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矢国 建の日記 [全87件]

2008.02.21楽天プロフィール Add to Google XML

十一 終章

榊師はそこまでいっきに話すと、自ら頷くようにして顔を上下に振り、そして笑顔を見せた。僕も微笑み返した。大丈夫、何も心配はいりません、全ては大いなる意識の流れに任せておけばいいのです、と言っているのだと思った。話は終わったのだった。湯飲みに残っていたすっかり冷えたお茶をうまそうに飲み干してから、付け加えるように言った。

「なんども繰り返しますが、、未来というのは個人的にも社会的にも、意識とその行動が作り出すものです。現在の状況は過去の思いと行動の結果が形になって現れたものに他なりません。ですから、どのような状況におかれても他の要因や他人のせいにして非難することは出来ません。もし望まざる状況であれば、まず現状を受け入れたのち、望むような状態に向けて意識をシフトさせていくことです。そうしていけば、時間はかかりますが、いずれは実現するのです。同じような意識を共有する人が一人でも増えてくれば、形になるのも速くなります。まだ時間は残されています。お帰りになられたら、今日のことを一人でも多くの人にお伝えください。」

榊師の頬が心なしか紅潮しているように見えた。僕は黙って頷いた。

最後に僕は話を聞いているときも、ずっと気になっていたことを尋ねてみることにした。
「もしかして、あなたは未来の僕なんですか?なぜかそんな気がします。お話を聞いている間、ずっと自分の心の中の声を聞いているような気がしていました。」
「そうですか、私もとても懐かしかった。でも、残念ながら私はあなたではありません。榊という名前に心当たりはありませんか?」
そう言われたが咄嗟には思い出すことが出来なかった。

「榊 純子という女性をご存知ですね。」
「ああ、純子さんなら知っていますが、そうだ、彼女は榊という苗字だった。彼女は松下君の恋人、ああ、分かったぞ、あなたは、いつも僕に親切な友人の松下君のお祖父さん?」
「思い出していただけましたか。でも、お祖父さんじゃありません、松下賢次郎の未来の姿です。私たちは結婚して、私は榊の姓を名乗っているのです。」
「なんか信じられませんが、本当なら彼は今、僕がこんなになってしまって大騒ぎをしているのに違いありません。」

「さあ、それはどうでしょうか、帰ってからのお楽しみにしておきましょう。」
榊師はそういうと、大声で笑い出した。そうだ、やはり彼に違いない。彼は面白いことがあると、おなかの底から声をあげて笑う癖がある。僕もつられて笑った。それにして、あの松下君と、ここにいる榊師とではあまりにも違いすぎていた。

「あなたと私とは、同じグループ・ソウルの一員なのです。」と榊師は言った。
「グループ・ソウル?」
初めて聞く言葉だった。
「そうです。私たちは魂のレベルで結ばれた仲間同士なのです。あなたと私とは魂というダイアモンドを共有する別々の側面のような間柄なのです。だから、自分の心の中の声を聞いたような、懐かしさを感じたのです。」

暖かいとはいえ、冬の陽射しが落ちるのは早い。出窓で気持ちよさそうに寝ていたキジトラ君は、いつのまにか僕たちの間に割って入ってきて、さかんに顔を洗っている。僕はそろそろ帰る時間が迫ってきていることを感じていたが、出来ればこのまま帰らずにこちらで暮らせたらどんなにか幸せだろうと思っていた。しかし、それは無理だということも分かっていた。

意を決して僕は立ち上がり、丁寧に礼を述べて別れを告げた。僕たちは握り合った手をいつまでも離すことができなかった。こみあげる涙を押さえ、最後には榊師に肩を抱きかかえられようにして、なんとかドアの外に出た。その瞬間、バイブレーションが急激に変化していくのを感じたと思ったら、遥か遠くでドアの閉まる音がかすかに聞こえ、意識が混濁した。


親切な友人こと、松下君がけげんそうに僕を覗き込んでいた。
「どうしたんだよ、ブザーなんか鳴らして?」と彼は言った。
「ブザーだって?」と僕。

揺れる意識が戻り出していた。そうだ。ブザーだった。あの時、僕はブザーを鳴らそうと手を伸ばしたのに、ブザーには手が届かず、あせってバタバタしているうちに、自分が宙に浮いているような感じがして、そのうち気を失って、と戻る記憶をたどりながら、松下君に事を順序だてて説明を始めた。

彼は、僕の話を遮るように、
「話は後にしよう。とりあえずシャワーを浴びてリビングで話そう。」とくるりと振り向くと出ていってしまった。確かにそうだ。僕は裸のまま、夢発生器の中に横たわったままだったのだから。

「確かにブザーは鳴ったんだな?」
僕は急いでシャワーを浴びてバスローブを引っかけると、大急ぎでリビングに戻り、彼を問い詰めていた。
「ああ、鳴ったさ。だからすぐに飛んでいったんじゃないか。何があったのか聞きたいのはこっちだよ。」
幾分、感情的になっている松下君に、僕はさっきの説明を繰り返した。

ヤカンを火にかけていることを忘れたのを思い出して、中止しようとブザーを探したのにみつからず、あせってもがいているうちに、気を失って、気がついたら未来にいたこと。結局、未来の世界で一日過ごして、今戻ったことなど。
松下君は、腹の底から響くように大きく笑った。

「一日未来で過ごしてきただって、だって時計を見てみろよ。君が夢発生器に入ったのは2時半ぐらいだったよな。それから15分ぐらいしてブザーが鳴ったんだよ。それで僕はすぐに飛んでいった。1分とかかっちゃいないぜ。後は、君がシャワーにかかった時間だ。ほら、今は2時53分。あれからまだ30分と経っちゃいないんだよ。僕の言ってることのほうが辻褄が合っているだろう?」

「ああ、そうか、分かったぞ。君は確かにブザーを鳴らした。無意識だったかもしれないけどね。そして僕は1分以内に駆けつけた。その間に、君は未来を見たんだ。なあに、そんなにおかしいことじゃないさ。自動車事故で跳ね飛ばされた人が着地するまでに、それまでの人生をパノラマのようにして全部見たという話を聞いたことはないかい?意識の中には時間の概念はないんだよ。そうだったんだよ、僕はダメだったんけど、君は実験に成功したんだ。夢発生器はタイムトラベルをすることが出来るんだ。良かったじゃないか、おめでとう。未来で一日過ごしてきたんだって?どんな世界だった?」

すっかり興奮した彼は、僕に話しをせかせたが、未来で会って話をしてくれた相手が、目の前にいる松下君本人だったなんて、僕にはとても正直に話せる勇気がない。だって彼はこれから100年も生きるなんてことが分かったら、きっと夢発生器を壊してしまうに決まっているからだ。

a hundred years after 終



Last updated 2008.02.21 15:59:16



2008.02.19

十 アクエリアスの時代へ

「天空に宇宙船が訪れて、多くの地球人類を運びさった後、おとずれた大きな地震はどうやら地殻変動による局地的なものではなく、地軸のずれが引き起こした揺れだったようで、世界各地で次第に電力の供給が止まり、それに伴って通信網が破れ始めて、孤立した地域が増えてゆきました。」

