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石川県 旅館 ホテル 心に残る旅の宿

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お宿奇談13石を抱く女 

[怖い話 不思議な話 幽霊話]

[関東 某リゾートホテル]
 私と、霊感の強いご夫婦

『ここが地獄と言うところね、女はそう思って目の前の薄暗く濁った滝つぼを見つめていた。何度ここに飛び込んだか分からない、だが気付くと再び岸に立っている。ここを逃れようと暗い山道を歩き回り、いくつの山を越えたことだろう。だがどこへ行っても同じ滝つぼと同じ景色があるのだ。
 ここには昼が無い。枯れて葉が落ちた木々の間に、ほのかな薄闇、ほとんど闇の世界。かすかに見える道筋、土手には不気味な目付きと恐怖が潜み、女を責め続ける。何か生きる物の生臭い息づかいを感じるが、一度も姿を見たことが無い。
 女の後ろには、昔嫁いだ旅館がある。しかし、その旅館はすでに朽ち果てあばら家である。女は時々自分の部屋を訪れた。だが部屋にいると、常にどこからか嫌な話し声が聞こえてくる。それは彼女をののしり、憎み、怒る声。恐ろしくて再び滝つぼへ戻ってきてしまうのだ。
 女は生まれて数ヶ月ほどの赤ん坊を抱いていた。だがその子は目をつむって動かない。女にはこの子だけが望みだった。この子さえ目を開けてくれ、女がした大それたことを謝ることができたら、それだけで地獄にいたってかまわないのだ。
 太一、太一、一度でいいから目を開けておくれ。お母ちゃんが悪かった。おまえはちっとも悪くない。こんなお母ちゃんのところに生まれて苦しかったろう。太一、許しておくれ・・・、女はそう言って胸の子供を抱きしめた。』

 以上のことは、私の知人、霊感の強い山下さんが霊視した女の様子である。

 そのホテルは、2年前、山際を切り開いて建設された新品同様の建物であった。部屋数は82。玄関は総ガラス張り、床にじゅうたんが敷かれ、ボーイや仲居は良く教育され、にこやかな表情でお客を迎えた。近辺も同時に整備され、テニスコート、湖を一周する遊歩道、サイクリングコース、山側には清冽な滝が落ち、若者たちに結構人気スポットになっていた。
 
 ところが、建設当初からひそかに幽霊話が囁かれていたのである。夜遅く簡易小屋で泊まっていた建設作業員が、薄暗い窓外に、髪を背中まで垂らした女が歩いてゆくのを目撃している。その女は胸に大事そうに何かを抱えていたと言う。
 
 ホテルが完成した後も、時々お客から苦情が入った。廊下を何かが歩いていた。ある部屋から女の泣き声が聞こえた。そして極めつけは、数ヶ月前、若いカップルが寝ていたベッドの脇に髪の長い女が座っていた。その女は大事そうに石を抱えていた。二人とも半ば狂乱状態で逃げ出し、ホテルじゅうを叫びまわった。

 ホテルではもちろん、神主を呼び建設前にお払いをし、その後も坊さんを呼んで数度供養を行った。しかし、全く効き目が無いかのようだ。そうしてこのたびのこと。支配人はホテルの危機を感じて霊感が強い山下さんに助けを求めたのだ。

 山下さんはこの事件に私を同行させてくれた。山下さんのお話は、私にはいつでもじつに興味深い。私が人の心と思いに対して常日頃疑問に思っていたことが、いつの間にか氷解しているのだ。私の方が歳が五つも上だが、いつも頭が上がらない。

 私たちがホテルに着くと、支配人やその他管理職総出で幽霊が出た部屋へ案内された。いたって普通の部屋。山側の部屋で、滝が見え、心地よい水の音が聞こえる。山下さんはしばらく部屋の内部、ユニットバス、壁の油絵など眺めていたが、そのうち窓を開け滝の方角を眺める。
「蓮見さん(支配人)が仰るのに最も近いのは、滝のそばにいらっしゃる女の方ですね。髪が長くてかなり悲しそうなお顔です。確かに石を抱いていますね。では行ってみましょうか。」
「山下さん、どうかよろしくお願いします。あの、今日の夕食は和食風にしましょうか。洋食風にしましょうか。ホテル自慢の料理を腕を振るってご馳走します。」と支配人。
「蓮見さん、夕食は用意してきましたよ。私どものおにぎりとおかずで充分。今日の宿代はただですので甘える訳にいきませんよ。」
「そ、そんな。私どもの方からお願いしたんです。もう用意はして有ります。お出しできなければ困ります。」
「そうですか。有難うございます。では、和食風で。」
 山下さんには欲は無いのだろうか。自慢の料理人の腕を振るった料理がうまいに決まっている。普通はホテルを助けてやるのだから最高級の料理を要求したっていい。もし事がうまくいけばホテルはこの後何億円も儲けるのだ。たかが数万円の料理なんかただみたいなものだ。そんな時もなんで奥さん手作りのおにぎりなんか持ってくるのだろうか。

