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2016年09月20日
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カテゴリ:エッセイ

 私が小学校のころ、仲良し三人組の思い出をこのブログにアップし、「仲よし三人組は順繰りにお互いの家を訪問していつも楽しく遊ぶようになりました。漫画雑誌の貸し借りとかオモチャの連発銃で西部劇ごっこをしたり、近所の川でザリガニ取りを楽しんだこともありました」と書きましたが、その「漫画雑誌の貸し借り」の思い出についてもう少し詳しく紹介したいと思います。
 
 漫画月刊誌『少年』を毎月購入していました。この『少年』には手塚治虫「鉄腕アトム」、横山光輝「鉄人28号」、堀江卓「矢車剣之助」等の人気漫画が連載されていたからです。

 仲良し三人組の田岡くんは『少年画報』を購入しており、同誌には武内つなよし「赤胴鈴之助」、桑田次郎 「まぼろし探偵」、河島光広「ビリーパック」等の人気漫画が連載されており、もう一人の山形くんは『冒険王』を購入しており、梶原一騎原作、荘司としお画「夕やけ番長」、手塚治虫「魔神ガロン」等が連載されていたと記憶しています。

 仲良し三人組は各人が異なる漫画雑誌を購入していたので、漫画雑誌の貸し借りをしていろいろな人気漫画を楽しむことができたのです。

 仲良し三人組が漫画雑誌の貸し借りをしていた昭和三十年代中頃は各漫画雑誌が別冊付録の冊数を競い合った時期でした。月刊誌の表紙の中に十冊近くの人気漫画家の別冊漫画が付録として入れられてビニール紐で括られ、子どもたちはすごいお得感を味わったものでした。人気漫画家の漫画が別冊として付録にあるかどうかが各漫画雑誌の売り上げに直接影響すると言われたものです。

 仲良し三人組が「漫画雑誌の貸し借り」をしていたと書きましたが、正確に言うと漫画雑誌と好きな漫画作家の別冊付録を貸し借りしていたことになりますね。その時期はまたテレビで「鉄腕アトム」がアニメ化され、「赤胴鈴之助」が映画化、テレビドラマ化(実写版)、「まぼろし探偵」がテレビドラマ化(実写版)されたように、人気漫画がつぎつぎとテレビドラマ化されていったものでした。なお、「鉄腕アトム」以外、いまでは当たり前となった漫画のアニメ化は数年後からのこととなります。






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最終更新日  2016年09月21日 17時24分00秒
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2016年09月09日
カテゴリ:エッセイ

 寅さんシリーズ39作目「男はつらいよ 寅次郎物語」で、寅さんを柴又駅まで見送りに来た甥の満男くんが「おじさん、人間は何のために生きてるのかな?」と質問する場面があります。これに対し、寅さんは「難しいこと聞くな」とちょっと返事に躊躇しますが、すぐにつぎのような素晴らしい回答を満男くんに与えます。

「ああ生まれてきてよかったなと思うときが何遍かあるじゃない、そのために生きてるんじゃないのか。」

 じゃー、みなさんはどんなとき「ああ生まれてきてよかったな」としみじみ思ったことがありますか。私は幼い子どもから絵本を読んでくれとせがまれて読み聞かせてやり、すやすやと眠りに入った子どもの顔をのぞくときになんとも言えない至福の喜びを感じ、生きることの充実感を何度も味わったものです。

 私は長男、次男ともに『ちいさいおうち』、『どろんこハリー』、『おおきなかぶ』、『おおきなおいも』、『ぐりとぐら』シリーズ等の絵本を読んでやりました。

  長男に幼い頃に読んでもらった絵本のことを憶えているかと訊いたら、『おおきなおおきなおいも』のことはよく憶えていると言いました。これは福音館書店から出ているもので、市村 久子作、赤羽 末吉絵の楽しい絵本でした。幼稚園のいもほりが雨で延期になったので、園児たちが一緒に紙の上に絵の具でおいもの絵を描くことになり、想像がどんどん膨らんでいって、大きな大きなおいもが描き出されるというお話でした。

 長男から何度も何度もせがまれて大きな声で繰り返し読んだため、長男はすっかりこの絵本の文章を憶えてしまい、最初のページから最後のページまで絵を見ながら一字一句間違えずに暗唱したものでした。

 次男に父親から絵本を読んでもらったことを覚えているかいと訊きましたら、全く覚えていないとのことでした。でも一、二才ころのことですから仕方がありませんね。しかし、お父さんには幸せな思い出として記憶にしっかり残っていますよ。