「それにしても、現代科学が産んだ万能とも思えた電気製品は電力の供給がなければ、なんとも無力な粗大ゴミに変わり果ててしまうものなのでした。天が荒れ狂い、地が揺れると輸送手段も途絶えてしまい、人類は大昔に引き戻されたが如く、サバイバル生活を余儀なくされました。」

「私たちのグループは通信手段もほとんど途絶えたなかで、それぞれがテレパシー能力を使って離れた生存者と交信を始めました。最初は一方通行のようにエネルギーの放出をするだけでしたが、次第に反応する人々が現れ始めたのです。車座になって手を繋ぎエネルギーを高めてメッセージを送り続けたのです。」

「テレパシーの素晴らしいのは距離の長さには関係なく反応することと、言葉の壁がないことです。私自身がそうでしたが、あの最後の大地震以来、能力が出現し、日ごとに強くなっていっていたのです。誰しもがそうでした。それは多分、地球自体の波動が高くなり、そこに生きているものたち全てに影響しているようでした。一年以上も交信を続けた結果、世界中からいろいろな情報が集まってきました。生存者は日本だけではなく、世界中にいるということ。分かっただけでも世界に2億5千万人もの人たちと連絡することが出来たのです。」

「私たちは最初の試みとして、コンシャスステーションという情報基地を世界各地においてネットワークを作り、これからの人類の行く末について語り合いました。何よりも食料の安定的な生産、衣類や住居の問題などでしたが、なにしろ輸送手段はなにもありませんでしたから、当初は情報の交換だけでした。しかし、世界各地にはさまざまな分野の専門家もいて、失われた分野の技術の修復なども可能ではないかと思えてきたことが希望を膨らませました。」

「科学技術の再生に必要なのはエネルギーの問題です。過去の教訓から、どんなに不便でも化石燃料や原子力に頼るのは避けようという共通の認識がありましたから、日常での僅かな電力を水力や風力に頼った発電は修復が進みましたが、それではとても足りません。」

「そんな時、素晴らしいニュースが入りました。或る日本人の研究者が霊子エネルギーを取り込んで永久運動する発電機の発明に成功したというのです。霊子エネルギーというのは、大気中に無限に存在するエネルギーですが、三次元エネルギーではないために利用する技術が見つかっていなかったのです。地球の波動がそれまでより高まったために、使えるようになったのです。彼は特許権を主張することもなく、その日のうちに設計図はビジョン化されて世界中に届けられました。」

「いくつかの永久磁石と特殊なコイルの巻き方に工夫があったようでしたが、作るのに特別な技術が必要なわけではなく、操作もいたって簡単で世界中に普及するのに時間はかかりませんでした。さらに、一年後には空気エンジンも考えられました。空気に含まれる水素と酸素だけを燃焼させて動くエンジンです。それまでのガソリンエンジンを少し改良すれば動くようになりましたので、これも人々の移動やモノの輸送に役立ちました。スペースシップヤスペースカーが作られるようになったのは、それよりもずっと後のことで、地球外に避難してした人たちが、次々と戻ってくるようになった2080年以降のことです。」

「私たちは、スペースシップやスペースボート、スペースカーが発明されるのは半ば予期していました。霊子エネルギーを使う技術が発明された時点で、霊子エネルギーの特性が分かってきたからです。大気中から霊子エネルギーを集め、増幅して電波のように発信できるパワーステーションを世界各地に設置し、エンジンの代わりにエネルギーを受信、送信する共鳴装置を載せた乗り物を作ることができれば、それは多分宇宙船の推進装置と同じだろうと考えていたからです。」

「しかし、なにぶんにも、その頃はまだ、資材も人材も足りず、さらにいえば、生活基盤となるありとあらゆるものが整備されていませんでした。それにまもなく、地球外に避難していた人々も戻ってくるとなると、これからの社会システムについて、幾度も長い時間をかけて協議していました。基本的には慈愛に満ちた社会を目標として、社会的弱者の人権を基本ベースとしてシステムを構築しようとするものでした。」

「国家制度の撤廃は国境線がなくなることを意味します。人類は全員が地球人となるのです。完全な民主主義を目指すことは一人一人の個の確立が要求されます。組織は構成されますが、ピラミッドタイプの組織ではなく、ネットワーク型の繋がり組織です。兵器、銃器などの製造と所持の禁止、そして軍備は持たない。その代わりにボランティア隊員による災害救助隊の編成と登録制度。」

「今はありませんが、世界共通通貨は当初は導入しましたし、最低賃金制もありました。地球資源、不動産等の所有権と売買の禁止他にもいろいろありましたが、今思い出せるのはこのぐらいでしょうか。今のシステムに進む過渡期的なものでしたが、それでもそれまでのシステムと較べたら画期的なものでした。」

「西暦2070年を過ぎたころから、宇宙船で避難していた人々が戻り始めていました。エネルギー問題も少しずつ回復して新たな文明が始まろうとしていました。組織的な食料生産が行われたり、衣料用繊維の製造、住宅の整備、そして苦しい時代でしたが、教育は常に継続されてきていましたし、診療施設も整備されていました。」

「2090年までにはほとんどの人々が生還しました。帰ってきた人々と話して、面白かったことは、ほとんどの人たちが歳を取ったという認識がなかったということでしょうか。長い間地球を離れていたとは思っていなくて、何十年も経っているのに、ほんの数週間、地球を離れていたのだと思っていたことです。」

「地球と他の天体とに時間の経緯がそれぞれ違うこと、そうとうゆっくり時間が流れていることが分かりました。また地球外生命体についても、地球人とほぼ同じだったという人もいれば、形は似ていたけれど、もっと小柄だったという人、光の球のようで、形が一定ではなかったという人などさまざまだったというのも面白いことでした。地球の危機に、いろいろな生命体が駆けつけてくれたのです。そして、救い出してくれただけではなく、これからの地球人としての生き方、考え方なども学習させてくれていたのです。」

「帰ってきた人々が口々に言ったのは、再び地球に戻ったら、まず自分のことより、社会全体のことを考えよう、自分の力を他人のために役立てようと、心から思ったというのです。残っていた人々の考えていることと全く同じでした。素晴らしいことでした。」

「霊子エネルギーのパワーステーションが作られ、スペースボートが製造されたり、さらに大きなスペースシップが建造されるようになると、人々は好きな時期に好きな場所へ瞬時に移動できるようなり、交流も盛んになって、地球は活気に満ちてきました。」

