左の瞳があった。 ぞくりと、背筋に冷たい物が走る。無感情のその瞳が、無性に怖く、そして苛付いた。 左腕でナイフを抜いた。絶叫を上げながら、躊躇なく、その眼に振り下ろした。 手の中のナイフが、柔らかい感触の中に、液体音と共に埋まる。 瞬間、脇腹を掴む爪の感触が緩み、右腕が自由になった。 一心不乱に腕を引き抜き、十二分に距離を取る。 右腕に眼を落とした。酷い有様だ。殆ど引き千切れているようなものだった。 諾々と血が滴り、肉が千切れて歪み、その隙間から砕けた骨が露呈している。 当然、動かない。正に皮一枚で繋がっているという状態で、ぶら下がっていた。 (;´゚ω゚`)「っはー! はー……っ!!」 だがそんな事はどうでも良い。 今の状況、命の危機に比べれば、些細なものだ。 視線の先、フサが左の眼孔からナイフを引き抜いた。投げ捨てる。 それから彼は、周りを見渡すように首を巡らせた。 眼は全く見えていないらしい。彼はやがてその行動を終えると、鼻を細かく動かした。 ショボンは、悟る。 臭いで、自分の場所を知るつもりだ。 (#´゚ω゚`)「させるか―――!!」 もう一度、振り絞るように“力”を行使した。 激烈な頭痛。こめかみの辺りで、何かが切れたような音がした。 鼻孔から、一筋の血が流れる。低く叫びながら、フサの“認識”に触れた。 嗅覚と聴覚の操作。 そこに、今現在の自分の精神が耐えうる限界の“力”を注ぎ込む。 視覚に注がねばならなかった“力”を、視覚・聴覚の操作に当てられる為、 より鮮明に、よりリアルな世界を、フサに認識させられる筈だった。 そして、それは――― ミ#`゛Д"彡「グルルル……!!」 (;´゚ω゚`)「……ふざけるなよ、嘘だろ」 巡らされていたフサの顔は、ショボンへ向けられた状態で止まった。そこから、動かない。 感じさせている筈の、何人ものショボンの臭いや音の方向には、見向きもしない。 ただ、真っ直ぐに。 本体の、本物の、ショボンの元に、歩を進める。 (;´゚ω゚`)「来るなァァアァアアァアアァァアァァァァアァァアァッ!!」 恐怖の余り、叫びを上げた。 フサの脚の爪が床を噛み、蹴った。 二人の距離は一瞬にして消え去り、フサの腕が無慈悲に振り下ろされる――― (;´゚ω゚`)「……あ」 爆音。 ショボンの目の前の床が、粉砕されていた。 そこに、フサの爪が深く埋もれている。 眼が見えない為に、距離を掴み損なった? ……いや、違う。 フサの顔が上がる。 どす黒い傷跡の奥、潰れた眼は、ショボンを視ていない。顔の方向が、若干ズレている。 鼻をひくつかせた。耳を僅かに動かした。それでも、目の前に居るショボンに襲いかかろうとしない。 ショボンの姿を、掴めていない。 (;´゚ω゚`)「……は、ははは」 乾いた笑い。 安堵と恐怖で、今にも腰が抜けそうだった。 だがそれ以上に、萎えきっていた殺意が、憎悪が再び燃え上がり、彼を衝き動かした。 (#´゚ω゚`)「あっははははははははははははははははははははははは!!」 ナイフを引き抜き、構えると、しきりに周囲を見渡すフサの懐へ潜り込んだ。 止まることなく、むしろ勢いを強めて、衝突する。 ナイフの刃は、するりとフサの体内に侵入した。毛の薄い脇腹の、更に肋骨の間に入り込んだのだ。狙い通りだった。 フサの驚愕の呻き声が、頭上から聞こえた。と同時に、身体がバランスを崩して二人共に倒れ込んだ。 刃が更に深く侵入する。何か硬いものに触れた。 構わず、刃に全体重をかけた。硬く鈍い音が聞こえて、刃が体内に完全に隠れた。 フサの息が詰まり、身体が強張る。ショボンは即座に身体を起こすと、ナイフを引き抜いた。 凄まじい量の鮮血が噴いた。 立ち上がったショボンの脚を、胸を、そして顔をべっとりと紅く染める。 ナイフの刃は完璧に、フサの心臓を突いていた。 フサの血に塗れたショボンは、笑っていた。 (#´゚ω゚`)「やっぱり、僕の勝ちだったねぇ!?」 歩み寄り、フサを見下ろす。 顔を蹴り付けた。低く呻いて、しかしフサは何も出来ない。 両手で傷口を塞ぎ、細く苦しげに呼吸をしている。 (#´゚ω゚`)「獣如きが、手こずらせやがって!! 僕を倒せるとでも思ったか!? 馬鹿が!!」 何度も何度も、蹴り付ける。 フサは何でもなさそうだった。やがてショボンの脚の方が痛くなった。 ショボンは舌打ちをすると、荒く息を吐きながら吐き捨てる。 (#´゚ω゚`)「所詮君程度には、何も出来ないんだよ……! 昔から何も変わらない。変われない。強くなんてなれてないんだよ。 内藤を護れなかった君は、弟すら護れないんだよ! どこまでやろうと、君はやっぱり僕の駒だ、道化なんだよ!!」 もはやそれは罵倒ではなく、独り言だった。 