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2017年02月17日
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カテゴリ:鹿児島


 2月11日、12日に次男の望が大阪から鹿児島の我が家に帰省してきましたので、私たち夫婦は彼の運転で出水まで武家屋敷や鶴の見学に出掛けました。

 出水麓は、薩摩藩内に設けられた江戸時代の外城制度の麓として最大規模のものとのことです。なお、薩摩藩は領内を113の「郷」に分割し、藩の直轄郷には「地頭仮屋」、私領には「領主仮屋」を設け、その周囲に外城衆中(郷士)を配置し、郷士は農耕で自活するという兵農一致の生活を送らせるという「外城」すなわち「麓」の制度を取っていました。今回の出水訪問では、当時の面影を遺した税所邸や竹添邸などの武家屋敷を見ることが出来ました。

 出水市は鶏肉・鶏卵の生産額日本第2位の「鶏のまち」でもあります。そんな出水市で新たに開発当地グルメが鶏肉と鶏卵を組み合わせた「親子メニュー」だそうで、市内のレストランで鶏肉焼き肉、鳥刺し、卵スープ、黄身二つ入り卵とご飯がセットになった「いずみ親子ステーキごはん」を美味しく賞味させてもらいました。

 出水で鳥と言えば、鶏だけではありませんね。出水平野には毎年10月中旬から11月中旬にかけて約1万羽のナベヅルと約3千羽のマナヅル等の鶴が飛来してくることで有名ですね。無数の鶴が賑やかに鳴き騒いでいました。これらの鶴さんたちも2月上旬から3月下旬頃にシベリアに飛び立って行くそうです。

 最後に藤川天神にお参りして帰ることにしました。天神様ですから菅原道真公が祀られています。えっ、菅原道真公は大宰府政庁の近くで生涯を終えられたのではなかったかですって。そんなこと観光(菅公)のためなら「天神様のお参りだ、行きもよいよい、帰りもよいよい」とどうでもよいのと違いまっか。





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最終更新日  2017年02月19日 21時12分02秒
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2017年02月11日
カテゴリ:news
1984年にアップルコンピュータ社の創始者スティーブ・ジョブズが「マッキントッシュ」を売り出したとき、つぎのようなジョージオーウェルの作品に擬えた有名なCMを流します。

 
 https://www.youtube.com/watch?v=1j3A6ckVois

 モノクロ画面に囚人服のような灰色の服を着た男たちが巨大なスクリーンの前に整然と座っている映像がまず映し出されます。さらにそのスクリーンに演説する 「ビッグブラザー」の顔が大きく映し出されます。そこに白いランニングシャツに鮮やかな赤色の短パン姿の若い女性がヘルメットで武装した警備隊から追われながらスクリーンの前まで走ってきます。彼女は手に持っていたハンマーを大きく振り上げ、スクリーンに投げつけます。そしてつぎのような文章が表示されます。

 On January 24th, Apple Computer will introduce Macintosh.
 And you’ll see why 1984 won’t be like “1984”.
 1月24日、APPLEコンピュータはMACINTOSHを発表します。
 そして、あなたは1984が「1984」にはなり得ないことを確信するでしょう。

 この有名なコマーシャルは、マッキントッシュのようなパーソナルコンピュータの普及によって、ジョージ・オーウェルが未来小説『1984年』に描いたような未来社会、すなわち全ての人々が「ビッグブラザー」に監視され管理されるような全体主義的世界にはなり得ないだろうとしたのです。

 しかし、現実には各人の所有するパーソナルコンピュータのみならず無数のタブレット、スマートフォンがインターネットで結びつけられ、マスメディアを介さない怪しげなフェイクニュースが垂れ流され、多くの人々がそれらから「真実の情報」かどうかを確かめるよりも「そうあってほしい情報」、「分かりやすくて好ましい情報」だけを選び取り、さらにそれらをネットで拡散して行く情況が生まれています。

