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~ 今日の風 ~

~ 今日の風 ~

宮沢賢治の世界

3.4年前になるだろうか、園芸の勉強をしたくて園芸短大の科目履修生になって、勉強したことがあった。その時、文学で宮沢賢治を扱うことを知って、文学も履修した。その時の課題だった感想などをひっぱり出して来た。
自分が読んでもわかるところとわからないところがあるので、このままの形では意味をなさないかもしれないが、とりあえず(私はこれが多くて中途半端になってしまうことがとても多い)ここに収めてから、次の段階に発展できればと思う。



★ビデオを見て

宮沢賢治は、イーハトーブとしての岩手の自然の一つ一つから透き通る食べ物を吸収していたのだろう。

「世界が平和にならないと個人は幸せになれない」という想いや母親から受け取った「人のために」という決意を根底にして、さらに出合った法華経や科学から得た独自の宇宙観が出来上がったのだろう。

棚から日蓮遺文書が落ちてきたことをきっかけにすぐさま上京して法華経にのめり込んでいったことは、とても賢治の生き方を象徴しているように思えた。本が落ちてきたのも偶然とは思えない。心の奥深くで求めているものが、そういう事象を引き起こしたのではないかという気もする。

ビデオに映し出される岩手の自然を見ていると、賢治の心がわかってくるような気がした。風や雲かのエネルギーを肌で感じている賢治の姿が見えてくる気がした。

賢治作詞作曲の「牧歌」はまさに自然に溶け合い、自然と一体になりゆったりと身をゆだねている感じがしてとても心地よかった。原体剣舞を見ていると、踊りや太鼓の音が異界への扉を開くもののように思えた。


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ビデオを見ている間、ずっと”いいなぁ”という幸せな気分だった。イーハトーブは、まさに幻想的な賢治童話の世界に重なる。

以前、実際に賢治の教え子だった人たちの話を収録した「賢治の学校」の映画を観たことがある。このビデオでの授業風景も賢治の豊かな感性から「あたたかい」という一つの現象を通して科学と心と多方面から真実に迫っていく様子はとても魅力的だった。

本当に賢治は宇宙につながっている人だったのだと思う。ふつうの人(常識に凝り固まった人)には見えない、聞こえないものを見、聞き、感じている賢治がそれを生徒達に伝えようとしていることに心打たれる。ことばだけでなく、自ら百姓の辛さも身を持って味わう生き方に本物を感じた。


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サグラダファミリアを創ったアントニオ・ガウディは「発明でない発見しているだけ」「自然を真似ているだけ」と言っていたと記憶しているが、賢治もまた自然と対話しながら自然から学んだものを文学に昇華していったような気がする。

先生が「よく勉強してよく働いた男」とおっしゃったが、37歳で亡くなる自分の寿命を知っていたのかもしれないと思う。きっと人はみんな潜在意識では死ぬ時期も含めて未来がわかっているのかもしれない。ただふつうの人はそれが意識できないで顕在意識では知らずに終わっているだけなのかもしれない。しかし、優れた人は無意識にも理解していてその死期を心得て短い人生の人はその中ですべきことをちゃんと済ませているのかもしれない。


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先生が以前賢治のことを「よく働いた男」とおっしゃった。羅須地人協会への夢や情熱がそうさせたのだと思うが、大正15年上京していた4週間の間にもハードスケジュールでいろいろなことをこなしているし、大正10年に上京したときもトランクにぎっしりの童話原稿を書きためていた。

賢治は37歳という若さでこの世を去っているが、賢治の魂は早いうちから自身の寿命を知っていて、あんなにも無理をしながらも目的に向かって邁進していたのではないだろうかなどと思ってしまう。

「世界全体が幸せにならなくては~」と思い、「世界が一つの意識となり生物(生命?)となる」ことを願っていた賢治、法華経の教えを幼い子にもわかる童話にして「人間中心の世界ではなく他の生物と近しくつながり合う世界」を伝えようとした賢治を知り、その作品に触れていくうちに、賢治が理想とした世界はもちろんのこと、賢治の生き方そのものに私は強く惹かれていく。

以前読んだ時は、それほどの感動を伴わなかった「雨ニモマゲズ」の詩が、今の私にはとても大きな意味を持つものになってきている。日常生活を送っている時に、ふとこの詩の1節が心に強く感じられたりする。

