健康増進 病気予防 抗加齢(アンチエイジング) 長寿 統合医療 ダイエット 競技力 豊かさ 幸せ探求

貧困ビジネス

◆貧困ビジネスとは何か? 低所得者を喰う者たち◆

貧困ビジネスとは何か? 低所得者を喰う者たち(前編)

日本社会に広がりを見せている「貧困」。仕事を失い、家を失い、人間らしい生活を送ることができなくなるまでに追い詰められた人たちが増えている。いまそこにある貧困に対し、NPO自立生活サポートセンター「もやい」で事務局長を務める湯浅誠氏はどのように見ているのだろうか。

※本記事は日弁連シンポジウム「貧困ビジネス被害を考える~被害現場からの連続報告」(2010年4月12日開催)で、湯浅氏が語ったことをまとめたものです。

●貧困ビジネスの定義

「貧困ビジネス」とは、どういったことを指すのかご存じだろうか。たまに誤解されていることがあるが、貧困ビジネスとは「貧困層をターゲットにしていて、かつ貧困からの脱却に資することなく、貧困を固定化するビジネス」という意味。そもそも貧困ビジネスという言葉は私が考えたものなので、これが正式な定義と言っていい(笑)。

貧困層をターゲットにしているさまざまな活動には、いいモノも悪いモノもある。しかし私が呼んでいる貧困ビジネスとは、貧困状態を固定化したり、貧困からの脱却に資さない、そういった悪いビジネスを指している。なので定義上、良い貧困ビジネスというモノはない。貧困は克服されなければいけないモノであって、貧困ビジネスも克服されなければいけないのだ。

貧困に関してはいくつかの特徴があるが、まず「複合的」であることが挙げられる。さまざまなトラブルが折り重なって起きていて、「五重の排除」から成り立っている。五重の排除というのは、家族、教育、企業、公的から排除されるということ。さらに自分の尊厳が守れず、自暴自棄になる――つまり自分自身からも排除されてしまう。

その結果、いろんな分野でトラブルが複合的かつ必然的に起きてしまうのだ。複合的なトラブルというのは、労働、金融、住宅、福祉のトラブルであったりする。例えば、当座のお金がないためにハローワークに行っても、月払いの仕事を選ぶことができない。そういう人は必然的に日払いや週払いの仕事をせざるを得ない。それは本人が選ぶ、選ばないという問題ではなく、本人に選択の余地がないということ。

そして月々の家賃のほか、敷金、礼金を支払えない人たちは、安い宿を渡り歩くしかない。サウナやカプセルホテルなどで泊まるわけだが、こうした行動も本人に選択の余地はない。複合的なトラブルを抱える――これが貧困の特徴だ。このような状況に追い込まれる人たちは、障害者であったり、ドメスティックバイオレンスの被害者であったり、多重債務者であったり、生活保護者であったり、いろいろな人たちの間で起きている。

金融の分野にはサラ金やヤミ金があったり、労働では悪質な人材派遣会社があったりする。また住宅ではいわゆるゼロゼロ物件(敷金、礼金なしで入居できる物件)があったり、福祉の分野でも悪質な無料低額宿泊所があったりする。1つ1つを見てみると、バラバラで存在している。しかし貧困という枠で見てみると、バラバラに活動しているビジネスがつながってくる。つまりヤミ金や悪質な人材派遣会社、ゼロゼロ物件などは貧困層をターゲットにし、貧困を固定化する役割を果たしているのだ。

●カギは「住宅」

貧困ビジネスは金融や福祉などさまざまな分野に広がっているが、その中でもキーになるモノがある。それは住宅だ。なぜ住宅がキーになるかというと、住む所がなくなれば人は無抵抗になるから。

仕事を辞めれば収入がなくなるので、当然、生活が苦しくなってくる。しかしそれよりもさらに問題なのが、住む所を失うということだ。逆に言うと、住宅さえ押さえてしまえば、強い支配力を持つことになる。貧困ビジネスというのはさまざまな分野に及んでいるが、住宅にからんでいるケースが多い。無料低額宿泊所しかり、囲い屋(部屋と食事を提供する見返りに生活保護費の大半を天引きするビジネス)しかり、追い出し屋(家賃滞納者を強引かつ暴力的な手法で追い出す業者)しかり。また飯場(はんば:建設現場などの労働者のために、現場付近に設けられた宿泊設備)については、食と住居が一体化している。

