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2017年11月04日
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カテゴリ:音楽 [洋楽]
Lichtsäule, Irisieren, Cirrocumulus, Virga, Cirrus
巻積雲、尾流雲 (wikipedia)

洋楽特集 第40回
秋も深まり
マイナー調の音楽 をどうぞ・・・



淹れたての珈琲も 冷めるまでの時間が日を追うごとに短くなる程
秋も深まる中、

レンジでチンして再加熱した珈琲が思いの外ヌルかったので
再びチンして今度は沸騰させ

地獄の様に泡立つ珈琲は舌も付けられ無い程熱気を帯びて
手にしたコーヒーカップは口も付けられ無い程熱が伝導し

結局再び冷めるまでの時間の短さを体感する堂々巡りに
冬の足音が聞こえる・・・

今日この頃を、いかがお過ごしでしょうか


さて

70年~90年代を中心に、子供の頃、若かりし頃、耳にして来た音楽をご紹介する
洋楽特集 『~どうぞ』 シリーズ 今回は第40回


今回は深まる秋と冬の到来をイメージする様な
短音階旋律で作られた「マイナー調」の楽曲をお送りします。

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■ もくじ ■
- イントロ -

- 音楽解説 -
M1 (1983)『E.L.O - Secret Messages』​
M2 (1984)『TOTO - Stranger In Town』​
M3 (1982)『Hall & Oates - Maneater』​
M4 (1983)『Elton Jhon - I'm Still Standing』​
M5 (1981)『The Police - Spirits In The Material World』​
M6 (1983)『Genesis - MAMA』
M7 (1983)『Eurythmics - Here Comes The Rain Again』
M6 (1987)『Fleet wood Mac - Big Love』​

- コラム -
『アナログからデジタル移行する80年代②』

■急激に認知度が上がったロック■
■音楽不況からの脱却と大躍進■
■ガラパゴス的進化にあった日本■
■LAメタルブームの衰退と80年代音楽の終焉■



▲目次へ▲
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- イントロ -
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さて、

ヒット曲と呼ばれる音楽は まず「簡単明瞭」
「快活」にして「明るい」曲調が求められ

「複雑怪奇」で「陰鬱」にして「暗い」曲調は
求められない様な印象がありますが

短音階旋律による暗い曲調で作られた
広く「マイナー調」と呼ばれる楽曲は
現在においても過去においても

数多くの大ヒット曲を出しております。


以前、『​第29回 重々しい音楽​』『​第36回 重苦しい音楽​』
の回の時にも書きましたが

複雑な国際情勢による社会不和や、危機的な自然現象による突然の被害など
昨日まで当たり前だと思っていた日常が
一夜にして様変わりする事も起こりうる世界で、

時に怒りに満ちて悲しみに暮れ・・・
ともすれば深い闇すら抱えて・・・
果ては、狂気すら宿しながらも 日々を生きる

その様な不安とストレスを抱えた中で生活を送る
現代の悩める人々を対象にした楽曲を制作する場合


負の感情に裏付けられた激しい悲しみや深い嫉妬
巨大な怒りや強い憎しみ、に加えて

クラシックでも描かれる、人類の大いなる黄昏や
ブルースでも描かれる、自堕落な者達の後悔の念や
ロックでも描かれる、若者達の激しい情念や
フォークでも描かれる、市民達の底なしの絶望感や
歌謡曲でも描かれる、恋人達の悲しい別れや
演歌でも描かれる、罪深い男と女の背徳の念 更には

終わりの見えない争いや、根の深い人種問題 等々・・・

多種多様な状況にある人々の心に訴えるものになるには

『強さ』『躍動』に裏付けられた『明るさ』『喜び』などを
描写するのに最適な長音階旋律による「メジャー調」よりも


ダークで攻撃的なものから、深遠な癒やしに満ちたものまで
混沌とした世界を生きる様々な人々の姿や感情を描き出し

暗いだけでは無く 感情を揺さぶる様な様々な曲調の
非常に豊かな表現力を持った「マイナー調」の楽曲は


ともすれば人生の真実を描き、魂に訴える様な
人が人として生きる指針にすらなり得る

様々な優れた楽曲を生み出す要素がある様に
思うのでした☆


という訳でスタート

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- 音楽解説 -
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△▼ △▼ △▼
Electric Light Orchestra - Secret Messages ​(1983)​
エレクトリック・ライト・オーケストラ - シークレット・メッセージ

収録アルバム『シークレット・メッセージ』

Jefflynne hydepark
Jeff Lynne (Wikipedia)

​ジェフ・リンは
熱狂的な ビートルズファン が昂じて

最後は本当に
ビートルズに参加 した
​​世界一のビートルズマニア
だと思います​




ジェフ・リン 率いる ELO こと エレクトリック・ライト・オーケストラ

日本でも『電車男』の主題歌としても話題になった
『トワイライト』が収録された 前作 (82)『TIME』とは

サウンド的にも続編的な位置づけとなったアルバム
『シークレット・メッセージ』から
タイトル曲となったシングルヒット曲です。



本作収録のアルバム『シークレット・メッセージ』は
(82)『TIME』に続く ELOのヒット作で
全体的に『TIME』 を継承した様なサウンドで占められており

アルバムはヒットしましたが 前作のサウンドに暗いトーンが入った様な曲調が
一般受けには至らず 隠れた名作扱いのアルバムとなっていました


本曲は 『トワイライト』 の様な突き抜けたものはありませんが

拍の頭が半拍ズレて入る様に聴こえるイントロの導入から
転がり落ちて行く様に曲へ入って行くスリリングな展開は
闇を疾走する様な ドラマチックな深みがあり

この時期、リーダーで中心人物の ジェフ・リンと バンドメンバー間との
マネージメントを巡る関係の悪化を暗に象徴する様な

壮大なストリングス・ロックで華々しく登場した 華麗なバンドらしからぬ所に
非常に人間臭い魅力を感じる楽曲という印象がありました



▲目次へ▲
△▼ △▼ △▼
TOTO - Stranger In Town (1984)
トト - ストレンジャー・イン・タウン

収録アルバム『アイソレーション』

TOTO live 2010 in Copenhagen in KB Hallen
TOTO (wikipedia)

TOTO は、
太った キーボードが 中心人物
ゴダイゴの ミッキー吉野 と同じ
と いう話を
なるほど と思ったあなたは

既に 初老 です




80年代のアメリカンアーバン系ポップスを代表するバンド TOTO

前作の大ヒットで世界的に知られるまでになり
グラミー賞を総なめにした代表作的アルバムの
『聖なる剣』リリース後、

長年TOTOサウンドを支えたベーシスト デヴィッド・ハンゲイト に続いて
ボーカリスト ボビー・キンボール の脱退という 存続の危機を乗り越えて

ロックテイストが強い新ボーカリスト ファーギー・フレデリクセン
今後長年に渡りリズムの要としてTOTOを支え
2015年に惜しくもこの世を去った
ベーシスト マイク・ポーカロ を迎え

