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カテゴリ:プロ野球(メジャー)
スポーツ紙の記者になったころ、一番嫌だったのはナイターシーズンの内勤仕事だった。 ナイターをやっているときに、会社で細かいメモなどの原稿や写真のキャプションを書くのが役割だが、実はもっと大事な仕事が待っていたのである。 それは巨人が負けたときの苦情電話の処理係だった。 会社に入った当時は、まだ各部署がダイヤルインではなかった。代表番号(これが新聞には必ず載っているから始末が悪い!)にかかってくる電話を、交換台のお姉さまたちがつないでくれるシステムだった。ナイターで巨人が負けたときにはデスクの脇のいくつかの電話が“苦情専用”となって、試合終了直後からひッきりなしに鳴り響くのである。 「読者からです」 極めて事務的な交換台のお姉さまの声の次に聞こえてくるのは、それこそ聞くに堪えないような感情的な罵詈雑言と、監督や打たれた投手、チャンスで凡退した打者への不満……。そんなことを延々と30分、1時間と話し続ける「読者」も少なくなかった。 今ならネットの掲示板に書き込むところだが、当時はそんな鬱憤晴らしの場所もない。そこで直接電話で怒鳴り込んでくるわけだ。 だが……。 やられた方はたまったものではない。 いくら読売系スポーツ紙とはいえ、新聞記事のことならまだしも、巨人の勝敗に責任を持てるわけでもない。ときには感情的になって「アンタ、いい加減にしろよ!」とケンカになったこともあった(もちろんそんなことをすると上司から怒られるのだが……)。 今ならいわゆるクレーマー問題のようなものだろうが、つくづくそんなときは「お客様(読者)は神様なのか?」と自問自答するわけである。 チケット代の返金希望者は85%、金額にして約47万円。 横浜DeNAベイスターズがゴールデンウィークの5月1日から6日に実施した「全額返金!? アツいぜ! チケット」が物議をかもした。 チケットは1枚4000円で1試合につき50席が発売され、チームが敗れた場合は最大全額、勝った場合でも半額の2000円まで、お客さんの満足度で返金できるというシステムだった。 その結果は以下の通りだ。(2日は雨天中止、 人数は払い戻した合計人数、金額は払い戻し総額) 1日 対ヤクルト ●0対7 50人 19万3000円 3日 対ヤクルト ○3対1 49人 8万3000円 4日 対中日 △3対3 48人 8万6500円 5日 対中日 ○12対1 28人 4万6000円 6日 対中日 ○4対2 38人 6万1500円 5試合の総売り上げは250枚で計100万円。それに対して、払い戻しは213枚で計47万円に達した。 大勝した試合の返金要求に「屈辱だ」と中畑監督は立腹。 「ショックだ」 特に大勝した5日の試合で28人もの払い戻しが出たことを挙げて、中畑清監督が胸の内をこう吐露している。 「“オマエらのプレーには金を払えない”と言われたようなもので、現場にとっては屈辱以外の何ものでもない。ひどい負け方をしたならともかく、最高の勝ち方をして“金返せ” じゃ選手のモチベーションを下げるだけ。色々と営業努力をしてくれているのはありがたい。でも、この企画に関しては二度とやらないでいただきたい」 親会社のDeNAは、これまでもまず無料サイトで集客を図り、その中から様々な課金システムでお金を集めていくという手法で急成長した企業である。最近では「コンプガチャ」と呼ばれる課金システムの違法性が問われ、新聞沙汰にもなった。そんな集金のノウハウを野球の営業に持ち込んだわけだ。 コンピューターによるバーチャル世界では“ただ売り”も成り立つかもしれない。しかし、実際に生身の選手がプレーすることで商売が成り立つプロ野球の世界では、そこで売られている商品(選手やそのプレー)に感情やプライドという人間的な要素が入ってくる。それを無視してとにかくタダでも客さえ集めれば、という商法がそぐわないのは当たり前だった。 圧勝でも返金要求するファンはいったい何を見たいのか? ただ、である。 そうした球団の企画とともに、もう一つにはファンとはいったい何なのかということを、今回の“騒動”は問うているような思いもするのだ。 中畑監督が指摘したように、5日の中日戦でDeNAは12対1と大勝して、野球の試合としては文句なしの圧勝だった。 にもかかわらず半分以上の28人もの返金者がいた。この日は勝ち試合だったので、返金は最大で半額の2000円までだったが、総額は4万6000円に上っている。一人平均1600円強を払い戻した計算になるわけだ。 百歩譲って、このチケットの企画の趣旨が“しゃれ”だと考えたら、例えば10円とか100円を払い戻すのなら判らなくもない。 中にはそういう人もいたと思うが、現実には多くのファンがほぼ全額に近い払い戻しを行なっていたということなのだ。 この事実は、実はファンとはいったい何なのか、を問うものでもあったかもしれない。 球場に足を運ばぬ、本拠地移転を反対した政治家たち。 前身の横浜ベイスターズは、何年も身売りを取り沙汰された末に、ようやく昨年、DeNAが買収に名乗りをあげて新球団として船出をしたばかりである。 身売り騒動のときには、本拠地移転の話もあった。そのときには地元では移転反対の声が上がり、神奈川県知事や横浜市長もメディアを通じて「横浜の文化を守る」ために移転反対の立場を表明していたはずだ。 ところが今季、彼らは何度、横浜スタジアムに足を運んだのだろうか? 世の中の耳目を集めているから、とりあえず選挙用に「横浜の球団を守る」とアピールしただけではないのか? メジャーの取材をしていたとき、ヤンキースタジアムで何度も当時のジュリアーニ市長やブルームバーグ市長が観戦しているのをみかけたことがある。これも地元チームを愛しているというアピールかもしれない。ただ、それでも彼らはヤンキースの帽子をかぶり、スタジアムジャンパー姿で実際に球場に足を運んでいる。 言葉だけではなく、実際に行動でチームを支えているわけである。 プロ野球は、ファンがお金を払って球場に訪れて初めて成り立つ興行なのだ。 返金企画で実感した、「アツい」ファンのありがたみ。 もちろん選手はその対価に見合うだけのプレー、戦いをしてこそだが、試合はコンピューターのバーチャル世界ではない。ときにはつまらない試合、どうしようもないような大敗もある。 だが、それも野球なのである。 「バカヤロー、金返せ!」 スタジアムでこう口汚くヤジを叫ぶのはもちろん「有り」だ。でも、実際に入場料を返させては、プロ野球は成り立たないし、選手の立つ瀬もないではないか。 根本の問題はバーチャルな世界を、実際の野球の営業に持ち込んだ今回の企画にあるのは百も承知している。 ただ、チームを支える土台は、お金を払って毎日、試合を観戦しにきてくれるファンしかいないし、そういうファンこそが「お客様は神様」なのだと思う。その中で、今回の「アツいぜ!チケット」は、奇しくもそうではないファンのあり方(返金した人すべてがそうだというつもりはないが……)をもクローズアップする結果となってしまったような気がしてならない。 ファンにもファンである責任がある――こう言ったら大袈裟かもしれない。しかし少なくとも、ファンこそがチームを支えているという気概を持って行動する。「アツい」ファンとは、そういうものではないだろうか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2012.05.16 06:50:58
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