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最終更新日  2016年09月11日 10時21分42秒
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2016年09月03日

 内川さんの数少ない自慢の一つが入院するような大病を患ったことがないということでした。しかし、内川さんはフ2008年4月初旬から前立腺肥大と腎不全を患って、鹿児島市立病院で一ヶ月余りの入院を余儀なくされました。そしてこの入院体験から内川さんはろいろ貴重なことを学ぶことができました。

 内川さんは団塊の世代ですが、一人の患者としては生まれたばかりの赤ちゃんと同様の治療や看護も受けねばなりませんでした。ですから、恥や外聞などにはこだわっておられません。この体験はかなりキツイものがありましたが、また本などでは絶対に学べないことを身をもって学んだようです。

 病室は六人部屋だったのですが、患者さんの入れ替わりが激しく、内川さんいろんな人と接することが出来ました。患者さんの年齢も高齢者が多く、彼の近所や職場ではあまり耳にしない鹿児島弁のネーティブスピーカーたちのディープな会話のなかに身を置くことできたことも、彼にはたいへん貴重な経験だったようです。その頃、自民党から民主党への政権交代の可能がさかんに取り沙汰された時期だったこともあり、一人の患者さんが何かというと他の患者さんに議論をふっかけ、激しく民主党を批判していたものでした。そう言えば、翌年2009年8月の総選挙で民主党が単独過半数を占め、9月に民主党政権が誕生しています。

 しかし、内川さんにとって何よりも貴重な体験は、彼を温かく看護してくれる妻や長男との絆を深めることができたことでした。なお、次男は関西の大学に入学したばかりの時期だったので、心配を掛けまいと連絡しませんでした。しかし内川さんの奥さんは、夫の内川さんの看護のみならず彼の父親の世話もしなければならず、さらにまた内川さんの亡くなった母親の愛犬の朝夕の散歩も欠かすことが出来ず、仕方がないので明石で働いている長男に連絡して応援を頼まざるをえませんでした。

 長男は職場の上司に頼んで長期休暇をもらい、内川さんが手術後に病院の個室暮らしをしていたとき、夜もずっと泊まり込んでくれたました。内川さんは奥さんと長男の親身の看護に本当に感謝でしたものです。


 なお後日、内川さんは奥さんからつぎのようなことを言われたものです。内川さんは個人病院で前立腺肥大の手術を受けたのですが、術後の予想外の出血多量による市立病院へ緊急搬送され、麻酔の影響で妄想幻覚に陥って訳の分からない行動をとったり、市立病院から退院して職場復帰後も個人病院での週三回の透析治療中に急に心不全を起こしたりと、その都度病院から緊急の呼び出しの連絡が受け、奥さんは「言いようのない不安な気持ち」を味わったそうです。「私のこんな気持ち、あなたには分からないでしょう」と言われ、内川さんは奥さんのそんな気持ちを思いやることもなかった夫としての無神経さ、鈍感さに愕然としたものでした。
                                                                
                         2008年05月24日






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最終更新日  2016年09月04日 13時51分56秒
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2016年08月25日

 内川雅人くんは幼いころから本を読むのが大好きでした。最初に読んだ本として記憶されているのは母に購入してもった講談社版世界名作全集に入っていたバーネットの『小公子』でした。アメリカ生まれの無垢な心のセドリック少年がイギリスの名門ドリンコート伯爵家に跡継ぎとして入り、伯爵領内の人々のみならず頑固な伯爵の心も和らげ変化させていくという物語で、何度も繰り返し読んだものでした。

 近所の東向き商店街の豊住書店の書棚には児童向けの講談社版世界名作全集が何十冊か並べられており、雅人は母親から毎月の本代二百円をもらうと同全集の『宝島』 、『ロビンソン漂流記』、『ガリバー旅行記』、『西遊記物語』 、『三銃士』、『ロビン・フッドの冒険』 、『ジャングル・ブック』、 『ドリトル先生航海記』 、『怪盗ルパン1』、『三国志物語』、『八犬伝物語』、『太閤記』等の物語を次々と購入していきました。雅人少年はあるときはシャーウッドの森で弓の名手として活躍し、あるときはインドの密林で黒ヒョウのバギーラを従えて凶暴なトラのシア・カーンと対決しました。

 いつ頃からでしょうか、雅人は冒険物語の主人公として活躍ができなくりました。自分が何事も怖れぬ勇気ある人物ではなく、惨めで卑小な人物であるとを知るようになりました。そんな内川雅人少年の心を救ったのが芥川龍之介や太宰治の作品でした。

