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2007年09月02日
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カテゴリ:オペラ
 オーチャードホール  14:00~
 2階右翼

 元帥夫人:ニーナ・シュテンメ
 オックス男爵:アレフレッド・ムフ
 オクタヴィアン:ヴェッセリーナ・カサロヴァ
 ファーニナル:ロルフ・ハウンシュタイン
 ゾフィー:マリン・ハルテリウス
 チューリッヒ歌劇場合唱団・管弦楽団 他
 指揮:フランツ・ウェルザー=メスト

 この秋はベルリン、ドレスデン、チューリッヒと大型引っ越し公演が目白押しですが、正直全部付き合ってると身も金も保ちません。演目的にも是非行きたいか、と言われると、4万5万払って行くのは...... いや、行ってもいいんですけど、この辺の引っ越し公演で、仮に4万円ずつ3回払うと12万円。それだけあれば、冬場に欧州まで飛ぶ金が出来ます。勿論引っ越し公演の方がコスト安だし、いいと言えばいいんですが、それにしてもね。で、一つだけ買ったのがチューリッヒの「薔薇の騎士」。それも安いとこだけど。

 チューリッヒ歌劇場来日の概要を見た時、正直かなり違和感を感じたのは事実であります。スイスを代表する劇場でありながら、1200人くらいしか入らない小さい劇場で、大歌手(昔の大歌手も含めて)や指揮者を次々と登場させる、良くも悪くも「金持ち」劇場。一方で演目は多岐に渡り、演出も現代風演出が多く、と言っても決して俗に言う"Musiktheater"には行かない。言ってみれば中欧オペラ界の奥座敷。お客も、金融の町に相応しく?如何にもなお金持ち然とした面々が多い。で、割にオケも上手くなくていまいちなことも、歌手も外れることもあり、演出は「なんじゃ?」ってことも多いけど、いつでもブラボー状態。はっきり言って評価は甘めです。悪い訳ではないけど、ブーイングなんて一度も聞いたことないし。1.2流のオペラハウス、という言い方は厳し過ぎ?でも、実際、そんな感じなんです。
 指揮者がフランツ・ウェルザー=メストというのはまだしも、よりによって「椿姫」と「薔薇の騎士」とは、まぁなんとも日本的と言うか。フジテレビの招聘だから仕方ないと言えば仕方ないけれど、日本で客が呼べて金が取れる演目だなぁ、というのが正直な所。
 でも、この小さいオペラハウスは、指揮者を得て綺麗にはまった時のアンサンブルは凄い。アーノンクールが振ったグルベローヴァの後宮はそれは凄かったし、ライモンディがイアーゴを歌った、確かサンティが指揮したオテロも凄かった(オテロはクーラだったけど、これはまぁ....)。歌手を得ればいい、とも言えるけれど、歌手が座付き級でも、それなりに形になるのが面白い。打率は高いのです。

 そんな歌劇場が、オーチャードホールで上手く行くのか?と思いつつ、まぁ今回のラインナップならこれしかない、と選んだのがチューリッヒの「薔薇の騎士」だったわけです。結局「椿姫」はアンサンブルと言っても歌手の勝負になりますからね。エヴァ・メイはどうしても聞きたいとは思わないし、ヌッチはわざわざ行くほどには興味無いし。
 結果は、まぁ聞き比べてないので何ともですが、十分元は取ったということでしょうか。

 歌手陣は概ね高水準で揃っていて、期待通りです。チューリッヒ座付きのように出ている歌手陣に、シュテンメやカサロヴァといった国際S級を加えたキャスティングだけれど、元々そういう上演形態が多いのもあって(しかもカサロヴァはこの歌劇場の常連)、アンサンブルに違和感はありません。密偵役の二人など、決してブリリアントではないけれど、ブリリアントで無いなりにアンサンブルを整えて来るので、おかしくない。大体がチューリッヒは1週間に5~6公演を普通にこなす、ほぼレパートリー・システムと言える歌劇場なのに、準主役以下の歌手は二日連続で別演目出演くらい普通なので、いろんな意味で能力は高いのです。
 主役級は、元帥夫人のシュテンメが秀逸。まず、声がいい。これは好き嫌いの問題ではありますが、特に第3幕での歌唱は透明感が感じられる声で、好感が持てました。力技という感じが無いのもいいですね。何より、カサロヴァや座付きであるハルテリウスとのアンサンブルがよく取れていて、素晴らしい。
 カサロヴァは、実は結構聞いてる割には、あまり好きな歌手ではないんですよね。時に、表情がやや乏しいと感じることもあって。ただ、それと出来具合とは全く別で、上出来でした。シュテンメ、ハルテリウスとの3重唱、2重唱でのアンサンブルは良かったですねぇ。やはりこういうのは上手です。
 歌手で主役級だと、後はオックス男爵ですが、こちらも好演。