「人々は争うこともなく、とても穏やかでした。新しい社会システムはうまく機能していました。人々は自立し、真の平和を満喫し、自然と共存することの素晴らしさを心から感じていました。」

「地球に存在するすべてものを共有しているということは、資源コストがかからないことです。コストは人的なものにかかるだけです。その人的なコストも食料、衣料、住居の順に無料になっていき、やがて医療や教育も無料となり人的コストはゼロとなりました。したがって通貨も必要がなくなりました。」

「社会全体にとっての絶対労働力も、復興期は別にして、現在の人口で割ってみれば僅かなものなのです。かつては、利益を稼ぐために必要以上に働いて、必要以上のモノを生産していたのです。今は社会全体にとって必要なものだけが必要なだけ生産され生かされて使われています。利益について考える必要は全くありません。現在の様子は天城さんとご覧になって納得されたはずでしたね。こうなるまでに、約100年近くかかりました。まだまだ完全にはほど遠いが、いずれは理想の社会となることでしょう。そうなるまでは努力を続ける覚悟でいます。必ずそうなります。」アクエリアスの時代へ、終



Last updated 2008.02.19 10:53:25

2008.02.18

九 夜の盗人の如くに、その2

「オイルショック以後、エネルギー確保のために世界的に原発の建設が盛んになった時期があります。しかし、度重なる事故と環境汚染の問題から、あの頃はアメリカもヨーロッパも原発建設には反対する世論が強くなり世界の流れは原発廃止に傾いていたのでした。しかし日本はその後も資源エネルギーがないということで原発を推進してきました。そして結果的にはこんな大きなツケを払うことになりました。」

「いいですか、人間の作ったものに絶対などというものは有り得ません。完全な設計、完全な建築、完全な技術、完全な操作、完全な安全装置、そんなものがありましょうか。そのいずれかに欠陥があれば事故は起きる可能性がある。原発の怖いのは最悪の場合は地球のマグマにまで影響を与え、人類が長期間に渡って後遺症に苦しむことになる。どうかあなたにお願いしたいのは、帰ったら人々に呼びかけてください。今からでも遅くはありません。一つ一つさらに厳格な基準で再点検し、僅かでも問題があれば直ちに運転を停止し、新しく計画されているものは白紙に戻すべきです。」

「エネルギーが足りなくなれば節約を考えればいい。節約しても足りなければやりくりを工夫すればいい。必要が発明の母となり新しい発想が生まれてくるのです。人類にはまだ核エネルギーを使いこなせるだけの理力が備わっていなかったのです。常温での原子転換技術が確立されるまで核エネルギーを使ってはいけなかったのです。不況は困る、電力が不足したら経済に影響する、そういっていた人は命や健康をそんなお金で買うつもりだったのでしょうか。そんな人ほど自分の家の近くに原発が出来たら文句を言う人なのではないでしょうか。」

「年々増えていた自然災害はその年も世界各地で猛威をふるっていました。イタリアのベスビオスはしばしば火砕流を麓の町へ流し出し溶岩ドームは不気味に成長していましたし、西インド諸島ではペレー山の爆発大噴火。アメリカではますます巨大化したハリケーンが暴れ、ミシシッピーは氾濫を繰り返していました。トルコでは黒海の水位が上昇し、イスタンブールは大洪水になりました。メキシコからコロンビア、ベネズエラと続く火山地帯は噴火と地震を連動させるように動きが活発になっていましたし、中国大陸でも大小の地震と洪水に見舞われていた、そんな時期でしたから、もともと地震国の日本でも地震が起きたからとて不思議ではなかったのです。」

「私は行く先のあてはなかったのですが、ただ放射能汚染から逃れたいの一心で西へ西へと歩き続けて岡山あたりまできていました。私と同じように避難してきた人たちにと与えられた古い校舎を仮住まいに、若い人たちでグループを作ってボランティア活動のようなことをしていました。私自身が非難民でしたが、他にはすることがなくて、弱っている方々や、お年寄り、体の不自由な方のお世話をしながら私も食べさせていただいていたのです。」

「その年も押し詰まり外には白いものが降り始めました。暖房器具もなく寝具も充分とはいえない状態でしたので、私たちはなるべく固まって寝るようにしていました。もちろんそれでも冷えるので、お年寄りは小便に立つ回数が増えます。そのたび起こされるのでなかなか熟睡できません。何度かうとうとしていた時、私の耳に、はっきりと誰かが遠くから呼びかけているのが聞こえてきました。」

「もちろん、この部屋の中からではなく、透明感のある澄んだ女性の声のようでした。はっきりとした日本語でした。”私の声が聞こえる人たちは、これからお伝えすることをどうか注意深く聞いてください。私たちは地球外知的生命体です。あなた方をお救いするためにやってきました。まもなくこの星は地球規模の大災害に見舞われます。これまで以上の災害が起きます。どうか私たちを信じて、これからお伝えする場所に向ってください。”と繰り返し呼びかけてくるのです。とっさに私は隣で寝ていた友人を揺り動かして目を覚まさせると、声が聞こえないか尋ねました。」

「しかし、彼は不機嫌そうに”何を寝ぼけているんだ”と言ってまた毛布を頭からかぶって寝てしまいました。私は掛けていた毛布を体に巻いて校庭に出て声の聞こえた方を見上げてみました。その時の光景は今も瞼にはっきりと焼き付いています。素晴らしい光景でした。どんよりとした暗い冬空に、いくつかの宇宙船のようなキラキラと光る物体が浮かんでいたのです。」


「私は胸が高鳴りました。このまますぐにでも駆け出したい気持ちでいっぱいでした。でもここの人たちを残して自分だけ助かるわけにはいかない。私は校舎に戻り、そのまま眠れずに朝まで考えていました。出来れば全員一緒に宇宙船に乗りたい。夜が明けるのを待って、全員に集まってもらい昨夜のことを説明しました。」

「みんなは私が、この暗い雰囲気を和らげるために作り話をしているのだと勘違いして、終わるといっせいに拍手をしてくれましたが、私の顔があまりに真剣だったので、きっと夢でも見たんだよと慰められる始末でした。それからしばらく、いつもと同じような日々が続いたのですが、ある夜、あの日と同じような声が聞こえたような気がしたので、私は躍り上がって庭へ飛び出ると空を見上げました。」

「暗い夜空には何も見えませんでした。がっかりした私は気持ちを静めようと大きな深呼吸をしながら、どうすれば皆に分かってもらえるのか心に向って問いかけたのです。するとどうでしょう。再びあの美しい声が響き、宇宙船が一つ、また一つと姿を現したのです。私は夢中になって全員を校庭に呼び寄せて空を見上げさせ、信じられない光景に皆は驚きの歓声をあげたのです。」