 雅人が中学一年生のとき母親が筑摩書房の『芥川龍之介全集』を勧めてくれましたが、この芥川全集にはすでに講談社版世界名作全集で読んでいた『今昔物語』の説話を素材とした小説が何編か入っており、児童小説から文芸小説への格好の橋渡役を果たしてくれました。

 芥川龍之介の作品で初めて読んだのが「羅生門」でした。この小説には羅生門に棲み着いた平安時代の極貧の人々の惨めな姿が描かれていましたが、あまり面白いとは感じませんでした。しかし次に読んだのが「鼻」で、同作品には長い鼻に強いコンプレックスをいだく禅智内供の哀れで滑稽な姿が描かれており、この作品には大いに惹かれました。

 また「芋粥」に描かれた何の才能も無く風采の上がらぬ都の下級役人の姿にも自分を投影したものです。彼は日頃いつも芋粥を飽きるほど食べたいという願望を持っていましたが、地方の有力者に招かれて実際に大量の芋粥を目にしたとき、すっかり食欲が失せてしまうのですが、この心理にも大いに共感させられました。

 さらに雅人は、太宰治の作品に惹かれるようになりました。太宰治の『人間失格』には幼いころから自分を欺き道化を演じるしかない主人公の苦悩が描かれていましたが、鉄棒に失敗して転んでしまい同級生から笑われる主人公よりも、背後から「ワザ、ワザ」と声を掛けた竹一少年の姿に強い印象を残したものでした。

 雅人は芥川や太宰の作品に登場する様々なコンプレックスを抱いたり、他人を妬んだりする卑小な人物たちの存在を知り、冒険物語の主人公からいつしか路傍の惨めな徘徊者となったいた彼にとって大いに心の救いとなりました。






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最終更新日  2016年08月26日 19時01分28秒
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2016年08月21日
カテゴリ:news
ネットの毎日新聞2016年8月20日の報道によりますと、「首相がハリス米太平洋軍司令官に反対の意向を伝えたと米ワシントン・ポスト紙が報じたことについて、『核の先制不使用についてのやりとりは全くなかった。どうしてこんな報道になるのか分からない』と否定した。羽田空港で記者団に答えた」とのことです。
 
 この報道を目にして、安倍首相はオバマ大統領が核兵器の先制攻撃不使用宣言に賛成しており、米ワシントン・ポスト紙の報道が誤っており、安倍首相は日本の首相として当然の立場を表明したものと思いました、

 ところが、この記事の後半に「先制不使用については『米側は何の決定も行っていないと承知している。今後も米国政府と緊密に意思疎通を図っていきたい』と述べるにとどめた。【梅田啓祐】 」とありました。


 オバマ大統領が核兵器の先制攻撃不使用宣言を世界に向けて発したい意向にもかかわらず。米国政府高官や米国議会内に存在する強硬な反対意見により、残念ながら未だ米国の決定とはなっていないことは周知の事実ですね。安部首相はこの事実を言ったまでで、首相自身の見解は何も表明していませんが、首相の本音はどこにあるか自ずと伺うことができますね。






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最終更新日  2016年08月21日 08時11分32秒
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2016年08月18日
カテゴリ:news

  毎日新聞2016年8月16日の「核先制不使用、米司令官に反対伝える 米紙報道」との見出し記事があり、つぎのようなことを報じています。

「【ワシントン会川晴之】米ワシントン・ポスト紙は15日、オバマ政権が導入の是非を検討している核兵器の先制不使用政策について、安倍晋三首相がハリス米太平洋軍司令官に「北朝鮮に対する抑止力が弱体化する」として、反対の意向を伝えたと報じた。同紙は日本のほか、韓国や英仏など欧州の同盟国も強い懸念を示していると伝えている。 」

 同記事はまた安倍首相が核先制不使用宣言に反対する理由として、ハリス米太平洋軍司令官との会談でつぎのように述べたとのことです。

「安倍首相は米国が『先制不使用』政策を採用すれば、今年1月に4度目の核実験を実施するなど核兵器開発を強行する北朝鮮に対する核抑止力に影響が出ると反対の考えを述べたという。」

 唯一の被爆国である日本の首相がオバマ大統領の核先制不使用宣言に反対しているとの報道に驚愕し、激しい怒りを覚えるとともに、安倍首相の反対理由が「北朝鮮に対する核抑止力に影響が出る」という理解不能の説明に困惑させられます。

