春を待ちながら白い。大地も白く、空気も白く、木々も白い塊。 その合間を抜けて吹く風も白く、既に雪片と区別がつかなくて、ギンコの頬を凍らせる。 吐く息も白い。 ギンコはポケットから磁石を出す。 それはギンコの向かっている方向が正しいことを示しているが、ギンコは信じきれない。 白さは静かな死をギンコに連想させる。 ギンコはふとこのまま死んでしまうのかもしれないと思い、しかしそれに抵抗感がないことには気付かない。 心が、雪に、そして死に浸食されている。 このままここで息絶えて、身体の上に雪が降り積もる。 密に静かに、一片また一片と降りかかり、やがてかつて命を蓄えていた身体は雪の温度と等しくなるだろう。 そしていつか雪は身体の上をすっかり覆いつくし、身体は雪原の一部となり、無となる。 春になれば雪は溶け、凍った身体も溶け、やがて腐り、大地に溶け込むだろう。 あるいは腹をすかせた獣の餌となるかも知れない。 どちらにしろ、ギンコはそうやって自然の中に溶けてなくなっていく。 真の意味で一体化する。 そのことに憧憬にも似た思いが湧き上がるのは、ひとえに雪の幻術かもしれなかった。 自分はいつも死のそばにいる、とギンコは思う。 足元のすぐ横に、死と分かつ線がひいてあって、ちょっとでもふらつけばあちら側に踏み入れてしまう。 そんな気がしているからこそ、ギンコはいつもしっかりと生の領域を歩こうとしていたのだと言える。 なのにこの雪の中にあって、ギンコの足は揺らいでいる。 「まいったなぁ。」とわざと大きな声を出してギンコは言ってみる。 その投げかけた声の届いたはるかに向こう、かすかに灯りが見えた気がした。 ギンコは目をこらしてその場所を見つめる。 降り続く雪の中で見え隠れしながら、針の穴ほどの小ささではあるけれど、確かに暖かな灯りが見えた。 ギンコはそちらに歩く。 膝まで雪に埋もれて、思うままに進まず気ばかり焦るが、それでも一歩一歩と前に進む。 “希春幻”。 この蟲は冬になると山から下りて、里近くに住む。 そして暖かくなりだすと、また少しずつ山に登る。 ほのかな光だけは目で捉えられる人が多く、その淡い赤や緑の色に人々は、やがて訪れるだろう春を見る。 目を遠くに転じれば、小さな家々がある。 煮炊きをしているのだろうか、白い煙があがる家もある。 雪国の人々はそうやって、春を待ちながら、一日、また一日と今日と言う日を生きるのだ。 ギンコはポケットから煙草を取り出して火をつけ、深く吸い込む。 この苦さは確かに生きていることの味。 「お前に救われたなぁ。」 ギンコは蟲にそう声をかけると、彼を待つ蟲につかれた人の住む里に向けて一歩を踏み出した。 淡いパステルの色合いが素敵なイラストを描くカマンベールさんから頂いたイラストです。 |