例えば「エム・クルー」という人材派遣会社は、かつての飯場をブラッシュアップしたようなもの。この会社は建築現場に人を派遣しながら、偽装請負を行っていた。エム・クルーはレストボックス(家のないフリーターが安く宿泊できるホテル)を持っていて、そこに泊まっている人に仕事を紹介していたのだ。また不動産会社「スマイルサービス」という会社は、敷金ゼロ、礼金ゼロ、保証人不要を強調。低所得者でも安心して入れますよ、ということをうたい文句にしていた。

住み込みの仕事というのは、自分の大家と社長が同一人物であることが多い。大家による支配力、社長による支配力――この2つの力を兼ね備えているので、とても強い。そして大家兼社長はその強い力を背景に、いろいろなことを言ってくる。もし彼らに抵抗すれば、住む所と職を失うかもしれない。なので必然的に、言いたいことが言えなくなってしまう。そして大家兼社長は、低所得者の弱みにどんどんつけこんでいくのだ。

●貧困ビジネスの理屈

貧困ビジネスの理屈というのは、基本的に2つある。1つめは「嫌だったら、(サービスを)利用しなければよかったじゃないか」というもの。よく「本人は『利用しない』という選択肢があった」と言ってくるが、これは貧困ビジネスを利用する前の立場に立った理屈。もう1つは「嫌だったら、(サービスの利用を)止めればいいじゃないか。でも止めたら、困るのはあなたですよ」と、利用後の立場に立った理屈。

例えば、悪質な不動産会社は「(ゼロゼロ物件を利用することで)低所得者は喜んでいる。契約のときにきちんと説明しているので、嫌だったら断ればいい」と主張してくる。またヤミ金も、同じようなことを言ってくる。実際にお金を借り、助かったケースを例に挙げ「ほら、役に立っている人もいるでしょう」というのが、彼らの理屈だ。

この2つの理屈は貧困ビジネスに常について回ってくるが、実は人身売買でも同じようなことが起きている。例えば海外から売春をするために来日した人たちのことを、悪質業者はこのように言う。「本国にいるよりお金はたくさんもらえるし、『良かった』という人がたくさんいる。嫌だったら、来なかったらいい」と。一方、本人に対しては「お前はココを出て行けば、本国に強制送還させられるぞ」と脅したりする。

本人は拾ってもらってありがたいと言っている。嫌だったら、辞めればいい――という彼らの理屈はおかしい。もし時給100円で働いていても「0円よりましだ。それでいい」と本人が納得していれば“問題ない”というのであれば、最低賃金もいらなくなり、労働法上の規制もいらなくなる。彼らの理屈を突き詰めていくと、こうした荒唐無稽の話になるのだ。

(出典:Business Media 誠)




貧困ビジネスとは何か? 低所得者を喰う者たち(後編)

仕事や家を失い、人間らしい生活を送ることができない人たちが増えてきている。日本社会に広がる貧困ビジネスに対し、NPO法人「もやい」の事務局長を務める湯浅誠氏はどのように見ているのだろうか。

※本記事は日弁連シンポジウム「貧困ビジネス被害を考える~被害現場からの連続報告」(2010年4月12日開催)で、湯浅氏が語ったことをまとめたものです。

●拡大している貧困ビジネス

かつて飯場(はんば:建設現場などの労働者のために、現場付近に設けられた宿泊設備)と呼ばれる職住一体型の建設現場は、人里離れた所でひっそりと立っていた。そして飯場の供給源になっている、いわゆる寄せ場(青空労働市場)という日雇い労働者の町は全国に数えるほどしかなかった。なので飯場や寄せ場というのは、一般社会と隔絶している存在だった。

しかしいまは飯場的な業者が増えてきていて、それは悪質な人材派遣会社や不動産会社であったりする。彼らは職住一体型の貧困ビジネスを行い、低所得者からお金をむしり取っているのだ。職住一体型の特徴は労働の現場だけではなく、生活をも押さえているということ。寝起きそのものが搾取の対象になり、高い賃料、高い光熱費、現場までのバス代、ベッド代、テレビ代、冷蔵庫代なども請求される。つまり人間の生活、一挙手一投足に対し、お金を巻き上げていくのだ。