 北朝鮮が最も恐れ、核開発に力を入れている理由が、米国による核の先制攻撃であり、それに対する抑止力を持としていることは自明の事実です。米国の核先制不使用宣が北朝鮮の核開発促進をさらに一層進めることになるとは思えません。核保有国が相手の核先制攻撃に怯えて核軍備を増強し核開発を促進する愚かな現状に少しでブレーキを掛けるべきです。

 18日15:48のTBS Newsに拠ると、民進党の岡田代表が「安倍総理自身がアメリカが検討する核の先制不使用について、何らかの見解を述べた事実があるのか、国民に対して明らかにする責任があるという考えを示しました」と発言したとのことですが、安倍首相は正々堂々と国会でその愚劣な見解を表明し、国民の意見を求めるべきですね。

 なお毎日新聞の同記事によると核保有国の「米、露、英、仏、中国の5カ国の中では現在、中国のみが先制不使用を宣言している」とのことですから、米国はもちろん他の保有国も先制不使用を宣言してもらいたいですね。






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最終更新日  2016年08月18日 20時26分48秒
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2016年08月09日
カテゴリ:読書

  
 
 私にとって在職時代はコンビニはあまり縁の無い存在でした。ところが退職後、健康のために家から歩いて買い物に行くことが多くなりました。近いコンビニで片道0.53キロ、6分、遠いコンビニで片道0.7キロ8分程度ですが、この程度の散歩でも心肥大による息切れ症状が随分と改善されたようです。

 ところで、今回の芥川賞に村田沙耶香「コンビニ人間」が受賞したと報道され、書店で文藝春秋社から発売された単行本が目に入りましたので早速購入することにしました。

 主人公の古倉恵子(36才)はコンビニアルバイト歴18年という女性ですが、幼い頃から「普通じゃない子」と見做され、なにかと世間との不具合を感じながら生きてきました。そんな彼女が学生時代にバイトで始めたコンビニで、同じ制服を着て均一な店員としてマニュアル通りに働く生き方に「社会の部品」としてはまり、「普通の人間」として生きる安心感を覚えます。

 そんな彼女の18年間のコンビニ生活に波風を立てたのが新たにバイトに入った白羽という貧相な体つきの36才の男性です。彼はコンビ店員たちを「底辺のやつらばっかりだ」と見下しますが、彼自身はコンビニの仕事がまともに出来ず、すぐに首になってしまいます。

 そんな白羽という人物は、なにかというといまの現代社会も縄文時代となにも本質は変わらないと言い、「いつからこんなに世界が間違っているのか調べたくて、歴史書を読んだ。明治、江戸、平安、いくら遡っても、世界は間違ったままだった。縄文時代まで遡っても!」「僕ほそれで気が付いたんだ。この世界は、縄文時代と変わってないんですよ。ムラのためにならない人間は削除されていく。狩りをしない男に、子供を産まない女。現代社会だ、個人主義だといいながら、ムラに所属しようとしない人間は、干渉され、無理強いされ、最終的にはムラから追放されるんだ」「この世は現代社会の皮をかぶった縄文時代なんですよ。大きな獲物を捕ってくる、力の強い男に女が群がり、村一番の美女が嫁いでいく。狩りに参加しなかったり、参加しても力が弱くて役立たないような男は見下される。構図はまったく変わってないんだ」と主張します。
 
 現代社会は縄文時代論を唱える白羽は、突然批判の矛先を古倉に向けます。「古倉さんは、何でそんなに平然としているんですか。自分が恥ずかしくないんですか?」「バイトのまま、パパアになってもう嫁の貴い手もないでしょう。あんたみたいなの、処女でも中古ですよ。薄汚い。縄文時代だったら、子供も産めない年増の女が、結婚もせずムラをうろうろしてるようなものですよ。ムラのお荷物でしかない。俺は男だからまだ盛り返せるけれど、古倉さんはもうどうしようもないじゃないですか」。


 白羽は、このように自分を苦しめている陳腐な縄文時代論と同じ価値観で古倉を批判し、いまは機能不全社会だから自分は不当な扱いを受けているとする典型的な「ルサンチマン」(優越者に対して心が憎悪、ねたみで満たされている)人間です。そんな白羽は  ネット企業のアイデアに投資してくれる相手がいれば必ず成功するし、ムラの強者になり、女たちがすぐ寄って来ると主張するような頭のなかに古い蜘蛛の巣がいまも張り巡らされているようななんともつまらない人間です。そして三十代半ばなのに定職に就かずにいる自分はムラから異物として弾き飛ばされていると嘆くのです。
  
