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恐竜境に果てぬ第1章第1節その2
恐竜境に果てぬ第1章『先史時代』第1節・恐竜境へ出発その2「恐竜境へ出発」
田所は私の部屋にテレポーテーションでひんぱんに現われた。パトカーを翻弄した試運転終了後、田所のログハウスを異次元空間に避難させたあとのさら地のような場所で、シミュレーション映像による戦闘訓練を行なったばかりだった。それからわずか数日経っただけなのに、その後のさらに数日間の私たちの行動はかなり忙しかった。そのせいかどうか、短時日の行動が、長い時間に思われた。
試運転のあと、日ならずして再び現われた田所は、服装を変えていた。余りファッション・センスが良いとは言えない原因は、――相変わらず妙な筋運びながら、拙い筆者の造型センスの悪さゆえであることは論を待たない。
それはさておいて、田所はデニム地のブルーの一般的なジーンズの上着を着ていた。よく見るとズボンは紳士服の時のままだったが、いささか変わったバックル・デザインのベルトを締めていたから、今までとは感じが違ってみえた。
言うまでもなく、田所の服装の変化は、出発近しとの予感を与えた。
私「おお田所、長身でハンサムのお前には、ジーンズも何もみんな似合うな。それにその服装見てると、いよいよ時間旅行出発という緊張感がわいて来たぜ」
田所「村松。最後にくどくて済まぬが、万一、先史時代で生死にかかわる危険な事態に陥った場合、――これはもうだいぶ前に簡単に言ったことだが、一応、移植電磁波が働いて、危機を脱することになっている。要するに、太古の生物に襲われてもバリアーが身体を護ってくれるということだ。
しかし、これにも例外あるいは限界があってな、俗にいう免疫力があるレベルより低下すると、時空移動バリアーが理論通り機能しなくなることがある。
いいか、これは万一、くれぐれも万一の仮定だが、太古の生物に食い殺されたりしたら、その時代で俺たちは絶命し、この現在の世界には遂に戻れなくなる。
村松を例に考えると、例えば出発後、1ヵ月も経過した頃には、ご両親は捜索願いなどを出すに違いない。このことも前に話したが、いいか、万一、万一だぞ、村松が怪物に殺されたら、この現在の世界では、村松は失踪し、やがて法律に則って死亡したとみなされる。現に死亡しているわけだが、何しろ時代が時代だ。
そんなことは必ず起こらないよう、お互い気をつけたいが、風邪など引いたと思った時は、マシンから出ないよう、くれぐれも用心してくれ。
それから、これは今さらお前を怒らせるだけかも知れぬが、今からでも構わぬ。ご両親を案ずる気持ちが少なからずあるなら・・・・・」
私「確かにくどいぞ田所。バカは風邪を引かないと言うがな、俺はこれまで風邪も流感も罹ったことがない。太古の世界で、もっとたちの悪いマラリアのような病にでもとりつかれねえ限り、俺の身体は頑固に出来てるよ。
とにかく両親にはバイクで長旅に出るとでも書置きしとくから、それなら捜索願いも不要だろうよ。ま、恐竜にでも食われねえ限りな。いい加減にもう俺の決意の固さを認めてくれ」
田所「わかった。もう何も言うまい」
私「話のついでに田所、やっぱり恐竜の時代ってのは、その例えばマラリアみたいな感染症の危険性があるのか ? 」
田所「全くないとも言えぬが、しかし村松、移植電磁波によるバリアーは、わずか一匹の蚊の媒介から身体を護る機能も備えてあるのだから、そう神経質になるには及ばぬ」
私「なるほど、さすが田所。ぬかりがねえ」
田所「その話が出たところで、これからの手順の一つとして、改めてお前に前もって頼んでおくことがある。これから先史時代へ旅立って、太古の土地で今度こそ長期間、過ごすことになるが、村松はその時に、ご両親のどちらかに、例えば買い物に出るなどとひとこと告げて、実際にバイクで出かけてくれ。ああ、無論お前が今言ったように、書置きを残してもいい。それから部屋を出る時に、俺に連絡してほしい。バイクで走行中の村松を追尾する。そのあと、どこかの目立たぬ適当な場所に停止してくれ。そこでバイクごと自宅前にテレポートする。
