第一章振り向けば夕暮れ第一章:序幕 __少しの震動で、僕は起こされた。 __周りは薄暗い明かりばかりだ。 __ここはどこ? __あ、そうだ。僕はゆうべ、このオーストラリア・シドニー行きの飛行機に乗った。今はもちろん飛行機の中にいるんだ。 __腕時計を見ると、午前四時だ。 __シドニーの時間は香港より二時間速い。つまり、シドニーは今六時だ。 __僕は腕と足を少し動かして、狭いトイレへ顔を洗いに行った。 __出てきた時、機内の明かりはもうついている。スチュワーデスは朝食を配っている。 __ゆうべ、じゃなくて、今日の午前零時に食べた「夕食」はまだ胃の中に残っているのに、朝食か? __硬いパンを食って、砂糖抜きのコーヒーを飲んで、眠りを追い出した。 __「皆様、この飛行機はあと三十分、シドニー国際空港に着陸することになっています。現地の時間は午前七時半、気温は摂氏十四度です」機長のアナウンスが聞こえた。 __十四度か。五月末のシドニーは秋だ。十四度といっても、もっと涼しく感じがするはずだ。 __僕は機長が間違ったと言っていない。これは僕の経験だ。シドニーの天気は女より難しい。三十三度の時、四十度に感じる。十三度の時、九度に感じる。 __もちろん、高層ビルが立ち並んでいる都内には、こういう感覚は絶対ありえない。郊外へ行けば、ちゃんと感じられる。 __僕はシドニーをよく知っている。 __六年前、僕は初めてこの都市に着いた。 __でも、離れてから、もう三年だ。 __飛行機が無事に着陸した。ほっとした。 __飛行機が着陸するたびに、僕はわけがなくて緊張しちゃう。 __飛行機を出て、スチュワーデスと別れた。 __見知らぬというか、慣れているというか、シドニーはぜんぜん変わらないみたいだ。 __荷物をもらって、税関を通った。 __僕の荷物は服何枚だけだから、あまり時間を経たずに、税関をあとにした。 __僕の名前を書いてあるバンナーを高く挙げている人が見える。 __僕を迎えに来る人だろう。 __彼はオーストラリア人に違いない。言葉にはすごいオーストラリアの訛りがあるから。 __「ミスター・ワー?」 __僕は頷いた。 __彼は手を出して、「僕はジョンです」 __僕は彼と握手して、「覚えていますよ。電話したことがあるじゃないですか」 __ジョンは少し驚いた。 __「僕はワーレンですよ」 __「あ、そうですか。マギーにミスター・ワーを迎えに行けと命じられましたが、ミスター・ワーはワーレンということを知らなかったです」 __「マギーは誰ですか」 __「ミスター・ロバットの秘書です」 __「あの秘書はトレイシーじゃないですか」 __「トレイシーは家のことで辞めました。マギーは新人です」 __「なるほど。どうりで聞いたことがないです。いつのことですか」 __「一週間前です」 __「僕は二週間前、トレイシーと電話をしたのに、もう辞めちゃったか」 __「ワーレン、行きましょうか、ホテルまで送ります」 __僕たちは車に乗った。 __僕がオーストラリアに来たのは、会社の命令だった。オーストラリアの新しい得意先との取り引きがあるから、直接に会談が必要だという。 __社長は僕に尋ねた、「ワーレン、君はオーストラリアで留学しただろう」 __僕は何も分からずに「そうですが」と言った。 __「もう一度オーストラリアへ行く気が?」 __「何のためですか」 __「我が社は今あそこと取り引きがあること、君も知っているだろう。君はあそこで生活したことがあるから、あそこの状況をよく知っているはずだ」 __「あのう、僕を派遣するっていうことですか」 __「そうだ」 __「でも、卒業してから、もう三年ですが」 __「関係ないだろう。いいチャンスだ。ちゃんと掴め!」 __僕は躊躇っている。 __社長は僕の肩をたたいて、「躊躇うな!こっちの得意先は、俺がちゃんと見てあげるから。