 しかし、こんな白羽の「セクハラ発言」に「普通の女性」ならら血相を変えて怒り狂い抗議するでしょうが、なんと古倉恵子は平静な顔をして「白羽さんと違って、私はいろんなことがどうでもいいんです。特に自分の意思がないので、ムラの方針があるならそれに従うのも平気だというだけなので」と言い、白羽がいま住んでいる家を家賃滞納で追い出されかかっていると聞いて、彼を強引に自分の家に連れて行きます。古倉恵子の「普通でない」対応に驚愕させられます。

 こうして古倉恵子と白羽の愛情関係などこれっぽっちもない奇妙な「同棲生活」が始まるのですからビックリギョーテンさせられます。さらにこの 村田沙耶香の『コンビニ人間』という小説のすごいところは、古倉恵子の周辺の人々が、これまで彼女を「あちら側の人間」として異物扱いしていたのに、男と同棲していると聞いただけで「こちらの人間」として仲間扱いをはじめ、土足で足を踏み込んで来て、白羽の言う「縄文時代」の人間の価値観を曝け出す後半部分です。白羽は露骨に「現代は縄文時代と本質的に変わっていない」と主張し、おそらく読者の多くは白羽を奇妙でいやなヤツだと思われるでしょうが、「普通の人々」の心にもいまも存在する縄文時代的価値観の根強さをこの作品は明らかにしようとしているようですね。






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最終更新日  2016年08月10日 19時35分28秒
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2016年07月31日
やまもも短編集

 拙サイト「やまももの部屋」に掲載していたやまももの短編集が17篇となり、内川雅人君の幼少年時代から彼の長男の結婚式までを一通り読み通すことが可能となりました。個々の短編を読んだときとはまた異なる感想を読者はお持ちになることと思います。ぜひ17篇をざっと読み通されたときのご感想や疑問・質問等をお寄せいただければありがたいと思います。
    ↓
  http://yamamomo02.web.fc2.com/stories/stories.html





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最終更新日  2016年08月09日 18時55分57秒
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2016年07月29日
 内川さんが高校生だった頃(1963年4月~1966年3月 )、丘灯至夫が作詞し遠藤実が作曲し舟木一夫が歌った「高校三年生」が大ヒットし、あちらこちらで舟木一夫の「赤い夕日が校舎を染めて……」との歌声が流れていました。そんな流行歌「高校三年生」は、いまの内川さんには懐かしの思い出の曲ということになりますが、内川さんはこの流行歌を耳にすると、赤い夕陽に染められた校舎で声を弾ませながら熱く未来を語り合うようなクラスメイトなど一人もいなかった灰色の高校時代の情景と重なってなんとも表現しようのない複雑な思いに駆られるのでした。

 ただし、団塊世代の内川さんが同世代の当時の思い出に触れている文章などを読むと、この流行歌の歌詞通りの懐かしい思い出を実際に体験している人などはほとんどおらず、この歌詞には現実には存在しない憧れの学園生活が描かれているだけだと書いてあり、例えばこの歌の作詞者の丘灯至夫は高校時代病気がちで「4日登校すると2日休む」状況で満足に学生生活を楽しんだ記憶がないそうですし、作曲家の遠藤実は高校に進学できなかった憧れの思いをこめて作曲したとのことです。内川さんはそんな「高校三年生」にまつわる秘話を読むとなんとなく呪縛から解放されたような気持ちになりました。

 しかし、内川さんにとって、高校時代、ただ一人の友人もいなかったことはやはりなんとも辛い体験でした。特に昼食の時間、売店で買ったパンをただ独り椅子に座って黙々と食べることには耐えられなくなって、その昼食の時間に校舎の周辺を歩き回って時間をつぶすようになり、二年生後半にはついには不登校気味となってしまいました。内川さんの両親は共働きだったため、朝いつも時間通りに家を出る内川さんの不登校状態に長い間気が付かずにいました。

 そんな高校2年生後半頃、内川さんは奈良市の興福寺五重塔前のベンチに所在なくぼんやりと座っていたことがあります。そのとき、当時クラス担任だった化学のN先生と遭遇したのです。ただし、そのときのN先生の雰囲気は、不登校気味の内川さんのことを心配して学校周辺を探し回ってやっと見つけられたというようなものではありませんでした。N先生とバッタリ顔を合わせたとき、内川さんはもちろん驚きましたが、先生もギョッとされたようでした。その日は自宅研修日だったのでしょうか、内川さんには先生が散歩途中と思われ、先生はなんとなく気まずい思いで、内川さんに「学校にちゃんと来なさいよ」と一言忠告されただけで、その場をすぐに立ち去って行かれました、