仮に先史時代でとりあえず1ヵ月過ごしたとしても、自宅に戻ったあと、再び村松をバイクごと現在の世界の安全な場所に寸分たがわずテレポートするから、そのあと帰宅すれば、ご両親は何も怪しむ必要はなくなる。どうだ、このこと、ぜひ頼む」
私「わかった」
田所「それでは村松、今から俺が一旦自宅に戻る。そのあとの手順は量子通信でお前のパソコンに連絡する。起動して画面を出しておいてくれ。ではとりあえず失敬する」
私「お、おい田所 ! ! 」
田所「どうした ? 」
私「その、何んだ、バリアーの移植ってえヤツは、ううむ、また世代限定局地的特撮映画みてえな・・」
田所「何をごちゃごちゃ言っておるのだ ? 」
私「つまりよ、東宝の『モスラ対ゴジラ』で宝田明と、ええい面倒だな、何んかさあ、ガラス張りみてえな部屋に入って、霧みてえなものを浴びるなんてのはあるのか ? 」
田所「ああ、それならそんな大げさなことはしない。特殊電磁波を俺たちの身体に当てるだけだから、・・・そうだな、うまいたとえは浮かばないが、写真屋で証明書写真撮影するようなものだ」
私「おお、わかりやすいたとえだよ。椅子にでも坐ってな」
田所「別に椅子もいらぬ。二人並んで機械のスイッチを入れてしばらくじっとしているだけだ。ともかく先に行くぞ」
・・・・・・・・・・
田所は多少いらだったような顔つきのまま、室内の風景に溶け込むように姿を消した。
・・・・・・・・・・
ここで場面を一気に飛ばす必要がある。私たち二人、とりわけ田所にとっては、予期せぬ驚嘆の事態に遭遇したからだ。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
タイムマシンは予定通り、中生代白亜紀に到着したばかりだった。
田所「何んだあれは ! ? 」
マシンのスクリーンほぼいっぱいに巨岩が立ちふさがっていた。田所がいつになくあわてていた。せわしなく様々な装置、スイッチをカチャカチャ動かしている。
私「どうした ! ? マシンのトラブルか ! 」
田所はしばらく何も答えず、各装置類の操作に懸命な様子だった。
ようやく口をひらいたが、まだスイッチなどに視線を集中し、私のほうなど見向きもしなかった。
田所「おかしい。マシンの計器、装置、スイッチ類、いずれも正常作動している。到着座標も寸分の狂いもない。それなのに・・・ ? 」
私「何んだよ。少しは俺にも教えてくれよ。何があったんだよ ! うんとかすんとか言ってくれよ」
田所「うん・・・」
私「おい、つまらねえダジャレ言ってねえでさ」
田所「うるさい ! 再点検の真っ最中だ。黙っててくれ」
私「あ、そうかい。悪うござんしたよ」
田所「村松 ! 」
この男のややいびつにも見える変わった性格なのだが、「うるさい」と怒鳴られて、やや気分を害している私のことなど、一向に気にせぬ様子で、私に呼びかけた。
私「ああ、だから何んだよ ? 」
田所「何を一人でむくれているのだ ? まあいい。マシンにはどこも異常はない。ところが着地点は予想もせぬ岩場のすぐ近くだ。ここは俺の計算では比較的樹木もまばらで広々した平地だったはずなのだが・・・」
田所は言いながらもう次の操作にかかっていた。
田所「マシンに設置したカメラを屈折光撮影に切り替えて、岩場の向こう側の様子を見てみる。岩場の高さを50mほどと推測すれば、向こう側が見えるだろう」
フロント・スクリーンの車窓風景が一気に変わった。その時。
田所「な、何んだこれは ! ! 」
仰天したのは私も全く同じだった。
私「おい田所、まさか・・・ ! ? いや、もしかするとこれはお前の言う敵の謀略かも知れねえぞ 」
田所「うむ、考えられるな。それにしても、余りにも人を食ったやり方というか・・・・・」
私「田所、俺は正直恐いよ。早くほかの場所へ避難しねえか」
田所「村松、震度はさほどでもないが地震だ。目の前の岩も揺れている・・・」
私「おい田所、頼むから早くほかの場所へ行こうぜ ! 地震で岩が崩れて来たらひとたまりもねえ ! 」
