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我的勝手日記 ~フツーのサラリーマンが思うこと~

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報道に思う

2005/08/24
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カテゴリ:報道に思う
 道民が夏の2連覇に湧き上がった直後の残念な報道。まだ最終的な事実は明らかになっていないが、おそらく被害者サイドの主張内容が事実に近いと考えるのが自然だ。加害者サイドに、コトを最小に止めたい理由は、いくらでもあるが、被害者サイドにはコトを最大にする事で得る利益は少ない筈だし、また事実以上の主張をする理由も今のところ見当たらない。

 但し、被害者サイドと野球部長との間に、金銭の絡む何らかの恨みや感情的なもつれ等の背景がある場合はこの限りではないが。。。

 経過は周知の通りであるが、ここでは本件をケーススタディとして、暴力に至る心理的側面の構造や背景について考察を進め、何故このような事が繰り返し起きるのか、その要因や対応について考えてみる。「暴力撲滅」とか「二度と過ちを繰り返さない対策が必要」といった論調も散見されるが、”口で言うは易し”そんなに単純な事ではない。よって、この記事にも結論は無い。

 人が暴力を振るうに至るメカニズムをシンプルに言えば、感情の高ぶりが理性を超えた時だろう。いくら教育的指導的見地に基づいた行動としても、感情の高ぶりなくして、普通は暴力に至らない。

 感情の高ぶりを無理に2分すれば、相手を思うが故の感情の場合と、単に自分自身の苛立ちをコントロール出来なくなる場合がある。前者の場合は、後々受け手側が理解したり更生する事が期待出来るが、後者の場合は受け手側にトラウマを残したり、同様に暴力を振るう人間に仕立ててしまう危険性がある。

 我も子供の頃、親父によくビンタを食らったものだ。酷い時は、耳のあたりが内出血し、学校の先生にどうしたのか?問い詰められ、家庭訪問時の話題になったそうだ。その内出血ビンタの時、親父に怒られた理由は全く覚えていないが、その時の親父の表情や、飛んでくる平手の映像は、未だに脳裏に鮮明に残っている。だが、これはトラウマではない。親父は感情的になっていたが、その感情のベースはあくまで子供の我に対する愛情に他ならない事を、後に理解出来たからである。

 全く感情に支配されず、理性のみで動く人間など、どこにもいない。むしろ、感情に支配される事もある生き物なのだと、開き直ることも必要だ。そうしないと、最悪は自らの命に終止符を打つ一つの要因にもなりかねない。おっと、テーマが脱線しそうだ。

 さて、今回の駒大のケースはどうだろうか?もし、2時間にわたり20回以上の暴力を振るったのが事実とすれば、そこに生徒に対する愛情や教育的指導的見地があったとは言い難い。あとは、何故そのような憎悪に近いような感情が、野球部長に湧いたのか、もし単に個人的な苛立ちなら、何故被害生徒にそれが向けられたのか、の検証が必要だ。

 通り魔や戦争は別として、暴力やケンカの原因や責任の所在が、どちらか一方に100%帰属するケースは少ない。誤解を恐れずに言えば、もし仮に暴挙を起こした要因の99%が野球部長にあったとして、残りの1%は被害生徒或いは保護者側に、野球部長を怒らせた、或いは矛先を向けさせた何か、がある可能性を忘れてはならない。

 このようなことを言うと、可哀相な被害者に対して何を言うか!という声も聞こえてきそうだが、それは違う。被害者がまた同じような被害に遭わない為に、被害者側にも何らかの問題点や加害者の感情を煽るような言動が無かったか、反芻するプロセスが必要だと思うからだ。

 世の中、いい人ばかりではない。悪い人や暴挙に走る人を根絶する事は不可能だ。ならば、自分自身がその被害者とならないよう防衛するしかないのである。冒頭の通り、暴力撲滅は難しい。話が飛躍するが、人類2000年の歴史においても、ケンカや戦争が絶えないことが、それを証明している。

 よって、「撲滅」ではなく「最小限に」止める努力をするのが、現実論だ。そのひとつが前述の被害者側自身の検証と以後の自己防衛であり、もうひとつは加害者が2度と同じ過ちを繰り返さない為のプログラムや環境作りが必要であろう。勿論、加害者は処罰されて然るべきだが、現在の過大とも言えるマスコミ報道によって、既に相当なダメージを受けている筈であり、これが必要以上の制裁とならないことを祈る。

