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【小説】瀬戸内夕凪ドロップス

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2016.12.08
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カテゴリ:小説

 昼休み――
 お弁当の入った手提げ袋とレシピノート、筆記用具を持って席を立つ。
 ひとり寂しくお弁当を広げる遠藤さんを横目で気にしながら、あたしは皆に気付かれないようこっそり屋上へと上がった。
 扉を開け、思いっきり伸びをする。
 んん~~っ……はぁ~、生き返るわ~。
 風はあるものの日射しは結構きついので、陰のある方に回り込む。
「――って、いるし!」
「お先。もごもご……」
 先に来ていた委員長がパンを頬張りながら手を上げる。
「…………。ランチ仲間とかいないワケ?」
「ねみーけぇ、どこぞで寝てくる言うて来た」
「…………」
 今更離れて座るのもおかしいので、仕方なく委員長の横に腰を下ろす。
「バレんかったじゃろーな」
「その辺は抜かりないわよ。そっちこそ」
「ったりめーじゃが。そねーなヘマぁせん」
 って、これじゃまるで逢引き……
「とっ、友達は大事にしなさいよ、アンタ」
「そねー細けーこたぁ気にせんヤツらじゃけぇなんも心配いらん。亘《ワタル》もユミと食う言うて、ようおらんようなるしの」
「えっ、あんたたち仲良かったの?」
「亘たぁ幼稚園からのなげー付き合いじゃけぇ。ま、腐れ縁ゆーやっちゃな」
「へぇぇ~、そうなんだ」
 委員長と小野が――ちょっと意外……。
「ねぇ、小野ってなんであーなの? なーんかヘラヘラしてて軽いっていうかさ……」
「ああ……ありゃー、あいつなりの処世術っちゅーか――」
 委員長は食べ終わったパンの袋をぐしゃっと丸めコンビニのビニール袋に突っ込むと、ぼんやり前を向いて続けた。
「亘にゃー、よーできる兄ちゃんが二人もおってのぅ。一番上は司法試験合格して弁護士の卵じゃし、二番目も一流私大の法学部に通うとる。そもそも父親からして立派な事務所構えた名うての弁護士様じゃけぇな。母親は母親で何かの団体の代表やっとる才女じゃし」
「すご……それ、ほんとなの?」
 小野の家がそんな超インテリエリート一家だったなんて――あの小野が、まさかのお坊ちゃん?
「あいつもあいつなりに期待に応えよう思うてよう頑張りょーたんじゃけど、まぁ、イチイチ上と比べられりゃーそりゃ辛ぇわな。ほんなら最初っから期待されん方がマシじゃあ言うて、段々あねーな茶化した態度取るようなってしもうて……。あの家で暮らしていくにゃーそうせんとおれんかったんじゃろ、あいつも」
「そうなんだ……」
 あんな、どこまでもお気楽そうな小野が……
「ま、誰しも大なり小なり、なんじゃあやーこしーもん抱えとるゆーこっちゃ。まぁ、今となっちゃーどっちが本性かっちゅーぐれぇ生き生きして見えるけどのぅ、ふっ……。あぁほれ高槻、はよぉ食われぇ。時間のーなるぞ」
「あ、うん……」
 しんみりしているところを委員長に促され、取り敢えずお弁当の蓋を開ける。ジャーマンポテトのベーコンとブラックペッパーの香りが、ふわんと辺りに漂った。
「でも、友達が学年一位っていうのもまた辛いところよね……。すごいじゃない、さすが委員長やってるだけあって頭いいのね」
 は。普通に褒めるつもりが、なんかちょっと嫌味な言い方になってしまった。でも委員長は気に留める風もなく、早くも食後のデザートか、イチゴヨーグルトを口に運びながら間延びした声で答えた。
「まぁ俺ぁ誰と比べられるワケでもねぇしのぉ。その辺は気楽っちゅーか、ただなりてぇもん目指して頑張っとるだけじゃし」
「なりたいもの?」
「親父のようになりてぇんじゃ。親父のこと尊敬しとるけぇ」
「お父さんって、何してる人なの?」
「医者」
「えっ、お父さんお医者さんなのっ?」
 うわ、ここにも隠れセレブがっ。さすが私立高校……。
「こん学校は本格的な文理分けが3年からじゃけ、そっち方面目指すにゃーちぃーと不利なんじゃけどのぅ、まぁ親父もここ出て医者んなったし」
「すごいのねぇ。もう進路とかちゃんと決めてるんだ。あたしなんてまだ何も……」
 将来どうなりたいとか、真剣に突き詰めて考えたことなんてないかも……ただ目の前のことを消化していくだけで精一杯で――
 ブラックペッパーがピリリと舌を刺す。
「俺じゃて去年までは漠然とそう思よーただけじゃった。じゃけど……」
 ……だけど?
 プラスプーンをくわえたままぼんやり宙を見つめる委員長に怪訝な顔を向ける。と、
「それ、うまそうじゃの」
 不意に腕を掴まれ、フォークに突き刺していたポテトを委員長にパクリと奪われてしまった。
「むぐ……ちぃと焦げとるのぅ」
「ちょちょ、ちょっと! なにすんのよっ」
「パンばー飽きたけぇ」
「なら、お弁当作ってもらいなさいよっ。信じらんないっ、もーっっ」
 膝に広げたお弁当包みでフォークをゴシゴシ拭う。
「せ、せーって、でれぇ傷付くんじゃけど……」
「知らないわよ、そんなのっ」
「そねー怒らんでも……なんじゃあ、ひとりで寂しかろー思うて来ちゃったのに」
「は? 別に頼んでないしっ」
「はぁ~しゃーねぇのぉ。ヨーグルトやるけぇ落ち着かれぇ」
「って食べかけじゃん! んなのいるかーっ」
 くわっと口を開きフォークを振り上げる。
 っていうか、なんであたしこんなとこで密かに委員長と戯れてるんだ? なんかイマイチ解せないこの状況……。
「はーみててしもうたがー」
 名残惜しそうにカップの底をさらっている委員長を横目で見ながら、あたしは湯がき足りない硬いブロッコリーにぶすりとフォークを突き立てた。

 
      photo by little5am





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Last updated  2016.12.09 13:32:26
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