「これはずっと後になって分かったことですが、地球外知的生命体の宇宙船はそれから三ヶ月にわたって地球上空に滞在し、世界中の人たちの救出にあたったそうです。私はというと、結局、宇宙船には乗りませんでした。どうしても嫌だと言い張る老人二人と残ったのです。自分の世話も出来なくなったこの人たちを、どうしても置いてはいけなかったのです。」

「宇宙船が去ったあと、しばらくは平穏な日々がありました。遅い春がやってきた五月も半ばのことだったでしょうか、下から突き上げるような強い衝撃を受けたと思った瞬間、私は意識を失っていました。いや正確には失ったのではなく、意識と体が分離していました。私は崩れた校舎から放り出され、額からも頭からも血を流して倒れている自分の体を上空から眺めていました。痛くもなんともありませんでした。私はそれまでに少なからず霊的な知識を学んでいましたので、これが幽体離脱現象なんだなと思いました。」

「私は死んではいませんでした。なぜなら私と私の体は銀色に光る細い紐でまだ繋がっていたからです。死とはこの紐が切れることだと知っていたからです。ふと振り返ると、信じられないようなシーンを目にしました。さきほどまで、一緒にいた二人の老人もまた同じように空中に浮かんでいて、どうやら知り合いか親戚かわかりませんでしたが、懐かしそうに話しているではありませんか。起き上がるのさえ大変だった老人たちは、今はとても元気そうで、私に気付くと今までの礼を言うのです。」

「仲間に教えられたらしくて自分たちが死んだことを知っていました。二人は仲間の人たちと空高く昇っていきました。私ももう少し高く昇ってみたのですが、そこには先ほどと同じような光景があちこちで見られました。おおぜいの人たちがお亡くなりになったのでしょう。」

「私はあまり高く昇って銀の紐が切れたりしないだろうかと心配になった途端、自分の肉体に引き戻されました。それは肉体的な苦痛を感じることでもあるのです。頭、額、腰に激痛が走りました。起き上がることも出来ず、這うようにして近くの欅の大木の下までいって上半身を持たせかけたところで、また気を失いました。」

「どのくらい眠っていたのでしょうか、相変わらず鈍い光しか放たない太陽が山間に沈もうとしていました。私に誰かが囁きかけているような気がしていましたが、まだ痛みが酷く、何をすることも出来ません。ペシャンコに潰れた校舎の隙間に体をねじこんで、手探りで見つけた寝具を体に巻きつけて、また眠りました。」

「どれほどの間、眠っていたのかは未だに分かりません。しかし、頭の中で響く呼びかけは日増しに強くなり、ついには目を閉じるとビジョンが現れるようになりました。どうやら近くに生き残った霊能力者がいてテレパシーを送っているらしい。私はまだ痛む体に鞭打って、亡くなった老人たちの遺体を埋葬すると、ビジョンで感じた方向に向って出発したのです。」

「僅かな煎った玄米と水を肩にかけて、人のまったくいなくなった道をゆっくりと歩いていきました。数日歩いたところでビジョンは鮮明となって、もう近くだと分かりました。彼らにも分かったらしくて途中まで出迎えてくれました。彼らは男女合わせて全員で15人ほどのグループでした。」

「彼らは私よりずっと豊富な霊的な知識を持ち、このような地球規模の災害も予知していたというのです。数年前からこの農家を借り受け、自給自足の生活を送りながら霊的な知識を学び、理力を使えるような訓練をしていたのだそうです。彼らの話では、今回の地震が最後の建て直しで、もうこれ以上の災害は起きないだろうと言っていました。地球に溜まった最後の膿が吐き出されたということです。それからは私も彼らのグループの一員としてそこでの生活が始まりました。」夜の盗人の如くに、終



Last updated 2008.02.18 12:52:22

2008.02.17

九 夜の盗人の如くに、その1

「地球は365日で太陽の周りを一回りし、24時間で1回自転する巨大なコマのようなものです。このコマは垂直に回転しているのではなく、約23.5度傾いています。この傾きと太陽を1周する時の軌道が楕円であるために、四季の変化があることは良く知られています。コマを回したことがあればご存知でしょうが、この傾きのために地軸は自転とは逆のほうへ、すなわち時計回りに25、800年かけてゆっくりと旋回運動しています。」

「これを地球の歳差運動というのですが、このことは前文明時代から知られていたことで、彼らはこの軌道を30度ずつ12に別けて、春分あるいは秋分の日の太陽が昇る位置と同じ位置の星座から取った名前を付けていました。占星術で使われている、あの星座名です。歳差運動によって春分点は少しずつずれ約2、100年余りかけて次の星座の時代に入ります。20世紀から21世紀にかけては、ちょうど魚座から水瓶座の時代への移行期でした。」

「これらのことは唯物主義者たちは占星術など非科学的といって馬鹿にしますが、これも前文明を証明する貴重な遺産なのです。水瓶座はアクエリアスともいいます。この時代のキーワードは調和です。調和の時代を迎えるにあたっては20世紀までの社会システムは崩壊しなければなりません。これからお話することは起こるべくして起きたことなのです。」

「古いシステムの崩壊と意識レベルでの変革は序々にですが、すでに19世紀の半ばから始まっていました。地球人類が物質文明の頂点を極め化石燃料による環境汚染、放射性物質の開発乱用による地球的危機は天界では予知されていたことです。そのために、あらゆるチャンネルを使って、あらゆる場所に啓示が降ろされていました。気ずいた人々は行動していたのですが、一般的に知られるようになったのは、ずっと後になってからです。」

「ベトナム戦争後のアメリカ、特にカリフォルニアを中心にして広がっていったニューエイジムーブメントは社会的にも大きな影響を与えました。医学に携わる人たちの中からも生まれ変わりについて研究するグループや臨死体験者の聞き取りから、死後の生について真剣に取り組む人たちもいました。19世紀半ば、地球規模での霊的浄化運動、スピリチュアリズムでは当然のように地球人類の霊的夜明けが来ることを告げていました。」

「理論物理学者たちからは究極の素粒子とは釈迦や老子、荘子が説いた教えそのものであることが分かってくるにつれ、水と油のような東洋思想と西洋科学が接近を始めてもいたのです。人々の中には物質的な豊かさよりも、精神的な豊かさに物事の本質を求めだしたもしました。僅かずつではありましたが、自分自身の意識をシフトする人たちが確実に増えていったのです。」

「何が起きても不思議ではない幕開けとなったのはチェルノブイリの原発事故でしょう。事故で直接亡くなった人たちを含め犠牲になった方々は、その後の十年で30万人にも及んだと聞いています。就任したばかりのゴルバチョフ大統領は、放射能汚染が自国だけにとどまらずヨーロッパ全体にも及ぶということで隠しておくこともできずに事実を世界に向けて発表したのでした。」