 全国の教育者の方々も大変だと思う。ちょっとした体罰で、その人の人生が変わる可能性がある。一人一人がご自身の家庭や人生を守る為に、一切の暴力を封印し、その結果が”言葉の暴力”に転嫁されていく事を危惧する。言葉の暴力は、時として手足による暴力の何十倍もの打撃を与えるし、問題になった事後の検証や立証も、手足の暴力に比べて困難だ。

 以上のような事まで視野に入れた、見識ある報道を期待するのは、それこそ過大だろうか。






Last updated  2005/08/24 09:05:13 PM
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2005/07/25
テーマ:報道に思う(10)
カテゴリ:報道に思う
 かなり久々の「報道に思う」カテゴ。ロンドンで大規模なテロがあった後、更にテロとは無関係の市民が警察によって射殺されるという痛ましい事故が発生した。これに関して、警察の行き過ぎが批判されているようだ。

 亡くなられたご遺族やご友人の方々の心中や怒りは、察するに余りある。しかし、誤解を恐れずに言えば、我は現在の警察のスタンスや行動を、やむを得ないと思うのである。局所的に本事件のみを見れば、警察の行き過ぎである。が、事態はそんな簡単なものではない。

 高い見地からマクロ的に見てみる。まず、テロとの戦いは圧倒的に守る側が不利だ。守る側は、法を遵守する範囲での活動を行い(現実は違う面もあるだろうが)、いつ何時攻めてくるかわからない中での防御となる。一方、攻める側には法の遵守など毛頭無いのに加え、攻め時や戦術の選択も自由だ。戦いの土俵や前提条件において、圧倒的に攻める側が有利なのである。

 守る側としては、如何にして事前に敵の動きをキャッチして、対策を講ずるか?が、ポイントだ。しかし、CIAやモサドと並ぶ世界に冠たる情報機関であるMI5/6をしても、且つG8開催期間中であったにも関わらず、このようなテロを防げないのが現実だ。

 以上の背景を念頭に入れた上で、更に現場の警察の心理も考察してみる。テロ側の戦術や技術も日進月歩。取り押さえたからと言って、全く安心は出来ない筈だ。現場で一瞬の内に、どのような言葉や視線のやりとりがあったかはわからないが、もし相手がプロで準備万端だったなら、指1本で自爆出来た筈だ。

 そうなれば、取り押さえた警官自身も一瞬にして一生を終えるのは勿論、周囲の乗客にも多数の死者が出たかもしれない。そうなれば、逆に警察への批判は最高潮に達していただろう。数人の警官が、取り押さえていたのに、何故防げなかったのかと。現場の警官は日々、そのような恐怖感や背負いきれない責任感と戦っているのではないか。

 では、どうしたらテロは無くなるのだろうか。そんな難しくて大きな問題は、矮小な一市民には解決の糸口すら見出せない。日本人の理解を超えた宗教対立、憎しみの連鎖を断ち切る等のコメントが散見される。確かにそれは直接的な原因のひとつであろうが、一市民の感覚的には、その背景にもっと大きな力の作用や摂理が働いているのでは、と思われる。勿論、手を拱いていて良い、という訳ではないのだが。。

 具体的に言えば、人口の間引きだ。テロや戦争だけではない。どんなに医学が進歩しても、新たな難病が発生する。もし、戦争も難病も無い世界が訪れたら、爆発的に増加する人口に地球自身も人間の英知も対処しきれなくなるではないか。こうしている間にも、アフリカでは1日に数千人(万人?)が餓死しているし、殆ど報道もされない内戦が、何年も続いている国もあるのだ。

 ちょっと飛躍してしまった。我は無宗教だし、神の存在も信じない方である。でも、何か人智を超えた、大河のような止められない流れがあるのでは?といった仮説でも立てないと、説明がつかないのである。






Last updated  2005/07/26 02:01:14 AM
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2005/05/05
テーマ:報道に思う(10)
カテゴリ:報道に思う
 久々の「報道に思う」シリーズ。JR脱線事故については、ここで我が言える事は何も無い。ただひたすらに遺族の方々の心情を慮るのみである。

