|
カテゴリ:日常ネタ
昨年の2023年5月8日、世界に遅れを取ること約1年、新型コロナウイルス感染症をそれまでの2類相当(一部措置は2類超以上)から、5類感染症へと変更がなされました。今日でそれから1年が経過します。
たしかにこの1年、その5類変更は数多くの益をもたらしてきました。 まず日常生活で言えば、緊急事態宣言もなければ、蔓延防止等重点措置などという生活にとって足かせとなる行政上の制約がなくなりました。これにより、生活は2019年以前へとようやく回帰することができるようになりました。円安に乗って海外からの観光客を余さず迎える好機を活かせることにつながっています。もちろん、旅行も会食も、日常生活の娯楽も楽しもうと思えばそうできるようになりました。 そしてマスクの着用は原則として任意となり、今は基本的に、病院(一部の良心的な病院では病院内も任意にしているところがあるようですがまだまだ少数派です)や介護施設、ごく一部の非良心的な個人商店を除き、基本的にはマスクなしでの生活が当たり前となりました(もちろんいかなる場合も各人の純粋な自由意志に委ねられるべきであり、着脱の強要は決してするべきではありません。)。 また濃厚接触者などという悪しき概念がなくなったことも大きな意義があると言えるでしょう。ただの風邪ごときにそのような措置など必要はありません。 それでも、1年間経っても、社会は正常化したとはまだまだ言えない厳しい現実があります。 国際的に言えば、コロナウイルス、インフルエンザウイルスといったウイルスは空気感染であるため(すなわち接触感染や飛沫感染だけなどという概念ではない)、マスクは感染防止に効果がないことはエビデンスとして確立されており(原則マスク着用だった時期にも相も変わらず大流行したことからもうかがえますが)、常識と言えることですが、日本ではまだその国際的な常識を伝える専門家は本当にごく一部であり、マスコミに至っては皆無でしょう。最近ではロックダウン、ソーシャルディスタンスといった対策も結局は効果がなかった、間違っていたと正直に認める海外の専門家も少なくなく、日本ではそれが伝わっていない、意図的に隠されているのではないかと言えるレベルです(それでもインターネットがある今は昔と違い隠し通せるものではありませんが)。 コロナ騒ぎをしてきた3年間何をしてきたのか、何が間違っていたのかと反省する向きは日本国内では本当に少ないものです。だれも間違いを認めないどころか、自分たちは今でも正しいと思いこみ、マスコミも未だにたいしたことのない感染症をあおり立てる始末、本当に救いようがないと言えるでしょう。もっとも、未だにそうした情報にだまされる人々がいるというのも大変嘆かわしいものです。 私たちとしては、この愚かな騒動を通して、政府や行政、自称専門家といったこの騒動を煽った者を信頼するいわれはもはやありません。マスコミも未だにあおり立て真実を伝えず、科学的事実を陰謀論扱いするなどあくまでも自分たちの非を認めない以上、今度何かあったとしてもまた愚かな騒ぎを起こそうとしていると侮蔑して唾棄するまでです。 ですからたとえコロナ騒ぎがしぼんだとしても、次に何か別の手であおり立てようとすることは火を見るより明らかです。それこそ特殊詐欺をはたらく者と同じで、手を変え品を変え欺こうとする以上、警戒は怠ることができません。事実、コロナ騒ぎをあおり立てようといわゆるYouTuberやインフルエンサーなどに工作を行ったことも最近判明しています。また反対を唱える人への口封じを目的としたいわゆるスラップ訴訟についても耳に入る始末です。 この日を一里塚として、これからも2019年以前の日常生活を送る権利を護ること、愚かな騒ぎに二度とだまされないことを固く決意する次第です。 ランキングへお願いします。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024.05.08 20:49:50
コメント(0) | コメントを書く
[日常ネタ] カテゴリの最新記事
|