国分寺を一望できるハケのうえに暮らす
武蔵国分寺公園の程近く、国分寺崖線の上に、思わず目を引く建物がある。人の手で折り曲げられた銅版の温かみを感じる家は、その名も「チョコレートハウス」。市内に住む建築史家・建築家の藤森照信さんの設計で5年をかけて2009年に完成した。
この魅力的な家に住むのは、兒嶋(こじま)画廊の店主で日本を代表する洋画家・児島善三郎さんの孫でもある兒嶋俊郎さん。善三郎さんは、1936(昭和11)年から15年間、辺り一面に田園が広がっていたこの地をアトリエとし、多くの大作を描いた。「絵には当時の風が吹いている。(祖父にとって)一番充実した時代だったのでは」と俊郎さん。
全作品を見ることで作家の全体像を知ることができると話す俊郎さんは、1,200点以上の善三郎さんの作品をデジタル化して画集とともに保存する。
家からは国分寺の街が一望できる。「地形を身をもって実感できるのがここの魅力」と俊郎さん。善三郎さんもこの地に身を置くことで、風景を立体的に捉え描くようになったそう。子どもの頃からこの地に住み、田園が住宅街へと変わるさまを見守ってきた俊郎さんの目には、今も田園風景が彷彿としている。
幸せを生みだす藤森建築「チョコレートハウス」
「ワクワクする家に住みたい」という俊郎さんの期待に応え、チョコレートハウスは住む人も、訪れる人も、見る人も楽しませ、和やかな気持ちにさせる家となっている。
家に新しい元気をもらって再生できたと話す俊郎さんは、藤森さんの魅力を「自然と人を共存させる縄文パワーをもった本当にすごい方。文化を徹底的に見据えて見極められた魂の力だね」と語る。「個性がありながらもそれを押しつけられることがなく、とても住みやすい」とも。
藤森建築の大きな魅力のひとつ、施主の施工参加。ものづくりが好きで、机や彫刻などご自身の素晴らしい作品が家を飾る俊郎さんはもちろん喜んで参加した。余った銅版でかわいいポストやごみ箱まで作られていることからも心から楽しんだ様子が伝わってくる。
藤森さんと一緒に茅野(長野県)で切り倒したというリビングに立つ木の幹は時とともに割れ、柱の姿になっても生きていることを表している。
そして見る人を惹きつける突き出した茶室。低い戸を腰をかがめながら入ると、白い漆喰の壁に黒炭が点在する壁と天井に圧倒される。一人でゆったりと瞑想するにも、友人知人を呼んで宴をするにもどんな使い方にもしっくりくる。
俊郎さんの長年の趣味である料理の腕をふるった懐石料理のもてなしを受け、来客は至福のくつろぎの時を過ごす。「ここに来ると決まって皆、長居するんですよ」と俊郎さんは笑う。少しの時間を過ごしただけで肩の力が抜けほっとできる、ぬくもりに包まれた空間だった。
生活と芸術鑑賞が一体となったオープンアート空間を
生活にアートがあふれる環境で育った俊郎さんは画商の道を選んだ。「芸術は天才が生みだす至高のものを眺めるばかりではなく、生活の中に取り入れ身近に楽しめるもの。そうすることで、物も高まり自分も高まる」と俊郎さん。画廊でも扱う人間国宝の染色家・志村ふくみさんの布のハギレを額装し、素敵なアート作品にして家に飾る。
大画家の孫であり、一流の作品を長年、目にしてきた画商でありながらも、このようなお考えをお持ちなのは、俊郎さんの幅広い視野と芸術に対する心からの親しみ、深い理解だと感じる。
これまで青山、銀座、六本木などで30年以上、画廊を営んでいたが、65歳をターニングポイントとし、藤森パワーや地域の活発な動きも後押しとなって、ご自身が生まれ育ったこの地に拠点を移すことに。藤森さんの設計で自宅の隣に完成したオープンアート空間「丘の上APT*1」。
不特定多数の人が行き交う場所から、自身も生活し人々の生活も近くに感じることができるこの地に移し、地域に開かれた場にすることで、「人々の生活と芸術鑑賞が一体となった場をつくりたい」と胸を熱くする。副題の「ESPRIT SAUVAGE(野生の精神)」には、「人間と自然との調和と共存のなかに美の出現を見いだそう」という思いを込める。
優れた感性と創作力などあふれる才能をお持ちでありながらも、それを感じさせない控えめで誠実なお人柄の俊郎さん。お話を聞いていると心に響く言葉が次々と発せられ、豊かな気持ちになってくる。
上質の芸術を身近に楽しめるオープンアート空間「丘の上APT」