 さて、お得意のマスコミ批判だ。有り得ないが仮に自分がマスコミ人だったらと仮定すれば、軽々しく批判出来ないと以前の日記に書いた気がする。だが、最近のオーバーランや3次会がどーのと、喧しく報道するマスコミには呆れる。勿論、遺族の方々の心情を思うと何も言えないが。

 実態はわからないが、想像するに事故前と事故後では、オーバーランは減っている筈である。でも逆に報道されるオーバーランは、実態に反比例して激増しているのでは?と思う。そう捉えるのが極めて自然だからだ。あれだけの事故があれば、運転士一人一人が気をつけて運転する筈だ。でも人間が制御する以上、間違いがあってもある意味当然で、それを前提としたシステムとしての防御策や、組織としてのマネージが求められる。

 JRがどのような対策を打つかは、まだ静観するしかない段階かと思う。そんな段階のおいて、日々オーバーラン他に目を光らせて、鬼の首でも取ったかのように報道する姿勢には首を傾げる。重箱の隅をつつくような報道が事態の解決に寄与するより、むしろ逆効果になるのでは、と危惧しないのか?不思議に思う。






Last updated  2005/05/05 08:57:33 PM
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2005/04/17
テーマ:報道に思う(10)
カテゴリ:報道に思う
 久しぶりの「報道に思う」シリーズである。前回から約1ヶ月ぶり、この間ホリエモン系のネタに興味が薄れてきてしまい、また仕事に復帰したことで以前のように暇に任せてTVを観たり、新聞を読むこともなくなった。よって、今日取り上げるテーマについても、ニュースキャスターが喋っているのを小耳に挟んだレベルで、新聞もロクに読んでいない。そんな状態で日記を書くのだから、まさに「我的勝手」の本領発揮?だ。でも、一般の方々においては、我と同等レベルの情報しか得ていない方々が多数派では、と勝手に推測する。

 まず真っ先に思うのがTVに映し出される大群衆、この人たちは普段何してるんだ?仕事は?学生なのか?いや休日なのかな?と不思議に思う。日本では考えられないからだ。更にこの人たちは、如何なる動機付けでデモに参加しているのか?ということだ。

 「日本に対して過去の侵略の歴史に反省を求める」「そんな国が常任理事国とは何事か」といった内容がデモの目的になっているようだ。しかし、中国の一般の人々が正しい認識のもと、使命感に燃えて参加しているとは到底思えない。そんなことの為に、せっかくの休日の大切な時間を無駄にしてデモに参加しても、一人一人の生活は何も変わらない。と考えるのは日本人だからであって、そもそも中国人の常識感覚は全く違うのかもしれない。

 中国の反日教育によって、日本人が考える常識は彼らにとって非常識となっているのだろう。あとは、群集熱狂心理。デモに参加している人々に確たるポリシーはなく、群集心理で熱狂そのものを楽しみ、それを反日教育が下支えしているとう合せワザの構図か。

 それにしても、よく人が集まるものだと呆れつつ感心する。おそらく、インターネットを利用して、活動家を名乗るリーダ達が人々に呼びかけて群衆化させるのだろう。それはピラミッド上に形成され、頂点に位置する活動家というよりは煽動のプロが、水面下で中国政府と繋がっていると思われる。表向きは、許可無しデモ禁止を通達したり、警察を出動させたりしているが、本気でデモを鎮静化しようとなんぞ、微塵も思っていないことは明白だ。

 勿論、中国の真の狙いも「過去の反省」なんてところには無いのだろう。ODA等の様々な金、領海問題等、国と国の間には常に様々な問題や交渉がある。それらを有利に形勢づける為の手段なのだろうか。

 とまあ、話は尽きないのだが、残念に思うのは中国国民の民度の低さだ。熱狂に乗じて、罪の無い日本料理店を襲撃したりしている。これだから、スポーツの国際試合やオリンピックも、安全に開催出来ないことになる。でも、中国国民一人一人を責めるのも、少し筋違いというか、可哀想なのかもしれない。この辺に、社会主義国家の限界や悲しさを感じるからだ。







