オマル・ハイヤームオマル・ハイヤーム 'Umar Khaiyam 小川亮作訳 解き得ぬ謎 もともと無理やりつれ出された世界なんだ、 生きてなやみのほか得るところ何があったか? 今は、何のために来 わかりもしないで、しぶしぶ世を去るのだ! 自分が来て宇宙になんの益があったか? また行けばとて格別変化があったか? いったい何のためにこうして来り去るのか、 この耳に説きあかしてくれた人があったか? 魂よ、謎を解くことはお前には出来ない。 さかしい知者の立場になることは出来ない。 せめては酒と盃でこの世に楽土をひらこう。 あの世でお前が楽土に行けるときまってはいない。 生きてこの世の理を知りつくした魂なら、 死してあの世の謎も解けたであろうか。 今おのが身にいて何もわからないお前に、 あした身をはなれて何がわかろうか? 創世の神秘は君もわれも知らない。 その謎は君やわれには解けない。 何を言い合おうと幕の外のこと、 その幕がおりたらわれらは形もない。 われらが来たり行ったりするこの世の中、 それはおしまいもなし、はじめもなかった。 答えようとて誰にはっきり答えられよう―― われらはどこから来てどこへ行くやら? =生きのなやみ= よい人と一生安らかにいたとて、 一生この世の栄耀をつくしたとて、 所詮は旅出する身の上だもの、 すべて一場の夢さ、一生に何を見たとて。 神のように宇宙が自由に出来たらよかったろうに、 そうしたらこんな宇宙は砕きすてたろうに。 何でも心のままになる自由な宇宙を 別に新しくつくり出したろうに。 =太初(はじめ)のさだめ= まかせぬものは昼と命の短さ、 まかせぬものに心よせるな。 われも君も、人の掌の中の蝋に似て、 思いのままに弄ばれるばかりだ。 土を型に入れてつくられた身なのだ、 あらましの罪けがれは土から来たのだ。 これ以上よくなれとて出来ない相談だ、 自分をこんな風につくった主が悪いのだ。 礼堂のともしび、 天国の報い、地獄の責めがなんだ。 見よ、天の書を、創世の主は あることはみんな初発 =万物流転(ばんぶつるてん)= 若き日の絵巻は早も閉じてしまった、 命の春はいつのまにか暮れてしまった。 青春という命の季節は、いつ来て いつ去るともなしに、過ぎてしまった。 同心の友はみな別れて去った、 死の枕べにつぎつぎ倒れていった。 命の宴に酒盛りをしていたが、 ひと足さきに酔魔のとりことなった。 一滴の水だったものは海に注ぐ。 一握の塵だったものは土にかえる。 この世に来てまた立ち去るお前の姿は 一匹の蠅――風とともに来て風とともに去る。 この永遠の旅路を人はただ歩み去るばかり、 帰って来て謎をあかしてくれる人はない。 気をつけてこのはたごやに忘れものをするな、 出て行ったが最後二度と再び帰っては来れない。 =無常の車= 君も、われも、やがて身と魂が分れよう。 塚の上には一基(もと)ずつの瓦が立とう。 そしてまたわれらの骨が朽ちたころ、 その土で新しい塚の瓦が焼かれよう。 恋する者と酒のみは地獄に行くと言う、 根も葉もない 恋する者や酒のみが地獄に落ちたら、 天国は人影もなくさびれよう! なにびとも楽土や煉獄を見ていない、 あの世から帰ってきたという人はない。 われらのねがいやおそれもそれではなく、 ただこの命――消えて名前しかとどめない! ないものにも掌の中の風があり、 あるものには崩壊と不足しかない。 ないかと思えば、すべてのものがあり、 あるかと見れば、すべてのものがない。 = 一瞬(ひととき)をいかせ= 迷いの門から正信までは、ただの一瞬、 懐疑の中から悟りに入るまでもただの一瞬。 かくも尊い一瞬をたのしくしよう、 命の実効(しるし)はわずかにこの一瞬。 たのしくすごせ、ただひとときの命を。 一片の土塊もケイコバードやジャムだよ。 世の現象も、人の命も、けっきょく つかのまの夢よ、錯覚よ、幻よ! さあ、起きて、嘆くなよ、君、行く世の悲しみを。 たのしみのうちにすごそう、一瞬を。 世にたとえ信義というものがあろうとも、 君の番が来るのはいつか判らぬぞ。 人生はその日その夜を嘆きのうちに すごすような人にはもったいない。 君の器が砕けて土に散らぬまえに、 君は器の酒のめよ、琴のしらべに! 春が来て、冬がすぎては、いつのまにか 人生の絵巻はむなしくとじてしまった。 酒をのみ、悲しむな。悲しみは心の毒、 それを解く薬は酒と、古人も説いた。 さあ、一緒にあすの日の悲しみを忘れよう、 ただ一瞬のこの人生をとらえよう。 あしたこの古びた修道院を出て行ったら、 七千年前の旅人と道伴れになろう。 あしたのことは誰にだってわからない、 あしたのことを考えるのは憂鬱なだけ。 気がたしかならこの一瞬を無駄にするな、 二度とかえらぬ命、だがもうのこりは少い。 いつまで有る無しのわずらいになやんでおれよう? 短い命をたのしむに何をためらう? 酒盃に酒をつげ、この胸に吸い込む息が 出て来るものかどうか、誰に判ろう? 仰向けにねて胸に両手を合わさぬうち*、 はこぶなよ、たのしみの足を悲しみへ。 夜のあけぬまに起きてこの世の息を吸え、 夜はくりかえしあけても、息はつづくまい ジャンル別一覧
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