「共産主義国家にとっては異例の速さでの情報公開でしたが、その後の処置のまずさが政府の弱体ぶりを連邦内の共和国に知られてしまう結果となり、イデオロギーで締め付けられていた国々は民主化に向けて独立を表明することとなり、ソ連崩壊の引き金となりました。そしてそれは東ヨーロッパにも波及して、分断されていたドイツは統一されベルリンの壁の崩壊した映像が世界を駆け巡った時の記憶は今も生生しく覚えています。」

「さて、その日は夜の盗人のように何気なく静かに突然やってきました。その年も春まだ浅き2月も終わりのことでした。東京には冷たい北風が吹いていました。私は朝食をとりながら、その朝の新聞を広げていたときです。地震が起こりました。大きな揺れを感じましたが、この位の地震はよくあることなので気にも留めず、それでも他が気になってテレビのスイッチを入れました。」

「画面には多重放送で各地の震度が表されていきます。震源地が福島県沖を伝えると同時に、とんでないニュースがスーパーで流されてきました。福島県の原子力発電所で、この地震の影響で爆発事故が起きたというのです。私は瞬間的に、ああ、またかと思いました。それまでも原発事故はしばしば起きていましたからね。しかし、ニュースを見ながら、まだどれほどの規模の事故なのかはっきりとは伝えられていないにも拘わらず、これはとんでもないことになるぞ、という嫌な予感がしたのを今でもはっきり覚えています。」

「時間がたち、風向きが北西から東寄りに変わっていったのです。上空に吹き上げられた放射能に汚染された風は関東一円に吹き荒れたのでした。まもなく影響が出ると予想される全地域には避難勧告が出されました。首都圏の水瓶である地域も汚染を免れることが出来ませんでしたから、勧告を受けるまでもなく東京には誰一人として留まることさえ出来なくなったのです。」

「東京は日本の首都であるばかりか、経済でも中心的な役割を担っていましたから、この事故は日本にとって致命的な打撃でした。首都の機能は停止し、直ちに臨時政府が大阪府に設置されました。汚染から逃れるために人々はわれ先にと首都からの脱出を図るより方法がありませんでした。」

「私もその一人でした。着のみ着のまま持てるだけの荷物とリュックを背負い東京を後にしました。一度に三千万近くの人が住む場所、働く場所を失くしたのです。鉄道は数週間休むことなく人員輸送を繰り返しましたが、やがて止まり、道路には渋滞で身動きできなくなった車であふれていました。それまでの世界に冠たる大都市があっというまにゴーストタウンとなっていきました。」

「メルトダウンと呼ばれる最悪の炉芯融解までには至りませんでしたが、チェルノブイリに匹敵する大事故であったのは間違いありません。しかし、本格的な原因究明よりは、さらなる汚染の拡散を防ぐためという理由で建物全体にコンクリートが注入されて封印されたのです。原子力安全委員会がお題目のように絶対安全だと言っていた、二重三重についていた筈の安全装置はなぜ作動しなかったのか。」

「これは開くまで私の推測にすぎませんが、あの頃は大きな建設プロジェクトはゼネコンと呼ばれる大手の建設会社が取り仕切っていました。これらのゼネコンは建設会社とはいっても受注、設計、現場の監督までを行うだけで、実際はすべての現場作業は下請け企業が請け負っていたのです。原発建設のような大きな利益の見込めるプロジェクトには儲けも大きいから利権に群がる政治屋たちも多いのです。」

「したがって彼らを太らせ、多くの下請け企業も閏わせるにはどこかで誤魔化すしかありません。決済を受ける設計書と実際に現場での指図書を変えるとか、材料の質を落とすとか減らすとか、手間賃を減らしていくしかありません。それでも下請け、孫請けは仕事がないよりはましと仕事の取り合いですから、実際の現場では過酷な労働条件と安い賃金で働くことになる。働けど、働けど生活は苦しくなるばかりです。」

「こんなやり方の腹を立てた労働者がネコと呼ばれる一輪車や廃材、ゴミなどをコンクリートの中へ流し込んだというような話も聞きました。見た目さえ基準通りに仕上げておけば、目につかない基礎工事ほど手抜きがまかり通る。こんな事故さえ起きなければ発覚することもありませんが、損得ばかりに現をぬかしていれば、いつかバレるときが来るのです。」(続く)



Last updated 2008.02.17 14:24:46

2008.02.16

八 拝金教の信者たち

「私はいつか、できれば窓の外に海の見える、冬でも暖かいようなところで、家族が食べるだけの土地を耕し、海の凪いだ日は釣りにでかけ、雨の日は本を読んだり、土をこねたり書画をたしなんで暮らせたら、こんな豊かで贅沢な生き方はないだろうと思うようになりました。なぜなら、毎日が時間に追われているような都会のあわただしい生活を繰り返しているうちに、いったい何の目的で生きているのか分からなくなってしまったからです。」

「経済成長がなければ私たちは豊かにはなれないのでしょうか?文明の進化は私たちを幸せにするものなのでしょうか?古代の人たちは、我々とはまた違った価値観を持ち私の理想とするような生活を、ごく当たり前のようにして過ごしていたのに違いない。進化を否定しているのではありません。少しでも便利になりたい、苦労は減らして楽になりたい、そうした思いが智慧を生み、現在があるのですから。ただ、物質的な進歩だけを追及しても精神的な進歩が伴わなければ悲劇を生みます。」

「ここで少し、西洋人と東洋人の考え方の違いをお話しましょう。西洋民族は狩猟民族、東洋人は農耕民族と分類することもできますね。また、草原と砂漠の民が西洋人ですし、東洋人は森と湖の民と考えることもできます。東洋の人たちと比較すると、西洋の人たちの生きる環境は厳しいものでしたから、自然に対する考え方も厳しいものとなりました。生きてゆくためには、自然と対決し征服するよりなかったのに、東洋では豊かな恵みを享受しつつ自然と共に生きる道を選んだのです。自然を破壊することは自滅を意味します。」

「西洋の各地で栄えた文明、しかし、その痕跡はいずれも砂に埋もれてしまいました。なぜでしょうか。歴史の必然としてのサイクル、栄枯盛衰という言葉だけでは理解しにくい。大きな原因は人口が増え続けて都市が生まれるにしたがい、それらを取り巻く緑の自然環境を破壊していったからです。拡大がピークに達した時、すなわちもう回りの自然環境では、その人口を賄いきれなくなったとき、その文明の崩壊が始まります。」

「まだ、化石燃料の発見されなかった頃のことです。原始的な民族や国家の盛衰がごく小規模で起きていた時代には問題にもなりませんでしたが、それが地球規模での人口増加や大規模な戦争が起きるようになると、勝っても負けても、参加しなかった国までも大きな影響を受けるようになります。」