Last updated  2005/04/17 05:27:37 PM
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2005/03/17
テーマ:報道に思う(10)
カテゴリ:報道に思う
 予告通り、ホリエモン!。これで、この記事も4回目となる。ここにきて、ライブドアに勢いがあるようだ。そして、これまでの展開はホリエモンに言わせれば「想定の範囲内」であろう。彼の言う既存メディアとITの融合事業の立ち上げ~成功までを頂上とすれば、まだ1~2合目の筈。

 よって我的にも、これまで及び今後の展開について特段コメントする気は今のところない。今日は、今回の騒動を通じて”マスメディアと情報”について考察してみたい。本シリーズ第2回目の「ホリエモン!~連日の報道に思う~」(2月19日の日記)で既に述べた通り、今回の騒動はフジサンケイVSライブドアの民間企業同士の1対1の戦いには留まらない、様々な意味や問題提起を含んでいると思う。”マスメディアと情報”はその内のひとつ。

 毎日散々報道されているので、日枝会長の「マスコミの高い公共性」発言が失笑を買ったのも、昔のように感じる。我のような骨折日記のオッサンが、一視聴者としてマスコミを批判するのは簡単である。しかし、もし仮に自分がニュースキャスターだったら、新聞の見出しを決定する責任者だったとしたら、と考えると(そんな事あり得ない、って話は置いといて)、「高い公共性」を維持した報道は、難しいと感じる。

 限られた時間や紙面の制約の中で、公共性とは言いながらも民間企業として競争の中に身を置き、刺激的な言葉で視聴率を稼ぎ、発行部数を伸ばす使命もある。ただでさえ、報道する側の主観が入らざるを得ない中、こんな背景も手伝って、「公共性」の維持は事実上不可能だ。そもそも「公共性」という言葉自体、マスコミが何らかの非難や攻撃を受けた時に防御する為の机上の正論であって、そんなものは初めから存在しないと捉えたほうが正しい。

 では、我々一般人はどのように情報を捉えたらいいのだろうか。今後、情報の洪水は増加の一途だろう。ホリエモンも言及している通り、その中で価値の無い情報や、虚偽の情報は淘汰され、正しい情報や正しい分析のみが残っていくと思われる。これは自然の摂理である。更に言及すれば、夥しい情報を取捨選択し消化するのは、あくまで個人の能力と責任に因る。

 マスコミを非難しても始まらない。情報に振り回されたり、取り違えたりして、損をするのは個人だ。他者を非難する事を考えている暇があったら、どうすればそうならないかを考えて、自分自身が武装する事に時間を費やすべきだろう。単なる情報(=information)を分析して、自分自身の知識(=intelligence)としなければならない。そんな当り前の意識が、我々一般人に欠如しているような気がしてならない。

 さて、とは言いつつもマスコミにも一言いいたくなる。日々この騒動が報道されているが、それはニュース番組だったり、報道の名を借りたバラエティー番組でのスポット的報道ばかりだ。これだけ世間を騒がしているのだから、表面上の経緯や発言や今後の展開予測だけでなく、前述のように本騒動に潜在する様々な問題を提起/検証する特番をやらないのを不思議に思うのは、我だけだろうか。

 ニッポン放送の異議申し立てが却下され、ライブドアが議決権ベースで過半数を超えた(らしい)このタイミングで、そろそろNHKスペシャルあたりで取り上げられ、事実と深い考察に基づいた報道がなされる事を期待する。






Last updated  2005/03/17 09:22:19 PM
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2005/03/06
テーマ:報道に思う(10)
カテゴリ:報道に思う
 今や「ちゃん」付けで呼ぶのも失礼かと思う程の実績だ。可愛らしさに実力を兼ね備えているから、人気が出るのは当然。女子ゴルフ界の盛り上がりは、彼女の貢献度によるのが大きい事は、誰もが認めるところだ。でも藍ちゃん1人の力だけでもない。同期のよきライバル横峯の存在、北田や古閑といった実力兼ね備えアイドル系、またここ1,2年で初優勝を果たした若手も多数いる。不動はその名の通り、トップの座を堅持している。