 内川さんはほっとしたのですが、あの日のN先生との興福寺五重塔前の遭遇は、いまでもなんとも不似合いな「高校三年生」の歌をBGMにしてときどき思い出されるのです。






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最終更新日  2016年07月29日 16時11分20秒
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2016年07月24日
カテゴリ:エッセイ
 私の両親は、台湾からの引き揚げ者で奈良市の父親の実家に身を寄せました。私が生まれたのは奈良市の高畑町の伯父の住んでいる屋敷内の鋤、鍬等の野良作業用道具小屋だったとのことで、なんだか馬小屋に生まれたキリストか聖徳太子を連想しますが、終戦直後の焼け野が原に多くの人が掘っ立て小屋を建てて住んでいた時代のことですから、野良作業用道具小屋でも素人が急遽作った掘っ立て小屋よりも作りはしっかりしており、文字通り雨露をしのぐことのできる家屋だったと言えるでしょう。しかし母はこの小屋内でムカデに素足を刺されて足が腫れ上がった痛い思い出を私に繰り返し語ったものでした。

 その後、私の両親はすぐに奈良市の大豆山町(まめやまちょう)に住んでいた父親の実家(私の祖父母の家ですね)の二階に移り住みました。私の幼いころの記憶もこの大豆山町時代から始まります。

 内気な私は、幼稚園から帰宅後、家の玄関内で近所の友だちが「遊ぼう」と声を掛けてくれるのをじっと待っていました。自分から友だちに「遊ぼう」と声を掛けることは絶対ありませんでした。近所のほぼ同世代の子どもでよく声を掛けてくれた男の子によしちゃん、よりちゃんがおり、彼らとビー玉遊びやコマ回し、ベッタ(メンコの奈良弁)打ち、さらに道路に「ろう石」で絵を描いたりして楽しんでいました。

 しかし小学校1年生になると、奈良市内の油留木町(ゆるぎちょう)にある祖父の持ち家を借りていた家族が新居を建てて出て行くことになり、両親と私は油留木町のその家に移り住むことしになりました。この家と土地は江戸時代から寺侍(格式の高い寺院に仕えて警衛にあたったり、事務をとったりした武士のことです)だった先祖のもので、私が移り住んだ当時の建物はペリーが浦賀に来航した嘉永年間ごろに建てられた屋敷だったそうですが、明治になって職を失った曾祖父が本来の屋敷の半分以上を切り売りした後に残った平屋建ての家屋でした。

 この先祖が残した家屋は、いまなら江戸時代の奈良市には珍しい武家屋敷造りの面影を残した家屋として評価されたことでしょうが、子どもの私の目から見るとただオンボロのやたら室内が暗い家で、両親も住みにくいこの家をすぐに二階建ての家屋にリフォームしたものです。

 さて小学校の1年生から油留木町に移り住んできた私に、近所の友だちが出来たでしょうか。あいかわらず家の玄関内で友だちの誘いを待っているような私に近所の友だちは一人もできませんでした。しかし、小学校内にいつも遊ぶ二人の仲良し仲間ができ、私を含めてこの仲よし三人組は順繰りにお互いの家を訪問していつも楽しく遊ぶようになりました。漫画雑誌の貸し借りとかオモチャの連発銃(細長い紙に点々と少量の火薬が付いており、ひきがねを引いて撃つたびに爆発音がし、1回撃つごとに紙が排出されてくる方式でした)で西部劇ごっこをしたり、近所の川でザリガニ取りを楽しんだこともありました。小川のひんやり冷たい流れの中に足首まで浸けて歩きまわったときの心地よさは格別のものがありました。

 家庭内には父親の浮気が原因で両親の諍いが絶えませんでしたが、小学校時代には仲良し三人組仲間とのこんな楽しい遊びの日々があったのです。しかし、中学校に進学してからはただ一人の友だちも出来ず、高校でも赤い夕陽に染められた校舎で声を弾ませながら熱く未来を語り合うようなクラスメイトなど一人もいませんでした。中学校、高校時代の私には、苦い思い出ばかりで、ただ書物だけが親しく語り合う相手でした。





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最終更新日  2016年07月25日 15時15分54秒
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