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よろず屋の猫

『姑獲鳥の夏』 京極夏彦

面白くなってきたのは実に130ページ近くになってから。
導入部分からの京極堂と関口のやりとりが辛くて。
身内に理屈っぽいのがいるものでうんざりなんですよ、もう全く個人的な事情に寄るものなんですけどね。
陰陽師と言うと特殊な能力を持った者が特殊な技を使って・・・と言うのが定着してるんで、現実的な考えをまず小説内で、しかも最初の方で示さなければならないのは分りますが、ちょっと長いかな。
屁理屈をずーっと読まされるのは辛かったです、小説内で関口も言っているように「それを人は詭弁というのだよ。」とか思ってしまって。

では何で諦めずに読んだかと言えば、導入部分さえ我慢すれば、面白くなるだろうとは思っていたこと。
もう一つは背表紙に“ロス・マクドナルドの最盛期の作品にも引けをとらない”とあったから。
宣伝文句にあれこれ言うのもなんですけども、これには異論。
一体何をもってロス・マクドナルドを持ち出すかなぁ。
まさか“家族に隠された過去の秘密が引き起こす悲劇”な話だからじゃないですよね。
この『姑獲鳥の夏』は充分面白い小説だと思います。
でもロス作品とは全く別物、引き合いに出すには違いすぎる。
そして“引けをとらない”はいろんな意味で誇大広告。
プロットの巧みさを言うなら他の作家でも良かったでしょうに。

で、小説の感想ですが・・・。

探偵役に京極堂、物語を紡ぐ人物として関口、これはホームズのスタイルですね。
で、京極堂自身は最後の解決部分以外はめったに動かず、周りの人間を動かして、そこから得た情報で真実を突き詰めていくスタイルで、これは某おばあちゃん探偵。
なじみのあるスタイルなのでとっつきやすい。

一番上手いなと思ったのは、時代を現代ではなくて、戦後の復興の時期にもってきたことだと思う。
現代の様に科学捜査の技術がないので、その点に触れずにすむ。
しかし作者は当然現代の人なので、その知識は持っていて、“いつかそう言うことが出来る時代がくる”と言うセリフを京極堂・中禅寺秋彦に言わせることが出来る。
物事に通じて先を見通せる性格を与えられるので、“はったり屋”に落さないでいると思う。

もう一つの理由として、扱う題材が妖怪なので、現代ではそれに対する畏怖の気持ちが薄れていると思うけれど、小説に設定された時代ならまだまだ迷信も通るのではと、少なくとも私は思いました。

小説の魅力として、京極堂語るところの薀蓄話や、小説全体を覆う怪奇な雰囲気はもちろんなんですが、登場人物が魅力的と言うのがある。

京極堂・中禅寺秋彦は古書店を営みつつ、神主であり、陰陽師でもある。
関口巽は売れない幻想作家でうつ病を患ったことがある。
榎木津礼二郎は人の過去の記憶を視る事が出来ると言う不思議な能力を持つ探偵。
木場修太郎は日本のミステリーに登場する典型的な刑事の1つのパターンの人物。

この人物達が学生時代からの知り合いでもあり、その掛け合いが面白いです。
漫画的な人物設定だと思いますが、私はそう言うのも大好きなので。

ミステリーとしてはよくある内容なので、正直またこれかとは思いましたが、この小説は謎解きよりも別のものを楽しむ小説ではないかと思いました。
謎解きの方も京極堂が最後の最後まで肝心の謎を明かさないと言う“焦らし”をするので、先が読みたくて仕方がないですけども。
それよりも物語全体を覆う雰囲気を何よりも楽しみたい小説だと思いました。
エンターテイメントとしては一級品だと思います。



ついでに二作目の『魍魎の箱』も読んだので寸評。

ファンタジーの様に異質の世界の話ではなく、現実に物語の舞台を置き、生身の人間が動く話としては、荒唐無稽すぎました。
個人的に許せるボーダーラインを超えてしまってます。
途中までは楽しく読んでたので残念。


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