昨日今日特に感じるのは「ホメラレモセズ クニモサレズ」の部分だ。若い頃は「クニモサレズ」を意識して生活していたような気がするが、今は「ホメラレモセズ」ということがとても大事に思えている。

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★「どんぐりと山猫」    なぜはがきがこなくなったのか


これまでただ表面的に字面しか読んでいなかったと反省した。「注文の多い料理店」9編の順序も、文中の単語一つ一つの選び方も緻密にこだわっている宮沢賢治の童話を読むには私の読み方はあまりに大雑把過ぎたようだ。

●やはり「風」の意味を強く感じた。
風が吹くと何かが起こる。案内に「~こどもが山の風の中へ出かけて行くはなし」とあったが、「山の風の中」とは異次元の世界なのだろうと思った。「北」の欠如から山猫と馬車別当が北風と考えるならば、北風が吹き荒れるその時季が過ぎれば、もう山猫たちには会えないという考え方もできる。

●また、一郎が導かれるように辿り着いた「うつくしい黄金いろの草地」が異界そのものであるなら、そんなに簡単に繰り返し行ける場所ではないはずだ。一郎が現実世界に戻った時、「黄金のどんぐりはあたりまえの茶いろのどんぐりに変わり、山猫も馬車別当もきのこ馬車も見えなくなってしまった」のは、それらが異界のものであるからだろう。異界と現実社会の境界はしっかり存在するのだ。

●さらに異界への道は、迷って辿り着くべきもので、確信の持てるものであってはならないだろう。また、人との出会いも物との出合いも様々な体験も時間と空間と縁とが重ならなければあり得ないように、異界への扉もそうたやすくは開かないだろう。異界への道程は心細くなければならないのだ。心細いということは、ある意味で純粋に通じることかも知れない。すでに知り得ている者は、その知識のために見えなく(聴こえなく、感じなく)なってしまうことがある。まだ先入観もなく、何にも染まっていない純粋な一郎だから招待状が来たのかもしれないし、「うつくしい黄金いろの草地」にも辿り着けたのだろう。

それにこんなにわくわくする素敵な体験は何度もあるはずはない。だから、もうはがきは来ないのかもしれない。


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★「狼森と笊森、盗森」  なぜ粟餅が「小さくなった」のか?

人はその昔、自然と一体になって暮らしてきた。人がその命を存続させていくには自然とうまく付き合っていかなければならなかった。自然は山や川や樹々や草や・・・・・そんな形をとりながら、神そのものだった。

人をあたたかく見守ってくれる岩手山のような神もあれば、盗森のような荒ぶる神もある。どの神(自然)とも上手に付き合い、お供え物をして平和や豊作を願ってきた。昔の人は素朴に純粋にそういう手段をとることしかなかった。

けれど、文明や科学の進歩により、農業も含めた人の暮らしは、昔ほど自然に左右されないようになってきた。そして、そうなれば、自然に対する畏れも敬いも薄れてきて、それに比例するように粟餅の大きさも小さくなってきたのではないだろうか。

個人的にはそういう傾向をさびしく思い、自然を崇拝し共存してきた生き方を支持したいけれど・・・・・


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★「注文の多い料理店」「烏の北斗七星」を読んで

「注文の多い料理店」も「烏の北斗七星」も当然ながら「~みんな林や野はらや鉄道線路やらで虹や月あかりからもらってきたのです」というお話の一つだが、なるほどなぁと思ってしまう。

個人的には「どんぐりと山猫」や「狼森と笊森、盗森」のようなふわっとした中でわくわくする作品が好きだ。それに対して「注文の多い料理店」や「烏の北斗七星」は、戦いや現実社会に対する反感の鋭さや厳しさにどきどきする緊張感があり好みではない。しかし、好みではないが惹かれるし、真剣に感じ取り考えていかなければならない大切なテーマであると思う。

昨年ニューヨークのテロから始まりアフガニスタンでの戦争を報道によって見聞きしながらとても哀しく辛かった。たまらなかった。武力で相手を封じ込めようとしたり抹殺しようとする精神は、人として一番卑しく恥ずべき行為だと思う。

