[「飛ぶ教室」について]の記事一覧 | よたよたあひる’S　HOME PAGE

「飛ぶ教室」　ウリーについて考えてみる

　前の日記で、ウリーへの「いじめ」と「いじめられる自分からの脱出」のエピソードを紹介しました。　ウリーは、親友や暖かい仲間がいたにも関わらず、自分の「おくびょうぐせ」については「誰にもわかってもらえない」「みんなから信用されない」と思って悩んでいたのです。おそらく、寮の仲間はそんなつもりはないのですが、ウリーにとっては、親友のマチアスにかばわれることさえ、負担に感じることがあったことでしょう。クリスマス劇で唯一の女の子役を演じることも、もしかしたら嫌だけどことわれなかったのかもしれません。　なぜウリーが落下傘降下を思い立ったのか訪ねる正義先生に、マチアスが「みんながしょっちゅうウリーを憤慨させたんです」と答えています。この「みんな」には、ゴミ箱事件の実行犯たちだけでなく、寮の仲間も入っていることでしょう。もとより、「みんな」には、ウリーを傷つける意図はほとんどなかったはずです。ゴミ箱事件すら、おふざけのつもりだったのでしょう。ゴミ箱事件の主犯たちには、ウリー本人に対してというより、寮生たちへのちょっとした悪意、いやがらせはあったかもしれませんが。　ゴミ箱事件は、ウリーが落下傘降下を決行するきっかけではありましたが、原因の全てではありません。落下傘降下は、それまでの「からかい」や「いじり」仲間との関係性のなかで、傷ついてきた自尊心を回復させようとした儀式でした。　ウリーは身体が小さくて優しいけど気の弱い子として描かれています。寮の仲間、他の４人のような突出した特技もなさそうです。いわば、育ちのよい、よくしつけられた普通の子です。彼が「おくびょうぐせ」に負い目をもっていたのは、「勇ましいこと」に価値をおく時代背景の反映かもしれません。でも、一方で、他のことで仲間から一目おかれる、あるいは何らかの積極的な役割（と、自分で考えることができる）何かがあったら、「普通の子だから人並みの勇ましさがなくては一人前じゃない」と、思い詰める必要はなかっただろうとも思います。　「いじめ」の「加害者」側に、ウリーを攻撃する、痛めつける意図がほとんどなく、しかし、本人が深刻に思い詰めていく、という構図は、昨今の日本での「いじめ問題」に通じるものがあると思いました。　けれども、ウリーは自尊心の回復に向けて、動きます。まだ、それだけのエネルギーがあるのです。ウリーのエネルギーの源は、一つは親友マチアス他の仲間の存在であり、もう一つは、やはり幼い時に十分な愛を受けていたことにあるのではないかとも思います。なぜなら、彼はとても優しくて素直な子ですから。-----------------sent from W-ZERO3