 今日の午後、これといった用事もなく家にいたゴルフおじさんの大半は、15:30からのゴルフ中継を観ただろう。しかし、番組が始まってから30分はゴルフ中継ならぬ、藍ちゃん中継だった。その後は横峯のハイライトとインタビューで、トップを争う服部と藤野が画面に現れたのは、番組が始まってから45分後だった。如何なものか?と思った。でも、これが視聴者の求めている事、なのかもしれない。。

 そんな事は、この際どーでもよい。我は、藍ちゃんの強さに注目する。ゴルフの技術的な面よりも精神的な強さを感じる。所詮、ブラウン管を通してしか知らないのだが、インタビューでの受答え等は19歳とは思えない。精神的な強さ、と一口に言っても色々あると思うのだが、彼女に感じるのはその「安定性」だ。「姿勢」と言い換えてもいいかもしれない。「ゴルフ」ではなく「ゴルフ道」を感じるのだ。この「道」は、空手道、柔道、茶道などの「道」。

 あくまでブラウン管を通しての雰囲気だが、メジャーに渡ったイチローと松井にも「道」を感じる。「野球道」だ。日本なら桑田あたり、間違っても清原に「道」は感じられない。自らの仕事を「道」として取り組む事は素晴らしい、大尊敬に値する。仕事でなくても良い。自分の中にしっかりと「道」を持って生きたいものである。






Last updated  2005/03/06 09:29:12 PM
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2005/02/27
テーマ:報道に思う(10)
カテゴリ:報道に思う
 ビジネスの世界も形を変えた戦争である・・・そんな様相を呈してきた。既存勢力は、自らのこれまでの素行を棚に上げてバッシングにしか聞こえないコメントを吐く。マスコミは、その低脳ぶりをいかんなく発揮し続けている。サイトを覗けば、ブロガーがこぞって本件を取り上げ、骨折日記のオッサンまでが評論家を気取っている始末だ。

 さて、我は相変わらずホリエモン派です。正確に言うならば「既成概念・既得権益勢力を打破する新興勢力を応援する派」です。いや、随分長いなぁ。で、応援派としては、今こそしっかりとガードを固める事と、正攻法でインターネットを駆使・実証しつつ風向きを作って欲しいと思うのである。

 まずガードを固める件。フジが新株予約権というグレーゾーンに堂々と踏み込んできた。この内容自体は、どうでも良いのだが、堂々とグレーゾーンに入ってきたという事は、水面下においてはもっとグレー、限りなくクロに近い事が画策もしくは実行に移されていると考えるべきだ。

 真っ先に思い浮かぶのは、サイトの健全性。エログロナンセンスのネタを捜索、無ければ爆弾のように仕込んでしまい、誰かに発見させて大騒ぎする。不法侵入して放火したり爆発させる訳だ。サイトから「不適切」な内容を100%排除する事は不可能だが、清貧を良しとし個人責任よりも組織管理責任を追及する傾向が強い日本的思考層に訴えるには有効だ。

 究極は殺人。これは今のところ無いと思われる。なんと大袈裟な!と思うなかれ。強大な力を備えてしまった既得権益勢力に、善悪の価値基準は無い。あるのは力の維持のみ、如何にして自分に有利にコトを運ぶか、その為に手段は選ばない。比較対象としては大きすぎるが、JFケネディ暗殺がオズワルドの単独犯と思っている人は、今やいないだろう。直接的な暗殺は無くとも、自らを追い詰めて自殺してしまう例は、枚挙にいとまがない。
 
 相手はフジサンケイグループだけではない。放送業界、音楽業界、出版業界全ての既成概念・既得権益勢力が敵だ。当然、背後にはその権益を支援し恩恵に与かる政治家や、その筋の方々も控えていると思わなければいけない。こうなると司法も怪しくなってくる。

 ホリエモンが現状を打開するには、世論を味方につけるしかないと思われる。敵もそれは重々承知しているので、表面上ではホリエモンの言動に対して重箱の隅をつつき、水面下では前述のような放火まがいの戦術に出てくるだろう。世論の煽動は相手がプロだ。