新体制となって制作されたアルバムからの
シングルヒット曲です。



それまでの TOTO のサウンドから一転して「ダーク」な色合いを持ち
アラン・パーソンズ・プロジェクト の様な
エモーショナルな作風を持った異色作で

「ハイドラ」で用いた物語性に「闇」を加えた様なサウンドになっている所が
特徴の楽曲となっており

発展して行く社会の中で、未知のものを恐れる風潮に根ざすものを
問題定義するミステリアスな作品となっております


本曲を含めたアルバム全体の仕上がりは、
既にアーバンポップの騎手として知られた TOTO のイメージを一掃する様な

ライブでの演奏を意識した「ライブ感」を念頭に入れた
「ハード・ロック」なサウンドで占められており

主要メンバーを二人も失った危機を逆手に取り
折しもブームとなっていた「ロックミュージック」へと
バンドを大胆に方向転換した意欲作という側面を持った
アルバムの様にも感じられました。


PVに付いて触れますと、
非常にドラマ性の高いミステリアスな作品となって仕上がった
PVの演出を担当したのは

a-ha の『テイク・オン・ミー』や マイケル・ジャクソン の『ビリー・ジーン』の
スティーブ・バロン

『エクソシスト3』『エイリアン4』『ロード
オブング』
などに出演した個性派俳優 ブラッド・ドゥーリフ が出演した「謎の男」と
その男を納屋で匿う子ども達との束の間の交流を描いた問題作となりました

本PVは 映画 (62)『汚れなき瞳』をモチーフにした作品で
思い込みや風潮被害が生み出す偏見によりが曇りがちな目となる
現代人の行動に対し

そのままの人柄を観る純粋な眼を持った子供達の行いとを比較した
当時の暗い世相を暗示した内容となっており

この作品は85年度の「MTV最優秀監督賞」を受賞しました



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Hall & Oates - Maneater (1982)
ダリル・ホール & ジョン・オーツ - マンイーター

収録アルバム『H2O』

Hall & Oates
Hall & Oates (wikipedia)

昔、桑田佳祐 のシングルに
ホール & オーツ が参加した時
二人が 完全にオーラを消して
共演しているのが 逆に凄い
と思いました




主に70年代中期から80年代後期が黄金期となり世界的ヒット曲をリリースした
アメリカのブルー・アイド・ソウル・デュオ・ユニット
ホール & オーツ の 全米1位を記録した大ヒットシングルです


ホール & オーツ は、
日本では本曲の大ヒットで一般的にも知られる存在となりましたが
72年のデビューから既に数曲の全米1位を出しているスーパーユニットで

80年以降、R&Bやソウルのスタイルを取り入れたポップスとなった
ボズ・スキャッグ などのアーティストで知られる
いわゆる「ブルー・アイド・ソウル」と呼ばれる
白人によるブラック・ミュージック のアーティストとして

折しも世界展開していた「MTV」人気の波に乗り
世界的に知られるまでの存在となり

主に80年代に頂点を極めた
このジャンルでの最も成功したアーティストです


本曲は、魔性を持った女豹の様な女が男を狙う様を
ダンサブルに唄った作品で

いわゆるブルースやソウルで語られる「あばずれ女」では無く
男を籠絡させる「Maneater」と表現している所に
女性の地位向上が叫ばれていた
当時の時代背景を物語るものがあります


オーケストラを用いて絢爛豪華にアレンジされた
カーペンターズ 的ポップスが過渡期を越え下火となりつつあった70年代は
ブラック・ミュージックをエッセンスとした
新たなダンス・ミュージックの定番として
「ディスコ」と呼ばれるスタイルの楽曲が数多く誕生した時代で

白人がソウルミュージックを演る事に抵抗や偏見があった当時

ディスコブームに乗る形で世界的ブレイクを果たした
ビージーズロッド・スチュワート などの様な
元々ソウル・ミュージックとは関係無かったアーティスト達や

アラベスクジンギスカン などの 企画性が強いユニットなどの様な
ブラックミュージックとは程遠い内容の楽曲が世に出る中で

ホール&オーツは 本格的R&B、ソウルテイストのポップユニットとして
デビューします

その後数々のヒット曲を放ちますが、ディスコブームもやがて衰え
業界がアナログ志向からデジタル志向へ移行する直前の
これまでの方法論が通用しない時代へと向かいつつある80年代初頭

楽曲を絢爛豪華でダンサブルに装飾するアレンジから
極限まで楽器を減らして楽曲本来の持ち味を引き出す
ポップスの基本的アレンジに立ち返り

マイケル・ジャクソン『ビリー・ジーン』
ザ・ポリス『見つめていたい』
最近でも ファレル・ウィリアムス『ハッピー』のヒットでも知られる

基本ドラム、ベース、ピアノ又はギターの3リズムのみで演奏する
ボーカルを強調したシンプルなアレンジで演奏された楽曲が
ヒットを飛ばしていた時期を代表する楽曲の一つとして知られる

ホール&オーツの代表曲的大ヒット曲であり

本曲のシンプルな演奏が醸し出す独特の閉鎖感による
「闇」の様な雰囲気が、先の見えない80年代初頭の世相を象徴し

同時に、
まだまだ「ブルー・アイド・ソウル」が音楽的に軽視されていた時代に
既にユニットとして成功を納めた大スターでありながら

ブラックミュージックのアーティストとしては
認められていない自分達の行く末を憂慮する様な響きに感じられる

楽曲の様にも思われます。



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Elton John - I'm Still Standing (1983)
エルトン・ジョン - アイム・スティル・スタンディング

収録アルバム『トゥー・ロウ・フォー・ゼロ』

Elton John in Norway 1
Elton John (wikipedia)

80年代当時の PV の定番は
で撮るか 踊る か でしたが
コレ はその 両方 でした。



イギリスを代表するアーティスト エルトン・ジョン
「不遇の時代」と呼ばれる80年代にリリースされた楽曲から

エルトン・ジョン 復活と呼ばれ、スマッシュヒットを飾った
ライブでも好んで演奏される代表曲的ナンバーです


エル・トンジョン は、
70年代前半に全盛期を築いたアーティストで
70年代後半の一時的な活動休止後を経てヒット曲を出す度
「復活」と呼ばれて来た時期の

80年代のエルトン・ジョンを代表する楽曲の一つで

自身の過激で辛辣な言動に加え、70年代後半に表明した引退騒ぎから
作曲活動の相棒として作詞を手がけてきた
バーニー・トーピン との決別や、LGBTのカミングアウトなど
常にゴシップに晒されてきた低迷期を経て

