九死に一生な日
血管に注射器で空気を注入して殺害する物騒な小説だかドラマだかを見て、ぞっとした覚えがある.そうか、血管に空気が入ると死んじゃうのか長男のお産のときのこと。出産を終えて放心状態のワタシに点滴をしながら「終わったらこれでナースコールしてくださいね。」看護婦さんはそう言うと、ワタシにボタンを渡して処置室をでていった。休み明けの朝方の急なお産で、助産婦さんの到着が間に合わず、当直の医師と看護婦がお産の介助をしてくれたのはいいが、いまいち手際が悪くバタバタしている中産まれてきたので誰も出産時刻を確認していなかった。「おい、誰か時計見たか?」との医師の問いに誰も返事をせず、冷静に時計を見ていたワタシが分娩台の上で大股広げた格好のまま答えた。「8時15分。」羊水を鼻や口から吸い取る機械の操作の仕方も誰も知らないようで、不安を煽るような会話が何度もアタマの上で交わされた後の点滴。 ダイジョウブだよなぁ点滴くらい。やっと気分も落ち着いて、たった今産まれてきた長男のぬくもりを思い出しながら点滴が終わるのを待っていた。やがて点滴の液が残り少なくなってきた。忙しい看護婦さんを軽々しく呼んでは悪いと気遣い、液がなくなるギリギリまで待ってからナースコールのボタンを押した。 応答なしあれ?聞こえなかったかな?もう一度押す。 何度も押す。 うんともすんともだんだん不安になってきた。このまま気が付かれず点滴の液がなくなったら血管に空気が入ってしまうんじゃないの?血管に注射器で空気を注入して殺害するあってはならない。冗談じゃない!せっかくかわいい男の子を無事に出産したのにこんなコトで死んでしまうなんて! いやだ 死ぬのはいやだ !とっさに点滴のチューブを途中で折り曲げ、液がこれ以上体内に入らないように必死で握り締めワタシはあらんかぎりの声をふりしぼった。 助けてぇ~!! 誰かぁ!!!数分後、やっと看護婦さんが現れた。ああ 間に合った。 助かったのだ。九死に一生な経験をしてしまった。まだ恐怖に引きつるワタシを尻目に看護婦さんは涼しい顔で点滴を外し、めんどくさそうに言った。 勝手に止まりますから。 はよ言え