「丘の上APT」は屋根も外壁も亜鉛メッキ鋼板であるトタンを使い、チョコレートハウスを背後に圧倒的な存在感をはなつ。全面まばゆいほどの銀色に輝きながらも、外壁は厚みのある断熱材をビスで絞めることで自然なふくらみが生まれ、キルティングのような柔らかさを感じる。
「布を屋根にひっかけてもいいし、屋根ごと覆ってしまってもいい」と美術館ではできないような趣向を凝らした自由な展示を考え、志村さんの布も実際に手にとってもらえるようにしたいと俊郎さん。まさに上質な芸術を身近に楽しめるぜいたくな場。
他にも染色の講座や建築の展示、子ども向けのワークショップ、コンサートやダンスパーティーなど構想は広がり、お話を聞きながら私の心も踊る。
「アートと人の出会いの場。コジマ色を出し過ぎずいろんな風に使ってもらいたい。いつもと違う脳波が出て、気持ちよかったと思ってもらえる場所にしたい」と俊郎さん。
完成したばかりの「丘の上APT」に入ると、白い壁に大きい布や年代物の品、絵画など、興味を引かれるさまざまなタイプの作品が随所に並び、感性が研ぎ澄まされるような気持ちよさ、温かみを感じる。2階のロフト部分には善三郎さんのアトリエが再現され、国分寺風景が並び、当時に思いをはせることができる空間となっている。
芸術に興味がある人も親しむ機会のなかった人も、ここに来ると感性を刺激され、眠っていた才能が飛び出てくるような場所。俊郎さんのお話を聞いているだけで、私の中の芸術への好奇心が刺激され、オープンが待ち遠しい。可能性が無限大の「丘の上APT」、国分寺に新しいパワーがみなぎる場所が生まれる。
*1 APTは、「Art Perspective(遠近法・展望) Textile(織物)」の意
(編集/テキスト 地域ライター 堀内(杉田屋)まりえ)
【 information 】
「丘の上APT」
5月オープン。国分寺市泉町1-5-16
5月17・18日のギャラリーウォークに「善三郎さんのアトリエ再現と国分寺風景の展示、端裂や額装小裂」で参加
堀内(杉田屋)まりえ(地域ライター)
ののわ地域は私のふるさと。家族、友人、学校、大切なものがここにあります。
最近どんどん楽しくなっているこの地域、私もののわを通じてたくさんの素敵な方と出会え、地域のあふれだす魅力に改めて驚いています。
<気になるコト>
絵画、建築、器、英国コッツウォルズ、外国語、かもめ食堂、訪日外国人
※2014年4月25日現在の情報となります。
ハケの上に立つチョコレートハウス。時間とともにビターチョコのように黒くなってきた箇所も
(上)児島善三郎さん作「国分寺風景」(俊郎さんご提供)
(下)家からの眺め。左側の窓からは中央線も見える
茶室内部。思わず黒炭に触ると手が黒くなった
(左上)たくさんの楽しい話をしてくださった兒嶋俊郎さん
(右上)戸は障子の桟(さん)だけのものと2種類がある
(左下)どれも骨董品のような道具たち。型にはまらず自由に並べる
(右下)圧倒される白と黒の対比。吸い込まれそうになる
俊郎さんの作品の数々
(左)国分寺公園で見つけたという木の枝を使って作られた照明
(右)志村ふくみさんの布を額装したもの。どれも色が美しい
素敵なチョコレートハウスの内部
(左)中心のクリの木は途中でついであり、地面からは浮いた状態で吊り下がっている
(右)1階は事務所兼応接として使う予定。どの部屋も素敵なものが並びギャラリーのよう
(左)藤森さんの希望で作られたという跳ね橋。俊郎さんも楽しそう。明るく元気な奥さまの幸子さんと一緒に
(右)銅板を触ってみると硬さのなかにも柔らかみを感じる
建物の周囲にもあちこちに俊郎さんの心のこもったものたちが並び、かわいい雰囲気をつくりだしている
(上)チョコレートハウスと「丘の上APT」をつなぐアーチ
(左下)花やハーブも植えられ、彩りを添えている
(右下)余った銅版で俊郎さんが作ったというポスト
完成した「丘の上APT」
(上)壁も屋根も全てが銀色に輝く(兒嶋さんご提供)
(下)近くで見るとキルティングのようなふくらみ。触ってみると銅版と似た柔らかみを感じる
「丘の上APT」内部
(上)味わいを感じる手づくりのかわいらしい看板
(中)興味を引かれる作品が随所に並ぶ
(下)天井の梁はここで焼いたベイマツを使う
(全て兒嶋さんご提供)