
わんにゃんは仲良し。
先入観を与えなければ「異民族?」でも一緒に遊べる。
昨日の段階では「だましだましつかえた」パナソニックのノートパソコン。
今日ほんの数秒で液晶がサイケになった。
息子の駄目押しでもう外部のモニターにつなぐしかない羽目に・・・。
ぎらぎらしてる画面見て本当に嬉しそうだ。
何かがおかしい。
そのまま数分も立たないうちに居間の液晶モニターが傷だらけ。
次男がシャーペンで削ったらしい。
日立の製品は丈夫で割れなかったようだが以前の打撃で激しくドット抜して悲しい姿に、
しかも今回の傷。
後、残る私がメインで使ってる、デルのモニターは以前右下が液晶を割られている。
スイッチパネルが思うように動かなかったようで無理に押して液晶を割った。
これ以上押したりすると多分もうだめだ。
割れたモニターを見るのはストレスの種。<私の>
・・・・買い換えたい。
でも今買い換えたらその新しいのが割られる気がする。
数時間で。
今まで何度か水濡れでノートをダメにしたので
防水で落下衝撃対応のノート買ったのに
ぜんぜんそこのところ意味がなかった。
パソコンが好きなくせにここまでこわしまくる息子は
誰にも止められない。
止められないこの部分がまさに息子の「障害」なのだ。
ほかの兄姉と相談の上
「しっかり」服薬(リスパダール)させることに決定。
まだ薬を抜こうと思うのには時期が早すぎるのだと。
(ぬきたいけど)
あのものを壊す衝動的な動きは繰り返しは以前のとびだしとおんなじだ。
説得やしつけや努力と根性で抑えられるものじゃない。
先月太るのが薬のせいかどうかというチェックをした。
摂取カロリーはそう多くなかったことを確認、
やはりおなかぽっこりの原因の可能性は服薬ではないか。
でもこの薬を今やめることは無理だ。
今後服薬で太る可能性を考えて
家でお菓子を食べること、
清涼飲料の買い置きをしないことで
次男が最低限太らない努力をしようと決めた。
<現在の息子はぽっこりおなかは直っていないもの背が伸びで目立ちにくくなっている。ほおもシャープになった。>
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猫のきょうだい。
我が家の庭に投げ込まれたお母さん猫が子供を生んで家中猫だらけに。
まあいいか。
今日の日記。
またパソコンの液晶割られました。
これで我が家のパソコン3台全滅。
微妙にみんな使えるんですけどね、
ヤッパ液晶は割られるなあ・・・。
壊されるの前提で、基本的に中古を買いつないでいますが(そうでないモニターも割られてるけど)
「また割ったね」というと今日は悲しそうに泣きました、息子。
自分の好きなものを壊してしまった悲しみに見えたけど
・・・ちょっとわかんない。
息子の暴発する「何か」が
人にその衝動が今向かないから
まだすくわれているのだと思う、私が<苦笑

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4年生の11月に
自立登校にようやくチャレンジした僕。
僕の行きたい「どこか」に行かずに
学校に登校する、ということが
みんなが当たり前だということが
僕にはとても むずかしい。
冷静に今考えれば年中組の年齢のときに
支援のない幼稚園に行くのは難しかったと思う。
子供同士のトラブルや
障害児の親であるという変な引け目に
親である私がまだ耐えられなかったと思うし
何のノウハウも持たず
持とうとしない幼稚園が
息子をみることはできなかったと思う。
「郡司」先生は
だからそうむちゃくちゃな先生じゃない、
無知であるということは、
ああいうひとになる、そういうことなのだ。
当時発達検査さえ判定不能な息子は
親である私でないと
みられなかった。
そういうそだちのときだったのだとおもう。
小学校には特別支援学校への選択肢がなかった。
ただ運良く熱意のある先生が
この学校にそろっていた。
重度の知的障害でも入ってしまえば何とでもなる。
2年のときに人手不足の問題はあったけど
親と対立せずに横並びで管理側に改善を要求した。
私と現場の先生はいろんな書類を作り訴えたけど
増員はかなわず
校長先生は私と会うと明らかに苦しい笑顔をつくり。
せめてこの大変さだけでも実感してもらおうと
私と先生方は画策を練り
手の足りないときに息子を校長室に預けたりした。
校長室でばたばたする息子に校長先生は「どんな嫌がらせや」と思っただろうか?