80年代にリリースしたスマッシュヒット作でもあります


活動休止からの復帰後は、ソウル、ユーロビートを導入した
当時の音楽界の流れを汲んだ意欲的な作品をリリースしますが

以前のイメージを一掃する様な作風が一般受けせずに
セールスも伸びないまま音楽的な低迷期を迎えます


70年後半から見られた これらの音楽的試行錯誤と迷走は
常に全盛期の作品と比較されるプレッシャーが一因と言われておりますが

本曲では、それら周りが作り出す不協和音と
自らがこれまで囚われてきた「エルトン神話」を吹き飛ばす様に

全てが吹っ切れてある意味開き直ったエルトン の姿が重なった様な

文字通り「エルトン・ジョン復活」の言葉に相応しい
ドラマチックで勢いを感じるナンバーに仕上がった

エルトン のキャリアの中でも非常に重要な位置を占める
楽曲の様に思います。



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The Police - Spirits In The Material World (1981)
ザ・ポリス - マテリアル・ワールド

収録アルバム『ゴースト・イン・ザ・マシーン』

Sting Life Festival Oświęcim 2013 (7)
Sting (wikipedia)

「ザ・ポリス」は
ギタリストもベーシストも本当はうまいのに
下手なフリ してました。




グラミー賞アーティストの スティング が在籍していた
3ピース・ホワイトレゲエユニット ザ・ポリス

政治色が濃く入り始めてスティングらしさが際立ち始めた時期に
リリースされたアルバムからのシングルヒット曲です



ジャマイカが発祥の音楽「レゲエ」の要素をロックに導入した
「ホワイト・レゲエ」と呼ばれるユニークな音楽性を持つバンドとして知られ

折しもイギリスで起こっていた「パンク・ムーブメント」に乗って
彗星の様に現れた新人バンドの一つでもありましたが

ジャズ畑出身のスティングを始めとするメンバーが持つ
本来持っている演奏の実力とスタイルを意図的に封印して

庶民的粗雑さが一つの「ファッション」となっていた
当時の英国音楽界の風潮に乗って登場したバンドの様式に則り

ラフな演奏をする新人ロックバンドの様に振る舞っていたという点においても
興味深いバンドでもありました


本曲は 強力なレゲエのリズムに乗って過激な自己啓発を促す
「アジテイト・ソング」という側面を持ってアルバム作りを行って来たポリスが

これまでは音楽性の裏側で浮かび上がる様に楽曲に込められてきた
眼に見えない「闇」の部分をサウンドに盛り込み

「サッチャリズム」と呼ばれ推進されながら
多くの失業者を出した当時の英国の金融政策の失敗に対する批判をベースにして
「文明社会での魂」という切り口で金融以外の解決法があった事を示唆し

「暗いポリス」とも呼ばれた 多分に政治色の強い楽曲です

本曲を含めたアルバムも
基本ドラム、ギター、ベースの3リズムで作られて来た曲作りに
シンセなどの厚みを持った音が加わり、

サウンド的にはバラエティーに富んだ楽曲で
占められたものとなり

これまで意図的に隠してきた音楽性における「爪」が見え隠れするばかりの

訴えるべき内容がポリスの音楽のスタイルに受けきれない時期に来ている事を
示唆するかの内容になった様な印象がありました



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Genesis - MAMA (1983)
ジェネシス - ママ

収録アルバム『ジェネシス』

Genesis (UK)
Genesis (wikipedia)

​​​​『そして3人が残った・・・』

左トニー・バンクス「3人で丸儲け~www」
中フィル・コリンズ「3人でヤッてやるぜっつ!!!」
右マイク・ラザフォード「3人・・・さみしい・・・」


​こーゆーバンドです
(※違います多分。。。)​




今年の6月に復帰ツアーを行ったフィル・コリンズ が在籍した
プログレッシブ・ロック アーティストで最も成功したバンド
ジェネシス

フィル・コリンズ のソロ・ブレイク後発表された大ヒットアルバムから
問題作的なオープニング・ナンバーです


中心人物だった ピーター・ガブリエル
メロディーの要だったギタリスト スティーブ・ハケット 脱退後
フィル・コリンズ 主導の3人体制を確固としたものとした時期に

フィル・コリンズ がソロでリリースした
82年の「恋はあせらず」のシングル・ヒットの流れを汲みながら
ポップバンドとして生まれ変わったジェネシスが

(86)『インビジブル・タッチ』で世界的成功を収める直前の
アルバムタイトルをバンド名にしてリリースした
正に世界進出の橋頭堡となったアルバムからの
ファーストシングルとなった曲です


ドラムマシンのパターンに呼応して
ミニマル・ミュージック的アプローチでセッションを重ね
ジェネシスならではの近未来的サウンドで作られた楽曲で

ELOの『トワイライト』
ピーター・ガブリエル『4』でも聴かれる

80年代のフィル・コリンズのドラミングの代名詞となった
「ノイズゲート」を大胆に利用した衝撃的ドラムサウンドをフューチャーした
ドラマティックな楽曲で

フィル・コリンズによると「娼婦」をモチーフに唄ったと言われる
この世に生まれる事の無かった魂が訴えかける内容の
非常にミステリアスでダークな作品に仕上がっています


この時期の中心人物だったフィル・コリンズの曲作りは
自伝的な内容を取り上げるものが多く見られる事で知られておりますが

この時期は特に離婚問題が楽曲に投影されたものが多く作られた事や

自分がリスペクトする大物バンドからの誘いがあれば
ジェネシスを脱退してでも受けるつもりがあったという
迷いを込めた自身の言及などからも

元々オリジナルメンバーでは無かった事に加え、
中心人物を二人も失った「ジェネシス」が
自分のソロアルバムが一定の評価を得た事を期に
ある意味「部外者」に近い自分を今度は中心人物に立てて
本来の音楽性を変えてまで存続しようとする事に疑問視したかの

今後も「ジェネシス」に所属すべきか、ソロで独り立ちすべきかという様な

迷いと葛藤がそのまま楽曲に反映した80年発表の『デューク』後の
テクノ路線を盛り込んで迷走したとも取れる81年発表の『アバカブ』を挟んで

本曲はある意味それら答えとなったとも言える
興味深い楽曲と捉える事が出来ます


又、結果ジェネシスに残ったフィルに付いて
ソロで独り立ちしたり、他のバンドでドラマーとして活躍するなど
ミュージシャンとして様々な未来を生む可能性を、自ら潰してきた事を

