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>雄は、ライバルを殺そうが自分が死のうが、とにかく遺伝子を次世代に伝えたい生き物なのです。命よりも女が欲しい。これが男の本能でしょう。(P77) >男性にとって「気持ちのよいこと」は、「生き延びて、精子を拡散するのに役立つこと」になっています。ひたすら精子をばらまくよう、絶えず男を駆り立てる刹那的ご褒美が「快感」なのです。(P83) 前半部分はこんな感じで、可笑しくもあり、切なくもあり・・・・。 「男は精子に利用されている」というのには、不思議と納得してしまいます。 しかし、著者の伊藤健太郎氏は哲学者です。後半は、「死」という重いテーマとなります。 さらに、「死んだらどうなるのか?」というところまで、話は進んでいきます。 「死後は有るとも無いとも証明できないけれども、"なければならない"(要請される)」というカントの言葉が紹介されていますが、「生きる」ということを考えると、最後はやはり「死んだらどうなるのか?」というところに行くつくのだと思うのです。伊藤氏は、「死を目の前にしたときに問題となる、死後の行き先こそ、生涯懸けて解決すべき大問題なのです。」とさえ書いていらっしゃいます。 福島大学経済学部助教授 飯田史彦氏の「生きがいの夜明け」という論文があります。「生まれ変わりに関する科学的研究の発展が人生観に与える影響について」という副題がついています。 愚生の現在のもの考え方の原点は、ここにあるといっても過言ではありません。それほど大きな影響を受けた論文です。「死」の先を見つめた時に、「生きる意味」が見出せると考えています。 興味がある方は、ご一読ください。 WWW版『「生きがい」の夜明け』 ↓ http://www.nnet.ne.jp/~edison/mylife/Lifeindex.html 【自己チェック】
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