 とはいえ、やはりフランツ・ウェルザー=メストの指揮というか、コントロールを褒めるべきでしょうね。1.2流?のオーケストラですが、やはり指揮者を得るといい演奏をします。オーチャードということもあって、「薔薇の騎士」としては決して大編成とは言えませんが、決して遜色無く見事に聞かせてくれました。しかも、チューリッヒ歌劇場特有の響きの良さは健在。そう。チューリッヒに限らず、欧州系の歌劇場で楽しみなのは、上手い下手とは別次元の、オケの音・響きの良さ、綺麗だったり、柔らかかったり、厚みがあったり、というそれぞれの奥深さがあるのですが、普段の容れ物に似合わず、しかも演目も重いのに、独自の良さ(チューリッヒの場合はやや古色蒼然とした雰囲気のある柔らかめで甘めの響き、となりますか)を発揮してくれておりました。これは、ホールの特性も合っているのがあったとは思いますけども。
 ただまぁ、第1幕の終わり、ヴァイオリンがへたったりするのは、まぁこの劇場らしいなと。この辺が1.2流。それをしてコントロールし、見事に纏め上げたウェルザー=メストの采配を褒めるべきでしょう。いや、頑張れば出来るじゃないの、チューリッヒ。

 第3幕の3重唱から2重唱は、久々に聞いた涙物の出来映えでした。オーケストラも歌手陣も素晴らしいアンサンブル。隙はあると思うのですが、それを俄に感じさせない。無理繰り一気呵成に、というのではない。なのに、息をつかせずに進んでいけるのは、密度の濃さ故でしょうか。この間、新国立劇場でもやっていますが、結局この密度がどうしても出せないんですよね。

 演出は、良くも悪くもチューリッヒ。先に書いた通り現代風演出の多い劇場で、この演出もそうなのですが、この劇場の現代演出の特質は、その大半(というか9割方)はストーリーが変わらない、ということ。そう、読み替えが殆ど無くて、置き換えに止まるのです。この辺が実は保守的なのがチューリッヒ。ライモンディのオテロの時も、なんと舞台は恒星間宇宙船(!)。ところが、ストーリーは基本的には何も変わらない。イスラム教徒は迫って来る敵宇宙船だか小惑星群だかなんだかで、オテロは船長で、召還される代わりにえーとどうなるんだっけ?みたいな展開。ここまでやってもストーリーは同じなのがチューリッヒ。
 今回の「薔薇の騎士」も基本はそう変わらない。1幕は元帥夫人の部屋にしてはちょっとあれな装置だけど、現代風のおっされーな部屋。気になるのは、葉の無い木が3,4本立っている。これが意味があるのか?結論から言うと、大して意味は無い。
 2幕のファーニナル家は、何故か大勢のコックが半地下室で料理、というより雰囲気としては加工食品を生産している。そこで全ての話が進む。つまり、ここでゾフィーは薔薇の騎士を待ち、銀の薔薇を受け取り、オックス男爵もここに現れ......それは幾ら何でも変じゃないか?半地下って、お客を通す場所じゃないでしょ?という。でも、そのことが、例えばファーニナルの成金性を表す(かも知れない)以上の意味がある(可能性がある)かと言われると、特には何も無さそう。
 3幕は、1幕と同じセットに、天幕やテーブルを設えて、レストランor居酒屋or宿屋「白馬亭」を表現。そのアイディアはまぁ買うけど、同じセットであることに意味はあるのか?いや、あまり無い。演出的には、元帥夫人が一度二人の手を繋いで立ち去ろうとし、思わず崩折れるあたり、その後一度ファーニナルと戻ってからの退場の際の背中で見得を切るあたり(いや思わず声掛けそうになったよあれは)、更には最後、将に幕切れ直前に部屋の外へ再度現れるあたり、そりゃぁ未練もあるよな、という、人間・元帥夫人の想いを見せるようで、これはこれで面白い。でも、それは、言わば予想の範囲内ですな。
 オーソドックスなのです。で、微妙な小ネタ(2幕、オクタヴィアンと一緒にやって来る老騎士は老いたるオックス男爵の姿か?)とかはあるのですが、あまり本質的でなく、意味もありそうで軽く処理されて終わってしまう。ちょっと落とし前の付け方が甘いなと思います。
 ただ、この手の落とし前の付け方の甘さでは、新国立劇場などでも多いのですが、許せる許せないの差は、それなりに中途半端にせずに詰めているから、不用意に思わせぶりなまま終わらせることがない、といった点に出て来るのだと思います。
 思い返すと、あれ?と思うことはあると思うのですね。それを一応収拾付けておく。このへんが、くどいようですが、良くも悪くもチューリッヒ。ただねぇ、ホモキあたりの中途半端なのをそのまま投げ出しちゃう演出よりは全然いいですよ。

 ま、総評としては、「ああ面白かった」ってとこでしょうか。チケットあるなら行っておいて正解ですよこれは。







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最終更新日  2007年09月03日 00時48分46秒
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