この世に生まれ無かった魂が娼婦を「ママ」と訴えかける内容の
ミステリアスな楽曲に投影し

自傷の念を唄ったとも取れる本曲の後には

「出ていく事は簡単だけれど、結局はココが気に入っている
ただそれだけの事」と唄われる『ザッツ・オール』へと続いていくので

本曲と『ザッツ・オール』は実は
フィルとジェネシスとの関係に付いて歌った連曲であるとも
取れるものがあります。


更に、
レコード時代で言う所のA面ラストには
お化け屋敷での一夜を唄った『ホーム・バイ・ザシー』が収録され

形振り構わず音楽性を変え存続し
果てはスタジアム級のライブバンドとして
ショービジネス界のトップにまで躍り出る
算盤尽くな怪物バンドにまで成長した
この時期の「ジェネシス」を歌った様な意味深な楽曲とも取れ、

又、
B面トップには、不法入国者を歌った内容の
まるで「ジェネシス」におけるフィルの立場を暗に投影した様な
『イリーガル・エイリアン』が収録され 等々・・・

言うなれば本アルバムとは

「ジェネシス」と言うバンドに所属して音楽業界でやって行くというのは
本当に色々あって大変だが、それこそが「ジェネシス」という

改めて3人体制でやって行く事への、ある種の「決意」の現れを
様々な形を取って語っている内容で占められた作品の様でもあり

故に「ジェネシス」というタイトルになった様な
非常に興味深いアルバムと言えると思います。



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Eurythmics - Here Comes The Rain Again (1983)
ユーリズミックス - ヒア・カムズ・ザ・レイン・アゲイン

収録アルバム『Touch』

Annie Lennox SING campaign, Vienna 2010 b
Annie Lennox (wikipedia)

今聴くと非常に ソウルフル な歌声の
オシャレ な曲ですが

当時はこの 歌声
怖かったです・・・




『ロード・オブ・ザ・リング』の主題歌でも知られる世界的シンガー
アニー・レノックス が在籍していた
ブルー・アイド・ソウル・エレクトリック・ユニット ユーリズミックス

80年代初頭、イギリス人アーティスト達によって全米チャートを賑わせた
「第2次ブリティッシュ・インヴェイジョン」と呼ばれる波に乗り登場した

アニー・レノックス 色を強烈なまでに全面に押し出した
衝撃作的ヒットナンバーです


ユーリズミックスは
R&B系 ボーカリストの アニー・レノックスと
音楽プロデューサーの デイブ・ステュアート とで結成された
英国の音楽ユニットで

主に アニー・レノックスの
スタイリッシュでマニッシュなビジュアルを活かした
ダンサブルでクールな切り口のポップミュージックを
リリースしてきた世界的な音楽ユニットで

当時の男社会という風潮に於いての女性の地位向上を訴えるという
社会派 という側面も持ち

アレサ・フランクリン とのデュエットでは
女性へ向けての自己啓発を促す作品を発表するなど
幅広い音楽性を持った ポップ・ユニット として活躍します


本曲は「R&B」スタイルの アニー のボーカルが
スタイリッシュでダンサブルなエレクトリックサウンドに乗せて
情感たっぷりに歌い上げるナンバーですが

日本で言えば「演歌」に当たるボーカルスタイルを
エレクトリックサウンドに乗せてヒットを出すケースは
当時の日本においても 北島三郎島倉千代子 などの例もある様に

この様な伝統的音楽スタイルにデジタルを導入する事が
世界的な傾向にあった当時の音楽業界の流れの中においても
特に突出した楽曲でもありました

一方で
ユーリズミックス は欧州や日本では評価の高いユニットでしたが
R&Bミュージックの本場となる米国での当時の評価は著しく低く

これは 演歌界 における ジェロ、クリス・ハート が登場する以前の
日本が同じ状況だった様に、

他国のアーティストが演奏するR&Bを受け入れない
自国が発祥となる音楽に対しての
閉鎖的なまでの 保守的な旧体質 が根付いていた事が理由と思われますが

米国での成功と音楽的評価が食い違う所に

70年代後半から全米の業界全体を襲い始めた
映画、音楽界低迷の根深い真の理由があった様に思われ

その様な根深い問題の中で揉まれながら自らの立場を貫こうとする
「戦う音楽」という音楽的側面を持ったユニットでも

ある様でした。



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Fleet wood Mac - Big Love (1987)
フリートウッド・マック - ビッグ・ラブ

収録アルバム『タンゴ・イン・ザ・ナイト』

Fleetwood Mac-4.28.2013
Fleetwood Mac (wikipedia)

​​​​​​​​​「フリートウッド・マック」というバンド名は
ドラマーの名前が フリートウッド
ベーシストの ジョン・マクビー
マック と呼んだ所に名前の由来があるのですが


「マクドナルド」マクド では無く
マック と 呼ばないと


「フリートウッド・マック」も
「フリートウッド・マクド」に

なってしまいます。
(※なりません)​​​​​​​​​




60年代後半から活動し、ブルース・ロックからソフトロックへ路線変更し
77年に発表した『噂』の世界的大ヒットで知られる
フリートウッド・マック

各メンバーのソロ活動が活発だった80年代に発表されたアルバムからの
大ヒットシングルです


元々は英国を代表する3大 ブルース・ロックバンド の一つと評される
存在でしたが

「ブルース・ロック」が確固とした音楽カテゴリーではなく
当時の英国のロックにおけるムーブメントを総称した

一過性のブームにありがちな性質を持った呼称だった事からも

当時の中心人物だった ピーター・グリーン、ボブ・ウェルチ の脱退という
危機的状況に対し

後に加入する ボブ・ウェルチ を始めとする中期のメンバー達や

中期のメンバー達の脱退後は
スティービー・ニックス、リンジー・バッキンガム、クリスティン・マクヴィー
といった黄金期となるメンバー達と共に自然と路線を変更しながら

幾度も危機的状況を乗り越えて
世界的な成功を遂げるバンドでもありました


これはマックのオリジナル・メンバー、
ジョン・マクビーミック・フリート・ウッド
結果的にジャンルにこだわらない 柔軟な音楽性 を内包していた事が

中心メンバーが去った後の新メンバー加入いう形によって
自然と変化する 音楽性の受け皿 になって行ったと
捉える事が出来

それに伴い「ブルース」という様式に基づくスタイルから
メンバーの内情が作品に反映される「プライベート」なものへと
作風が変化して行った所に

2つのカップルだったメンバー達が相次ぐ破局というゴタゴタの最中
その赤裸々な内情を作品に反映させる 自由過ぎるスタイル
楽曲を作り始めても

アルバム制作が破錠せず作品として昇華させ
歴史的名盤をリリースする事に繋がった理由だと思われます。


これは「バンド」という存在そのものが
メンバー達の感性の巨大な受け皿となり
70年代特有の「解放・自由」という社会風潮が柱となって
夫婦間が破局した後も仲間として集える屋根となる

