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「日台戦争」の交通整理 (旅行・海外情報)楽天ブログ 【ケータイで見る】 【ログイン】
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泉 幸男のブログ

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 「日台戦争」の交通整理 中国&台湾(37458)」
[ 台湾の玉石混淆 ]    

(4月6日の 「NHK用語 <日台戦争> 不適格な “歴史用語” をテレビで普及させる気か」 の書き込み応酬の続き)


一部の論者が 「日台戦争」 という用語を使おうとするとき、2つの歴史事象が混同されているように思われる。


(1)下関条約に承服できない在台湾の清国勢力による抵抗:

清国から派遣されていた巡撫(=知事)の唐景松* が選挙もなしに大統領となり 「台湾民主国」 独立宣言をし、日本支配に抵抗する戦闘を台湾西部で繰り広げた。
(* 「松」 は、山かんむりをつけて、「すう」 と読む。)

戦闘は、日本からの進駐軍が台北県に上陸した明治28年5月29日にはじまり、10月21日の台南陥落で終わっている。

この戦闘は、日清戦争のために設けられた大本営が日本軍を引き続き指揮した。

清国側が日清戦争の講和条約の内容を台湾において意図的に徹底させず、日本側が武力によって講和条約内容の実現を図ったものということができる。

これらの理由から、この一連の戦闘は下関条約締結後であるが 「日清戦争の一部」 と整理するのが正当と考えられる。


(2)清国による法の支配が及んでいなかった台湾東部の先住民族の抵抗:

奇しくも清国が 「化外(けがい)の地」 と呼ばざるをえなかった先住民族の領域を、近代社会の法治に従わせようとする台湾総督府の政策への、先住民族による抵抗運動。

日本側から見れば、叛乱。
先住民族側の立場を現代的に解釈すれば、民族自決権確保のための闘争。

日本側から見れば、「首狩りの習俗をほうっておけるか?」。
先住民族側から見れば、「長年にわたり漢人の侵入を食い止め、清国でさえ干渉してこれなかった領域を、日本人が侵害するとは許せない」。

この抵抗運動の鎮圧は、初期対応は警察力によったが、規模が大きかったため軍による対応となった。

この一連の戦闘は、第(1)項の 「台湾民主国」 なる清国勢力による戦闘とは、主体も経緯も異なる別物である。

この戦闘を 「戦争」 と呼ぶかどうか。
先住民族側に、国家樹立を目指した計画性はなく、台湾総督府に取って代わる実力も意図もない。

先住民族側が書く歴史では 「戦争」 であろうが、日本側から見れば 「叛乱(の鎮圧)」 ないし 「紛争」 と整理するのが妥当である。

共産党ふうには、「遅れた封建社会を解放する、民族解放戦争」 などと整理されるかもしれないが、もちろん論外であろう。

日本側が仕掛けた 「侵略戦争」 と呼べるか。
一部論者は、そういうふうに議論を持っていきたいのであろうが、それならそもそも漢人が台湾に移民し先住民族の領域に侵入しつつ融合した過程をも 「侵略戦争」 と呼ぶことから始めていただかねばなるまい。



4月5日のNHKスペシャルでは、第(1)項にも若干触れつつ、第(2)項の叛乱を現地の写真つきで紹介しながら 「日台戦争」 ということばを字幕で出した。

第(2)項にいう紛争を 「日台戦争」 と称したことに、視聴者は驚いたのである。


最終更新日  Jun 7, 2009 07:09:16 PM
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○ 複雑な事象をよく整理して頂きました。   屋根の上のミケさん


○ 番組では(1)と(2)を包括して呼んでいます   青狐さん


○ 日清戦争に包摂できないでしょう   青狐さん


○ 第3者のご判定を待ちましょう   Izumi Yukioさん


○ Re:「日台戦争」の交通整理(06/05)   赤石 遊人さん

先ずは「戦争」の定義をいたしましょう。私の定義は次の通り。
 役、戦争=国家間の戦闘
 乱=国内での主権を争う戦闘
 変=国内での、主権に関係の無い戦闘

台湾での出来事に当てはめれば、(1)は最大限譲れば「戦争」と言えるかもしれません。「台湾共和国」を承認した国家は無かったと思いますが、とにかく宣言していますからね。しかし、公共放送の採るべき姿勢ではありません。

(2)は「変」ですね。台湾先住民に国家を樹立しようという意図は無かったと思います。

以上からすれば、(1)と(2)とを包括して扱うというのは、牽強付会にして曲学阿?でしょうね。

>戊辰戦争も、もろもろの中小の戦闘を包括して「戦争」という呼称を用いていますね。

戊辰戦争のもろものの中小の戦闘は、いずれも「明治政府」対「旧幕府側」という共通項があるので包括して扱う理由はありますね。

ただし、「戦争」という名称はいただけません。「戊辰の乱」とすべきですね。で、乱を起こしたのは「明治政府」。反乱=悪者というイメージがあるので、「戊辰戦争」としたのでしょうね。牽強付会ではないが曲学阿世の呼称です。

青狐さんご自信のお考えを伺いたいですね。

以下は蛇足ですが。

「西南戦争」も曲学阿世の呼称ですね。「佐賀の乱」や「神風連の乱」と同じく「西南の乱」と呼ぶべきですね。しかし、何しろ西郷さんの人気がすごいので「乱」と呼べません。

文禄の役を韓国では壬申和乱と呼んでいます。悲にして哀ですね。日本の歴史学者にもこの呼称を使う輩がいるようです。曲学阿夷と申しましょうか。

ちなみに、「清」との戦いは「胡乱」と呼んでいるそうです。じつに「うろん」です。(Jun 6, 2009 03:05:47 PM)

○ 日常現象の裏側   田吾作さん

「2008年韓国蝋燭デモ(2008ねんかんこくろうそくでも、大韓民国で行われた米国産牛肉輸入再開反対に端を発した一連のデモ)」や「北京オリンピック長野デモ」のような「プロパガンダ」がどのような手順で行われているのかご存知ならば解説してもらえませんでしょうか?

(参考1)1989年の天安門広場で起きた民主化運動の実情を当事者が語った記事が「20年後もいまだ軟禁中、天安門事件の逮捕者とお茶をいただく――フィナンシャル・タイムズ(1)」にあります。
<small> <a href="
http://news.goo.ne.jp/article/ft/world/ft-20090604-01.html" ; target="_blank"> http://news.goo.ne.jp/article/ft/world/ft-20090604-01.html< ;/a></small>

(参考2)「莫談国事」
なぜこの様なインタビューが実現したのかをうかがわせる記述を竹内好が行っています。「上に政策あれば下に対策あり」が日常現象である歴史を感じさせてくれます。日本の記者も政治犯の自宅に「お茶を」いただきに行って、監視当局の盗聴による「言論の自由」が保障された場でのインタビューを行うべきだと私は考えますが。

「むかしの中国では、どの茶館にも「莫談国事」という掲示があった。「国事を談ずるなかれ」というのは、秩序形成者の側からすれば言論の制限だが、茶館のほうからすれば、この掲示があるかぎり、何を論じようと「国事」にはわたらぬという、言論の自由の保障の意味ももっていた。」

中国を知るために(第一集) 1967年 竹内 好(たけうち よしみ)著 勁草書房発行 P238―P239より引用(Jun 9, 2009 05:17:09 PM)

○ Re:「日台戦争」の交通整理(06/05)   mizuさん


○ Re:「日台戦争」の交通整理(06/05)   ぽちさん


○ “日台戦争” グーグル検索の現状   Izumi Yukioさん


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