 今こそ正攻法で原点に戻り、放送とIT融合のビジョンを議論する等して、一旦戦いの場を切ってから立て直していければ良いのだが。所信表明配信もそのひとつだろう。ホリエモン日記には、毎日数百のコメントが寄せられているが、その大部分はなんとなくノリでホリエモンを応援する、いわばレイヤ1レベルの応援のようだ。これはこれで良いとして、世論をリード・形成していくには、レイヤ3レベルのインテリジェンス層の夥しい応援が固まりとなって、議論の進行役を果たす必要がある。と、口では言っても、具体的にどうしたら良いかは、わからない。。。

 毎日、この件の報道ばかりで、やや食傷気味。






Last updated  2005/02/27 05:12:32 PM
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2005/02/19
テーマ:報道に思う(10)
カテゴリ:報道に思う
 例の一件以来、彼の名前がTVに出てこない日が無い。彼のやり方を快く思わない人達の発言が、一斉に報道され始めている。それも直接の当事者だけでなく、政財界の面々までが外野から発言し、マスコミはそれをライブドアVSフジサンケイの構図で報道する。その内容は「近代青年らしくない」とか(近代青年っていうのも、あまり聞かない言葉だが)、「普通じゃない」とか、「常識では考えられない」といった発言が取り上げられている。政財界の面々の年齢層は、ホリエモンの父親世代であり、口には出さねど「青二才が、何をする」との思いも腹にはあるだろう。

 気になるのは、面々の発言とマスコミの報道姿勢だ。発言は何れも「○○らしくない」とか「○○的でない」といった極めて抽象的なものだ。これは裏返せば「○○であるべき」といった、発言者の持つ価値観を相手に押し付ける場合にみられる表現である。そして、面々がいう「普通」や「常識」は、ホリエモンが認識するそれとは異なるものだろう。一体、何が「普通」なのか?「常識」なのか?これでは、これ以上有意義な議論にはならない。

 常識問題については、報道に思うシリーズのNHKラグビー放映でも述べた通り、厳密に言えば10人いれば10通りの常識があるのだが、ベースとなる部分にしても時代や環境に応じて変化していくものだ。そうしなければ生きていけない。だが、永年培った常識は、そうそう簡単には変えられない。だから「普通じゃない」という発言になる。ライブドアVSフジサンケイの構図は、ちょっと大袈裟に言い換えれば、ビジネスの価値観を巡っての、新興勢力VS既存勢力と置き換える事も出来るのではないか。むしろ、そういう見方をした方が、コトの本質から外れないと思っている。

 実際、水面下ではどのような動きになっているのだろう。つまり冒頭から述べてきた内容は、表面上の報道で得られる情報だけで、一般人からみると、とーっても不満なのである。現在、反ホリエモン勢力の発言ばかりが目立つが、それはフジに事前ネゴ無しに時間外取引で大量の株を取得した、その手法ややり方に対する批判であって、ホリエモンの言っている既存メディアとインターネットの融合というビジョンに対しての議論が殆ど聞こえてこない。

 ライブドアVSフジサンケイの構図にしても、あまりにも単純過ぎる。構図として決して間違ってはいないが、コトは民間企業の1対1の株争奪戦には留まらない意味を含んでいる筈だ。前述の価値観を巡る戦争然り、グローバル視点での日本経済の将来にさえ影響を及ぼしかねないインパクトがあるかもしれない。3年後に「あの時に・・・」となっても、遅いのだ。

 でも、政財界の面々の発言は実際それだけなのだろうか?新興勢力サイドはホリエモンの孤軍奮闘に見えるが、他のベンチャー系からの発言は無いのだろうか?等々の疑問が当然生じる。結局、既存メディアは、視聴者にわかりやすく(面白おかしく、も含めて)、限られた時間で伝えなければならない。すると、ライブドアVSフジサンケイの単純構図で、報道する関係者の発言内容は、冷静且つ具体的なコメントよりは、感情が表に出ているコメントが優先される。

 更に報道するのも人である以上、そこに何らかの主観が介在する。これは、いい悪いの問題ではなく、そういう現実がある事を受け手側は認識しておかなければいけない。認識していると、NHKとテレ朝が、やけにこの問題の報道に時間を割いているように見えたりする。これはこれで、逆に受け手側の主観だと言えよう。