 山下さんご夫婦と私の3人が滝のそばへ寄った時、山下さんが言う。
「女の方が1人、滝つぼの中を見つめています。ほら、そこにいらっしゃいます。」
 山下さんはそう言って滝つぼの脇を指差す。不思議なもので、山下さんにそう言われて見ると私にも見えるのだ。髪を肩まで下ろした貧相な女の人が身動きもせずうつむいているのを。その時奥さんが両手で顔をおおった。
「ごめんなさい。私、涙が出てきちゃった。赤ちゃんのことばかり気にかけているのよ。でも、この方、抱いているのは赤ちゃんほどの大きさの石だわ。」
「うむ。亡くなったのは7、80年くらい前。当時、ここにとても繁盛していた旅館が有りましてね、彼女は両親と回りの勧めで嫁に行きました。ところが、そこの若旦那が遊び人で、外に何人も子供を作っていて彼女は相当苦しみました。
 やがてその若旦那との赤ちゃんが生まれた時、その赤ちゃんが若旦那にそっくり。毎夜遅く帰り、そのうち数日家を空けるようになった若旦那。子供をあやしていても嫉妬と憎らしさが募るばかり。ついにノイローゼになり、ある夜、宿を抜け出した彼女は、子供を滝つぼへ投げ捨てたのです。
 子供は滝の怒涛の中で浮いたり沈んだりする。浮いてきた時、ぶくぶくと泡を吹き苦しむ顔が見える。彼女はその時、自分の愚かさに気付き、あああと叫び滝へ飛び込みました。彼女は子供にすがりつこうとした。しかし水の流れの中で子供の体は次第に離れてゆく。自分も浮き沈みし、もがきながら必死の思いで子供に追いつき、その体をつかんだと思った途端、息絶えたようです。しかし、彼女が子供と思ってつかんだもの、それは浅瀬の石だった。あの世へ行ってからも、彼女はその石を子供と思い込んで決して離そうとしないのです。」
 
 私もつい奥さんと一緒に涙を流してしまった。この人は、どんな理由が有ろうとわが子に手をかけたのだ。それは悪鬼の仕業。その罪は充分受けねばならない。この女が地獄の思いに至るのも当然なことだ。しかし、なぜ私はこんなに涙が出るのだろう。
 山下さんが静かな口調で話を続けた。
「この方は、長い間この世界に住み、わが子のことしか考えていません。周りは全て恐怖と猜疑と責め苦の世界。私たちの問いかけも意識が捻じ曲げてしまいます。おそらく洞窟の奥から聞こえる恐ろしい魔物のささやきぐらいにしか聞こえないでしょう。彼女を救うのはなかなか難しいと思います。部屋へ帰って対策を考えましょう。」

 部屋に帰って私は山下さんに今回疑問に思ったことを質問した。(1)あの女の人は地獄のようなところにいるが、今地獄に落ちているならなぜあんなところにいるのか。そもそも地獄とはどんなところにあるのか。(2)何度も供養をしたと言うが、なぜあの幽霊は去らないのか。(3)私たちは死んだらどうなるのか。
 それぞれに古今の賢人が長い間解明を続ける難問である。私はいじわるをしたつもりはない。私が生涯常に疑問に思っていたことである。たとえ山下さんが答えられなくても、山下さんへの尊敬の気持ちは全く変わらない。
 
 ところが山下さんにかかると、いとも簡単に答えてくれるのだ。
「地獄と言うところは有りません。少なくともどこか固定した場所に有って、悪いことをしたらそこへ落ちると言うのは間違いです。地獄と言うのは、人や、その他エネルギー体の思いの姿の一つなんです。人は高度なエネルギー体の一つですから、体を脱ぎ捨てても強い思いのエネルギーは残ります。エネルギーの法則に反した思いを持てば、その方の良心が自分を責めさいなみ、自分のエネルギーで魔の思いを呼び寄せ、堂々巡りをして自分で自分を苦しめているのです。肉体を持っている時は、良き方のアドバイスも聞けますし、ある程度思いに歯止めがかかり恐ろしい地獄の様相になることはまれです。しかし、肉体を捨て自由になると苦しみは顕著になります。顔や姿を変え、そこに他の似たような思いの霊を呼び寄せ、さらに悲惨な悲しみ、苦しみが襲うことになります。
 
 さて二番目のご質問ですが、供養とは、その方を偲んで愛念を送り、その方の今後の幸せを祈ってあげることです。お坊さんをたくさん呼んで、これだけ盛大にしたと言っても、愛念がなければ効果は有りません。お経をいかにたくさんあげようと、お経は霊にとって意味が分からない呪文、それだけでは救いにならないのです。たとえば、生きて悩んでいる方にお経を聞かせても悩みが取れないことと同じです。もちろん、そこに愛念が有れば霊は喜びます。お経の力ではなく、供養してあげようというその心だけ見るのです。ですから、時々思い出して手を合わせてあげる、それだけで充分よい供養になります。
 