田所「うむ、カメラ視線を元に戻す」
田所が操作した直後、大地を鳴動させる大音響が起こった。スクリーンは切り替えの操作により一瞬真っ暗になった。
同時にマシンが激しく揺れた。スクリーンに風景が現われた時、眼前にそびえるように立っていた巨大な岩は煙のように消え失せていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ここで時間と舞台を戻す。私は瞬時に帰宅した田所からの通信を受け、早速計画通りの行動に移った。一階茶の間を日中の生活場所として過ごし、この時もテレビを見ていた父に、しばらく友人の家(うち)に泊まりにゆくと告げた。念のためメモ書きを父に渡した。紙片には、万一外泊期間が一ヶ月、二ヶ月と延びても、心配せぬよう伝える旨、記しておいた。
田所から指示を受けた備品をリュックサックに入れると、私は数台ある大型バイクの中から、600ccのコンパクトなものを選んでまたがり、所定の停止位置目指してスタートした。ほどなく目的地に着き、そのままじっとしていると、例の身体にねばつく感覚が起きて来て、テレポーテーションの始まりとわかった。
周囲の景色が一変したと思った時は、既にバイクごと朝霧高原の樹林の中にいた。驚いたのは、異次元に避難させたとばかり思っていた田所の自宅ログハウスとそれに続く仕事場が、再びこの現代空間に出現していたことだ。そう言えば彼は、私の家から姿を消す前、しきりと『自宅』との言葉を使っていた。てっきり私も異次元の彼の家に入るとばかり思っていたが違っていた。
バイクのエンジンを切り、ヘルメットやリュックを田所のログハウス近くの路上に投げ捨てるように無造作に置くと、私は田所が仕事場でタイムマシンの準備をしていると思い込み、そちらへ向かった。
だが鋼鉄製のゲートは固く閉じていた。背中に声がした。振り返ると田所のジーンズ姿があった。
田所「マシンは既にゲート近くに配置してある。済まぬが自宅玄関から入ってくれ」
私「お前の家(うち)と仕事場をこの現在空間にさらしたままで大丈夫なのかよ」
田所「機械操作に頼りっきりというのは、やはり不安が残る。俺のコンピュータで、出発座標位置を正確に記録したつもりなのだがな、いざとなると、マシンの操縦は俺自身の手による。コンピュータ画面でいくら正確に記録させても、現実の景色が見えないと、やりにくいものだ。測量などで杭を打ち込むが、俺もそれにならってみた。計算と目視の両方で確認すると、マシンの操縦が正確かつ容易になる」
田所が簡単に答えたあと、私は言われるまま彼の自宅に入り、さらに仕事場への短い通路を抜けて、共に電磁波処理を受けた。田所はジーンズの上着から着慣れた淡いブルーのワイシャツに着替えていた。
それから試運転の時と同じく、マシン後方から向かって右側のハッチを開けて田所が、左側から私が乗り込んだ。
田所「車内は一応適正気温に保っている。中生代に着いたら、現地の環境に応じて着替えるが、余り気にしなくていい。白亜紀末期は関係書にあるような亜熱帯とは限らぬ。場所によって温帯的快適環境にもなる。文献はあくまで推測だ。百聞は一見に如かず。ではそろそろ時間旅行に出発しようか」
田所が操縦装置の幾つかを操作すると、聞き慣れた軽い金属音がうなりを上げ、車内を包んだ。
田所「初めは車で言う徐行をして、マシンの航行安定性を確認しながら時間逆行してみる。村松、どこか再び訪れてみたい時代と場所のリクエストはあるか ? 」
私「ううむ・・・。ガキの頃の冬の北海道あたりにしてもらうか」
田所「わかった。当時の表現を使うなら、どのあたりだ ? 」
私「ああ。北海道釧路郡釧路村字(あざ)別保(べっぽ)だけど、こんな大ざっぱでいいのか ? 」
田所「充分だ。それでは発進する。まずゲートを開く」
言うまでもなく私たち二人はタイムマシン車内にいるのだが、ここからしばらく車内主観描写と客観描写を混ぜることになる。
軍用車両などでおなじみのカーキ色のいかにも重そうなゲートがゆっくり開いていった。