「家」の様な役割を果たしていたとも取れるものがあり

これらメンバー間の独特の音楽的関係が
50年ものキャリアを誇る息の長さの理由の一つとなった様な
印象があります


本曲は、前作 (82)『ミラージュ』から5年ぶりに発表された
『タンゴ・イン・ザ・ナイト』からのヒット・シングルで

ゴージャスでセレブな雰囲気ながらサウンドにある種の「隙間」を感じる
メンバー同士の微妙な距離感が投影された様な楽曲で占められたアルバムからの
情熱的なスパニッシュテイストでスタイリッシュに演奏された楽曲で

「高嶺の花の愛は身を滅ぼす」という自伝的内容にも取れる意味深な内容の
スリリングなタッチで唄われるナンバーです

本アルバムは、ソロ活動で散開しバンド周辺のトラブルが絶えない中で
黄金期のメンバーが再集結し制作された作品でしたが

解散をほのめかす内容の幾つかの楽曲が示すかの様に
アルバムリリース後、リンジー・バッキンガム の脱退により
本作は黄金期に於いての事実上のラスト・アルバムとなりました


いつの時代にもセレブのスキャンダラスな「噂」が話題を呼ぶ
華やかで浮き沈みの激しいショービジネス界で話題の中心となり

創作活動の拠点となる「家」の様な存在のマックに集っては
全てを晒しながら身を削る様な創作活動をしてきたマックでしたが

ほとんどリンジー・バッキンガム一人で仕上げたと言われた本作は
それ自体がマックの最後の内情を彷彿とさせるものがある

いかにもマックらしい作風を持った最後の作品となるのでした。



△▼ △▼ △▼
▲目次へ▲

- コラム後枠 -
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​『アナログからデジタル移行する80年代②』​
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San Fernando Cathedral, San Antonio - Xavier de Richemont Light Show (2014-12-12 22.20.49 by Nan Palmero)
サンフェルナンド大聖堂でのプロジェクション・マッピング (wikimedia)



さて、

数年前NHK Eテレで放送された 音楽プロデューサー亀田誠治が講師を務めた
J-Popを音楽面から分析する教育番組『亀田音楽専門学校』
2013年12月5日放送『玉手箱のマイナー術』の回で

様々な表情を表現してきたJ-Popに於いては
マイナー・短調の音楽は日本人の感性にマッチし

拡がりの無い短調特有の「狭まった音程」の中に
「ワビサビ」と呼ばれる日本人特有の抑圧された感情が
投影しやすい性質を持っていた所にヒットの要因があったとの

リスナーとマイナー旋律における国民的関係性についての
興味深い講義が放送されました。


この様な音楽的側面から語られる一因とは別に・・・


洋楽では80年代初期から中期に掛け
特に大物と呼ばれるアーティスト達が
これまでのイメージを一掃するタイプの作品をリリースする一環の中で

マイナー調の作品をリリースしてきた歴史 がありました。


殊更、80年代洋楽の特徴の一つに
「マイナー調」音楽という傾向があった訳ではありませんが、

アナログからデジタル移行する80年代①の回で書いた様に

70年代まで主流だったものと
次々と生み出される新たなものが取って代わる
世代交代が顕著な風潮にあった80年代当時の世の中が

洋楽アーティスト達の作風に影響を与える
大きな要因としてあったのかもしれません。


70年以降、世の中の価値観が変化し

個性を尊重し個人の功績を称える旧来の評価法が
「成果」の捉え方次第で齟齬を発生させてきた事から
厳密さに欠けるこの様なやり方を廃し

何事も統制され管理されデジタル化される
全てが目に見える「数字」として「成果」が現れる
簡潔明瞭な評価法が主流となり
「管理社会」へと向う傾向にあった80年代当時は、

個人が抑制され個性が歓迎され無い風潮の中にあり

80年代の音楽界は、
無個性化する社会を投影した無感情で機械的な演奏が特徴の
「テクノミュージック」
中性的なイメージの欧州懐古主義的サウンドが特徴の
「ニューロマンティック」の様な

70年代とは全く違う スタイリッシュで新しいタイプの音楽がヒットし
正統派な作りの人間臭いタイプの音楽は下火となった時代と言えました。

更に、
「Walkman」を始めとする
ポータブルカセットプレーヤーの爆発的な普及から
リスナーが音楽に求める志向が変化し

その表れから、
これまで一般的には音楽制作上の役割が理解されにくい所から
音楽関係者の一人という程度の認識しか無かった
「音楽プロデューサー」の存在が大きく注目された時代でもありました

これによって、音楽の方向性を決めたり
バンドのイメージを定めてそれに則った楽曲を制作する、
いわゆる「テコ入れ」によって同じバンドが全く別物になるという

音楽プロデューサーの役割が一般的にも認識される様になり

人気ミュージシャンがプロデュースした作品などが話題を呼び
低迷していたショービジネス界に再び活気が戻って行きます

加えて、音楽リスナーの耳が肥えて
音楽に対する要求が多義に渡る様になると

それに呼応する様に登場した マイケル・ジャクソンマドンナ などの
楽曲に加え パフォーマンス で真価を発揮するタイプの歌手が
人気を博して行き

ショービジネス界もミュージシャンに音楽性以外の資質を要求する
「アーティスト」が求められる時代へ突入して行きます

特にその中でも、
70年代まで商業ベースの枠組みの中には無かった「ロック・ミュージック」
英国音楽界の大躍進で一般的にも認識される様になり
それを期に大々的な「プロデュース」の洗礼 を受け

「売れる音楽」「ライブ・パフォーマンスで動員を呼ぶ音楽」を生み出す
アーティスト としての資質に叶った時流の寵児として

大躍進を遂げる事になります


これにより、俗に言う「LAメタルブーム」と呼ばれる
80年代に米国西海岸を中心に波及したロック・ブームの到来と共に

それまで一部の音楽ファンが聴いていただけのジャンルだった
「ロック・ミュージック」が急激に大衆化し

音楽ファンからは「商業ロック」「産業ロック」と揶揄されながらも
ロックが商品として売れる「ビジネスモデル」が確立されて行き
数多くの新人ロックバンドが次々とデビューして行きました。