フサに言葉が届かない事はとうに分かっている。自分に言い聞かせているのだ。 恐怖してしまった自分に。自身を保っていられるように。 ミ;`゛Д"彡「ガ……!!」 その時。 胸を抑えていたフサの身が、変化を始めた。 全身から小さく異音を鳴らしながら、彼の身は獣から人へと戻っていく。 そしてその代わりのように、胸の傷口の再生速度が一気に早まった。 焼けるような音と共に、僅かに白い蒸気を発し、傷口はじわじわと狭まっていく。 ショボンの眼が見開かれる。何が起こっているのか、分からなかった。 身体が強張る。息が止まる。必死で、現状を理解する為に脳を回転させた。 フサは、獣の状態を維持する為の“力”を、再生のみに当てる事にしたのだ。 結果、彼の身は人へと戻り、傷口はみるみる小さくなる。 選択ではなく、本能がそうさせた。彼を生きさせようと、身体が動いた。 ショボンは慌てて、ナイフを引き抜いた。 今の内にトドメを刺すべきなのか、と。 間もなく、フサの傷口が完全に閉じる。 踏み込みかけたショボンは、その必要はなかったのだと息を吐いた。 フサの顔色は蒼白で、息は絶え絶え、全身は小さく震えている。 血が抜け過ぎたのだ。もう、長くは持たないだろう。 (;´゚ω゚`)「……最期の最後まで、人を馬鹿にしやがって。 何も出来ない癖に、驚かすのは辞めてほしいね」 言葉とは裏腹に、声は深い安堵と震えを含んでいた。 ショボンは、フサに歩み寄っていく。虚ろな瞳が、ショボンを捉えた。 顔を蹴りつける。フサは力なく顔を仰け反らせ、しかしそれっきりだった。 (, ´゚ω゚`)「聞かせてよ。ねぇ、今どんな気持ち? 今までの人生を踏み躙られて、弟すらも護れなくて、どんな気持ち?」 しゃがんで、顔をフサに寄せた。 フサは腕を力なく持ち上げ、しかし余りにも低い位置で落ちた。 ミ;゛д゛彡「…………」 (, ´゚ω゚`)「腕も持ち上がんないんだ。無様だね。 ……ほら、良いから、答えなよ」 頬を殴り付けた。 反対側の頬を床に激しく打ち付けたフサは、光のない瞳に怒りを僅かに浮かべて、ショボンを見上げる。 口が小さく開閉した。しかしそこからは言葉でなく、小さく掠れた息しか出て来なかった。 (, ´゚ω゚`)「は、ダメか。ゴミめ。最後の最後くらい、楽しませてみれば良い物を」 立ち上がり、フサの顔を蹴りつけようと脚を引いた。 そこで鋭い頭痛が走った。思わず足を着く。 “力”の使い過ぎだ。遠のきかけた意識を、頭を振って戻す。 (;´゚ω゚`)「……クソが。どうやら、もうあんたに構ってる暇はなさそうだ。 思ったより楽しめたよ。出来る限り苦しんで、そこで野垂れ死ね」 言うと、ショボンは視線をフサから外し、扉へと向かった。 しかし出る瞬間、振り返る。 (#´゚ω゚`)「やっぱり、苛立ちが収まらない。 最後に、何を考えているのか、何を言おうとしたのか、読んでやるよ」 脳に神経を集中し、多少の痛みにも構わず“力”を行使した。 そして視えた彼の思考は――― (#´゚ω゚`)「……クソが。胸糞悪い。最期の最後まで、使えない」 ギコの事、だった。 この男を止められなかった。ギコに申し訳がない。 ギコはこの戦いに生き残れるだろうか。終止符を打てるだろうか。 異能者という呪われた人種の名を背負って、生きていけるだろうか。 自分と違って、幸せになれるのだろうか。 自分の事は何一つ、考えていなかった。 死にたくない、だとか、苦しい、というような。 強いて挙げるならば、そう。 ギコの笑った顔を、もっと見ていたかった。 それだけの、気持ちだった。 (#´゚ω゚`)「……残念だったね。君の弟は、僕が殺すんだよ。 君のその想いは届かないんだよ」 そこで流れ込んで来た思考に、ショボンは更に顔を顰めた。 ―――哀れだな。 貴様は、ギコに勝てはしないさ。 あれだけ成長し、強くなったギコに、そこまで負傷している貴様如きが勝てる筈がない。 それは、弟を信頼しきった、安堵すら滲んでいる響きだった。 (#´゚ω゚`)「……! ふざけるなよ。その愚かな考え、叩き潰してやる。 あっちの世界で、覚悟していろ!」 ショボンはフサから視線を外すと、扉へと向き直った。 (#´゚ω゚`)「何が……兄弟だ」 兄を自分の手で壊した彼には、彼の思考が理解出来なかった。 無性に苛立って、無性に忌々しく思えて、そして何故だか、羨ましかった。 胸を掻き毟りたい衝動に襲われた。 (#´゚ω゚`)「……壊してやる」 その感覚を亡くす為。 ショボンは、先へ進んだ二人の元へと向かった。 戻る 目次 次へ ジャンル別一覧
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