カテゴリ:ことばと文字
日本語と英語の表現のクセを比べると、英語は細ごまと説明しつくそうとし、日本語は言外のコミュニケーションを重んじる……と、何となく決めつけていた。
むしろその逆といったほうがよいようだ。 今井邦彦さんの言語学エッセー集 『なぜ日本人は日本語が話せるのか』 (大修館書店) を読んで、認識を新たにした。 いろんな例が挙がっているが、たとえば ≪A: Do you like haggis? B: I’m a Scot. ≫ というやりとり (102ページ)。 「ハギス」 というのはスコットランドの羊の内臓ミンチ料理でありまして、日本でもウイスキーに力を入れたパブなどで食べることができて、ぼくも好物ですが、それはさておき、例文を和訳するとすれば ≪A: ハギスは好きかい? B: だってスコットランド人だもの。≫ となる。 この英語と日本語を比べて、従来言われてきたことは 「ほらご覧。英語には you と I が主語として欠かせないけど、日本語ではこれを省略してますね」。 英語は細ごまと説明しつくそうとし、日本語は言外のコミュニケーションを重んじる ―― という決めつけは、主語の有る無しを比較の切り口にするから。 ここで今井邦彦さんは別のところに注目する。 さきほどの和訳をさらに省略して ≪A: ハギスは好きかい? B: スコットランド人だ。≫ としたら、どうか。 日本語として成立しない。ここがポイントなのである。 英語では I’m a Scot. と ぶっきら棒に言って済む。 ところが日本語では 「スコットランド人だからね」 「スコットランド人だもの」 というように文末処理をして、理由を述べているのだということを説明しなければ収まらない。 もうひとつの例 (179ページ)。 ≪たとえば行列に割り込みをした人物がいるとする。これを咎めるのに適切な英語の表現は (1) であろう。 (1) Excuse me. You jumped the line. jump the line というのは 「割り込む」 ということである。 この例に見るように、相手が行った、あるいは行っている行為をそのまま平叙文で叙述することが、文句・批判として働く場合が英語にはあるのだ。≫ これを直訳して 「あなたは割り込みをしました」 と日本語で言われたら、 「は?」 という一瞬の戸惑いを感じてしまうだろう。 さすがに、注意をされていることは分かるから、コミュニケーションは成立する。その意味では通じているのだが、日本語表現としてはどこか不具合がある。 ≪日本語ではどうしても 「割り込んじゃ駄目じゃないか」 のように、その発話が文句・批判であることを示す要素が必要である。≫ 言語ごとに異なる表現のクセ。言われてみればその通りなのだが、これまで意識しなかった。 この切り口で外国語に接してみると、さらにおもしろい発見がありそうでワクワクする。 今井邦彦さんの本を読んでよかった。 * 著者の今井さんは英語の専門家なので英語についての記述は さすがだが、中国語が受け入れた日本語熟語として 「取扱」 や 「申立」 を挙げたのは間違いというしかない (138ページ)。 著者が挙げそこねた “取締” や “取消” は確かに中国語に定着しているが。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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