「注文の多い料理店」の紳士は、ある意味大国アメリカのようにも感じる。される側の痛みなど想像することもなく、本人達は世の中のことをわかっているつもりでいる。「ぜんたい、ここらの山は怪しからんね。~なんでも構わないから早くタンタアーンとやってみたいもんだなぁ」とたやすく言ってのけるその無神経さがとても怖い。獣も鳥も草も木も・・・・自分達と変わらない一つのいのちであるということ、宇宙に存在するかけがえのないいのちで、それらはつながっているということをまだわからないでいる。

戦う人達は皆が皆好んで、また納得して戦っているわけではなく「烏の北斗七星」のように、愛する人と別れなければならなかったり、殺されるかもしれない恐怖を味わい、さらに憎むこともない敵を自らの手で殺さなければならないという辛さがある。戦う人もまた被害者だ。

本当に戦争を望む人は何人いるのだろう。憎むべきは、前線に立つこともなく命令を発している人、そして、その人を支配している名誉、物、金、領土などへの執着心なのかもしれない。それらが人の欲望を煽り立て、ついには人が人を殺すという最悪の事態になってしまう。

「烏の北斗七星」の烏たちは心に葛藤があり、それゆえに苦しいが、「注文の多い料理店」の紳士達は戦いではなく一方的な殺戮であり快楽である。快楽のための猟なのだ。

私は今アイヌ民族とその文化に興味を持っている。知里幸恵の「アイヌ神謡集」の序文を読んでいると、せつなくなってしまう。そして、その文脈からあふれ出ているものと宮沢賢治が重なってくる。

自然と一体になって、衣食住など生活のすべてを自然から得て、それを神様からの贈り物と感謝して暮らしていた。たとえ猟をしても獲物は神の化身として感謝をささげ、その霊と肉体のすべてを全く無駄にすることはない。

「注文の多い料理店」と「烏の北斗七星」から、この世のあらゆるものの命をいつくしみ、すべてが仲間であり、愛すべき存在である。世界中が平和でなければ個人の幸せはないという賢治の思いが感じられる。

初めに好みでないと書いたが、捉え方や表現の方向性の違いだけで、その主旨は同じだと感じるし、とても理解できる。


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★「水仙月の四日」  なぜ、主人公の雪童子の雪狼は二匹なのか?

初めに問題を意識しながら「水仙月の四日」を読んでみたが、何の手がかりもつかめなかった。次に主人公の雪童子と他の三人の雪童子との違いを考えながら読んでみた。

三人の雪童子は、主人公の雪童子より西の方からやって来たという相違点しか見つからない。「どんぐりと山猫」でも方角が出てきて、それに意味があったように、これについても方角に意味があるのではないかと考えた。

雪婆んごは西から東へ行った。三人の雪童子は西から来て西に戻り、そして北に帰りたがっている。雪婆んごが西から東へ行くということは季節が西から東へと移っていくということだろうか。

雪婆んごと三人の雪童子がやってくる時、西北から風が吹いてきた。そして、その風は冷たかったということから、西は冬なのかもしれないと考えた。三人の雪童子は主人公の雪童子より西(冬)にいる。東に向かえば春になるのだろうか。主人公の雪童子のいる場所は季節的には西の方より春に近い。

雪童子は季節の運行を促す役目を持っている。時に雪狼を連れて風や雪を起こす。西(冬)に比べ、東寄りの春に近いところにいる主人公の雪童子には西ほど雪を降らす必要がない。それで、雪狼の数も少なくていいということだろうか。


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★「山男の四月」  なぜ四月なのか?

「日あたりのいい南向きのかれ芝の上~」「小鳥もチッチッと」「~やさしく咲いたむらさきいろのかたくりの花もゆれて」「碧いああおい空~」「お日さまは赤と黄金でぶちぶちの~」「かれくさのいいにおい~」と春ののどかな光景で始まり、最後に夢から覚めてからも「山鳥のきらきらする羽~」「雲はひかってそらをかけ」「かれ草はかんばしくあたたか」と山男にふさわしいのどかな自然に返っていくには、四月がふさわしかったのではないか。

夢の中では、山男にふさわしくない商売の世界で、偽りもあるし、さらに小さな箱になって暗い行李の中に入れられて光も差さないところにいた。(しかし、そこでは隙間から洩れる日光の美しさを感じてはいるが)

