コンピュータは、言語であろうが、数値であろうが、最終的には0と1で入力されたデータを処理し、出力しているだけだ。もちろん個々の数値に意味はないし、コンピュータがその意味を理解しているわけではない。もちろん人間も数値をコンピュータのように理解し、計算処理することもできるが、言語を意味として捕らえることができる。コンピュータも言語を取り扱っているが、その底の部分では単なる数値情報を扱っているにすぎない。たとえば、「言語」と言った場合、コンピュータは、漢字のコードを受け取った、あるいは記憶した、あるいは出力した、といった一連の処理を行う。人間は、「言語」という言葉を見たり聴いたりした場合、それを何かほかの形態に変換しているのだろうか?私が今想像している結論は、聴覚の記憶として、つまり聴覚野における、時間軸を伴う運動パターンとして記憶されているのではないかということだ。つまり、歌やメロディーを記憶するのと同じ手続きによって、言語というものを記憶し、組み立てているように思う。たとえば、短調の曲が物悲しく、長調の曲が活発に聞こえるのは、その原理はともあれ、音のパターンに意味を持たせられるということだ。つまり、人間の脳は、言語を数値に置き換えて理解しているのではなく、音として理解し、処理しているように思う。ただ、最終的に意味をどのように理解しているのかは分からない。