一方で、
時流に乗りメジャーデビューして行った新人バンド達は
路上バンドからスタジアム級アーティストへと瞬く間に上り詰め
ビッグになるという夢が叶った事とは裏腹に

多くのバンドがデビュー後の2作目以降のアルバムで
ロックミュージックらしいマイナー音階で作られる
突き抜ける様な激しさとは明らかに異なった
「陰り」の様な迷いを感じる響きが
時折顔を出す楽曲で占められる作品をリリースする様になり

元々マイナー音階で楽曲が作られるのが
ロックミュージックの一つの大きな特徴ではあっても

熱が冷めれば忘れられる危ういブームの中での
先の見えないショービジネス界のスターダムという
不安を伴うブレイクでもあったことが一因となった様な

急激にスターダムに押し上げられた先の見えない不安な心境が
マイナー旋律の楽曲に更なる影を落として現れるというケースが見られたのが

80年代音楽の特徴でもある様でした


業界がアナログ機器からデジタル機器へ移行を始めた80年代の音楽界は
これまで70年代の特徴だったウォームなサウンドから

綺羅びやかな音色で一斉を風靡した デジタルシンセサイザー を始めとする
デジタル楽器音が似合うタイトで スタイリッシュなサウンド のポップスが
主流になっていった時代で

スタイリッシュでファッショナブルなサウンドとビジュアルで
デュラン・デュラン、カルチャークラブ、a-ha、マドンナ などの
新人アーティストが彗星のように現れ

ジャクソン5 からソロでブレイクした マイケル・ジャクソン をはじめ
シカゴ、アース・ウィンド&ファイアー、スターシップ などの
スタイリッシュなサウンドで変身を遂げ、
再ブレイクを果たしたベテランアーティスト達が人気を博していた
時代でもありました。

又、
音楽専門TVチャンネル「MTV」の開局によって
映像を含めた全米への大々的なプロモーションが可能になった事を期に

映画業界と音楽業界がタッグを組み
映像に映える音楽を創るミュージシャン達の作品を映画主題歌に起用し

キーボーディストの ヤン・ハマー
ギタリストの エリック・クラプトン

全米トップ10ヒット曲を出す作曲家としても活躍していた
ケニー・ロギンス などの

アナログ時代は「通」な存在だったミュージシャンが
映画の世界的ヒットと共に世界的なブレイクを果たした他

ティナ・ターナー、キム・カーンズ の様に
既に70年代に一時代を築いた大物アーティスト達が
スタイリシュな変身を遂げ大ヒット作をリリースしたりと

70年代のヒット以後低迷していたアーティスト達がこれまでの音楽性を変え、
世の潮流に乗って再ブレイクを果たして行きました。


一方で、
80年代アーティストのブレイク後に顕著に見られたケースとして

特に新人のユニット、バンド系で
ブレイク後にメンバー間で抱えてきた問題が顕となったり

ブレイクして突如時の人となり、
これまでとは違った生活の中で活動を強いられ精神的に苦戦したり、

本来の音楽性とは異なる楽曲がヒットしブレイクした事で
今後も本来の音楽性とは異なる作品を要求され続ける事で葛藤したり、

等の様々な問題や障害により

アルバムデビュー経て メンバーが脱退 するケースや、
90年の到来を待たずして 活動の停止や解散 に至る、等々の

ブレイク直後の不協和音が理由となりその後が続かなくなる、
いわゆる「一発屋」と呼ばれるアーティストが数多く輩出されたのも

この時代の一つの特徴でもありました

これはこの時代のショービジネス界が低迷から脱却を図ろうとして
時流を読んだ音楽プロデューサーなどの業界人が
アーティスト達に 急激なブレイクを仕掛けて

次々とスターダムに押し上げては利益の回収を図る
米国流ショービジネス界的な形振り構わないやり方の
弊害 でもあった様に思います


この様な、いつ弾けるとも知れない
「バブル状態」のショービジネス界 に身を置くアーティスト達が
「不安」「ストレス」「悩み」「葛藤」などの問題を抱えたまま
創作活動を続けた事がアルバムに投影されるという形で

この時代のアーティスト達に
「マイナー調」楽曲がリリースされる傾向が見られるという背景が
あったのかもしれません。


▲目次へ▲
■急激に認知度が上がったロック■

80年代は「パンク・ロック」「ニューウェーブ」を始めとする
「第2次ブリティッシュ・インヴェイジョン」と呼ばれる
イギリス音楽界の世界的な大躍進などの影響により

音楽産業とは距離を置いていた「ロック」ジャンルが大きく取り上げられ
それによって認知度が高まり「ロック」が急速に大衆化していった時代で

様々なロック・アーティスト達が時流に乗ってヒット作を連発したのも
この時代のショービジネス界の特徴の一つでした

又、
「商業ロック」と揶揄されるまでに「ロック」がビジネス化した事から

特にそれまではコアな存在だった「ヘビーメタル」アーティスト達が
特異なスタイルとショー的要素の高い華やかなパフォーマンスで人気を博し
世界的ブレイクを遂げた時代でもありました


このブームの特徴としては、
これまでの作風を変え売れる方向に方針を転換し
世界的な成功を遂げる例が多く見られた事が挙げられ

イエス、ジェネシス、スターシップ、シカゴ の様な、
既に一時代を築いたベテラン勢が
ポップなサウンドでイメージチェンジを図り 再ブレイクを果たしたり

エイジア の様な、70年代を代表するバンドの各メンバーで構成された
鳴り物入りで登場したバンドが ポップなロックサウンドで
次々と世界的な大ヒットを遂げて行った時代でもありました

一方で、
ローリング・ストーンズ、ディープ・パープル の様に
60年代から活躍し、
音楽性を変えずに時代に呼応した作品をリリースしながら
息の長い活動を続けるバンドもありましたが

ボストン の様に
初めから「売れる」要素を含んだスタイルで作品をリリースする
「商業ロック」の生みの親とも言えるバンドが出現するなど

「ロック」というジャンルそのものが注目を浴びたと言うよりは
ロック・アーティスト自身が大衆化した とも捉えられる所に

80年代の音楽界の一つの特徴があったと言えます。



所で、
ロックがブームになる以前の、80年代に入る直前の米国では
当時の流行りの音楽に変わり「ソフトロック」と呼ばれる

ロックを軽音楽化して聴きやすくしたポップスが流行していました

それに呼応する様に日本の80年代以前の洋楽シーンでも
ポール・モーリア・グランドオーケストラ、
リチャード・クレイダーマン などの
クラシックを聴きやすくしたリズミカルなポップスが