 現在もし日本の電気通信事業者やコンピュータ、スマートフォン、携帯電話、タブレットの販売会社が社会の真実をありのままに伝えるのなら、白犬一家や三太郎、黄色い鳥などを登場させるのではなく、トランプ米国大統領と自分たちの望む新大統領の誕生に喝采する半数の米国民、そしてこの米国の新大統領に条件反射的にひれ伏すどこかの国の首相の姿を映し出し、さらにの映像に重ねてつぎのような文章を流すべきでしょう。

 いま我が社は発表します。
 みなさんはいま2017年からオーウェルの『1984』が予測しなかったような
   大衆迎合的全体主義社会の新たな誕生を予感するでしょう。
















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最終更新日  2017年02月12日 20時50分40秒
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2017年02月07日
カテゴリ:鹿児島

  昨日と今日の両日(2月10日、11日)、鹿児島にも雪が降り、朝に玄関のドアを開けましたら庭は銀世界でした。昨年の2016年1月25日には12センチの積雪がありましが、今回の積雪は鹿児島市内で1センチ程度のものですが、それでも拙宅の前の道路は凍結のために普通の自動車タイヤではスリップの危険が在り、私の透析治療の病院通いは2時間程遅らせてもらいました。

    

 南国鹿児島も2月の今頃は寒い日が続いており、骨川筋衛門状態の私にはキツイものがありますが、来週の後半ぐらいから暖かい日がやって来るようで、そんな日を楽しみにしています。






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最終更新日  2017年02月11日 20時59分55秒
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2017年02月05日
カテゴリ:手塚治虫

 二月九日が「漫画の日」とありましたので、もしかして手塚治虫と関連した日ではないかと「何の日&出来事カレンダー 2月」をクリックしましたら、ピンポーン、大当たり、「漫画家・手塚治虫の命日」でした。

 私が手塚治虫の漫画に遭遇したのは、小学校2、3年生頃に4才年上の従兄弟の家で目にした「サボテン君」(雑誌雑誌『少年画報』に連載)でした。もちろん一目見て他の漫画家と大いに異なるその斬新な漫画のタッチとスピーディな物語の展開に心を奪われました。

 さらに私が毎月購入するようになった少年漫画雑誌『漫画王』{秋田書店発行}にも中国の長編物語「西遊記」を手塚治虫が漫画化した「ぼくのそんごくう」が連載されており、大いに楽しむことが出来ました。小学校4年生のときには、小学校の友だちの家で光文社の月刊漫画雑誌「少年」に「鉄腕アトム」が連載されているのを数冊借り出して何度も繰り返し読んで大いに楽しみ、その友だちに返却後また数冊借り出すことを何度も繰り返しました。そしてとうとう家での購入漫画雑誌を母に頼んで秋田書店の『漫画王』から「鉄腕アトム」が連載されている月刊漫画雑誌「少年」に切り替えてもらいました。


 私だけでなく、多くの子どもたちが手塚治虫の漫画に魅せられ、夢中で愛読したものです。そんな手塚治虫も1989年2月に胃ガンで亡くなっています。手塚治虫の他界後、彼を追悼するために様々な企画がなされ、また多数の作品、文章が発表されましたが、私の気持ちを一番よく表してくれていたのは同じ団塊世代の矢口高雄の『ボクの手塚治虫』(毎日新聞社、1989年10月発行)でした。この矢口高雄の『ボクの手塚治虫』について、すでに拙ブログに書いてアップしています。
  

 なお、漫画の神様と讃えられるようになった手塚治虫ですが、一人の漫画家として他の才能のある漫画家の評判をとても気にする「嫉妬の神様」でもありました。そのことについて原田高夕己さんのブログ「漫画のヨタ話」の「福井英一」にとても興味深い記述がありました。
 

 手塚の他の漫画家への嫉妬は福井英一のみならず、石森章太郎、水木しげる、大友克洋等の才能ある漫画家に向けられ、激しい対抗心を燃やして自分自身の創作者としての飽くなき変化と向上のための糧としたのでした。






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最終更新日  2017年02月05日 19時01分23秒
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2017年01月30日
カテゴリ:中国

