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〜7日の野風を慰めてるシーンより〜
「こうすれば、顔は見えん!」 慰めようと、そう抱しめて。 そうしてからやっと、気づく。 これは、自分の同類じゃった。 今、同類を慰めておるんじゃ、と。 たぶん、近しい、誰もかれもが。 薄々、感じちょるんじゃ。 大明神の札ができるほど、隔絶した技を持つ男。 人の頭蓋に穴を開け、切り裂いた肉を糸で繋ぎ、汚らしい青かびを集めまわり。 そんな、医学とは関係があるとは信じれん、まじない、呪術のほうがまだ近い、想像もつかない方法で。治らないはずの病を治しゆく。 あれは多分。 この世の者じゃあなか、と。 「雪に、なりとう、ありんすよ…」 手の届かない存在を。 なんとかこの時代へ留めようとしてる。 「雪に、なれば…いついつでも」 肩へと舞い降りた、たった一つの雪粒が。 溶けまいとする、その努力よりも、儚い。 「先生の肩に…落ちてゆける…で、ありんしょう…?」 まるで、消えゆくばかりの。願いへの。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 〜鈴屋で手術が終わった朝。更新中〜 『しゅぢゅつ』を終わらして、戻ってきたが先生が、 「すみません、一刻ほど、仮眠させてください」 ちゅーて、こてん、と横になった。 「かみん?」 すっかり空っぽになったが片口を、未練がましゅー傾けとったのを中断で、そっちを見ちゅうが、 さし絵:片口 「ぁあ、ええ…。少しだけ眠らせてください。頭がすっきりして、体力も回復するので、そうしたら帰れますから」 目ぇを眠そうに、何度も瞬かせながんら、先生はつけ加える。 「おー難儀じゃったきのぅ…。まぁゆっくり休んだらええが」 快諾すると、眠いんじゃろう、こくりと、もはや言葉も少なぁに、先生は頷くだけして。 折った片腕を枕に、畳に横たわった。 そん様子を横目に。 今度は、とっくに空になった上物の薄ぶちを、手に取って。舌で、べろん、と愉しんでみるじゃが…もー酒の味はいっこもせん。 さし絵:薄ぶち こうなると手持ち無沙汰じゃな…先生に話しかけるわけにもいかんし。 まだ帰っていく客もない、女郎も客と共寝をしてる時分で。見世の中も、ひたすら静かじゃ。 時間だけが、さらさら流れていってるようじゃき。 けんどもこれは暇じゃのぅ、と、部屋の四方を見回してみれば。 すみっこの赤い灯篭が目に入る。 さし絵:赤い灯篭 「うーん、さすが吉原ぜよ…」 月の国か、竜宮城か。 そう謳われる界隈だけのことはあるぜよ。 明かりすんら、男を惑わせる…なんちゅーか蝶の羽ばたき、みたいなもんがあるがよ。 ちょうど先生の足元に、波打ち際みたいに、打ち寄せては返していっちょるぜよ。 転がっとるせいで、ちょっくら乱れた、先生の着物の裾。 随分と育ちのよさそうな、野太さがないくるぶしあたりが、はだけちょるところに、ゆらめく赤き波が、『遊んでおいきよぅ』と戯れに、誘いをかけとる。 まるで白粉に唇の紅がまぶしい、女郎そのまんまぜよ。 そう連想しちゅううちに、すーすーと寝息が聞こえてくる。 ありゃあ。 先生は繊細そうなんに、ずいぶん素早いぜよ。 「妙に寝つきがいいのぅ…。なんでじゃろ?」 まるで日常的に、こういう、一刻ほど眠ることを、繰り返してきたような寝つきじゃ。 しげしげ寝姿を見直してみても。 なんぞ、きっちりと整っておって。 縦に上下、積み木のようになった二本の足といい、寝返りなんぞ打ちそうにない。 さし絵:積み木 どうにもますます、習慣じみた気配がするぜよ…。 あっちこっちわからん先生じゃのー。 わかってるのは、どえらい神医じゃっちゅーこと、くらいじゃき。 それで十分、でもあるじゃが。 なんちゅーか、自分にとっては、 「手本…いや」 わしは医者とは違うから、手本じゃーないのぅ。 