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雪月花

安全なあんこう












彼といるときの私は、安全だ、と思う。
安心ではなくて、あくまでも、安全。
深い深い海の底にいる、安全なあんこうの気持ちになる。
誰かが無理やり釣り上げれば、
内臓は破裂して目は飛び出して、私は死んでしまうだろう。
たくさんの生き物を生かす空気に、八つ裂きにされてしまう。
水の中にもたくさんの命があることを、忘れているんだね。

安全なあんこうに成り下がった私は、
贅沢な顔をしてのうのうと四肢をゆるめる。
ここにいれば、私は傷付かない。
重力の向かう先は、どこでもベッドになる。

深海の水はとても冷たいのだろうけれど、
なぜか私の周りの水は、とろとろとあたたかく私に染み込む。
舌にまとわりつくような塩辛さは、私の舌が知る何よりも、甘い。
甘いものも塩辛いものも、食べ過ぎると喉が渇くよね。
ごくごくと飲みほすには、その水は少ないから、否、少ないのに、
私の喉はごくごくと音をたてて、
ごくごくと鳴るあなたの心臓まで飲み込んでしまいたくなる。

柔らかな、腕の檻の中に立ち込める湿度と、
あなたと私の水分で、私の中身は全部水になる、
解けて、溶けて、融けて、意識なんて亡くなってしまえば良い。
体なんてなくなって、意識だけになってしまえば良い。
あなたと私がぐちゃぐちゃに混ざってしまって、
誰にも知られずに蜜になって、いつのまにか固まって、
琥珀のような結晶になれたら良いのに。
そしてころころと風に吹かれて転がって、
ぽつねんと土の上に投げ出されて、
今度は土に溶けて養分になって命を育んで、
そうやって世界に満遍なく永遠に在り続けられたら良いのに。

これがずっと続くのなら、
夢だろうとうつつだろうと構わない。

そんな夢がさめた。
夢からさめると、私はいつもどおり、困った。

目の前にあるのは、
シーレの自画像とロートレックの写真。

生きて行くのはなかなか骨の折れる仕事だ。
全部が、こっちが夢ならば良い?
それとも、いっそ生きることを辞めたい?

いいえ、と私は完全に否定する。

安全なこの夢さえ失ってしまうくらいなら、
いっそいつまでも生きて、
毎日の刺の上を素足で歩ききってみせる。

そしていつもどおり、5分間粘ったあと、
ゆっくりと身を起こして、私は、今日を始める。








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