 TBSテレビ「ひるおび!」を視聴していましたら、中国人の春節連休の日本訪問のキーワードは「洗肺(シーフェイ)」とのことです。中国では未だに大気汚染が深刻化しており、空気のきれいな日本の福井県の東尋坊等を訪れて「洗肺」(肺fei4を洗うxi3)するという意味だそうです。

 ネットで調べましたら、つぎのようなことが書いてありました。

「中国人観光客は、旅行先を選ぶ一つの要素としてきれいな空気を吸う『洗肺』が目的とのこと。中国の大手旅行会社では、洗肺を取り入れたツアーが組まれているとのこと。/中国人観光客の中で、佐賀県と並んで人気スポットとなっているのは福井県で、中国の投稿サイトに、2017年春節に『行きたい』書き込みランキングで、福井県が9位にランクインしており去年の調査では圏外だった。景色や海鮮が人気で、越前ガニを求める中国人観光客も増えているとのこと。」






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最終更新日  2017年01月30日 21時28分04秒
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2017年01月23日
カテゴリ:エッセイ

 私は奈良市に生まれ育った人間ですが、昔から奈良に伝わる「東大寺のお水取り」、「春日大社の節分万燈籠」等の全国的に有名な伝統的行事を見物した経験がありません。それは私の両親、特に母が奈良の伝統行事を意識的に嫌っていたことと関係があるようです。

 そんな私でも、一月の若草山の山焼きは、家のほぼ真東に望める小高い若草山の数カ所から火が点けられて全山に燃え広がって赤々と夜空を焦がす様子を毎年見物することが出来ましたし、十二月の寒い時期に開催される春日若宮おん祭には、幼い頃から四才年上の従兄弟と連れだって、母から数枚渡された百円札をポケットにねじ込んで、時代行列見物や賑やかに立ち並ぶ露天での買い物を大いに楽しんだ記憶があります。

 奈良の子どもたちにとって「春日若宮おん祭」とは、奈良市内を牛に引かれた御車に乗った十二単の女性たちや鎧甲を身に纏った武者行列、白房の付いた大きな槍を担いだ奴さんたちが先頭を歩む大名行列等の時代行列を見物した後、様々な物が売られている露天で買い物を楽しむことでした。

 張られたテントに立ち並ぶ露天には綿菓子、水飴、ソース煎餅、たこ焼き、お好み焼き、赤、白、黄色の派手な飲み物、お面、射的、金魚すくい、ヨーヨー釣り、段ボール箱に入れられたヒヨコ、ヤドカリ、花火、針金細工等々が売られていました。

 特に記憶に残っているのは、沢山の子どもたちが群がるその前でテキ屋のおじさんが巧みな口上とともに口に小さな笛を含ませて様々な音を吹き鳴らしたり、紐の上を地球ゴマが見事に綱渡りする曲芸で、子どもたちは大いに購買欲をそそられたものでした。しかし、おそらく購入後に上手く笛が吹けたり駒の曲芸が出来た子どもたちは少なかったのではないでしょうか。

 なお、地球ゴマについて言いますと、テキ屋のおじさんが売っていたのはタイガー商会の本物の地球ゴマだったそうで、子どもたちが買わされたのはほとんどがニセモノの商品だったようです。そりゃー、紐からすぐ落ちますよね。はい、お話のオチが上手く決まったようです、ちゃん、ちゃん。






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最終更新日  2017年01月24日 07時38分28秒
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2017年01月14日
カテゴリ:エッセイ

 母が亡くなったのが16年前の2001年1月15日でしたが、諸般の事情により今日1月14日に十七回忌の法要を行いました。

 お坊さんの長い念仏を聞いている間にいろいろ生前の母のことを回想し、特に若い頃の母と年老いた頃の母との相違に驚いたことが思い出されました。

 よく最近になって耳にするのが、知人の近親者が年を取って怒りっぽくなったという話なんですが、これは老化に伴う自己抑制力や理性の低下が原因しているとよく言われます。それに対し、私の母は年を重ねるなかで性格が非常に丸くなって行ったことに驚かされたものですが、それはやはり母が理性の人だったからだと思います。