「常に自然と闘い征服することによって生き延びてきた西洋の論理的思考は近代科学の礎となりました。17世紀の半ば、ニュートンの宇宙重力の発見以降、ヨーロッパでは次々と発明、発見がなされ、それを契機として産業革命が起きました。たった300年余りのあいだに過去1万年以上もかかっても出来なかった文明を築いてしまった。偉大なり、人類の叡智というべきでしょうが、最後に落とし穴が待っていた。」

「原子力の発見です。自らの発見により、自ら滅び去ることも可能となり、人類はそれ以来常にこの恐怖に怯えなくてはならなくなりました。恐怖は心を病ませます。心が病むと体も病むし死人も増える。広島、長崎における原爆投下は悪魔に魅入られた仕業としか思えない悲劇でしたが、それ以降も核開発競争は止むことなく、核実験による地球の汚染は目を覆うばかりでした。直接、間接影響を受けた人たちは広島、長崎の被爆者を上回るでしょうし、地球環境、生きとし生けるもの全ての生態系に影響を及ぼしました。」

「17世紀のヨーロッパでは物質と心を分けて考えるようになったことで、驚くような発展を成し遂げたのですが、原子力以外にも物質的なものだけに価値観を置くようになってしまった。モノを得るためにはお金が必要です。お金を得るためには手段を選ばなくなってきたことも弊害になりました。横道にそれますが、そんなお金にまつわるエピソードをお話しましょう。」

「お金がなくなった現在の社会システムと比較するには、とてもよい教材となっているのです。それは18世紀のドイツのフランクフルトのゲットーで両替商を営んでいたユダヤ人の家族がおりました。当時、ユダヤ人はキリスト教徒から嫌われていて、ゲットーと呼ばれる隔離された地域でしか暮らすことを許されていなかったのです。自由に職業を選ぶこともできず、卑しい仕事と看做されていた金銭を扱っていました。」

「この家族には5人の兄弟が居ましたが、或るとき、父は彼らに矢を一本ずつ手渡して折るように命じました。それぞれの矢は簡単に折れてしまいました。そこで父は再び5本の矢を取り出すと、それらを一緒に束ねて折ってみるように促したのです。矢を兄弟の結束の重要性に例えて話すと、長男だけをフランクルトに残し、他の兄弟をそれぞれロンドン、パリ、ウイーン、ローマへと旅立たせたのでした。毛利元就と同じことを考えていた人物がヨーロッパにもいたのです。

「お金儲けで大切なことは情報の先取りです。通信網のない時代でしたが、私設の郵便馬車を走らせたりして、誰よりも早く情報を入手してせっせと蓄財に励みました。その中でも最も有名な話はネポレオン率いるフランス軍とウエリントン将軍率いるイギリス軍とのワーテルローの戦いでのことでした。結果をいち早く知った彼らは、勝敗の結果を逆にしてイギリス全土に吹聴したのでした。」

「事実はイギリス軍が勝ったのですが、負けたと知らされたイギリスでは債権が暴落して紙切れ同然となりました。そのとき、タダ同然となった債権を一人で買い集めている人物がいたのです。次の日になって真実を知った市場が高騰したことはいうまでもありません。一夜にして莫大な富を得ることができたのも、情報の力はお金になることを知っていたからに他なりません。いつのまにか彼らの資産は王侯貴族をも凌ぐようになり、爵位を買い入れ、それらの王族と婚姻関係を結ぶまでに出世したのです。血のつながりは何にも勝ります。こうして彼らの閨閥はヨーロッパ全土はおろか新世界と呼ばれたアメリカにまで広がっていったのです。」

「経済によるネットワークは世界を覆いました。彼らにとっては宗教やイデオロギー、そして国家や民族の違いより、ビジネスとしての利益を生むかどうかに関心が高かった。強い経済力は政治をも動かします。損得のためには政治信条さえ曲げ、彼らの手足となって働く政治家が多くなりました。そして、利権のために国益だなどと大義名分を打ちかざして戦争が起きるようになりました。」

「二度までも起きた世界戦争は経済戦争に他なりません。彼らも戦争では少なからず影響は蒙っていましたが、終わってみれば以前にもまして大きな資本力を蓄えて経済市場に君臨していたのです。20世紀は彼らの影響なしでは生きていけないほどの影響力を持っていたのでした。すべての分野のマーケットの背後に存在し、メディアの情報を自分たちの都合のよいように操作し、なにより彼らの拝金主義という思想は、かつてのどの宗教の教義よりも人々に支持されたのです。」

「横道にそれてまで、なぜこんな話をしたのかと言いますと、人類の歴史を振り返えれば、私たちはそれなりに進化してきました。封建的な王政はほとんどなくなり、植民地もなくなりましたね。民主的と言われるシステムが導入され、志があれば誰でも政治に参加できる国が広がっていました。しかし、本当にすべての民は平等に生存できていたでしょうか。」

「表向きの政治的民主主義に騙されて、経済的植民地主義が堂々と行われていたことに気付いていたでしょうか。自由競争、自由経済、自由貿易、自由etc、自由になにをしても良いのではありません。資本主義社会では資本力こそが力であり、資本が大きいことが正義となってしまうのです。」

「20世紀の資本主義は当初の目論見から大きくはずれて、富の偏りを招き金権王朝を作り出していたのです。真の民主主義とは一人一人の民のためのものです。政治的にも経済的にも弱いものこそ保護されなくて、なにが民主なのでしょうか。太陽の光や空気のように分け隔てなく与えられるべきものなのです。金銭で売買してはいけないものが、この地球にはたくさんあるのに、なんでも金銭に換算してしまうのは、いいかげん止めなくてはいけなかったのです。」

「さて、世界がどのようにして変わっていったのかは、現在とあなたの時代を比較することである程度は推測できるものなのです。なぜなら未来はあなたがたの思いが作り出すものだからです。あなたがた一人一人がどのような未来を望んでいるのかによって影響を受けるのです。社会システムや政治体制のせいにしてはいけません。それらもまた、過去にそうした思いがあってそうなったのですから。」

「徒党を組んだ力ずくも革命によっても人類は幸福になることはできません。全体は一つなのです。一人一人が全体を構成しているのです。個人が地球の行方に対して、どのような社会が出来れば、争いもなく、餓える者もなく思いやりに満ちた素晴らしい社会が作れるのか真剣に具体的に思う必要があります。自分一人だけで考えてもどうしようもないなどと思うことはありません。」

「最初は小さな意識エネルギーでも、それらが集まって一定レベルに達すれば、社会は自動的に変革していきます。古い意識が作り出していたものは、壊れて崩壊します。今というのは次の瞬間には過去になります。もし現在に満足していないのなら、自分のなかで、どんな未来がくればいいのかイメージして、出来ることから実行してください。物質世界の波動はとても低くて即現実化はしませんが、この世界も思念の世界の一部であることには変わりありませんから、思いは少しずつですが形になって現れてきます。」

「前置きがずいぶんと長くなってしまいましたが、あなたがお聞きになりたいことをこれからお話します。その前に一息いれてお茶を入れ直しましょうね。」    拝金教の信者たち 終



