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わたなべりやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」 1276号  中ー2
[ カテゴリ未分類 ]    

 


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海で泳ぐということ
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          馬場 伯明

前田正晶さんが「特に海(で泳ぐこと)の危険性」を指摘されている
(本誌1271号反響欄)。もっともである。だが、海でも泳ぐことができ
る方が楽しい。

今小学校のプールでは水泳の授業があり、スイミングスクールも盛況だ。
しかし、海でまともに泳ぐことができる児童は少ない。海で連続30分間
泳ぎっ放し(浮いていること)ができる子供が10%いるかどうか・・・。

プール育ちはなぜ海が苦手なのか。プールには大波や引き潮がない。す
ぐ近くに壁(岸)がある。プールの水は塩辛くない(海水を飲み込んだ
らヤバイ)。遠泳の行事がなくなった、などである。

また、海水浴場といえば、背よりちょっと深い場所は遊泳禁止区域とな
り、立ち泳ぎなど「浮く」練習ができない。海は泳ぐ場所ではなく、浜
辺で遊ぶ場所とされている。

あげくの果ては、「胸より深いところへは行かないで」という放送が響
き渡る。つまり、「泳ぐな、浮くな」と言うに等しい。泳がないのであ
れば、そりゃあ安全だろう。

先日、稲毛海岸の遊泳禁止区域沿いに潮の流れに乗って北から南へ約1km
泳いだ。監視船が近寄り、監視人のお兄ちゃんが危険区域を示すブイか
ら離れろという。「このオッサン、何しよる?」とでもいいたげ。「ハ
イハイ」と、ブイから5mほど離れた。

海には海の泳ぎ方がある。私が子供の頃習い覚えた泳ぎ方はとにかく
「沈まない、(楽に)浮き続ける」ことである。

まず、顔を上げた状態の平泳ぎ。これがオーソドックスな泳法/ 次がと
っておきの楽チン泳法、以下。仰向けにひっくり返る/ 身体の力を抜き
リラックスする/ 脇を開閉し両腕でバランスを取り手であおる/

両脚でゆっくりあおる/ あごを少し引き顔を上げる/ 波が顔にかかっ
てもあわてず、海水を飲み込まず、含んで吐き出す/ 速く泳ぐ技術より、
体力を使わないで浮くことが大切である。

当時、長崎県南串山町の海岸沿いは「石ガラガッツ(石ばかり・砂浜が
ない)」で磯の石にはカキ(牡蠣)やマガリ(曲がり)などの鋭い殻で
覆われていた。危なく裸足では歩けない。

初歩の泳ぎは安全な波止場の波打際で教わる。本格的な泳ぎ(浮き)は
深いところで覚える。伝馬船(1、2隻)を水深3〜4mの場所にとめ碇を打つ。
この船の回りや間で泳ぐ。幼児から中学生までいっしょである。

泳げない者には皆で教える。船から海に放り込み、自力で浮くことを教
える(溺れそうならすぐ引き揚げる)。小さい子供もまもなく泳げる
(浮ける)ようになる。速く泳ぐ(推進する)より長く浮くことを重視
する。

背が足りないような深い海では、浮くことができなければ溺れるだけ。
「水泳道とは、浮くことと見つけたり」である。

そのうち、もぐり(潜水)を覚える。海底のサザエ、巻き貝(ミナ)、
ナマコなどを獲る。もぐりは難しい。人間の体は本来「浮く」ようになっ
ているから。重い頭から海底へ張り付いていく。

後年、勤務した工場の水泳大会の「もぐり距離競争」で、私は50mプール
をもぐったままターンし、優勝したことがある。もぐりのコツを覚えた
少年時代の経験が生きた。

溺れるといえば、映画「母べえ」で、佳代(吉永小百合)は溺れた山ち
ゃん(浅野忠信)に鮮やかな抜き手で、近づき、救助した。この「抜き
手」も安定した泳ぎ方だ。水泳オタク小百合さんの面目躍如という一場
面であった。

昔、事故があった。私が学生になった頃、剣道の練習ばかりで泳ぎが苦
手だった10歳下の弟が波止場で溺れた。子供が浜辺の大人に知らせた。
収容された医院ではいろいろやっていたが意識がもどらない。

家から海辺へ坂を駆け降りてきた母は、いきなり、看護婦さんらに「何
ばしよっと、どかんね」「洗面器ば、早よ、持ってこんね」といい、仰
向け状態の弟をひっくり返し、その腹を膝に抱え、中指を喉に深く突っ
込み、背中を強く押した。

ドドッと大量の海水が流れ出た。母の機転が功を奏し彼は助かったので
ある。でも、海水が肺の中まで入っており肺炎対策の治療が残ったが、
体はやがて正常に戻った。

しかし、その後、彼が自ら好んでは海に泳ぎに行くことはなかった。こ
の事故以来、海への恐怖心は消えず、海では泳ぐことができなくなった。

スポーツは万能であったが、高校の水泳の授業で「カナヅチック」であ
ることがチョンバレとなり、「やあやあ、弁慶の泣き所!」と仲間に冷
やかされたという。

母の機転に助けられた彼は、母から2つ生命(いのち)を貰ったことに
なる。母には頭が上がらない。母は強い。だから、私の2倍の親孝行をし
なければならない。

今、彼は長崎市内の開業医(心臓内科)として、医療制度の谷間で溺れ
かかっている老人たちを支え、励まし、助けている。同時に、母(90歳)
が病気や老衰で「溺れない」ようしっかり監視している。

ところで、私は父母といっしょに泳いだことはない。母は海辺の生まれ、
水泳が得意でイルカのように泳いでいたらしい。父は師範学校の頃高飛
び込みがうまかったといっていた。

私は数年前、ハワイのアラモアナ海岸の人工島、(俗称)マジックアイラ
ンド(Aina Moana State Recreation Area)の南端の内海(約400x150m)
で(買物に出かけた妻子と離れ)ひとりゆっくり海面に仰向けになり、
泳いでいた(浮いていた)ことがある。

その外海ではサーファーたちが大波に挑戦していたが、内海は大きな突
堤で囲まれており、波が静かな安全地帯である。誰もいない海を独り占
め、至福の時間(とき)を過ごした。

前田正晶さんがおっしゃるとおり、海面下の引き潮や土用の大波は危険
である。あっという間に身を沖へ持っていかれる。九十九里浜、湘南海
岸、岡山の鷲羽山(久須美鼻)の潮流などもそうだ。

海を楽しむためには海で泳ぐ技術を身につけなければならない。「君子
危うきに近寄らず」ではなく「備え(の遊泳技術が)あれば憂いなし」
ということだ。

溺れるということは「慌てる、気が動転する」から。潮流に流されたら
流れに抵抗せず長い距離をゆっくり泳ぎ、迂回して帰ってくる。自分に
は泳ぐ(浮く)技術があるという自信が危険域からわが身を守ってくれ
る。

泳ぐ技術の習得へのわずかな努力もしたくない横着者は、海へは入らず、
浜辺でビニールボール・バレーや子供の砂遊びでもしてもらうしかない。
しょんなかこつ(しょうがないこと)。(2008/8/7千葉市在住) 






Last updated  2008.08.09 09:21:52
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