 若い頃の母は父の浮気に激しい怒りを表し、社会における男女の不平等に憤り、古くからの伝統的なものも全て因習的なものとして毛嫌いしていました。しかし歳を重ねるなかで性格が穏やかになり、なにかあるとすぐあいかわらず怒鳴り出す夫に従順な妻に身変していました。考え方も保守的になり、奈良市の油留木町にある先祖の土地を絶対に他人(ひと)の手に渡してはならないと言い出したことには大いに驚かされたものです。

 油留木の家は幕末に建てられたもので、先祖代々に渡って東大寺の寺侍だった太田家の武家屋敷風の建物でした。しかし明治になって失職した太田家の先祖(私の曽祖父は太田頼傳とのこと)は困窮して家と土地のほぼ半分は手放したそうです。私の両親は祖父からこの奈良の油留木の古い家を受け継ぎ、私たち一家はリホームを何度も繰り返しながらこの家に長年住んでいたのですが、両親も私もそれぞれ仕事のために奈良から離れ、油留木の家は知人に貸していました。

 私の両親は退職後、鹿児島市に住む息子である私の家の近所に新たに家を建てて移り住んで来たのですが、母が奈良の油留木の「先祖の家」を絶対手放すなと言い出しました。太田家の菩提寺に両親が墓参りしたのは、祖父母が亡くなり納骨式を挙げたときくらいだったと記憶しています。それだけに母が太田家の先祖の土地を守れだの手放すなと突然言い出したことには驚かされたのです。

 しかし母が他界し、また奈良の油留木の家に住んでいた知人も亡くなった後、私は父と相談してこの油留木の家を取り壊し、土地を隣人に売り渡すことにしました。私にとってこの油留木の家には「辛い思い出」が山積しており、父も「先祖の家」に対する執着など全くなかったからです。

 奈良の油留木にある「先祖の土地」を隣人に売り渡してほぼ半年後の夏の暑い日、私は妻と一緒に鹿児島から奈良を訪れましたが、百坪近い「先祖の土地」はまだ敷地内にコンクリートを打っている最中でした。そしてその土地は驚くほど狭くて小さなものでした。






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最終更新日  2017年01月17日 07時29分09秒
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2017年01月01日
カテゴリ:新年



 退職前、勤務先から帰宅途中の下りの坂道で晴れた日にはよく青い桜島を遠くに眺めることができました。肉眼で見ると手前の小山と重なってなかなか面白い桜島の風景なんですが、写真に撮ってみると、桜島が小さすぎて肉眼で実際に見る時に感じる面白みが全くありません。それでいつかこの青い桜島を絵に描きたいと思っていました。

  退職後、鹿児島市のみんカルの講座でクレパスを学び始めたころの2013年4月中旬にこの青い桜島を試みに描いてみることにしました。近所の坂道から見える手前の小山とその背後に小さくかすむ青い桜島の実際の遠近関係や大小の大きさを思い切り自由にデフォルメしてクレパス画に描いてみましたが、写真では絶対に表現できないなかなかユニークで面白いものが出来上がったように思います。自己満足かもしれませんが、好きなものを好きなように描くってことは本当に楽しいですね。

http://plaza.rakuten.co.jp/yamamomo02/diary/201304210000/


下に紹介するURLは動画はの鹿児島県観光協会のPR動画ですが、鹿児島県民にとっての桜島の存在がストレートに伝わる素晴らしい内容です。

http://www.kagoshima-kankou.com/beautykagoshima/






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最終更新日  2017年01月08日 14時28分07秒
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2016年12月29日
カテゴリ:news

 今年(2016年)7月の鹿児島県知事選で脱原発を掲げた三反園訓(みたぞの・さとし)氏が四選を目指す現職を破って当選し、地元の川内原発に対する対応が注目されました。原発には全く素人の私ですが、東日本大震災の福島原発事故の悲惨な現実を知らされ、さらに隣県の熊本県で大地震が起こったこともあり、川内原発への影響が心配され、三反園知事が九州電力川内原発の安全性などを確認するための第三者委「原子力安全・避難計画等防災専門委員会」の設置されるとのニュースには大いに関心を持たされました。