Last updated 2008.02.16 10:09:38

2008.02.15

七 人類の歴史、その2

「さらに今から3万年ほど前にも同じようなことが起こりました。人類は今まで以上に努力しかつての繁栄を取り戻したかのように見えました。核エネルギー、バイオテクノロジー、など前にもまして発展しているかのようにみえましたが、この頃、困ったことが起きていたのです。一部の人たちの中には物質的な快楽を追求し、己の欲望のままに生きて天を畏れなくなっていたのです。理力を過信し、傲慢になり、争うことに生きがいを感じるような人々が増えていったのです。」

「当然のことながら、それまでのように、自然の摂理に忠実に生きていた人々との間には摩擦が起きて諍いが絶えなくなりました。各地で幾度も争いが起きましたが最後はやはりエネルギーの中枢が襲われて破壊され、再び地球的な変動を招く大事故となりました。かつては大陸だったアトランティスも海没し、ポセイディア、アリアン、オグという小さな島だけになってしまい、これらの島も今は姿を消してしまいました。」

「一方、争いを嫌いアトランティスを去った人々もいて、各地に散ってゆき文明の再興を図った人たちもいます。原住民に農耕の仕方から、数学、物理学、天文学、などを教えました。しかしかつてのような文明は再び作り上げることは出来ませんでした。大きな原因のひとつは彼らは文字を持たない民族でしたし、能力の分散だと思われます。理力も集団の力があって花開いたのであって、技術者や専門家が散りじりに離れてしまえば文明も失われてゆくのです。」

「しかし、彼らはそれぞれの地で出来る限りの仕事をしました。その痕跡が今も残っています。ペルーやボリビアやメキシコに、また、それらの最大のものはエジプトにあるピラミッドでしょう。スフィンクスとピラミッドは滅び行く文明の伝承者が残された力を振り絞って作ったメッセージなのです。彼らはこれからも地球に人類が栄え、文明が花開くときが来ることを。いつかアトランティスに負けないような文明を築くだろうことを。あの中には普遍的は数学的知識や天文学的なメッセージが秘められています。またあの建築には驚くべき理力が使われています。ピラミッドは理力を使わずには再現できません。」

「さらに今から1万2千5百年ほど前にも地球は震え各地が水浸しになりました。世界各地に残る洪水伝説はこうして幾たびか起きた地球の激震を伝えているのです。ビュルム氷期は終わりを告げて海面は上昇し始めていました。アトランティスに残っていた三つの島もこのときに消えてゆきました。」

「プラトンがエジプト神官から聞いたとしてティオマイオスに書き残したことは事実ですが、一夜にして沈んだのではなく、三度にわたる激動に、残された島々が次々沈んでいったということです。いずれも天災のようにも思える地球規模の災害ですが、そこには人類の波動の乱れが大きく影響していたことは否めません。しかし人類全てが滅びてしまったわけではありませんでした。地球に静寂が戻ると残った人々が少しずつではありましたが、姿を見せはじめました。メソポタミアで、インダス川のほとりで、中央アメリカで、シュメールでも、もちろんエジプトでも中国でも、そして後に日本と呼ばれるようになるところでも。」

「ここから第二次文明が始まると言いたいのですが、なにしろ残された人たちはあまりにも少なかった。まずは家族を増やし、集落を作り、部族の勢力を拡大していったのです。前文明の遺産はほとんど失われていました。理力の使える者もいませんでした。まったく一から始まったといってもいいでしょう。」

「千年、二千年と経つうちに人口も増えていきました。第二次文明の開始は数字や文字を発明したことでしょう。テレパシーの能力さえ失っていた彼らには、伝達手段としてどうしても文字が必要になったのです。コミュニケーションの道具として、また思索を広げたり教育にも文字はとても便利です。左脳を使った論理的思考の始まりです。前文明が直感による感覚文明とすれば、ここから現在に至る文明を論理的思考文明と言っていいと思います。右脳文明と左脳文明と言ってもいい。しかし、これからは違います。左右の能力のバランスが大切です。どちらが強くても偏った進化しか望めないからです。」

「さて、ユーラシア大陸の東の端にぶらさがるようにして突き出た半島がありました。現在の日本列島です。古代の人たちは自然を畏怖し、愛し、共存しておりました。この時代は神という概念さえ必要なかったのです。大自然を照らす太陽が大いなる父であり大地を母として畏怖し尊敬していたのです。そのユーラシアの広大な大陸の果て、最も早く太陽の昇る場所が日本でした。ユーラシアの人々はここを聖なる土地として崇め、この地に巡礼するようになりました。」

「人々で賑わい栄えました。そしてここに王朝が設立された記録が残っています。アトランティスに文明が栄えたのと同じ頃です。アトランティスと対照的だったのは、この土地全体を聖なるものとして建造物を作らなかったことでしょうか。また王朝といっても自然崇拝のための神官たちの集団だったとでもお考えください。彼らはアメノウキフネと呼ばれる航空機に乗って世界各地を巡り部族間のもめごとの調停をしたり、首長たちと会見したそうですから、さしずめローマ法王か国連事務総長のような役割をしていたことになります。」

「しかしこの地も地球規模の災害からは逃れることはできず、遂に大陸と切り離されて四つの島々に閉じ込められました。大きな津波に飲み込まれほとんどが亡くなりましたが、残った人たちが子孫を増やしてきたのです。これが縄文人のルーツです。」

「ここから後のことは、文書に残る歴史として保存されているものもありますから、ご存知のことも多いでしょう。部族が大きくなって国家ができます。強いものが弱いものを従えて支配権の拡大を図ります。部族の争いは国同士の争いに広がって飽きることなく血が流されます。」

「すでに物質的価値観しか持てなくなっていた人類に対して、天はしばしば霊覚者と呼ばれる人を降誕させました。人の生きる道を教える、いわゆる宗教が必要になってきていたのです。迷える人々は真実を求めて集まり、いっときの平安は訪れるのですが、創始者が亡くなると教えも組織も形骸化して為政者に利用されたり、それが元で争いが起きました。」

「物質から成る地上に欲望をなくすことは至難の技です。繰り返し繰り返し争いが起き、血が流され、人心は荒廃して地球の波動は低くなってゆきます。地球は生命体ですから、自浄作用として自然災害も増加するのです。犬が汚れを落とそうとして自分の体を振るわせるのに似ています。天災は人災であることは前にもお話しましたね。地震、津波、火山の噴火、洪水などにより川は流れを変え、湖は砂漠となりました。こうしてかつての都も歴史の深い砂の中に埋もれていったのです。」人類の歴史、終



