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運命が見える瞬間 [全36件]
井上陽水の「紅白歌合戦」出演が内定した、とスポーツ紙が報じている。 陽水はこれまで「恥ずかしい」という理由で断ってきたといわれる。たしかにサングラスをかけるタイプには2種類あって、1つは威圧を加える男女に多い。強さを誇張したいからなのだが、近寄りたくないタイプだ。もう1つは、恥ずかしがり屋である。 他人から目をじっとみつめられると、目をそらすタイプがいる。好きな人にみつめられたら、思わず目を伏せたり、モジモジするものだ。これによって、自分が好かれているかをテストすることもできる。 それはともかく、目を見られるのが恥ずかしくて、サングラスをかける人も、意外に多いものだ。井上陽水もそうなのだろう。 彼の癖毛にサングラスをかけはじめたスタイルは、1974年ではないかといわれているが、実はその頃から彼の実力が発揮されている。くわしいことは省くが、彼が運命的に激変し、それが上昇していったきっかけは3つある。 まず第一は、大学受験に失敗したことだ。 彼の生家は福岡県の歯科医であり、彼は父のあとを継ぐべく、九州歯科大を受験したが、3度不合格となってしまった。だが、この失敗があったからこそ、歌手の井上陽水が生まれたのだ。ここが人生の面白いところで、「失敗は成功の母」ともなるのである。 第二は「陽水」という本名の漢字を芸名に使ったときだ。 芸能界というのは、大体において本名を嫌い、事務所はすぐ芸名を用意する。陽水の場合もそうだった。もともと井上は「いのうえあきみです」といっていたらしい。本名は「陽水」と書いて「あきみ」と読む。 この「あきみ」が井上の魁偉(かいい)な容貌に似つかわしくなかったので、いくつかの芸名が用意されたのだが、あるときプロデューサーから「名前はどういう字を書くのだ?」と聞かれて、「陽水」と書くと、「そんないい名前だったのか!」と驚かれたらしい。 ここで吉田拓郎に対する歌手として「拓郎と陽水」の2強時代となったのだ。この名前をつけた両親にいくら感謝しても、足りないくらいだろう。 第三のきっかけは、文壇に彼のファンをつくったことだった。 たまたま五木寛之が彼の生家の近くの出身だったが、井上の家系は、明治の社会主義者であり、大逆事件で死刑になった幸徳秋水(こうとくしゅうすい)とつながっていると書いたことも、大きなプラスになった。これが事実かどうかはわからないが、安保闘争時代だけに学生にうけたことは間違いない。 人間は、一つのきっかけで大きな運をつかむのはむずかしい。 小さい運であれば一つでも上昇するが、大きく羽ばたくとなると、陽水のように、三つくらいは必要となる。この三つのきっかけのつくり方は、次回この稿で説明しよう。あなたも大運をつかもうではないか!
お知らせです! V6が出演するTBSの深夜番組「新知識階級クマグス」に、「口説きのクマグス」として、櫻井先生がゲストで招かれました。 放映は11月20日 深夜24:40〜ですが、本日6日の放映では、その予告がチラッと出るらしいです。 伝説の編集長とは別の顔(?)の櫻井先生を、お楽しみください。 収録時のエピソードは、櫻井先生のブログ「櫻井秀勲の目」をご覧ください。 http://ameblo.jp/sakuweb/entry-10370812650.html
本当に思いがけないことで、記憶が甦えることがある。 最初は「週刊新潮」が報道したものかと思うが、スポーツ紙もそれを大きく取り上げた。 それは酒井法子が「千葉県大網白里町」に住んでいるという記事だった。 いま現在、彼女は全マスコミをふり切って、どこに住んでいるかを隠しきっている。これは珍しいケースで、もしかすると新聞、テレビ、週刊誌の「調査能力」は不況のため、格段に落ちてしまったのかもしれない。 それは別として、この「千葉県大網白里町」は私にとって懐かしい匂いのする町で、太平洋戦争終結の前夜、4年間にわたって住んだところなのだ。 私はその半生を通じて、自分でも「すごいな」と思ってしまうのは、常にタイミングよく、時代の波頭にぶつかってきたことなのだ。今回の「大網白里町」報道は、時代の波頭と何の関係もないが、しかし、仮に私が現在週刊誌の編集長であれば、他社の報道を、はるかに引き離すことができるだろう。 この町がどういう雰囲気を漂わせた土地なのか、手に取るごとく知っているからだ。1人の人間にとって、自分だけの話題をもつことは、予想以上に大切だ。 それは確実に運命に変化をもたらす。 たとえば編集会議で「のりピーの潜伏先は大網白里町ってところらしいぞ」と、デスクが話したとき、「そこなら、私が4年間、疎開で住んでいました」といったらどうだろう? これによって、注目されることは、いくらでもあるものなのだ。 私は長年、週刊誌の編集長を務めてきたが、世の中に出て有名になったり、あるいは出世コースに乗った人のほとんどは、その人ならではの実話をもっていたように思う。それこそ、時代の波頭の白いしぶきを浴びた人たちなのだ。 日本経済新聞朝刊の連載「私の履歴書」を読んでいると、「へえ、この人があの事件の黒幕だったのか!」「この人があの大事業の提案者だったのか?」と驚くことが多い。 朝日新聞に連載されている瀬戸内寂聴の「奇縁まんだら」を読んでいても、実に大勢の人物と多くの事件に出会っている。だからこそ、いま作家の頂点に立っている、と私は信じてる。 もし、有名になりたければ、奇縁を結び続けることだ。 いや、奇縁かどうかは別として、人でも場所でも事件でもいいから、できるだけ興味をもって、「その場に立つ」ことだ。 私はかつて公娼制度の廃止の日、わざわざ吉原の赤線に行っている。1957年3月31日のことだが、当時26歳だった。 明日から吉原はなくなる、という前日にその場に駆けつけたということは、「歴史的立場にいた」ことを意味するし、いまになってみれば、そんな人はめったにいない。 これは一つの例に過ぎないが、運命というものは、時代の転換点の現場に立つ人には、必ず有利に働くように思う。 そんな記憶の小箱を一つでも多く、持っていくことをすすめたい。