 既存メディアは、時間や紙面の制約から逃れる事は出来ない。例えば交通事故や火事で人が死んでも、報道される場合とそうでない場合がある。報道内容に基準を設けて、火事で人が死んだら必ず報道する事にしたら、日によってTVニュースの時間も新聞の紙面数も変化することになる。が、残念ながら現実には無理だ。そして、その制約を打破するのが、ホリエモンの言う既存メディアとインターネットの融合なのかもしれない。その新しい形に対して、既存勢力と既存メディアが、あたかもタッグを組んだようにして疑念の目を向けているという、皮肉な構図なのである。

 今後の展開はわからないが、ホリエモンにイバラの道が待っている事は間違いないだろう。それはニッポン放送の主導権争いに仮に勝利したとしても、その後フジサンケイグループを纏めていく過程で、また様々な反発や諸問題が容易に想像されるからだ。形勢不利な彼にエールを送る。愛着を込めて「堀江社長」から「ホリエモン」に呼び方を変えた次第だ。







Last updated  2005/02/19 07:46:08 PM
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2005/02/13
テーマ:報道に思う(10)
カテゴリ:報道に思う
 転勤で北海道に来て、もうすぐ2年。元々温泉好きだった我には天国です。観光ガイドには勿論出ていない近所の銭湯は、全て天然温泉で価格は銭湯並み。でも、今年はまだ一度も行ってない、いや行けないのだ。しょーがなく、TVで温泉系番組を見たりする。

 新聞のTV欄で「ふるさとあったか湯けむり紀行」なる番組を発見したのは、昨日の14時過ぎだった。早速チャンネルを回したら、ラグビーのトヨタ自動車VS早稲田大学が始まったところ。思わず新聞を再確認するが、間違い無い。事件や大事故でもないのに天下のNHKが何故?と疑問だったが、ラグビーが好きなので深く考えず、逆にラッキーとばかりにTVにかじりついた。結果は早稲田が敗退したが、内容的には見ごたえのあるいい試合だった。近年、学生と社会人の格の差が歴然としていたが、一矢報いた格好だ。明大ファンの我としては「前へ」のラグビーを見たかったが。。。

 さて、プロローグ(毎度の脱線)はこのくらいにしよう。今朝の新聞&ニュースで、コトの顛末を初めて知った。一視聴者として真っ先に思うのは「朝日新聞だったからか?」との疑念であろう。もし、レフェリーの胸の広告企業が朝日新聞ではなかったら、どうだったか?今更、確認する術もないが、今回のような二転三転の騒動にはならなっかた、と見られてもしょーがない。

 よく言う「○○不在」というヤツだ。視聴者からすれば、レフェリーの胸の広告企業名なんぞ、関心外。観たいのはラグビーの試合であり、実際今日のニュースで知るまで、レフェリーの胸の広告企業名なんて、全く脳裏に残っていなかった。人の脳はよく出来ていて、目に入っていても興味がなければ、脳には残らない。更に、我のようにタナボタで観戦出来た者はラッキーだが、諦めて外出してしまった人も多い筈。結局、NHKに対しては「つまらない自分のところのケンカの為に、視聴者を無視した行動をとった」というマイナスイメージが残るだろう。

 前回の顧問就任/即辞任問題も然り。一般市民から見ると「何故、こんな簡単な事を予め予想出来ないのか?」との思いではないか。でも、これは簡単なようで簡単でない場合もある。無論、NHKを弁護する気はサラサラ無いのだが、大きな組織の中に永くいると外部との常識感覚が乖離する事が現実として、多々見受けられるのである。ちょっと前だが雪印の元社長の「僕は寝ていないんだ」発言も多くの人の記憶にあると思う。

 では、何故このような事が起きるのか?視野狭窄だからだ、と一言で片付けられるような簡単な問題ではないように思える。それは、原因を突き詰めていくと、個人個人の常識感覚にいきつくと思うからだ。そこに組織が絡んでくるのは、同じ組織で同じ時間を永く共有すればするほど、似通った常識感覚が醸成されやすいからである。無論全ての人がそうなるとは限らない。今回の騒動にしてもNHK内には、あくまで当初予定通りラグビー生中継すべき、の意見もあった筈だと思う。一枚岩だったら二転三転はしない。