「飛ぶ教室」　ウリーへの「いじめ」

　さて、ケストナーの「飛ぶ教室」の中に描かれた「いじめ」についてです。　「いじめ」られるのは、貴族生まれの小柄で優しい少年、ウリーです。成績は悪くなく、仲間ともうまくやっています。クリスマス劇では少女役になっていますから、顔立ちもやさしくてきれいなのでしょう。ホームシックを感じたりする子なので、ちょっと甘えん坊かもしれません。　自分のことを「おくびょうもの」と思って悩んでいますが、ちゃんと仲間たちと一緒に他校生徒との「戦争」にも参加しています。　ウリーには、マチアスという親友がします。マチアスは成績はいまひとつですが、腕っ節では登場人物の誰よりも優れています。ウリーとの関係はちょっと保護者のようなところもあります。　ウリーは成績を嘆くマチアスに、君のような勇気が持てたら悪い点数などなんでもない、と打ち明けます。マチアスはそんなもの意思一つでかえられるじゃないかと返しますが、ウリーは、君にはわからないと答えます。「人からぜんぜん信頼されていないかと思うと、自分で自分に嫌気がさすんだ。」と。　決定的な「いじめ」の場面は、学校の休み時間でした。ドイツ語の授業の直前、ウリーは大勢のクラスメイトの手で、ゴミ箱に押し込められゴミ箱ごと天井から吊るされてしまいます。親友のマチアスは手出しができないように４人がかりで押さえつけられ、正義漢のマルチンは不在でした。そのまま授業時間になってしまいます。クロイツカム先生がスペリングの問題をウリーにあて、天井から答えが返ってきて事態が発覚。誰がやったのか問い詰めますが、犯人は名乗り出ません。マチアスになぜとめなかったのかと聞くと、ウリー自身が「あんまり大勢だったんです」とマチアスをかばいます。先生は、クラス全員に「おこなわれたいっさいの不当なことにたいして、それをおかしたものに罪があるばかりでなく、それをとめなかったものにも罪がある。」という文章を５回づつ書いてくるよう命じてから、ウリーを床に降ろさせます。その後は、後々まで話題に上るような、難しい書き取りのテストでした。　ドイツ語の授業のあと、ウリーはクラスメイト全員に向けて３時に自分がおくびょうものではないことを証明するから運動場にくるように告知しました。　物語は他のエピソードも同時進行していきますが、そこは紹介しません(^^)b　ウリーは、雪が凍りついた運動場の高い体操梯子の天辺から、こうもり傘を拡げて飛び降ります。危険なことをあえてすることで、「勇気」を示そうとしたのです。しかし、こうもり傘はあっという間におちょこになり、凍りついたグラウンドに落下したウリーは気絶してしまいます。右足の骨折と胸部の軽い打撲、全治一ヶ月という怪我を負いました。　舎監の正義先生は、ウリーを心配して集まった寄宿生の仲間から事情を聞き、　「気をおちつけるがいい！あれくらいの骨折なら、ちびさんが一生のあいだ、他のものから一人前だとおもわれないという不安をもちつづけているようは、いいんだということを、わすれるな。今度の落下傘降下は、わたしがはじめかんがえていたほど、ばかなことじゃないと、わたしはほんとに思っている。」と答えました。　そして、翌日の夕方、生徒全体の前でみじかい「お説教」をします。　「小さいウリーがぜひしなければならないとおもった実験は、一つの事故にとどまって、不幸にはならなかった。そのことをわれわれは心から感謝しよう。もっとひどいことになるかもしれなかったのだ。この種類の勇気が流行なんかになることのないように、出席のみんなにたいして、念のため厳重に注意しておく。勇気にしても、その欠乏にしても、これをおもてにあわらすときは、できるだけめだたぬようにしてもらいたい。われわれは、学校の名誉が自分自身のものであるかのように注意をはらわなければならない。足の骨を折るなんてことは、勇気を示す手段としては、わたしが舎監のしての視覚において断然拒絶しなければならないところだ。それにあんなことには、たいしたねうちはみとめられない。いいか。あのことはこれでおしまい！」　結果的に、ウリーは「自分自身に打ち勝った」ということになっています。物語の最後に、２年後の後日談がヨナタンと作者の会話の形で記されていますが、ウリーの中にはだれにも逆らえない力がひそんでいる、と評されています。　物語を振り返ってみてのまとめです。１）ウリーは仲間集団からはずれていたわけではない２）しかし、親友のマチアスを含めて、ウリーと仲間たちとの関係は、良くも悪くも対等とはいいがたい部分もあった。３）ウリー自身もそれを感じており、「おくびょうぐせ」という自分の欠点がいけないと自分を責めていた。４）落下傘降下は、自分自身との戦いだった。５）仲間たちはそれまで保護的な関わりだったが、ウリーの闘いを理解することで敬意を持つようになった。５）クロイツカム先生は、ゴミ箱事件で犯人さがしに時間をかけることなく、クラス全員に反省文の５回書き取りという宿題を与え、さらに非常に難しい試験という学生本来が取り組むべき課題による罰を下した（今の日本の状況だったら、「いじめ」を放置したということになりかねない処置ではある）。クロイツカム先生はこのクラスに在籍する通学生の親でもあり、親の立場も当然わかっている先生だけれど、生徒達の他校との「戦争」やウリーへの「悪ふざけ」そのものに注目した指導ではなく、生徒が本来集中すべき勉学の領域に引き戻すという指導を行っている。６）正義先生は、ウリーの試みの意図を理解し、その意図自体は否定せず、しかし、表出された行動についてはいさめるという立場をとった。生徒達のその後のウリーへの対応については、正義先生の指導の影響もあったと思う。また、クリスマス休暇に家に帰ることができなくなったことをウリーの家に連絡する際にも、ウリーの意図について丁寧に説明したはずである。ウリーの「成長しよう」という意図に沿った関係調整、指導を行ったと理解することができる。・・・問題は、このような教師と生徒との信頼関係が今の学校でありうるのかどうか、というところですよね。さらに、学校と家庭との信頼関係の問題でもあります。　「飛ぶ教室」の生徒達は、決しておとなしい良い子じゃないんです。　他校生と殴り合いの喧嘩もしますし、その「戦争」の指揮をとっているのが主席で正義漢のマルチンだったりもします。また、寮生と通学生の間にも派閥がありそうです。そのもみ合いの中で、各自が成長していくわけですから、全部禁止というわけにはいかないのです。