お知らせ 櫻井秀勲の「人を動かす!文章講座」開催 松本清張、三島由紀夫、五味康祐、川端康成......文壇に名を残す作家たちと親交をもち、創刊期の「女性自身」を100万部の雑誌に育て上げ、自分自身も、55歳の初出版から現在まで170冊を越える著書を書いてきた櫻井秀勲が、「プロの文章とは何か」を教えます。少人数制8名限定。 □日時 □場所 □受講費 *申込み完了後、指定口座にお振り込みをお願いします □定員 □提出物 □講座概要 □お申込方法 □お問い合せ
櫻井会長の新刊が発売されました。 タイトルは、 35歳からの「愚直論」。〜自分のキャリアに迷いを感じる時に読む本。
http://item.rakuten.co.jp/book/6208650/ 発売から一週間で再版が決まったとのこと、 まさに今を生きる人たちに必要な本として 求められているのかもしれません。 まだ35歳までには間があるという方も、 もう今さら間に合わないという方も、 大丈夫です、間に合います。 自分の進むべき道、 今やるべきことが見えてくる一冊です。
2009年10月14日(水)に ところで。 当会顧問の來夢先生の新刊が発売されました。 占星術研究家の松村潔先生とのご共著です。 題して『誕生日大事典』。
366日の誕生日別、性格と相性、それに適職まで、解説されています。 櫻井秀勲会長も絶賛の、会員絶対必携の本です。
「クレヨンしんちゃん」の作者、臼井儀人さんが群馬県の荒船山で遭難した。連載していた双葉社によると、臼井さんのカメラには、山頂から撮ったあたりの風景が映っていたが、最後の1枚は絶壁真下の風景だったという。 恐らくは、身をのり出して撮った直後に転落したと思われるが、私たちの運命は常に、スレスレのところで生死を分けている。 「そんなムリしなければよかったのに」ということは、誰にでもいえる。 埼玉県の住宅が火事になり、老夫婦は一旦逃れたが、息子2人が2階にいる、ということで、父親は再び屋内に入っていった。子を思う父親の心は、結局仇となって、3人の焼死体が見つかったという。 恐らく本人は助け出せると思って、中に入ったのだろうが、生死はほんとうに微妙なところで分かれてしまうようだ。 私の知っている例では、戦争中、ポケットに部厚い手帳を入れていたおかげで、弾丸が貫通ぜす、助かった人がいる。その手帳は紙質がよく、外側がレザーだったが、これが命を救ったといっていた。 近頃の本のように紙質が悪ければ、弾丸は簡単に貫通するらしい。こう考えると、なにが運命を左右するかわからないが、ムリをするにしても、しないにしても、運というものは、人事を超越するものがあるだろう。 かつて、私の知人がタクシーに乗っていて、大事故に遭ったことがある。このとき1人は助かって、1人は死んでしまった。 亡くなったほうは、まじめで誠実な人柄で、酒も飲めない体質だった。助かった男は、ふだんから酒乱の気があり、いつも上司から注意を受けていた男だった。 警察の調べでは、なんと酒を飲んでいたため、事故の瞬間に、からだがタコのようにぐにゃぐにゃになったことで、衝撃が柔らげられたのだという。 一方、亡くなった男は正気であったため、事故に対して瞬間的に身構えたため、かえって強い衝撃を受けてしまったのだ。これで酒は飲んでいるほうがいい、とはならないが、生死を分けるものは、人柄や生活態度でないことはたしかだ。 しかし、運命というものの怖さ、不思議さを知っていれば、ほんの少しでも悪運から逃れることができる。 ある医者が実に不思議なことを教えてくれた。 「目まいがして、外を歩くのが不安だったら、傘をもって歩くといい」という。 「それは、とっさのときに、傘をついて、よろけるのを防ぐということですか?」と尋ねると、そうではないという。 「人間は2本足の生き物だが、傘を1本もっていると、頭の中で3本足になったつもりになり、それだけで心も身体も安定する」というのである。 科学の立場からいえば、「そんなことはありえない」という医師もいるだろう。しかし神社のお札ではないが、それを身につけているだけで、心の安心感を保てることも事実である。 ムリはしないに越したことはない。 しかし、ムリしなければならないときも、現実にはあるのだ。そんなとき、なにか1つでも、心の支えになるものをもっているほうが、運命は味方してくれるような気がする。 ペンダントに好きな人の写真を入れておくだけでも、大きな違いになるという。それは、そこに触るだけで、一瞬心が落ちつくからだというが、あなたもこの教訓を実行したほうがいい。 |一覧| |
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