ついに3学期には学生ボランティアが何回か入った。(遅いけどありがとう・・・苦笑)
(その翌年に私が昨年はお世話になりました、と声をかけると「僕も1年目でどうしたらいいかわからなかった」と会話は続きちゃんと和解した。)
中学校には特別支援学校の選択肢もできる予定。
療育しか選択できなかった、
地域の学校しかなかったという状態から
選べる贅沢に一歩前進(な気分)

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猫はマイペース。
夜寝るときだけは人間と寝る。
昨日は歯医者。
自分で歯科医院に入り、呼ばれれば自分だけで診察室に入り、静かに帰ってくる。
よくできました。
こうなるのにも数年がかりだった。
最初は落下防止のネットをかけるのが私がいやで
穏やかな歯医者さんに数回通ってみた。
まずいすに座れない。
口が開かない。
ということで診察以前の問題。
歯医者が嫌いになってはいけないからということですわるだけの繰り返しで
それでもどうしてもそのレベルから変化できなかった。
それでしばらく歯医者通いをやめた。(療育や学校で検診だけを受けていた)
いよいよ虫歯ができたときに腹を決めて
ちょっと乱暴(笑)だけど治療が確実なところへ。
いやおうなしに押さえつけて治療する^^
だけど回数が少なくてすむので治療が目的ならそれもあり、と割りきる。
それでもいやな思い出が連続しないように治療の間隔はできる限りあけた。
(毎週ではなく月1回とか2回とか・・・)
一通り終わったらまた歯科とおさらば、でまた虫歯発見で治療に。
そうやっているうちに4年生になって
多分歯医者と虫歯の治癒が本人に因果関係として納得できたようで(多分)
「感覚過敏の自閉症」障害児と思えないくらいのおりこうさんになった。
いや、
音や光やいろいろに感覚過敏だとか
拘束が嫌いなのだとか、
自閉症児はこだわりがあるのだとか
なれない環境を拒絶するとか
親や周囲が先回りしすぎて思い込んでしまうことが
発達障害の子供の発達を「阻害」
しているんじゃないだろうか。
私は最近そう思っている。
彼らは時間の流れが本当にマイペースで
現代人が月に4回も通えば乗り越えるだろうコースを同じ4回でも何ヶ月かかけるというペースで楽しんでいるのではないか。
風景をみたり
寄り道をしたり
無駄なことに気をとられたりしながら
それでも必要な時期に
結果的にその場所に立っているのではないか。
彼らが努力以前に「できない」ことを周囲が理解することは大事で
たとえばわが子のように言葉の認知が難しいものに音読ができないことに腹を立てるとか
立てない子に「さあ走れ!」と励ますとか
人を信じられないほど傷付いた心に
「自分が変わらなければ何も変わらない!!」と説教するとか
そういうことはばかげてる、と私は思うけど
できない部分を補う力はみんな潜在的に持っているから
それを信じたい。
話は違うけど
自閉傾向のお子さんは就学後にどんどん太る傾向が多いです。
多動だったりかんしゃくを起こしていた子が
テレビやゲームやパソコンに目覚め
食べることに目覚めると
食べていると静かなので親は「楽になった」とついそのままにしてしまう・・・。
家にいても大丈夫になるので
支援も使わなくなって。
運動量が減る、カロリー摂取が増える、重くなる、
子供が暴れると抑えられなくなる、
かんしゃくを起こさないように好きなことをさせておく、
褒美に食べ物を与える・・・。(悪循環)
何かをさせようとしても重くて動かない・・・
ほんと、基本的なマナーなどは軽いうちに、
他人の指示に従うように訓練するのも軽いうちまでがいいですよ^^

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末子がヘルパーさんに個人的にもらったサングラス。
ソルにかけてみた。
男前やん。
末子はよくいろいろ「もらえる子」
こどもの日にはこいのぼりのラムネ菓子だとか野菜だとか、ちょっとしたおまけだとか。
これは人徳みたいなものかと思う。
誰かにあげるならこの子、と思い出してもらえるのは本人は気づいてないだろうけどいろんな意味で得をしている。
外出先で偶然大人の「利用者さん」と出会っても声をかけてもらえたり握手してもらったりなでられたり触られたりしている、最近そういうのもとても楽しんでいるように思える。
自閉症とはいえ人好きに育った息子
環境の変化も苦手ではなくこだわりもつよくなく
過敏な感覚も強くない。
学校にも支援にも恵まれたのだろう。
入所施設が「行ってもいい場所のひとつ」ではなく「行かねばならぬところ」「拘束されるところ」であったら
それはやはり負担になり心を病む原因になるだろう。
閉鎖された施設での体験で息子の飛び出しは消えたのだけれど、
だから場合によってそういう施設も必要なのだけれど
やはりそういう不自然な生活には終わりも無ければいけないと思う。
私は学校も実は「不自然なもののひとつ」だと思っている。
この半年以上地域の中学校での特別支援の様子などを見ながらいろいろ思うこともあった。
問題は教室の中でなく教室の外、教師の見ていない部分にある。
ギスギスしたものはどこかの学校特有のものではない。
社会やひとの心の問題だ。
本人が強く育つしかない。
中学生まであと2年。
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英語教室が好き
教えようとしないスタンスの先生と
何をしようとしているのか探り続ける息子が手探りで向かい合う一時間に
ふっと意思が伝わり