田所「ここで出発位置に移る」
そうポツリとひと言つぶやくと、田所はスイッチの一つをまた操作した。
至近距離へのテレポーテーションだった。
マシンは仕事場近くの原っぱに着地した。突然目の前の原っぱが燃え出したように見えた。田所がヘッドライトのテストをやったとわかった。強烈な光芒だった。ここで珍しく田所が茶目っ気を見せた。
田所「村松、景気づけだ。発進の号令を任せる」
私「号令って・・・何んでもいいのかよ」
田所「お前の好きな東宝特撮映画でいいよ」
私「よしきた。・・・ところでよ田所、このタイムマシンには名前なんかは・・・ハハハ、ないよな」
田所「それが実は名づけた。もっとも車体には何も書いてないがな。略称『TMTM』という。妙な名だが、村松察しがつくか ? 」
私「わかんねえ」
田所「最初の二文字は俺とお前の頭文字だ。本当はパートナーになってくれたお前を尊重して、『MTTM』にしたかったのだが、これでは洋楽のグループの『ABBA(アバ)』みたいになる。あのグループは活動期間が短かったので、縁起をかついで、それから申し訳ないが語呂も考えて、この名にした。許せよ」
私「ナニ、タイムマシンはお前の偉大な発明品だ。この名前で充分。ところで、あとの二文字は、もしかして・・・」
田所「うむ。『タイム・マシン』の頭文字だ。正式名『田所村松式タイムマシン』というわけだ。では出発の号令を頼む」
私「オッケー ! 田所、発進準備」
田所「発進準備よろし」
私「発進ッ ! 」
田所「発進 ! 」
探検車と呼ぶほうが相応しい重量級タイムマシンが現在の時空間をゆっくり離れた。朝霧高原の景色が陽炎のようにゆれながら少しずつ薄くなっていった。
それと代わって、マシンのフロント・スクリーンに真っ暗な、あるいは真っ黒な空間が現われた。する墨を流したような真っ暗闇の中をマシンは航行しているのだろうが、来たりて去る景色も何も見えず、車で言う走行感覚がまるっきりなかった。
田所「村松、勝手に察して悪いが、退屈な異空間だろうよ。どうだ、少し航行感覚、あるいは前進イメージを出してみようか ? 」
田所が何やらまた操作すると、たちまち前方の黒い空間が一変し、カラフルな空間が出現した。渦を巻いたような航行空間は、回転してはおらず、目が回るような不快感はない。その模様が遠方からこちらへと迫り来ては後方に去り行く風景模様を次々見せた。言わばカラフルなトンネルを突き進む感じだった。
田所「これでも単調だな。マシンは量子論の世界を航行しているわけだから、デジタル処理をしてみよう」
異空間はさらに変化し、今や様々な文字列・数字が乱れ舞うようになっていた。
田所のこの処理により、ある種の速度感覚を見てとることが出来た。
田所「パソコンで言うローマ字入力だ」
私「今、いつごろの時代なんだ ? 」
田所「西暦で言う1970年代を過去へゆっくり過ぎようとしている。そろそろ1960年代へ入るから、元号を意識して、1964年、つまり昭和39年あたりから、最徐行して、昭和30年代半ばに向かう」
カラフルな文字列の空間が消えると共に、今度は実際のどこかの景色が見えて来た。
田所「村松、マシンを停止させるのは無理だから、今言った最徐行を保つが、近づく景色をよおく見ててくれ。昭和34年冬の別保(べっぽ)だ」
スクリーンの向こうから、幼い子供の姿が迫って来た。満六歳になったばかりの私だった。
私は何んとも妙な感覚に陥り、思わず言った。
私「まるでパソコンのスライド・ショーだな。けどよ田所、あれは紛れもなくガキの頃の実物の俺なんだよな」
田所「そうだ、スライドなどではない。幼い頃のお前はあそこで夢中で雪だるまを作って、ホッと一息ついたところだろうが、間違いなく動いているぞ」
私の姿を含む風景はゆっくり迫り、風景全体が拡大してぼやけて、やがてマシンの後方へ遠ざかり消えて行った。
私「田所よ、今見たガキの俺はさ、俺が死んだあとでも、ああして雪と戯れてるのかよ ? 」
