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Sep 17, 2013
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カテゴリ:ぼくの疑問符
メールマガジンで9月17日に配信したコラムです。無料メールマガジンの登録は http://archive.mag2.com/0000063858/index.html でどうぞ!


 今となってはお恥ずかしい限りだが、わたしは漫画 『はだしのゲン』 第1巻をエスペラントに訳して出版させた張本人である。

 出版年は昭和57年。わたしは大学生だった。
 「反核運動」 の名のもと、ソ連・中国の核には頬かむりした政治キャンペーンが盛り上がっていた頃である。思えば、日本の左翼の最後の光芒(こうぼう)であった。

 懺悔話(ざんげばなし)をさせていただく。

■ 通達を出すなら、もっとしたたかに ■

 その前に、有名な松江市教育委員会による 『はだしのゲン』 閉架措置問題について論評しておこう。

 報道に接したとき、松江市教育委の担当者は何と “善人” だろうかと思った。
 『はだしのゲン』 だけ決め打ちで閉架あつかいにすれば、したたかな日教組が言論の自由を盾に必ず反撃してきて、こてんぱんにやられる。

 「家庭内暴力をはじめ粗暴な暴力行為を繰り返し描いた視覚的作品は、児童への悪影響に鑑み閉架措置をとること」
と、個々の書名を挙げずに通達を出せばよかった。

 小・中学校の図書館には、手塚治虫作品も石森章太郎作品も置いてないはずだ。教材として編集された小学館の学習漫画シリーズを除き、漫画作品は原則として置かれていない。
 それをかいくぐって、なぜか 『はだしのゲン』 が例外的に棚に並んでいること自体が異常であり、それを突いてもよかった。
 「漫画作品は、教育用に編集された学習漫画を除き、学校図書館には置かないのが原則であり、これを徹底ねがいたい」
と、しれっと通達を出せばよかった。

■ 英語版を読んで ■

 さて、懺悔話である。

 わたしの大学生活はエスペラントに染め上げられた年月だった。
 挙句の果てに、小学館 『日本大百科全書』 の 「エスペラント」 や 「ザメンホフ」 「国際語」 などの項目を執筆させてもらった。

 こちらに関連記事があるので、興味のあるかたはどうぞ:
http://plaza.rakuten.co.jp/yizumi/diary/201107240000/


 親不孝者のわたしは大学に6年間も行ってしまったのだが、その4年目の夏に冷房なしの下宿にこもって取り組んだのが 『はだしのゲン』 の英訳本“Barefoot Gen”をアンチョコにしながら行ったエスペラント訳の作業だった。

 『はだしのゲン』 の英訳本が出た! と、当時愛読していた朝日新聞で大々的に報道され、大学生協に “Barefoot Gen” が平積みになった。
 これを読んだ泉青年が 「エスペラント版を出してはどうか」 と、当時所属していた日本エスペラント学会編集部の会議後の飲み会で言い出すのに、さして時間はかからなかった。

■ 人海戦術 ■

 編集部員のひとりであった東海林(しょうじ)敬子さんが
「泉さんがエスペラント訳するなら、出版費用を募金し、グループ作業で出版までこぎつけましょう」
と言ってくれた。

 しゃれた字体の電動タイプライターをもっている人が、わたしのエスペラント訳をきれいにタイプする。
 それを東海林さんがいろんな倍率で縮小・拡大コピーする。
 東海林さん宅でのエスペラント学習会に集う主婦たちが、英語版の版下の吹き出しにうまく収まるように、セリフを切り貼りしていく。
 わたしの年来の友人であった熊倉 一(まこと)さんが、擬音部分をエスペラントに置き換えるレタリング作業を引き受けてくれた。

 人海戦術であった。

■ もろもろの都合 ■

 じつは原作の日本語版を読んだのは、エスペラント訳の作業を始めてからだった。

 エスペラントは基本的にヨーロッパ言語なので、日本語からの翻訳は大変だが、英語からエスペラントへの翻訳はラクにできる。だから翻訳作業は英語版の “Barefoot Gen” をベースに行った。
 しかしそれだけではシャクなので、原作の日本語版も見ながら、英語版が原文から離れているところは原作に近づける努力をした。