持っている知識が
ここだ、と出てくる。
それは理屈で無く楽しいから。
いつもすれ違うおじさんが挨拶してくれてて
一度自分からこんばんはといってみたら
やっぱりおじさんがこんばんはといった。
これでよかったのだ、とわかる瞬間。
それが理屈で無く楽しいから。
今日の予定は新しいヘルパーさんの来る日。
随行のなれたヘルパーさんも来る日。
やっと散髪にいける日。
親が連れて行く以上に
きっとまた発見と出会いがあるだろう。
人は誰かにほめられるために生きていくわけじゃない・
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少年柔道の準備体操に自分で参加することができました・
半年くらいかかるかと思ってたけど3ケ月でしたね。
まだまだ体をみたようにうごかすことはできませんが
自分でやってみよう、と思えたことはすばらしいです。
三田市には知的障害だけで通える特別支援(小中)学校は現在ありません。
どんな成長の子も地域の学校だけが選択肢です。
(センター校と言うのがありますが地域の学校のモデルみたいな感じです)
そういう状態で現在の学校生活の中で「できる」達成感を得ることは高学年では難しくなってきます。
特に先生方の中には「健常のお子さんと同じような立ち居振る舞い」をもとめる傾向もあります。
歩き方、座り方、声の出し方、礼の仕方
そういう細かい部分で目標を「達成」させていこうというものです。
先生にも考えがありますのでなかなかそれをかえてほしいということは難しいです。
今息子の先生は緩やかな方ですが今後先生がそういう傾向の人に変わったときにどうなるだろう、と少し心配することがあります。
まあ考えても仕方ないわけですが
学校以外の行き場、受け入れてくれる集団。
こういうものを今後もさがしていく必要があるかな、と思いますね。
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市の合唱際をきいてきました。
昨年は2グループだけ聴いたのだけど今年はたくさん聴けました.
ただもう最後に参加して16年はたってるのでメインのメンバーだった人は高齢化。
まあ私だって恐ろしい年齢にはなってるけど
学生時代から復帰したあの時期と今後復帰しようかな、と思う今はだいぶ目標も変わってきますね。
私も次復帰したとしておそらく数年しか続けられないだろうと思います。スキルも落ち、時間もママならない状態で単に「スキだからうたいたい」という構えではもったいない気がします。
社会貢献につながる活動がしたいなあ。
以前付いていた指導者の方はほとんど一線からもう引かれてるようなので所属を変えても問題なさそうな気がしました。
自閉症の息子は拍手をしたり体を揺らして乗っていましたが声が出だしたのでホールの多目的鑑賞室を利用しました。
(ガラス越しに演奏を見る部屋)
よく「子連れだから別室に連れて行かれた」と苦情っぽいことをいわれるかたもあるようにききますが
うちに限って言えば遠慮なく手拍子もできるしメロディも口ずさめるし適度にたったり動いたりトイレにも行きやすいのでいいなあと思いました。
今後もホールに連れて行けそうです。
音楽は好きなんですよ。
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音楽会の練習がいやなのかといえば実はそうでもない息子。
携帯電話をうっかり触られると着信音は全部息子の「歌」に変わっている。
自分でボイスレコーダー機能を使って録音し、ちゃんと着メロに変えてくれるのだ。
突然電話がうたいだすとびっくりする。
一概に言えないけど
ヘルプする側が支援される側を「お客様」と捉えると関係はむすべない。
また「・・してあげる」のたち位置でハンディのある人と対峙すれば関係は横並びではなく上下関係だ。
わかりやすい言葉を使うのと
赤ちゃん扱いするのは違う。
自閉症の4年生の息子が今学校に感じてるのは行き届いたサポートに対する不満かもしれない。
遅れていけば靴箱で先生が待ってるとか
体育館に移動するときに手を引かれるとか
時間が無いからいいわ、とほんとうは体育館シューズに履き替えなければいけないところを上靴で行かされるとか
並ぶたびにみんなが親切にあっちだこっちだといって手をつないでくれることが。
自分はもっとできるのだ、と思ってるのかもしれない。(たぶん回り道をしながらだったら学校ですることは全部できると思う)←音楽会の割り当て練習が終わるし。
2次障害はなぜ起こるというのはまとめちゃいけないけど
自分は自分だという気負いと、思うように付いていけない現実と、周囲の「やさしさ」に対するいらだち、心のありかたの矛盾から来るのかも、と思った。

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火曜日の柔道。
初めて先生に組んでもらって投げ技の練習のようなことをした息子。
先生が投げる側でそういう風な姿勢をとったところ
「自分で投げられたように転んだ」そうだ。
(投げられる役目を期待されていると判断したらしい)
君はよしもと新喜劇か。
水曜日の英語
教室に行く前に郵便局のおじさんらしい人に目を合わせて
「こんばんは」と挨拶。
おじさんも
「こんばんは」と。
通じてるやん。
レアなシーンは母親の前では絶対しない。(いまだにママとちゃんと呼んでもらったことがない)
君はギャグも社交もちゃんとできるんやねえ。
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