ケストナーの「飛ぶ教室」

　以前の日記で、書きかけたままになっている「児童文学に描かれた『いじめ』」をまたボツボツ書き進めてみようと思います。　12月になりました。クリスマス・シーズンは、エーリッヒ・ケストナーの「飛ぶ教室」（1933年）を読むのにピッタリの季節です。　この物語は、２０世紀初めの頃のドイツにある高等中学校（ギムナジウム・・小学校４年を卒業した後に入学する９年生の学校、エリート養成校ですね）が舞台です。主要な登場人物たちは、寄宿舎で生活する高等科１年の生徒たち（ヨーニー、マルチン、マチアス、ウリー、ゼバスチャン他）と彼らを見守る二人の大人（舎監の正義先生と学校のそばで世捨て人のような生活をしている禁煙先生）です。クリスマス休暇前のいくつかのエピソードを通して、子どもたちの苦しみや悲しみ、団結や友情、勇気、正義というもの、そして家族愛と師弟愛が描かれています。　読んだことのない方には、是非一度読んでみることをおすすめします。　70年以上前に書かれた本ですが、生徒たちがたくらんだり暴れたり、悩んだり悲しんだりする様子は、きっと今と変わりません（違いがあるのは大人の接し方を含めた「環境」でしょうね）。著者のケストナーは、人間性をしっかり観ていた人です。　とてもいい本ですが、読みやすい本でもあります。・・・読みやすさ、楽しさは、魔法のでてこない「ハリー・ポッター」という感じかもしれません。男子校の話だから、女の子は出てこないけど。　私は、中学生のころに、学校の図書室で読んだのが最初でした。それから何度も読み返しています。　子どもの頃は、生徒たちに感情移入してドキドキしながら読んでいましたね。正義先生や禁煙先生みたいな大人が近くにいてほしいとも思いました。　気持ちがしんどいとき、この本を読むことで、励まされたことも多いです。多分、物語を通して、著者のケストナーが読者に、「その気持ちはわかるよ」「そばで観ているから」「一人で苦しまなくてもいいよ」と語りかけているのだと思います。　今、ダイレクトにそういうメッセージを出している政治家やタレントもいますけど、なかなか届く言葉にはなっていないのが困りものです。悲しみ苦しんでいる不特定多数の読者（子ども）にきちんと届くような、言葉の力はどこからくるのでしょう。　この物語の中にも「いじめ」が描かれています。貴族の息子で、心優しいウリーが「おくびょうもの」であることをからかわれ、自分でも悩んで苦しんでいました。　でも、ウリーは自力で脱出することになんとか成功しています（足を骨折してクリスマス休暇をふいにしてしまいますが）。　ウリーへの「いじめ」と、周りの仲間たちや大人が何をしていたのか、次の日記で整理してみたいと思います。↑岩波書店　ケストナー少年文学全集より「飛ぶ教室」高橋健二訳　税込み1680円いろいろな訳がでているけれど、やっぱり高橋健二さんの訳が一番好きです。たしかに、いまどきの子どもたちは「やめたまえ」とか絶対いわないけど・・この言い方がまたいいんですよ。　挿絵ももともとの原著と同じワルター・トリヤーのものです。↑松竹　DVD映画「飛ぶ教室」2003年　ドイツにて制作　定価税込み3990円（ショップによって値引きあり）舞台を現代ドイツに置き換えた、「飛ぶ教室」の映画。ウルリヒ・ノエテン他出演　現代版ということで、学校は男女共学。寄宿舎生活をしているのは、学校の聖歌隊のメンバーということになっている。生徒同士の抗争も、学校間の対立ではなく、寄宿生と通学生の争いになっていて、敵方の大将エーガーラントは女の子でした！　偕成者文庫や講談社文庫の表紙カバーはこの映画の写真です。　　-----------------sent from W-ZERO3