 最後に死んだらどうなるかと言うことですが、これは一言では難しいですね。人の体も、この世の物質の全ては、同じエネルギーでできております。分子、原子の世界まで見ると電子、中性子、陽子など、これらはじつは空中を飛び交う電波のように実体がないエネルギーです。私たちは普段そんなことは実感しませんけれど、私たちの体は実体の無いものでできているのです。そうしてやがてそんな物質世界の殻のようなものを出た時、もっと精妙な幽体という体を持ちます。これも物質同様実体が無いものですが、触ると物質世界同様、手も足も頭も全て存在の実感ができます。私たちはしばらくこの幽体で生活して、その中で幽体も実体が無いと気付いた人たちは、やがて幽体をも脱ぎ捨て、宇宙のエネルギーと同調できるような、本当の実体、意識だけの体を持つことになります。そこには素晴らしい世界もあるようです。この世で立派に生き抜いて、他者への愛念にあふれた人々の意識が寄り集まり、光り輝く集団となっています。それぞれの集団には選ばれたリーダーがいるのですが、面白いことに、そこのリーダーを選ぶのは、この世と全く反対だそうです。この世では立候補して、たくさんの票を集めた方が当選する仕組みです。たいていは、いかに出生がいいか、お金を持っているか、映像の見栄えがいいか、社会に流行る言葉を見つけるか、名前が広く知られるか、によって選ばれます。心の品格はほとんど考慮されません。しかし、その世界ではいつの間にか尊敬を集めて持ち上がってゆくのです。その基準は心の品格です。その方の思いの姿を見れば即座に判断できるのです。私たちの世界もこうで有ったらと願わずにいられませんね。」
 
 私はすっかり感心してしまい、こうして山下さんに出会えた幸運を感謝した。そして、この世での私の生き方を考え直さずにいられないと思うのだった。

「さて、あの女の方のことですが、彼女の最も気にかかることはやはりわが子です。確か太一と呼んでいました。その子を見てみたところ、正しい心で介護され立派な青年の姿でおります。歳が合わないですが、霊は、その意識の最も充実した姿を現すものですから。そして何度も母親の元を訪ねてきているんですよ。しかし長い間、女の方は石をわが子と思い込んでいるので、わが子の話しかけも全く分からないのです。もはやだれの言葉も受け入れません。彼女の意識が全て不気味な物音ぐらいに捕らえてしまうのです。さてどうしたらいいものでしょうかね。とにかく明日太一君の霊を呼んで滝へ行ってみましょう。」
 時計を見るともう夜中12時過ぎ。私たちは明日に備えて眠ることにした。

 電気を消してしばらく経った頃だった。私はベッドの脇に何か違和感を感じて目を開けた。
 何とそこに髪の長い女が黙って座っている。髪も着物もびっしょり濡れている。私は息を呑み、即座に山下さんの方を見ると、山下さんも奥さんも起き上がっていた。
「いま太一君を呼んであげますよ。」
 山下さんはやさしくそう言い、ベッドの上に正座して静かに目を閉じた。
 すると女の前に小さい赤ん坊が現れた。赤ん坊はにこやかに座ったり彼女の膝に手をかけたりしている。それにしても美しい赤ん坊だ。幸せいっぱいに育てられたのだろう。体全体がほのかに輝いているようだ。しかし、それでも女の目は赤ん坊を見ていない。黙って目を下ろし、大事そうに抱えた石を見つめている。
 
 やがて赤ん坊は女の膝に手をかけ膝を這い上がり、石に手をかけた。その時だ。山下さんは大声を上げた。
「たいち!」
 それと同時に女の顔がやや持ち上がった。そしてゆっくりとゆっくりとこちらを向くのだ。
「た・・・い・・・ち・・・」
 かわいそうに女の顔は、どす黒くやせこけ、半ば狂ったような目付きをしている。
「た・・・い・・・ち・・・」
 赤ん坊が膝に立ち、女の首に顔を埋めた時だった。女は顔を戻しその子を見つめた。
「た・・・い・・・ち・・・」
 女は目を見張り赤ん坊を認めると、抱えていた石をずるりと脇におろした。
「たいち・・・たいち・・・お母ちゃんが悪かった。苦しかったろう。どうか許しておくれ。あああ、たいち・・・」
 女は思いっきりわが子を抱きしめていた。
 
 不思議なことに、女の涙とともに女の顔つきが少しずつ変わってゆくのだ。あれだけ貧相で怖い目付きをしていたのに、もう普通のお母さんが赤ん坊を抱く姿に似ている。そうしてしばらくして二人とも次第に薄くなり、どこかへ消えていってしまった。


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