 常識とは奥が深くて難しいと思うのである。一般的に常識の意味は「万人が共通して持っている知識や認識、もしくは判断」と捉えられていないだろうか。ところがどっこい、10人いれば10通りの常識がある事は、ちょっと振り返って考えてみれば誰でもわかる。「お前、そんなのジョーシキだろー」「ウソつけ、そんな事ないぜぇ」なんて、中学生でも会話している。

 常識は人それぞれ違って当たり前。違う前提で、お互いにそれを否定するのではなく、違いを認識するところからスタートする事が肝要だ。うむ、突然ですが、だんだんとNHK問題から飛躍していきそうなので、今日はもう止めたっ。この辺の常識問題は、裁判員制度にも深く関わってくるので、場を改めて考察する事としよう(気が向いたら)。






Last updated  2005/02/14 10:21:13 PM
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2005/02/09
テーマ:報道に思う(10)
カテゴリ:報道に思う
 まだ午前中だというのに、今日の日記を書き始める。それも骨折ネタではなく報道ネタ。これも骨折が快方に向っている証しだろうか?この調子で骨折以外のネタが増加したら、更にカテゴ分けしなければ。いや、そんな先の事はその時に考えればよい。

 さて、ここ1年間での知名度アップ率ランキング、なんてものがあったら、この人が1位かもしれない。最近はTV出演でお茶を濁して、おとなしくしているのかと思いきや、ニッポン放送株取得のニュースが昨日からやかましい。もし、今晩のサッカーが無かったら、本ニュースのメディア占有率はもっと大きかっただろう。

 堀江社長の真意について、様々な憶測が流れているようだ。当然、我にも彼の狙いがどこにあり、いつ頃どのようにして実現するのか?具体的なスキームを窺い知る事は出来ない。ただ、外野の一市民として堀江社長に期待したいのは、既成概念の打破だ。これは、記者会見にノーネクタイで臨む、といった表面上の話だけでなく、そのようなパフォーマンスやTV出演等をしつつも、最終的にはしっかりと事業を成功させ、新しい経営者のスタイルを世の中に実証してほしい、と思うのだ。その最大の課題は、ヒューマンウェアだろうか。

 まず、堀江社長の言っている「放送とインターネットの融合」は至極当たり前の事だ。放送のデジタル化が進めば、従来のインターネットビジネスとの競合領域が増大する。垣根が無くなっていくと言った方がいいか。そのような場合、いつまでも競合していられないので、どちらが勝って生き残り、一方は駆逐される。もしくは融合して新しい形となっていく。放送とインターネットの場合は、どちらかが勝つという図式ではなく、融合となるだろう。問題は、何がポータルとなるか?どこがコンテンツを作って供給するか?だ。現時点では全く予想し得ない異業種の参入も考えられる。

 つまり、堀江社長の言っている「放送とインターネットの融合」は極めて自然な流れというか必然に近く、このようなM&Aの動き自体、もっと以前にあっても不思議でないものだ。但し、とっても抽象的である。当たり前の事ほど、その実現の道のりは険しかったりするものだ。増してこの領域は、放送業界とIT業界を軸としつつ、あらゆる業界が部分的にでも参入を覗っていたり、或いは何らかの形で関わっていかないと生き残っていけない領域だ。

 意思決定するのは、あくまで人間である。今回の株式取得にしても、事前にフジ側には打診も無かったと報道されている。これに対して不信感を禁じえない人も多数いる筈だ。そして、これはまだ氷山の一角かもしれない。無論全てにおいて、日本社会特有の根回しが必要だとは思わないが、結果として話を纏められなかったら、負けなのである。ビジネスプランが正しく有益であっても、それに賛同して協力してくれる味方が必要であり、そこに人間の感情が介在する。外野が期待する新しい経営者のスタイル実証の課題は、そんなところにあるのではないか、と思うのである。

※本記事は、昨日ニュースや今朝の新聞の聞きかじりを基に、個人の感想を思うがままに、9日AMに記載しています。以後の新情報や状況変化は当然ながら考慮されておりませんので、悪しからず、です。






Last updated  2005/02/14 06:36:26 PM
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