「クロスオーバー・ミュージック」
「イージー・リスニング・ミュージック」の様に呼ばれた

これら、リスナーにストレスを与えない
聴感がマイルドな 軽音楽 がブームになっていた時代がありました


この時代は「ニクソンショック」や「ベトナム戦争の敗戦」などの
米国の権威が失墜する事態が度重なったことで

米国民が60年代まで信じ築き上げてきた「強い米国」という
確固とした自尊の念が幻想と化して崩れ

いわゆる「失意のアメリカ」と呼ばれる風潮が全米に蔓延し
あらゆる意味で国民の意識が大きく変わった時期でもあった所に

この様な軽音楽が世界的に波及して流行した
一つの大きな背景があった様に思われます


その様な失意の風潮の国内では、
R&R、R&B、アメリカン・ポップス、ビッグ・バンド・ジャズなど
過去の栄光をイメージさせる正統派な音楽に変わって

自己に問いかける内容や、自分探しの旅を綴った
ジョニー・ミッチェル、ニール・ヤング、
キャロル・キング、ジェームズ・テイラー、サイモンとガーファンクル

などの シンガー・ソング・ライター が作る音楽が人気を博し

これらを含め様々な音楽を融合したソフトなサウンドのクロスオーバーな音楽を
称して「ソフトロック」と呼んでいたという歴史がありました

一方で、
若者文化の中心的発信地として語られるロサンゼルスからは
イーグルス、ドゥービー・ブラザーズ などの
ウエスト・コースト・ロック と呼ばれる新しい流れを汲むバンドが登場し

共に全米の音楽界の主流を担って行くことになるのでした


▲目次へ▲
■音楽不況からの脱却と大躍進■

さて、
その様な失意の時代から全米の音楽界が脱却するきっかけとなったのは

「第2次ブリティッシュ・インヴェイジョン」と呼ばれる
イギリスから派生した新たな音楽の潮流で登場し

「ロック」「ポップミュージック」に「ファッション」の要素が加わり
米国のショービジネス界には無かったタイプのスタイリッシュなポップを演奏する

イギリスアーティスト達の全米での大躍進だったと言えます


当時の米国の音楽界は、内省的自傷ムードに包まれた
フラワームーブメント的ヒッピーカルチャーを背景にして登場した
アーティスト達の人気が既に過渡期を迎えていた事もあり

これまでに無かったスタイリッシュなカラフルさに包まれた
綺羅びやかで豪華な快活で明るいイメージの
英国アーティスト達の楽曲とパフォーマンスは
瞬く間に全米の若者を魅了し米国の音楽界を席巻しました

加えて、
ミュージックビデオをエンドレスで放送するテレビ局
「MTV」の世界展開が後押しする形で
英国アーティスト達の大躍進は
米国は元より世界的なブームへと拡がって行くのでした


折しもハリウッドでは『スター・ウォーズ』ジョージ・ルーカス
『ジョーズ』『未知との遭遇』スティーブン・スピルバーグ の様な
新たな映像作家が生み出すヒット作の数々に全米が湧き

「強い米国」の復活 が叫ばれていた風潮の中で
米国ショービジネス界でも 英国アーティスト達に触発される 形で
そのブームを受け

米国のアーティスト達もスタイリッシュなビジュアルとポップな楽曲で登場し

それらの潮流に「デジタルへの移行」という新時代への流れが噛み合い
マドンナ、マイケル・ジャクソン を始めとする新たなスターを生み出し
世界的ブレイクへと繋げて行った所に

米国ショービジネス界の80年代の到来があった様に思われました


▲目次へ▲
■ガラパゴス的進化にあった日本■

所で、日本の80年代は

日本企業が世界進出を果たし
経済国家として世界に肩を並べるまでに大躍進を遂げ
米国が脅威を感じる程の日本企業の進出における 日米貿易摩擦
問題になっていた時期で

折しも米国政府が
内省的自傷ムードから国内が脱却し始めた事を受ける様に始めた
「自由主義経済政策」いわゆる「レーガノミクス」と呼ばれる
経済を活性化させ強い米国を復活させる試みが

10%もの失業率を排出し失敗した事も重なり

「プラザ合意」を行う事でドル安景気へと導いた米国に対し
日本は空前の円高を強いられる立場にあった時代に当たります

この時の円高景気での貿易赤字で日本経済は大打撃を受ける事となり
普通なら日本の経済的躍進はこれまでだったはずなのですが

当時の日本政府はその逆境を逆手に取り国内の需要のみで経済成長を伸ばす
内需主導型の「内需拡大路線」に方針を切り替え
世界の潮流に対して敢えて我が道を行く茨の道を選択します

これを受けて日銀は金融緩和政策を打ち出し
低金利でお金を貸す一環として土地融資を推奨した所に
「財テク」ブームが後押しして企業が喰い付く形で爆発的に全国へ波及したのが
いわゆる「バブル経済」と呼ばれる平成の経済大躍進へと
つながって行く事になります。


そんな中、日本の音楽界は、
パンクムーブメントが終焉し洋楽の第二の波が
席巻していた時期に当たり

先に説明した様な洋楽の大躍進に触発され
当時既に流行していた「バンドブーム」が後押しした形で
空前の「ロック・ブーム」が巻き起こり

やがて BOØWY、X Japan の様な
「ビジュアル系ロック」のムーブメントを牽引するバンドが登場し

歌謡界では洋楽に触発された日本のポップス
「J-Pop」 が誕生するなど

日本の音楽業界も洋楽に頼る事の無い
日本音楽界の「内需拡大」が起こった時代となりました。


良く批評家達は80年代の事を
個性が歓迎されない「管理社会」へと向かっていた風潮のみを取り上げて
非実在で特徴を挙げにくい無個性の時代だったと語りますが

そんな事を誰が言ったと言わんばかりの
世界の常識が通用しない日本ならではの
「ガラパゴス的文化」なる所以の激動の中にあったと

日本の80年代を語る事が出来ると思われます。



さて、
80年代はパンク・ロックを含めたニューウェーブが世界的に流行し
様々な新しいスタイルで登場したロック・アーティストの楽曲がヒットした事で
ロックが世間一般的にも浸透して行った

世の中が「ロック」を受け入れやすい環境へと変化した時代でした

更に、
NWOBHM​(ニューウェーブ・オブ・ブリティッシュ・ヘビーメタル)​と呼ばれる
ムーブメントによりイギリスのロックバンドが世界に進出し

これを受けて米国でもニューウェーブに触発された形で
音楽の新たな発信地となっていた西海岸を中心に
ロックをキャッチーな楽曲で派手なルックスで演奏するバンドが登場し

