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榊師はそこまでいっきに話すと、自ら頷くようにして顔を上下に振り、そして笑顔を見せた。僕も微笑み返した。大丈夫、何も心配はいりません、全ては大いなる意識の流れに任せておけばいいのです、と言っているのだと思った。話は終わったのだった。湯飲みに残っていたすっかり冷えたお茶をうまそうに飲み干してから、付け加えるように言った。
「なんども繰り返しますが、、未来というのは個人的にも社会的にも、意識とその行動が作り出すものです。現在の状況は過去の思いと行動の結果が形になって現れたものに他なりません。ですから、どのような状況におかれても他の要因や他人のせいにして非難することは出来ません。もし望まざる状況であれば、まず現状を受け入れたのち、望むような状態に向けて意識をシフトさせていくことです。そうしていけば、時間はかかりますが、いずれは実現するのです。同じような意識を共有する人が一人でも増えてくれば、形になるのも速くなります。まだ時間は残されています。お帰りになられたら、今日のことを一人でも多くの人にお伝えください。」 榊師の頬が心なしか紅潮しているように見えた。僕は黙って頷いた。 最後に僕は話を聞いているときも、ずっと気になっていたことを尋ねてみることにした。 「もしかして、あなたは未来の僕なんですか?なぜかそんな気がします。お話を聞いている間、ずっと自分の心の中の声を聞いているような気がしていました。」 「そうですか、私もとても懐かしかった。でも、残念ながら私はあなたではありません。榊という名前に心当たりはありませんか?」 そう言われたが咄嗟には思い出すことが出来なかった。 「榊 純子という女性をご存知ですね。」 「ああ、純子さんなら知っていますが、そうだ、彼女は榊という苗字だった。彼女は松下君の恋人、ああ、分かったぞ、あなたは、いつも僕に親切な友人の松下君のお祖父さん?」 「思い出していただけましたか。でも、お祖父さんじゃありません、松下賢次郎の未来の姿です。私たちは結婚して、私は榊の姓を名乗っているのです。」 「なんか信じられませんが、本当なら彼は今、僕がこんなになってしまって大騒ぎをしているのに違いありません。」 「さあ、それはどうでしょうか、帰ってからのお楽しみにしておきましょう。」 榊師はそういうと、大声で笑い出した。そうだ、やはり彼に違いない。彼は面白いことがあると、おなかの底から声をあげて笑う癖がある。僕もつられて笑った。それにして、あの松下君と、ここにいる榊師とではあまりにも違いすぎていた。 「あなたと私とは、同じグループ・ソウルの一員なのです。」と榊師は言った。 「グループ・ソウル?」 初めて聞く言葉だった。 「そうです。私たちは魂のレベルで結ばれた仲間同士なのです。あなたと私とは魂というダイアモンドを共有する別々の側面のような間柄なのです。だから、自分の心の中の声を聞いたような、懐かしさを感じたのです。」 暖かいとはいえ、冬の陽射しが落ちるのは早い。出窓で気持ちよさそうに寝ていたキジトラ君は、いつのまにか僕たちの間に割って入ってきて、さかんに顔を洗っている。僕はそろそろ帰る時間が迫ってきていることを感じていたが、出来ればこのまま帰らずにこちらで暮らせたらどんなにか幸せだろうと思っていた。しかし、それは無理だということも分かっていた。 意を決して僕は立ち上がり、丁寧に礼を述べて別れを告げた。僕たちは握り合った手をいつまでも離すことができなかった。こみあげる涙を押さえ、最後には榊師に肩を抱きかかえられようにして、なんとかドアの外に出た。その瞬間、バイブレーションが急激に変化していくのを感じたと思ったら、遥か遠くでドアの閉まる音がかすかに聞こえ、意識が混濁した。 親切な友人こと、松下君がけげんそうに僕を覗き込んでいた。 「どうしたんだよ、ブザーなんか鳴らして?」と彼は言った。 「ブザーだって?」と僕。 揺れる意識が戻り出していた。そうだ。ブザーだった。あの時、僕はブザーを鳴らそうと手を伸ばしたのに、ブザーには手が届かず、あせってバタバタしているうちに、自分が宙に浮いているような感じがして、そのうち気を失って、と戻る記憶をたどりながら、松下君に事を順序だてて説明を始めた。 彼は、僕の話を遮るように、 「話は後にしよう。とりあえずシャワーを浴びてリビングで話そう。」とくるりと振り向くと出ていってしまった。確かにそうだ。僕は裸のまま、夢発生器の中に横たわったままだったのだから。 「確かにブザーは鳴ったんだな?」 僕は急いでシャワーを浴びてバスローブを引っかけると、大急ぎでリビングに戻り、彼を問い詰めていた。 「ああ、鳴ったさ。だからすぐに飛んでいったんじゃないか。何があったのか聞きたいのはこっちだよ。」 幾分、感情的になっている松下君に、僕はさっきの説明を繰り返した。 ヤカンを火にかけていることを忘れたのを思い出して、中止しようとブザーを探したのにみつからず、あせってもがいているうちに、気を失って、気がついたら未来にいたこと。結局、未来の世界で一日過ごして、今戻ったことなど。 松下君は、腹の底から響くように大きく笑った。 「一日未来で過ごしてきただって、だって時計を見てみろよ。君が夢発生器に入ったのは2時半ぐらいだったよな。それから15分ぐらいしてブザーが鳴ったんだよ。それで僕はすぐに飛んでいった。1分とかかっちゃいないぜ。後は、君がシャワーにかかった時間だ。ほら、今は2時53分。あれからまだ30分と経っちゃいないんだよ。僕の言ってることのほうが辻褄が合っているだろう?」 「ああ、そうか、分かったぞ。君は確かにブザーを鳴らした。無意識だったかもしれないけどね。そして僕は1分以内に駆けつけた。その間に、君は未来を見たんだ。なあに、そんなにおかしいことじゃないさ。自動車事故で跳ね飛ばされた人が着地するまでに、それまでの人生をパノラマのようにして全部見たという話を聞いたことはないかい?意識の中には時間の概念はないんだよ。そうだったんだよ、僕はダメだったんけど、君は実験に成功したんだ。夢発生器はタイムトラベルをすることが出来るんだ。良かったじゃないか、おめでとう。未来で一日過ごしてきたんだって?どんな世界だった?」 すっかり興奮した彼は、僕に話しをせかせたが、未来で会って話をしてくれた相手が、目の前にいる松下君本人だったなんて、僕にはとても正直に話せる勇気がない。だって彼はこれから100年も生きるなんてことが分かったら、きっと夢発生器を壊してしまうに決まっているからだ。 a hundred years after 終
Last updated
2008.02.21 15:59:16
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