田所「そうだよ。むつかしい理論は省くがな、どの時代のお前も、さらにはあらゆる人々が、禽獣(きんじゅう)が、死したるあとも各時代に生き続けているのだ。少し理屈っぽいことを言うなら、これが『経験済みの痕跡』だ。死後の世界云々とは別に、物理学世界では、この世に生を受けた生命体の痕跡が残るのだ」
幼い私の姿が消えたあと、スクリーンの風景は再びカラフルで奇妙な文字列乱舞の連続へと戻っていた。
田所「もっといろいろな懐かしい風景を見せたかったが、ここから一気に加速する。機会があったらまた見せることも出来よう。それではこれからほ乳類の時代、新生代へと向かうぞ。航行安定を期するため、スクリーンの文字列を変更する」
田所が言う通り、スクリーンの文字列が地味になった。しばらくすると文字列風景の向こうから、四角い小さな画面が近づいて来た。その画面がゆっくり傾きながら次第にこちらに迫って来ると、画面の様子がはっきり見てとれた。マンモスの行進だった。
そのマンモスの画面の一枚向こうにやはり小さな別の画面が順番を待つようにこちらへ近づいていた。私自身の興味から、後ろの画面に目を凝らしているうちに、早くもマンモスの画面はスクリーンの端に拡大して姿を消した。
私の視野からつかの間、スクリーン周囲の枠が消えた。サーベルタイガーとも剣歯虎(けんしこ)とも呼ばれる太古の絶滅猛獣『スミロドン』の猛々しくも見事な全身が見えた。思うまもなく、この迫力ある景色も拡大しぼやけてマシン後方に消えた。今度こそさながらスライド・ショーだった。
田所に地質時代区分を訊く余裕はないと、私は独断した。おそらく凄まじい勢いで悠遠の太古の地球へとさかのぼっているはずだ。
それを察したのか、スクリーンにこれもおそろしく巨大な動物が迫り来るころ、彼はポツリと言った。
田所「済まぬ。既に数千万年前まで進んだから、操縦にはくれぐれも慎重を要する時期に近づいている。少し速度をゆるめるから、史上最大の陸生ほ乳類を堪能してくれ」
私「今、いつごろなんだ田所・・」
田所「バルキテリウムが漸新世(ぜんしんせい)に生きていたことはほぼわかっているらしいが、俺の研究範囲では特定はしたくない。とりあえず漸新世から、次の中新世にまたがっていたという無難な幅を設けて、漸新世末期の約2600万年前としておこうか」
私は実はほ乳類の天下だったという新生代の時代区分の知識がほとんどない。それをまた察したのか、田所が説明を加えた。
田所「とにかく考古学も日進月歩とは言うが、そのつど年代数値を正確に変えていると言えば聞こえはいいが、中生代白亜紀でさえ、誤差ともいえぬ何十万年もの幅を推定しているだけだ。俺はこんな数値はあてにしない。白亜紀の終末は、このマシンが、無論安全圏を考慮して、ある程度だが、地球に宇宙からの脅威が迫る時を予測してくれる。それが唯一の頼りだ。まして村松は、恐竜絶滅時期を、高い精度などという怪しい仮説に惑わされて意識などするに及ばないのだ。最も警戒すべきは、古くからいう7000万年前でも、その後修正された6500万年でもない。7001万年前ということもあり得る」
どういうわけか田所の話に気持ちが落ち着いた。そして私は目指す恐竜境時代が、恐竜全盛とまではゆかなくとも、少なくも白亜紀末期ではない時代なのではないかと、全く今さらにして推理した。
考えてみると、私は田所の目的地と時代が中生代のいつごろなのか、彼に何一つ確かめていなかった。
そして余りの我がそそっかしさに、もはや田所に改めて問う気持ちになれなくなっていた。そんな私の脳裏にわずかによみがえったのが、田所が再三口にした『陰謀団』との対決という、これも未だ漠然たる説明しか聞かされていない言葉だった。恐竜時代という未踏の地への冒険が圧倒的な誘惑ともなっていた。
田所「何しろカレンダーがない時代だからな、今のメキシコ湾あたりへ隕石が衝突したという時期だけは避けねばならぬ」
田所は繰り返すように、この言葉だけを軽く言い放った。
―その2了、第1章「先史時代」第1節その3へつづく―(2011 / 10 / 31 更新)
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