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不可思議の海岸線が長くなる為に・・・

不可思議の海岸線が長くなる為に・・・

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2010/12/13
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カテゴリ:日本旅行記
◇北広島町の歴史館へ訪れました。
その横にある吉川元春館跡に訪れました。
駿河国(静岡県)を本拠地としていた吉川氏は、鎌倉時代の終わり頃に大朝本庄(北広島町大朝)に地頭として入り、室町時代には安芸国の北部を中心とする地域を治める国人領主に成長します。
その後戦国時代には周防国の大内氏と出雲の尼子氏の間に立たされましたが、毛利元就の次男である元春を当主として迎えることにより毛利体制に入ります。
吉川元春は弟の小早川隆景とともに毛利氏を補佐し、おもに山陰攻略に貢献した。
1600年の関ヶ原の戦い後、吉川氏は山口県岩国に移りますが、それまでの吉川氏に関わる遺跡が山県郡北広島町に分布しています。
そのうち、駿河丸城跡、小倉山城跡、日山城跡、吉川元春館跡、松木屋敷跡、万徳院跡、洞仙寺跡、西禅寺跡、常仙寺跡の9遺跡が史蹟吉川氏城館跡として国の史跡に指定されており、小倉山城跡、吉川元春館跡、万徳院跡の3遺跡は広く一般へ活用する為に整備し、歴史公園として公開しております。

吉川元春が1583年頃、隠居所として建てた館跡です。
本拠城である日山城の西南麓、志路原川に面した河岸段丘上に立地しています。
館は石垣のある東側が正面で、北は切岸と土塁、南側は堀と土塁で区画された間口110m、奥行き80mの範囲です。


現在残っているのは、石垣と土塁と庭園跡です。
史蹟ですので、埋められているので、跡だけわかるように整備されていました。
井戸の囲いの中の井戸跡の高さが、実際の高さだそうです。
台所が復元されていました。
簡単な説明を聞きました。
便所跡の説明看板には寄生虫の事を書いてあるのは珍しかったです(笑)。

広g1吉川元春屋敷跡
広g2
広g3
広島北旅行で訪れた所!


広島北旅行は、まだ続きますスマイル





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Last updated  2010/12/13 08:22:14 PM
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