たった一週間だろう。」 __僕が躊躇う原因は香港の得意先ではない。僕は自身がある。 __躊躇う原因は、オーストラリアのこと・・・ __「航空券を予約するよ」社長はもう秘書に命令した。 __僕はため息をついた。 __出発前の二週間、僕はオーストラリアの会社に連絡を取って、ちょっとあそこの状況が分かってきた。 __担当はロバットで、ジョンは部下で、トレイシーは秘書・・・ __車はジョンのマイカーだ。 __「いい歓迎ですね」 __「あなたは重要なお客様だから」 __「ロバットとあなたのほかに、貴社には誰がいらっしゃいますか」 __「さっきも申した秘書のマギー、そしてダイナー」 __「ダイナー?苗字は?」 __「羊肉」 __僕はびっくりした、「何?」 __「いや、羊肉(Lamb)ではなく、林(Lam)です。発音が似ていますから」 __僕の驚きは、羊肉と林の問題じゃなくて、ダイナーの問題だ・・・ __「あのダイナーって、ベトナムの方ですか」 __「髪は黒いから、アジアの人でしょう。でも、ベトナムか香港か、僕には分かりません」 __僕は心の嵐を静めた。偶然だろう。オーストラリアにダイナーっていう名前の女は一人だけのわけがない。林の苗字もたくさんいるから。 __「何か問題がありますか」ジョンは尋ねた。 __僕は首を振った。「別に。大学の同窓を思い出したから」 __「え?どの大学ですか」 __僕は大学の名を告げた。 __ジョンは興奮していた、「あ、ダイナーもその大学だったそうですよ」 __僕は呻いた、「本当ですか」 __ジョンはおかしそうに僕を見つめた。「どうして顔がおかしくなりましたか?まさか知り合いですか」 __僕は目を閉じた。 __ジョンはこれからも黙っていた。車をホテルまで走らせた。 __手続きを済んで、ジョンは「会社へ行きましょう。みんな待っていますから」 __「そんなに早いですか?勤務時間は」 __「早くはないですよ。もう九時半です」 __「あ、時計を調節するのを忘れていました」 __僕の腕時計はまだ七時半を指している。 __飛行機を降りてから、ずっと混乱していて、何もかも忘れていた。 __あるビルに着いて、ジョンは車を停めた。 __僕はドキドキしている。緊張の原因はもちろん新しい得意先じゃなくて、あのダイナーだ。 __エレベーターのドアが開いた。僕はジョンを従って、複雑そうな廊下を歩いていた。 __「迷宮みたいですね」僕は言った。 __「そうですか。僕も最初ここに来た時、迷子にな__ったことがありますよ」 __「この一週間、何度迷路するでしょうか。大変ですな」 __「大丈夫ですよ。すぐ慣れますから」 __ある部屋の前に着いて、ジョンはドアをノックした。 __「どうぞ」という返事が聞こえた。 __ロバットの声だった。 __ジョンはドアを開けた。中にはひげの濃い男が座っている。 __「ミスター・ロバット?」 __ひけ男が立ち上がって、手を出した。「ワーレン?」 __僕も手を出して、「はじめまして。」 __ドアがまた開けられた。髪の黒い女性が入って来た。「ミスター・ワー、コーヒーはいかがですか」 __ロバットは「彼女はマギーです。私の新しい秘書です」と言った。 __僕は「お願いします」と答えた。 __しばらく経って、マギーがいい匂いコーヒー一杯持っていて、戻って来た。 __僕はその匂いを吸って込んで、「飛行機のコーヒーはコーヒーと言えなかったです」 __ロバットは笑った。「マギーはここに来て僅か一週間ですが、彼女の入れたコーヒーには文句言えません」 __「マギーはアジア人ですか」 __マギーは純正な広東語で「あたしは香港人です」と言った。 __僕も相当鈍い。彼女が香港人であることさえ見分けられなかった。 __「マギーの両親とも香港人で、彼女も香港生まれです」ロバットは補足した。 __「あたしは十歳の時、シドニーに転居している」 __「どうりで顔は香港人に見えない」僕は言った。 __「みんなそう言っていますよ。でも、あたしは広東語ができます」 __「この点について、さっき分かっています」僕は笑った。 __そして、ロバットと僕は会議をした。話題はもちろんこれからの取り引きだ。 __昼、ロバットは「一緒に昼食しよう」と言った。 __僕はふいに思い付いた、「ジョンによると、ここにはもう一人のスタッフがいるそうですが」 __「あ、ダイナーのことですね。彼女は今メルボルンにいます。たぶん来週戻ります。会うチャンスがないかもしれませんな」 __「残念ですね」僕はそう言っていたが、実はほっとした。 __ロバットとの会談はうまくいった。問題はすべて解決した。 __僕がオーストラリアに着いてからの三日目だ。予定より二日早い。 __「貴社はいいですね。あなたとの取り引きは、全部うまくいきそうです」ロバットは言った。 __「お互いに誠意を持っているから、半分の労力で倍の成果を上げるって言葉です」 __「これからどうしますか?二日余りました」 __「香港へ帰るつもりです」 __「せっかくここにいらしたから、少し見学したら?」 __「私はここで勉強していたから、よく知っています」 __この時、マギーはちょうど部屋に入って、ロバットの話を聞いた。 __「ワーレンは見学したいんですか?あたしは添乗員にしてあげましょう」 __「明日は木曜日だ。出勤は?」ロバットは言った。 __「一日ぐらいの休み、だめですか?」 __「ま、一日ぐらいならいい」 __僕は断ろうと思ったが、マギーは「明日ホテルのロビーで会いましょう」と言った。 __「いいえ」僕はそう言いたかったが、彼女はもう行っちゃった。 __ロバットは「あの子、あなたに惚れちゃったみたいな」 __「からかわないでください」 __「からかうなんかではないですよ。私は真剣です。好きな人が?」 __僕は昔の事を思い出して、首を振った。 __「ま、明日、ゆっくりお過ごしください」 __マギーは約束時間どおり、ホテルのロビーに着いた。 __「何か行きたい所がありますか」 __「実は、僕はここで留学していたから、別に行きたい所は」 __「知っていますよ。でも、卒業したのは、もう何年前のことだったでしょう」 __「え、六年前始めここに来て、三年前卒業した」 __「つまり三年間ここを離れたでしょう。この三年間、あなたは何か変わりがありませんか」 __「多少は」 __「だから、あなたが馴染みのシドニーも、今のシドニーではないですよ」 __理屈だが、ここまで来たから、断るわけにはいかない。 __僕たちはダーリングハーバーに着いて、オペラハウスが見えた。 __「やっぱりほかの所にしましょう」 __「え?みんなオペラハウスに行きますよ」 __「あまり行きたくないんですが」 __「どうして?」 __僕は返事をしなかった。 __マギーは問い詰めなかった。「そうだったら、どこへ?」 __「中華街にしましょう」 __「あさって香港へ帰るじゃないですか」 __「そうですが、何か問題?」 __「あさって香港へ帰るのに、中華街を見なくてもいいじゃないですか」 __実は中華街でなくてもいい。僕はただオペラハウスを離れたい。 __マギーは「じゃ、シドニータワーはどう?」 __僕は首を振った、「いいえ」 __「通っていた大学は?」 __僕はため息をついた「いいえ」 __「気分が悪いですか」 __「すみません。ホテルでちょっと休みたいです」 __マギーは僕を見つめた。そして、「いいよ。送ってあげます」 __「本当にすみません」 __オペラハウス、シドニータワー、通っていた大学、思い出がいっぱい詰めている所だ。 __僕はこの思い出をずっと心の底に詰めていて、ぜんぜん繰り返す気がない。だから、できるだけここから逃げたい。 __ホテルに戻って、マギーは「じゃ、ゆっくり休んでください」と言った。 __「はい」 __マギーはまだここに居たそうだった。 __「何があったら、電話します」 __マギーは明らかにがっかりした。「じゃ、さよなら」 __僕は部屋に座っていた。やはり退屈だった。 __外を出ると悲しい。部屋にいるとつまらない。なんか矛盾だ。 __お腹が少し空いていた。ホテルの食べ物は高くてまずいから、結局中華街へ行った。 __人波を見ていて、一人で中華街を歩いていた。 __ある人が僕の左からすれ違って、僕をぶつかった。 __「あ、すみません」 __「いいえ」僕は言った。 __あの人は突然僕を見つめて「あなた?」 __僕もあの人を見つめて、何も言い出せなかった。 __「ワーレン、本当にあなたなの?」 __喉が渇いた。僕は少し頷いた。 __「また会える・・・考えてもいなかったわ」 __「僕もそうだ」僕はゆっくり言った。 __「そういえば、あたしの会社へいらした人、本当にあなたですよね」 __「そうだ」 __あの人ーー言うまでもない、ダイナーだ。 __僕が一番会いたい人でもあるし、一番会いたくない人でもある。 __「どこへ行くの?」ダイナーは尋ねた。 __「別に。飯を食おうと思って」 __「じゃ一緒に行ってもいい?」 __「もちろんかまわない」 __僕たちはラーメン屋へ行った。 __「餃子、麺は太い、でしょう?」 __「僕の好物をよく覚えているね」 __「忘れられるか?」 __「そうね、君が中華街が一番好きだっていうこと、僕も覚えているよ」 __「あたしのため、中華街へ来たの?」 __僕は答えられなかった。 __僕はただお腹が空いたから、ここに来た。でも、実際は潜在意識が僕をここに連れて来たかもしれない。 __「あたし買ってくるから、ここで待ってて」 __「いいえ、僕が買う」 __ダイナーは僕の手を軽く押した「ここに座ってて」 __僕は手を撫でた。さっき彼女が押したところ、相変わらずやさしかった。 __すぐ、ダイナーは麺二杯持って来た。 __「餃子だけ?」 __「そうよ」 __「餃子しか食べないか」 __「あなたも同じでしょう。太い麺しか食べない」 __僕は何か言おうと思う時、ダイナーは「痩せているから太い物を食べる。でしょう?」 __「本当に覚えているね」 __食べている時、ダイナーは「ロバットに会いました?」 __「そう。君は来週戻るって」 __「予定はそうだったよ。でも、事情が済んだから、今朝ここ戻って来た」 __「そして中華街へ?」 __「家に帰って、昼食を作ろうと思ったが、なんかイライラしていた。自分もよく分からないわ。ここに来て、意外にあなたと会えた。もう会えないと思っていたよ」 __「彼は?」僕は聞いた。 __ダイナーは返事しなかった。 __僕はあまり問い詰めたくないから、やめた。 __沈黙は僕たちの間に広がっていた。 __麺を食べた後、「ごめん、僕、だめなことを聞いちゃった」 __ダイナーは首を振った、「いいよ」 __僕はダイナーをよく見つめた。彼女が前よりやつれたみたいだ。 __「この数年間、どう?」 __「出勤、退勤、別に何もないわ」 __「さっきの麺・・・」 __「いいのよ、このぐらい。借りだから。」 __僕は彼女の手を取って、「馬鹿な話を言わないで」 __「あたしと少し付き合える?」 __僕は黙って、彼女と一緒に歩いていった。 __馴染みの道を沿って、僕たちはオペラハウスの近くにあるサーキュラーキーに着いた。 __「またここに来ちゃった」ダイナーは言った。 __「おかしいね。自然にここに来たよ」 __ダイナーは向こうのオペラハウスを見つめて、「あのオペラハウスーー」 __僕は彼女を見つめた。ずっと詰めていた思い出がもうコントロールできない。心の底からいっせい噴き出した。まるで映画のように、僕の頭の中で放送していた。 (第一章・了)(第二章へ) |