Last updated 2008.02.15 11:50:08

2008.02.14

七 人類の歴史、その1

榊師は小柄な老人だった。しかし聞いていたような高齢にはとても見えず、背筋もしゃんと伸びていたが、頬と額に刻まれた深いしわだけが長い年月を生きた痕跡を伺わせる。長い白髪を後ろで束ね、ベージュのローブをはおり共布を腰に巻いてたらしていた。縁なし眼鏡を下にずらせるようにして僕を見上げ両手を差し出した。

なにか昔の友人でも迎えるような仕草に僕は戸惑ったが、そのまま老人の小さな手を外側から抱きしめていた。すると何故か言いようのない暖かさが僕の体を駆け抜けた。そしてその暖かさは安らぎへと変わっていった。初対面のはずなのに、この安らぎは何だろう。とても懐かしい不思議な安心感だった。

「まあ、よく来なさった。さあどうぞお掛けなさい。」
「あなたのことは良く存じております。私にお聞きになりたいことも分かっています。知っていることは何でもお話しましょう。今日は時間も充分ありますからゆっくりなさるといい。」

僕をソファに掛けさせて。彼はお茶の支度を始めた。古びた急須にポットからお湯を注いでいる。薬草のような香りが漂いはじめていた。そして、これも年代ものの湯飲みに先ほどのお茶を注ぎ勧めてくれる。薬草の独特の香りが鼻をついたが嫌な香りではない。思い切って一口飲んでみた。想像したよりは甘い味だったが、今まで味わったことのないような感覚で頭がスッキリとしてきた。
「野山に自生するハーブを摘んで作った自家製です。」

僕は不思議な安らぎと感覚に浸りながら部屋を見回していた。シンプルな部屋で、大きな書棚と机、来客用のテーブルとソファー、壁にはアメリカインディアンらしい肖像画が掛けてある。他には何もなかった。出窓の上でキジトラの太った猫が気持ち良さそうに眠っていた。

「今から百年前といえば私も若かった。でもよく覚えています。一口に百年といえば長いようですが、過ぎてしまえばそうでもありません。あっという間のことです。あなたを見ていると、つい昨日のことのようにも思えてきます。」
窓の外には青空が広がり白い雲がひとつふたつとゆっくりと流れてゆく。榊師は雲の流れを追うように目を細めて窓の外を暫くみつめてから話始めた。

「あなたにお話する前に是非聞いておいていただきたいことがあります。それは地球とそこに生きてきた生命と人類が辿った歴史、それから何故そうなったかを話しましょう。百年なんて宇宙全体の時間の流れからはほんの瞬きのようなものです。目の前の事象を見ていただけでは真実は分からないからです。今起きていることは過去にも同じように起きてきたことです。新しいことはひとつもありません。知りうるかぎりの歴史を振り返り、時の流れのサイクルを知ることはとても大切なことです。さまざまなサイクルが複雑に絡み合いながら全てのものは進化の道をたどっているのです。このことを頭の隅に入れておいて話を聞いてください。

「地球が誕生してから40億年が経つといわれています。灼熱の火球が冷えて海が出来。35億年前原始的な生命がうまれました。その仲間に光合成して酸素を吐き出すバクテリアが現れた。それが大気中にたまるといろいろな生物が発生しオゾン層が出来ると海から陸へも生活の舞台を広げていった。これが4億年ほど前のことです。そしてついに今から一千万年前、この星に向けて人類という新しい種が発現するべく意識の投射が行われた。想念体として地上に現れた人類ですが、三次元物質界に適合するためにバイブレーションを落として肉体の形を整えていきました。」

「現在とほぼ同じような形になったのは百数十万年前のことです。地球の五つの場所に五種類の人種として同時に現れました。今とは大陸分布は違っていますが、分かりやすく言えば、白色人種はカルパティア山脈の近く、黒色人種はアフリカに、褐色人種はレムリアに、赤色人種はアトランティスに、黄色人種はゴビ砂漠近辺で生活を始めました。人類は猿が進化したのではありません。猿と人類とは生物学的には似ていても全く別の生物です。」

「この星に住む全ての生物のリーダーとしての使命を帯びて、地球に最後に発現したのが人類です。その頃は、まだ巨大獣が至るところを徘徊していました。人類は体力では他の生物に劣りますが、知力を備えていましたし、なによりも理力を使うことが出来たのです。理力については天城さんからお聞きになったでしょう。私たちは誰も理力を持っています。しかし、残念ながらあまりに長く物質世界での生活に慣れて錆び付かせてしまったのです。」

「今から数万年前、人類の努力が実を結び、子孫は増え自然とも調和して素晴らしい時代を迎えました。第一次文明の開化といっていいでしょう。古代文明についてはアトランティスの物語をするのがいいでしょう。なぜなら、かの地こそ思念体として人類が最初に投射された場所であり、もっとも文明が栄えたところですから。アトランティスは現在の位置からいえば北大西洋にあり、西海岸はバミューダから東はジブラルタルにも及ぶ広大なものでした。文明の発祥地として理想的な自然環境に恵まれていたのです。」

「驚かれるかもしれませんが、その頃すでに電気エネルギーや霊子エネルギーが使われ、航空機が空中を飛んでいたのです。レーザーメスを使った手術が行われていたのです。いわゆるあの世と言われる多次元宇宙からの知識を取り込むことも出来ましたし、理力が使えましたからあなた方が科学文明と呼んでいる文明以上の文明が完成していたのです。文明の開化は、何かきっかけがあれば短時間で飛躍的に発展するものです。」

「産業革命以後の西洋文明の発展を思い出してみてください。彼らはクリスタルを媒体にし、霊子エネルギーを増幅して利用する技術を獲得したのです。ドームの中心に巨大なクリスタルを備え多次元世界からエネルギーを取り込んで増幅し、各地の中継所に送っていました。エネルギーを電波と同様に扱えたのです。」

「しかし、ある日、エネルギーの中枢で事故が起きてしまいました。それは原子力発電所で起きるメルトダウンにも匹敵する大事故で、地球のマグマにまで影響が出るような大事故で、ポールシフトと呼ばれる地軸の移動が起こりました。それ以前にも、それ以降も地軸のずれはしばしばありましたが、人類が誕生してからは最大級のポールシフトだったといえましょう。」

「それまでの北の極は現在のモザンビークあたりにあり、南の極はハワイ諸島の南東2000キロあたりにあったのですから。これに伴う地殻変動は大変なものでした。火山は噴出し、地震、津波、大陸の隆起と陥没、空は噴煙で暗くなり、地上は冷えて作物は実を付けず、生き残った人々も餓えの恐怖に付きまとわれたことでしょう。今から5万2千年ほど前のことです。」

「アトランティスは引き裂かれて大きな島々に形を変え、一部はサルガッソー海に沈みました。しかし人類は滅びたわけではなく、残された人々の努力で再び繁栄し始めたのです。時間というのはなにものにも代えがたい治癒力があるのです。」(続く)



Last updated 2008.02.14 11:58:45

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