日本の中で俗に言われた「LAメタル」と呼ばれるムーブメントが巻き起こった
時代でもありました

加えて、
折しもミュージックビデオ専門チャンネル「MTV」の世界展開によって
ロックが世界的なブームとして拡がり

折しも、
時流に乗って登場した様々な「ヘビーメタル」バンドのブレイクへと繋がり
空前のヘビーメタルブームが巻き起こりました

これによって、
これまでは一部ロックファンが知るのみの存在だった様々なロックバンドが
一般のリスナーにも知られる事となり

ハード・ロック・バンドとして知られていた ジューダス・プリースト
今後ヘビーメタルの代名詞となる
鋲を打ち込んだベルトにレザーのジャケットに身を包み
メタリックなサウンドでシーンのトップに躍り出て
ヘビー・メタルバンドとして世界的なブレイクを果たしたり

元々キャッチーな楽曲で日本でも人気だった
ドイツ出身の老舗のハード・ロック・バンド スコーピオンズ
「LAメタル」のムーブメントに乗って世界的ブレイクを果たしたり

一方で、
レインボー の様なベテラン・ハード・ロック・バンドが
「LAメタル」シーンを見据えた様なポップなサウンドで登場したりと

「反抗精神」が根底にあり 一般のリスナーが聴くには過激過ぎる
コアな存在というイメージの強かった「ロック」というジャンルが
一般のリスナーにも認知された事で

数多くのロックバンドがスターダムにのし上がり
正に「ロックの黄金期」とも言える時代の到来へと繋がる事になります


元々産業音楽に反発した所に存在価値を求めていた
ロックミュージックでしたが、
「ニューウェーブ」のミュージシャン達がその流れに反抗し
自主レーベルでの活動を立ち上げる
「インディーズ」へと流れて行くのに対し

産業音楽とは一線を画していた「ロック」が
ショービジネス界の洗礼を受けた事により
サウンドをポップに変化させて「商業ロック」へと化し
急激に産業音楽化して行った所に

80年代の音楽界の一つの特徴があった様に思われます。


▲目次へ▲
■LAメタルブームの衰退と80年代音楽の終焉■

このブームでは モトリー・クルー、クワイエット・ライオット、
ドッケン、ガンズ・アンド・ローゼズ などの

ロック界における「群雄割拠」とも言える時代を築いた
世界的ヒット作をリリースする様々なロックバンドが登場し

文字通りロックの黄金期を迎える事になります

やがてこのブームも「ムーブメント」と呼ばれるものにありがちな
「ルックス」重視の音楽性の低い成り上がりバンドが混在し始めた事で
「玉石混交」の飽和状態となりブームに陰りが見え始めます

そして80年後半を過ぎたブームの頂点を迎えた辺りから熱が冷め始め
90年代の到来を待つ事も無く人気は急速に失速し

80年代に訪れたロックの黄金期も
10年足らずで収束するのでした。

それに合わせるかの様に80年代に登場したポップアーティスト達も

湾岸戦争やソ連の崩壊、ベルリンの壁崩壊に象徴される
世界が真の現実を突き付けられる激動の90年代を前にして

リアルな現状を生の言葉で訴える ヒップホップ
電子楽器類を一切使用しない
生楽器とアーティスト力のみで行うライブが話題となった
アンプラグド などの
飾り物を全て取り去り現実を直視し生の声のみで訴えるタイプの音楽の登場に

押される形で人気が下火となって行き


日本の音楽も「J-Pop」を始めとする
「小室哲哉」を中心とした、若者に自己啓発を促すタイプの音楽の登場や
「渋谷系」と呼ばれる等身大なスタンスで呼びかけるお洒落な音楽など

実際のものとは違った作り込みによって着飾り絢爛豪華に見せかけていた
ある意味無個性で中身のない空虚な80年代の反動の様な

人々の暮らしにリンクし共感を得る音楽が人気を博して行き

スタイリッシュに着飾った80年代音楽は、偽りの衣を脱ぎ捨てる様に
その多くが90年初頭で姿を消して行くのでした。



通常「グループ」と呼ばれるものは、ある種の「結束」の元に統率される事で
その真価を発揮するものなのですが

『噂』制作中の フリート・ウッド・マック
夫婦であるメンバーの相次ぐ破局によって
バンドが解散寸前まで追い込まれた危機的状況を逆手に取り

メンバーのスキャンダラスな内情を赤裸々に反映させた楽曲作りを行い
歴史的名盤を生み出した例もある様に

事、音楽の場合は
統率を乱す要因となる様々な不協和音
時に楽曲に緊張感ある響きをもたらす場合がありました


世の流れに乗って急激にスターダムにのし上がった成り上がりのバンドが
路上からスタジアムへと活動の場を拡げた後、その後が続かず失速し

ブームに乗ってスタイリッシュなイメージでブレイクしたバンドが
イメージが固り活動の場が狭まった事で苦戦を強いられ

元々実力のあったバンドがブレイク後に、
ブームに疑問を感じる保守的なポリシーを持ったメンバーとの間で
意見の相違からバンドの関係に亀裂が入ったり と、

浮き沈みが特に顕著だった80年代の音楽界に彗星の様に登場した
様々なアーティスト達が

世界中の音楽ファン達を魅了しながらも
その影で 葛藤し、苦悩して行ったという見えない現実があったと思われます

やがてショービジネス界の洗礼を受け不協和音で身辺を騒がせながら
名声に溺れて失速して行く者と

それらのマイナス要因を身を切る様な思いをして創作意欲のままに
音楽の一要素として楽曲の中に投影させ
後世に残る作品として昇華させる者とで、

時と共にその存在を忘れ去られる者と
時が経っても人々の記憶に残る者、その後も活躍を続ける者とで別れ

「LAメタル」ブームに乗って彗星の様に現れたアーティスト達も
90年代を迎える事無く その殆どが消滅しながら

その後の明闇を別ける事になったのだと言えるのでしょう。



時に、
大ヒット作リリース後のアーティストの期待の新作の作風が
殊更マイナー調で占められた「闇」を感じる内容になったりするのは

・・・NHK某番組で語られた様な
「リスナーとマイナー旋律における国民的関係性」とは関係なく・・・

通常なら活動どころでは無い状況下に置かれたアーティストが
周辺の不協和音をそのまま作品に投影させる事で
創作活動に集中し最高の演奏を引き出そうとした

身を切る様な思いの プレイヤービリティー 一心ゆえの為
という事だったのかも

しれません☆



という所で今回は終了です
それでは本日も 素敵な一日をお過ごし下さい。


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最終更新日  2023年02月16日 13時02分28秒
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