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テーマ:アメリカ外交史(233)
カテゴリ:米外交史
▼エピローグ11(最終回?)
アンドレはおそらく休んでいたのだろう。慌てふためいた様子で部屋に入ってきた。ロレンツにとって赤ん坊の泣き声の記憶しかない息子は、成人した長身の若者になっていた。白い肌に黒のカーリーヘア。カストロそっくりの鼻に、ロレンツに似た目と口。一目で自分の子だとわかるアンドレが、ズボンのジッパーを上げながら、そしてベルトをズボンに通しながら母親の目の前に現われたのだ。ちょっと滑稽な出会いであった。 「紹介したい人がいるんだ」と、カストロが息子に言った。 ロレンツは再びアンドレをまじまじと見つめた。カストロの面影。22年前の記憶。涙が止まらなくなった。 カストロはドアを閉めると、再びアンドレに向かって「この人だよ」とでも言うようにジェスチャーでロレンツを示した。 アンドレは姿勢を正し、礼儀正しくロレンツの手を取り挨拶した。 「はじめまして」 ロレンツは相変わらず、さめざめと泣いていた。すかさずアンドレが言った。 「ああ、セニョーラ、どうか泣かないで下さい」 ロレンツはアンドレをただ抱きしめた。アンドレは戸惑っていた。「この女性は頭がおかしいのか? なぜこんなにも泣きながら、私を抱きしめるのだろう」といぶかしがっているようだった。 カストロは一度、二人から遠ざかり、再び戻ってきてアンドレに告げた。 「お前の本当のお母さんだよ」 アンドレは明らかに驚いた様子だった。実の母親との初めての出会い。父親から話では聞いていた母親が急に目の前に現われたのだ。一瞬アンドレは凍りついたようになった。 やがて、アンドレは口を開いた。 「お母さんと呼んでもいいですか?」 ロレンツにとって、それは願ってもない申し出であった。 「もちろんよ。あなたに会いたかった。あなたのお父さんが会わせてくれたのよ。あなたの人生を邪魔するつもりはないわ。ただ一目会いたかったの」 「パパが以前、話してくれました。会えてうれしいです」 「私はあなたに会ったことがないのよ。オムツを替えたこともなければ、おっぱいをあげたこともない。私は薬を飲まされて、連れ去られたの。私はあなたが死んだものだと思ったわ。私にはほかに二人子供がいるの。男の子と、とてもきれいな女の子よ」 「えっ! 本当ですか?」 ロレンツはアンドレの顔を両手で包み込み、見つめた。 「こんなに立派に育ってくれて、うれしいわ。それ以上、言葉が見つからないわ」 アンドレが答えた。 「大丈夫です! 何も言わなくても。あなたに会えて本当にうれしいんですから。パパから聞いています。でも僕には別の両親もいるんです。階下にいる老人は大学教授です。私は軍人ではなく、医者になりました。命を救いたいんです。僕もパパも、その仕事を誇りにしています」 ロレンツはベッドに座って、アンドレに言った。 「あなたにあげたいものがあるの。母親らしいことは何もして上げられなかったから、その埋め合わせをしたいの。何かあげなくっちゃね」 「そんなことはいいです。何でも持っていますから」 ロレンツは息子に会えるかもしれないと思って、テープレコーダー、ポラロイドカメラ、ジーンズ、スニーカーをスーツケースに入れて、持ってきていた。目ざとくポラロイドカメラを見つけたカストロが、ロレンツとアンドレに割り込んできて言った。 「いいだろう。アンドレにはテープレコーダー、そして私にはカメラだ」 奇跡のような笑顔が3人を包み込んでいた。 (終わり=かと思いましたが、まだ少し続きます) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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