 その第三者委員会のメンバーが19日に発表されました。そのメンバーについて朝日新聞デジタルの2016年12月19日午後3時半の記事は「川内原発の第三者委、12人の委員公表 鹿児島県」との表題でつぎのように紹介していました。

「委員には、東京電力福島第一原発事故の検証を続ける新潟県の有識者委員会で座長を務める中島健・京都大教授(原子力工学)ら、ほかの立地自治体で同様の組織に加わる6人のほか、鹿児島大と九州大の地震・火山、防災、原子力などの専門家5人が入った。反原発派が県側に要望した専門家は含まれていない。
 三反園知事は『賛成か反対かを議論するのでなく、専門的見地から公平公正に判断してもらえる人を選んだ』と説明した。委員が電力業界から報酬や寄付を受けたことがあるかどうかは調べていない。(後略)」

 
 正直言うと、三反園知事の言うような「専門的見地から公平公正に判断してもらえる人」なんて原子力関連の専門家にいるのだろうかと大いに首を傾げていたのも事実です。

 しかし、第三者委というのですから「委員が電力業界から報酬や寄付を受けたことがあるかどうか」ぐらいは最低の基準ですから、当然のことながら電力業界から報酬や寄付を受けてたことのない人たちが選ばれるだろうと思っていましたら、昨日(12月28日)午後6時37分のMBCNEWSがつぎのようなことを報じました。

 
「28日に初めて会合を開いた、原子力安全・避難計画等防災専門委員会のメンバー12人のうち、少なくとも2人が九電や原発メーカーから、寄付金などを受け取っていたことがわかりました。寄付を受け取っていたのは、鹿児島大学大学院の宮町宏樹教授と、九州大学大学院の守田幸路教授の2人です。宮町教授は4年間で、九電と6000万円の受託契約を結んでいたほか、グループ会社からも500万円の寄付金を受けていました。一方、守田教授は、三菱重工業から3年間で300万円の寄付を受けていました。」


 これでは第三者委による川内原発の安全性等の確認についてどのような結論が出るかは火を見るより明らかではないでしょうか。






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最終更新日  2016年12月29日 15時21分53秒
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2016年12月23日
内川さんが小学校2年生のころであったろうか。彼の母から父に対して、浮気相手やその相手との関係について「バイシュンフ」とか「ニクタイカンケイ」なんて幼い子どもには理解しがたい言葉がつぎつぎと発せられたのは。激しい両親の諍いに内川さんはその幼い心を痛めながらも、「バイシュンフってどんなハエなんやろか?」とか「その女性との関係、おかあちゃんにはきっとニクタラシイ関係なんやろな」なんて考えたものである。

 内川さんの母は非常にプライドの高い女性でした。内川さんの父親はそんな母親のプライドを平気で何度も何度も繰り返し踏みにじる人でした。特に彼の家の庭に建てられた離れの小さな一軒家に間借りした女子学生(母の後輩に当たります)と父がニクタラシイ関係(?)になったことを知った母の憤りは激しく、まさに般若の如く怒り狂ったものでした。

 そんな母は学校の教師をしていましたが、勤め先の学校の生徒たちが発行している新聞部の企画として恩師訪問というものがあり、生徒たちが内川さんの家に取材にやって来たことがありました。そのころ、内川さんの両親は諍いの真っ最中でしたが、その日ばかりは二人は生徒たちにこやかな笑顔を見せ、幼い彼も同席しました。

 さて生徒新聞にはどんな記事が掲載されたのでしょうか。内川さんは全く覚えていませんが、きっと先生のご主人も教師をしておられる仲良しの教師夫婦でしたなんてことが書いてあったに違いありません。そして「仲良し教師夫婦」とその間に幸福そうな笑顔を見せる坊やが撮られた写真が載っていたことでしょう。





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最終更新日  2016年12月24日 05時00分48秒
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