05/07/26 に <
> さんは書きました:
文章テスト
ここにカメラがある。
カメラは、「ことば」でできている。
いまはやりの「がいねん」と「よろん」の2まいのレンズを使っている。
被写体は「れきし」と「でんとう」だ。
何が写ったかって?
それが「きみ」だよ。
社会とは、財とミームの交換の場である。財とミームの交換のために社会インフラが作られてきた。交通網がそれだ。船、鉄道、自動車、航空機とそのスピードが増すにつれ、世界は小さくなってきた。
そしてインターネット時代。まずミームの交換がほとんど究極とも思えるほど効率化された。従来、生身の人間から発信されるミームを受け取るには、それなりのプロトコルが要求された。つまり、いつ、どこで、会うかをきめ、話だけじゃなんなので食事もといったように金がかかる。そして相手はこちらの要求どおりの情報を出してくれるかどうかもわからない。聞き出すためのテクニックと、相手側もしゃべるに値する人間だなと納得させる必要がある。
しかしインターネットでミームを授受するのは簡単だ。プロトコルなしでミームをただでもらえるし与えられる。
猫に聞いた話だが、猫だけでなく、生物全般に言えることらしいが、結局のところ、人間の究極の仕事は寝ることだというのだ。
つまり覚醒中は、その夜、ちゃんと寝ることができるようにするための準備をしているだけだという。
生物は寝ることが主であり、おきていることは従だというのだ。
本当だらうか?本当のような気もする。
名利に使われて閑かなる暇なく一生を苦しむことこそあわれなれ
小人閑居をして不全をなす
どっちが正しい?
中国人は、中華思想という見えない桎梏から逃れられない。その点日本人は、自らをもともと辺境の民族と自覚しているものだから、謙虚であり、外部の文化を積極的に取り入れようとする。孫文は中国人をばらばらな砂に例え、中国人の過度な個人主義を諌めた。中国人と日本人は同じモンゴロイドではあるが、性質がだいぶ異なるようだ。同じ炭素原子でも並べ方しだいで、炭にもなれば、ダイヤモンドにもなる。日本人がダイヤだとは言わないが、人種的、思想的、言語的な一体感のもとにコヒーレントなベクトルを持つことで、集団としての機能が幾何級数的増大を見せているのは確かかもしれない。
昨日、我が家の愛犬コロが逝去しました。15歳でした。
飼い犬が死ぬという経験は2度目です。