青木宣親と川崎宗則が打つ布石。メジャー移籍新時代は始まるのか?
このオフにメジャー入りを目指していた日本人野手3選手の動向が決まった。 ポスティング制度を利用した青木宣親選手は、独占交渉権を得たミルウォーキー・ブルワーズと2年契約を結び、FAからシアトル・マリナーズ入りだけを希望した川崎宗則選手はマイナー契約ながらもその夢を叶えた。しかし、青木同様ポスティング制度を利用した中島裕之選手は、独占交渉権を得たニューヨーク・ヤンキースと合意に至らず西武に残留する結果となった。 だが、希望通りメジャー移籍を実現させた2選手にとっても、決して手放しで喜べる状況ではない。地元紙のインタビューに対しブルワーズのダグ・メルビンGMは以下のように話している。「青木は日本で成功を収めた選手であり、我々の外野陣に厚みを増してくれるだろう。だが彼にとってアメリカでプレーする初めての機会であり、我々のチームにどのようにフィットするのかをキャンプで見極める必要がある」 すでに報じられているように、今回の青木獲得は、このオフに薬物検査で陽性反応が発覚したと報道された主砲のライアン・ブラウンの出場停止処分に伴う補充措置である。だが、仮に現在MLBに提出されているブラウンの異議申し立てが却下され、出場停止処分が確定したとしても、メルビンGMは「(青木を代役左翼手として起用するかは)まだそれを決める段階ではない。チャンスは与えるが、まだ彼が実戦でどのようなプレーをするのかを見るまで判断できない」とあくまで慎重な発言に留まっている。青木宣親の年俸にも見て取れる、ブルワーズの低評価。 ブルワーズの青木に対する期待度は契約にも表れている。同じ地元紙の報道によると、いくつかのインセンティブが付帯しているようだが、ベースとなる年俸は2012年が100万ドル(約7,700万円)、そして2013年が125万ドル(約9,600万円)と、青木の2011年の年俸(推定で3億3000万円+出来高)を大幅に下回っている。ベテラン選手としてはやはり控え選手クラスの扱いだ。 川崎に至っては、あくまでマイナー契約のためメジャー公式戦出場に必要となってくる40人枠にも入っておらず、招待選手枠でのメジャーキャンプに参加するしかない。もちろんオープン戦で首脳陣にアピールできなければ、キャンプ途中でマイナーに降格させられることもあり得るのだ。 改めて昨今のメジャー球界における日本人選手に対する“投高打低”の評価を浮き彫りにしたものだった。ポスティングによる交渉決裂はなぜ起こるのか? ヤンキースから中島との交渉打ち切りが発表された際、一昨年の岩隈久志投手とアスレチックスに続くポスティング制度による交渉決裂に、制度そのものを疑問視する声が多く飛び出した。 メジャーへ移籍したい選手と、その選手を獲得したいと思い入札に参加するチームの間には“相思相愛”の関係が本来は成立してるはず。なのに、あくまで控え選手としての獲得に動いたヤンキースと、最終的には先発選手として出場にこだわった中島には、大きな隔たりがあった。 ヤンキース以外で入札したチームの中に中島を先発選手としての獲得に動いたチームが存在し、そのチームにも交渉権が回るシステムであったのなら中島が西武に残留することはなかっただろう。こういうことが頻繁に起こるなら、ポスティング制度を肯定することができないのも当然だ。ただ、このシステムを否定するだけの論調にも、納得できない部分はある。メジャーの平均年俸以下でしか入札が無かったという事実。 中島を控えとして考えたヤンキースが、さらに、ブラウンの一件で急きょ入札に参加したブルワーズが、それぞれメジャーの2011年平均年俸(309万5000ドル/約2億4000万円)にも満たないわずか250万ドル(約1億9250万円)でふたりを落札した事実は否定することができない。 ここはやはり、根底にある日本人野手の低評価という本質に、もっと目を向けるべきなのではないかと思う。 