 日本語版を読んで、英語版で洗い落とされていた 「ゲン」 の粗野さにはじめて触れ、うんざりしたのは事実である。今だから言うが、翻訳を止めたくなった。

 ほんとは手塚治虫の 『火の鳥』 とか、藤子・F・不二雄の 『ドラえもん』 のエスペラント訳をしたかった。
 しかし 「火の鳥」 や 「ドラえもん」 では募金でカネは集まるまい。反核運動の一環としての 「ゲン」 だから募金でカネが集まり、ひとも集まる。

 日本のさまざまな漫画の外国語訳があふれる今日と異なり、当時は 「火の鳥」 も 「ドラえもん」 も英訳がなかった。
 日本の縦書き漫画を横書き言語に移し替えるには、コマの順序を変えたり反転させたりする必要がある。英訳本のない漫画をエスペラントに置き換えるのは、素人ではとうていムリだった。

 というわけで 『はだしのゲン』 のレールから外れるわけにはいかなかった。

■ 緑の星 ■

 というわけで、翻訳作業を始めた翌年の昭和57年に、エスペラント版 “Nudpieda Gen” が出版された。

 ネット検索していたら、この本の表紙を掲載したサイトがあった:
http://p.twipple.jp/P12In


 表紙で V サインを出してわらうゲンの白シャツの左えりに、エスペラントのシンボルマークの緑の星がついている。これをつけたのは、わたしの発案である。原作者・中沢啓治さんの了解ももらって、わたしが星形を切り貼りした。

 出版後の評判は上々で、かの朝日新聞など、わたしの顔写真入りで紹介記事を掲載してくれた。

 ところが、オランダに本部がある世界エスペラント協会の機関誌に出た書評は、期待に大きく反して否定的なものだった。

■ 「君は無責任な奴だ」 ■

 Esperanto 誌の書評は 「子供に読ませることは奨めない」 というものだった。

 作中に繰り返し登場する暴力シーン。
 ゲンは父親の中岡大吉から何度もポカリポカリと殴られる。そのゲンも弟を殴る。街でも軍隊でも、暴力シーンが続く。
 自分は子供にこの本を読ませたいとはとても思わない、と。

 この書評を読んだときは大層心外だったが、あらためて本を読み返すと、たしかに暴力シーンが多いなと思った。昭和58年のことだ。

 その後、あるエスペラントの催しで、横浜に住む論客からこう言われた。
 「泉君、きみは 『はだしのゲン』 を全部読んだことがあるか? あれはひどい本だぞ」
 「読んだのは第1巻だけです」
 「なに? 10巻本の第1巻だけ読んで、翻訳したのか? 君は無責任な奴だな。第1巻の続きを読んでみなさい」

 言われて続きを借りてきて、第2巻を読んで気持ちが悪くなった。
 今まで誰にも言ってないことだが、第1巻のエスペラント版の翻訳者でありながら、第2巻の途中で気持ちが悪くなり、第3巻以降は読まずに返してしまった。

 聞くところでは 「ゲン」 は後半に入ると反軍、反天皇のゆがんだ描写で大暴走するらしいが、そのはるか手前で わたしは下りてしまった。

■ 何度も読んだ山場 ■

 そういう次第で、『はだしのゲン』 は子供に読ませたい本ではない。読ませるとしても、中学生以上だろう。

 第1巻のところどころに感動的シーンがあるのは確かである。

 反戦を口にしては隣近所から白い目で見られる父・中岡大吉、そして中岡家。そんな中岡家を近所の白眼視から救おうと予科練に志願する長男・浩二を、父・大吉は頑として見送らない。
 列車のなかで涙にくれる浩二。
 ふと、車窓から外をみると、線路沿いの野原に立つ人影が
ある。
 父・大吉が息子に大声で 「中岡浩二、万歳!」 を叫ぶ。

 このシーンは第1巻の山場で、何度も何度も読んでは わたしも涙した。

■ 天秤にかけてみる ■

 第1巻の最後では、父・大吉、姉・英子、弟・進次が、倒壊した自宅の下敷きとなり、燃え広がる焔のなかで死ぬ。救おうとして果たせず、無念の思いで火から逃げる身重の
母・君江とゲン (元)。
 原爆炸裂のその日、ゲンが母・君江から女児・友子をとりあげ、絶望のなかの希望の光を暗示しつつ第1巻は終わる。

 それはそれで感動の物語ではあるのだけど、目に余る暴力表現の氾濫と天秤にかけて考えるべきだ。

 世の中に良書は、たんとある。不勉強な日教組の諸君は知らないのかもしれないが。





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最終更新日  Sep 17, 2013 10:45:13 PM
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