こうした職住一体型の貧困ビジネスが全国的に広まっているが、このことは何を意味しているのだろうか。かつての日雇い労働者は寄せ場にいたが、いまではそうした貧困状態にある人が社会全体に広がっているのだ。このような“日本社会の寄せ場化”によって貧困ビジネスも社会の陽の当たる場所に出てきた、と言えるだろう。

例えば保証人代行を行っている貧困ビジネスがあるが、10年前であればこういった会社は駐車場に「保証人になります」といった看板を掲げていた。つまり保証人代行ビジネスは捨て看板のような存在でしかなかった。しかしいまや保証人代行を求める人は増えていて、一定規模の市場を形成している。こうした現象の背景には、政府が行ってきた規制緩和があるのだ。

規制緩和の中には本当に不要なモノを緩和したケースもあれば、必要なモノを緩和したケースもあった。しかし政府は何もかも一緒くたに緩和してきたので、生活が保証されるべき、または守られるべき人たちが市場に放り出されるようになってしまった。そして、取り残されてしまった人たちは単に取り残されるだけではなかった。公共サービスが撤退することによって、低所得者をターゲットにしてお金を巻き上げようとする貧困ビジネスが現れたのだ。

例えば無料低額宿泊所が知られるようになる前に、お金を持っていない野宿状態の人を相手に“ビジネスになる”と思いついた人たちがいる。実際、彼らはどんどん利益を上げていった。公共サービスの撤退と貧困ビジネスの隆盛というのは、“一方が引けば一方が出てくる”といった関係なのだ。それは「ひそかな共犯関係にある」とも言えるだろう。

●貧困ビジネスと社会的企業

貧困ビジネスには難しい問題が残っていて、私もまだその答えを持っていない。それは貧困ビジネスと社会的企業の問題だ。社会的企業というのは貧困層を対象にしているが、その人の生活を支援する企業を指す。例えばノーベル平和賞を受賞したバングラディッシュの「グラミン銀行」などが挙げられる。しかし社会的企業と貧困ビジネスは、どのようにして区別すればいいのだろうか。

この問題は、分かるようで分からないのだ。分かるようで……というのは企業の実態を見れば分かるということ。現場に行って、その会社を見れば分かる。例えば利用者の顔つきであったり、生活状況がどのくらい改善したのかであったり、運営している人たちへの信頼感であったり。いろいろなことを見ていけば、社会的企業であるかそうでないかは分かる。しかしこれを形式的に区別しましょう、という話になれば非常に難しい問題にぶち当たる。いま無料低額宿泊所の法規制問題が出てきているが、この法規制問題が難しい。形式的に区別しようとすると、いいモノと悪いモノが同じ網に引っかかってしまう。貧困ビジネスと社会的企業を見分ける形式的な指標を、私たちはまだ持っていないのだ。

形式的な指標というのはどういったモノなのだろうか。しかしいまの私には、よく分からない。ただこの法規制がなければ、貧困ビジネスと社会的企業の境界というのが、非常にあいまいになりやすい。悪質な業者で「自分は貧困ビジネスをやっている」という人はいない。貧困ビジネスに携わっているすべての人は「私たちは社会的企業です」という。なので本人の言葉だけで判断することはできない。無料低額宿泊所に1カ月寝泊りして、どういった運営をしているのか、といったことを丁寧に見ていかない限り判断することはできないのだ。

また、いろいろな噂にも注意しなければいけない。「あそこはどうも評判が悪いらしい」「いろいろな問題があるらしい」といった類の噂は多い。一方、きちんと運営している企業に対し、根も葉もない悪い噂を流す人もいる。こうした噂に対しても、きちんと区分けする指標がないのだ。

しかし将来的には、貧困ビジネスであるかどうかの指標を生み出していかなければならない。ひょっとしたら、すでに外国でいろんな指標が開発されているのかもしれない。いずれにせよ私たちは「貧困ビジネスであるかどうか」を見極める目を養っていかなければいけない。また社会的にも作っていかなければいけないのではないだろうか。

(出典:Business Media 誠)



© Rakuten Group, Inc.