野手に限らず日本人投手の評価も、メジャーでは毎年のように変動し続けている。それでもなお、2006年の松坂大輔投手に続きダルビッシュ有投手では、史上最高額(5170万3411ドル/約39億8120万円)で落札される好評価を得た。理由は至って簡単だ。日本人投手たちが全体的にメジャー球界からそれなりの評価を受ける活躍を続けてきたからだ。日本人投手たちは“ゼロからのスタート”で挑み続けた。 もう一度日本人メジャー選手の歴史を振り返ってみよう。 1995年の野茂英雄氏から当時の挑戦者たちは、ほとんどが“ゼロからのスタート”だった。まだメジャーがストライキ中だった野茂は、ドジャースとマイナー契約からスタートし、ストライキ明けにメジャー契約を結んでも契約金を除けば3年目まで年俸は100万ドル未満だった。 長谷川滋利氏も4年目まで年俸は100万ドル以下で、日本ではほとんど経験のなかった中継ぎ投手として自分の地位を築いていった。また吉井理人氏も先発投手の座も確約されていないにもかかわらず、巨人からの複数年契約を蹴ってメッツと1年契約を結んでいる。そういった低評価を覆し彼らが活躍してくれたからこそ、その後、日本人投手が高く評価されるようになったわけだ。 一方で伊良部秀輝氏や井川慶投手のようにチームの期待に応えられなかった選手もおり、その評価が落ちたりもした。しかし、その後も日本人投手たちは“ゼロからのスタート”に屈せずメジャー挑戦を続けた。 最近では斎藤隆投手、高橋尚成投手、建山義紀投手がマイナー契約1年目からメジャー昇格を決め、その存在感を思う存分に示している。また、故障を克服し、中継ぎ投手として好投を続けた上原浩治投手も日本人投手の価値を再浮上させた1人だろう。だからこそ現在日本球界随一のダルビッシュにあれだけの注目が集まったのだ。イチロー以外は評価されない日本人野手の存在。 野手はどうだろう。 日本人野手第一号としてイチロー選手が2001年に衝撃的なデビューを飾って以来、他の日本人野手に対する期待までもうなぎ登りだった。 その後、メジャーの期待に応えるように続々と日本人野手たちが好条件でメジャー移籍を果たした。だが、イチローという稀代の名プレーヤーが基準になるという不運があったとはいえ、長期にわたってチームが期待する通りの活躍をする野手は結局現れなかった。 もちろん井口資仁選手、松井稼頭央選手、岩村明憲選手のように主力選手としてワールドシリーズ出場を果たした選手もいた。しかし、彼らは様々な理由で短い期間でメジャーを去っていき、松井秀喜選手にしても故障のためここ数年はチームが求めている活躍ができているとは言い難い状態に陥っている。 これらのことを考えると……日本人野手の評価は、現在が間違いなくどん底だろう。青木と川崎は日本人野手として新時代を切り開けるか? これを打開するにはどうすべきなのか。 やはり過去の日本人投手たちが歩んできたように、今後メジャー入りを目指す野手たちが苦労を惜しまずに“ゼロからのスタート”に挑むしかない。 今回の青木と川崎は、その先導者と位置づけられることになるかもしれない。 まずは彼らがチームを驚かすような活躍を見せることで、少しずつ評価を変えていくしかない。そして彼らに続く、統一球を克服した次世代の日本人選手がメジャーに移籍するようになってくれば、必ず日本人野手の評価も変わってくると信じている。「メジャーに入るのが目的ではなく、メジャーで活躍するのが目的です」 ポスティング制度によるメジャー挑戦を明らかにした昨年の記者会見で、青木はこう話した。すべての日本人野手の気持ちを代弁しているだろう。しかし、現在の評価の中で、しばらくは日本人野手に先発の座を確約してくれるチームは現れないような気がする。 今回、青木と川崎両選手がしたように、まずはどんな条件であろうとメジャーと契約し、そこから自分の力で道を切り開いていくしかないのだ。とにもかくにも過酷な挑戦と知りながらメジャー入りを決めた2選手に心からのエールを送りたい。