それを対比させ強調させるにも光あふれる四月が最適だったのではないかと思う。

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★「かしわばやしの夜」


宮沢賢治は「注文の多い料理店」の序文で「なんのことだかわからないこともあるでしょうが~」と書いている。「かしわばやしの夜」を読んだが、ほんとにわからない。読み返してもてもやはりわからない。思考をめぐらせば、なお理解に苦しむ。

賢治は同じ序文で「ほんとうに、かしわばやしの青い夕方をひとりで通りかかったり、~もうどうしてもこんな気がしてしかたがないのです。ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わたくしはそのとおり書いたままです。」とも書いている。

心を空っぽにして読み、そのまま素直に入ってくるものを「すきとおったほんとうのたべものになる」のかもしれない。

たとえば、「赤いトルコ帽をかぶり、ねずみいろのへんなだぶだぶの着ものを着て、くつをはいたのむやみに背の高い目のするどい画かき」はいったい誰なんだろうと考えると、常識では答えが出てこない。

常識…常識では考えられない!…・そうか、その常識が理解を妨げていたのだ。私の持っている常識という尺度は通用しないのだ。

そう思って読み返してみると、意味不明な「赤いしゃっぽのカンカラカンのカアン」に対してその赤いトルコ帽の画かきは「うまい。じつにうまい。」とほめている。

かしわばやしでみんなが順番に歌う「じぶんの文句でじぶんのふしで歌う」歌も意味不明だ。言い換えれば、それは常識的ではないということになる。一等賞から九等賞までのメタルの意味もよくわからないが、「じぶんの文句でじぶんのふしで歌う」ということ、つまり常識、固定の価値観にとらわれずに自由に表現したものの順位なのだろうか。

 独自の価値観の押し付けは時に平和を乱す。何度か繰り返されるかしわの木大王と清作の言い合いは象徴的だ。清作は山主の藤助に酒二升買ってあるから木を切るのは当然と思っている。清作はルールを守っていると思っている。けれど、それは人間社会の勝手なルールであって、かしわの木にとってはまるで意味をなさない。それぞれの常識が噛み合わない。

 入り口から三番目の木が歌った「うこんのしゃっぽのカンカラカンのカアン。あかいしゃっぽのカンカラカンのカアン」という歌に対して清作が、「なんだ、この歌にせものだぞ。」と怒り出して「生意気いうと、あした斧をもってきて、片っぱしから切ってしまうぞ」と脅かす。そして、また酒二升の話が繰り返される。

 かしわばやしの中を、地球に置き換えて考えてみると、地球でも同じようなことが繰り返されているのではと思う。「からすの北斗七星」では、はっきりと戦争に対する想いを表現しているが、ここにも地球上の国々の平和共存を示唆しているような気がする。そして、それは人対人だけのことではなく、当然自然との共存も同じことで、それには「狼森と笊森、盗森」であったような自然への感謝が大事になる。」

 賢治は「世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」と言っていたように、いつも全体の幸せを考えていた。人も動物も木も、地球に住むすべての共存を願っていた。

 また、やはり賢治は法華経の教えをこの童話に託していると思うが、そういう意味を感じながら、「かしわばやしの夜」を読んでみると、だんだん肯けてきた。そして、「赤いトルコ帽をかぶり、ねずみいろのへんなだぶだぶの着ものを着て、くつをはいたのむやみに背の高い目のするどい画かき」は、かなり重要な位置にある存在だと感じた。



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★「月夜のでんしんばしら」  なぜ、電気総長の着ている外套は、「まるでぼろぼろの外套」なのか?


まず、外套がぼろぼろということについて考えられるのは、古いということと痛みが激しいということだ。

古いということであれば、電気総長がずっと長くその職に就いていたということを示しているのかもしれない。それなりの経験と貫禄が想像される。

また、痛みが激しいような仕事をしていたことも考えられるが、それはまさに電気を扱っているから、それも元締めの高圧の電力であったからといえるだろうか。

「じいさんの目だまから、虎のように青い火花がぱちぱちっとでた」「少し強く握手すればまあ黒焦げだね」と電気総長が言っているように、電気を起こす時に出る火花などの影響も考えられる。

しかし、それだけでは納得がいかない。序文にある「わたしたちは~のむことができます。~ひどいぼろぼろのきものが~かわっているのをたびたび見ました。」ということにも無関係には思えない。


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