「『心の旗頭』とでも、ちゅうかのぅ」 さし絵:旗頭 仲間と徒党を組んで、暗殺やら何やらする、っちゅーのは卒業してしもうたから。 先生とわしの関係っちゅーたら。 曖昧と言うたら曖昧な、友、でしかないんじゃろけんども。 不可能なんぞない、と教えてくれた、おっきな存在。 今日だって…いや、おそらく。これからも日々。 きっと何度だって、教え続けてくれるがぜよ。 …わしと違って、はっきりと医者仲間な、西洋医学所の連中は。 こうやって、心ん中だけで旗頭にするんでなく、大っぴらに。我らが先生、の旗頭扱いしとる、じゃろうの〜。 …なんだか、それ、ほんの少し、悔しいのぅ。 「いや、そいつらも。まだ、これは知らんはずじゃき」 思わず、一人ごちる。 この御仁の秘密を。 わし、今日…知ってしもうたぜよ。 腕組みして、二度。しみじみ頷く。 いや、意外なことじゃったが。 「先生は」 まっこと、ため息、出てしまうぜよ。 勿体のないことじゃ、まったく、涙まで出そうぜよ…。 「よっぽど男色しかイケん口なんじゃのぉ…」 先生が言うたとおりに、頭から、溜まった血が出たからには。あの親父は治る。 あの女将はまだ、半信半疑ちゅー感じじゃったけども。これがまた、先生が『大丈夫』ちゅーたら、大丈夫じゃからのう。 頭に穴あけられたっちゅうじゃきに、まっこと不思議じゃが。 まぁでも、それがわかっとらんで、半信半疑でも。 この段階でもぅ、大層な、金をたんまりと取られそうな治療を、施してもろうたこと、までは、まちがいないんじゃき。 んで、ここは吉原で。 おまけにその『しゅぢゅつ』を望んだのは、野風花魁じゃから…。 一仕事のあとは、当然に報酬で、夫婦固めのさかずきを望めたはず、なんじゃが。 仁先生ときたら『お待たせしました、帰りましょう』じゃきの。 花魁のおの字も、言い出しもせんがよ。 こうなればもはや、無欲な男、それだけでは済まされん。 男なら誰もが、どんな田舎におっても、一生に一度は、ちゅうて憧れる吉原で。 よりによって呼び出しな野風花魁とのお床入りを望める一夜に。 『揚げ出し豆腐が食いたいから帰る』なんぞ言い出すんじゃ。 もー、男色しか考えられんぜよ。 「まぁ、よぉ見知った話ではあるじゃがの…」 わしが身を置くのも、だいたいが義兄弟の契りがごろごろしてる世界じゃき。 なんせ侍なんじゃ、右も左も男ばっかりじゃし。 理想だ信念だと言っちょると、仲間や集団をそのうちに形成するようになって。 そうこうしちょるまに、若侍にありがちな、女を堕落とみる潔癖さもあいまって、どうにもそういう男色の気配が混じってくる。 よっぽど見目がよぉない限り、この年齢になってくれば体の方は、とっくに終いになってる関係性じゃが。 さし絵:江戸の男色 それにつけても、ああ〜もったいないぜよ。 「譲れるもんなら、譲って欲しいぜよ〜」 ひとしきり身をよじるじゃが。ちゅうても…。 先生が体をやすめとるこの隙に、先生の代わりにと、花魁に迫るほどには。恥知らずになれん。 ちゅーか、野風花魁の気質じゃったら、袖にされるどころか、叩き出されるのぅ。 しかし、まさに『天はニ物を与えず』じゃき。 こんままじゃと死ぬしかありはせん、そげな身内を、またたくまに元気にするがは、これはゆうたらもぅ、女を惚れさす、決定的な甲斐性じゃ。 あの咲っちゅうお嬢ちゃんもそうじゃし、野風花魁もおんなしじゃ。 お嬢さんは、こう、犬ころのように、わかりやすぅに慕っとるし。 さっき野風花魁も、明らかにほだされちょった。決まりが悪そぅに、恥らって襟を直す仕草は、目に毒なほどじゃったき…。 したが…肝心の仁先生が、女にこれでは…。 「…まっことにのぅ」 あまりの羨ましさと、おんなし分だけある、女体の快楽を知らん憐れみに。 杯を放りだして、ずりずりと畳をいざり、先生ににじりよる。 「宝の持ち腐れぜよ」 先生の体を、ぽふぽふと、いたわるように叩いちょると。 「ん?」 また、意外でとんでもないことに気がついた。 │<< 前へ │次へ >> │一覧 │ 一番上に戻る │ |