
「ミラン・クンデラ」著「The Unbearable Lightness of Being」1984年発行
2022年2月24日にロシアがウクライナ侵攻を始めた際に思い出した一冊です。著者の「Milan Kundera(ミラン・クンデラ)1929-2023)はノーベル文学賞候補に上がりながらも3年前に亡くなっています。チェコスロバキアに生まれ1968年の「プラハの春」の体験から16年後にこの本が刊行されミラン・クンデラはフランスに亡命しソルボンヌ大学の教授職に就きました。
刊行から20年後の1988年にアメリカ映画として同名のタイトルで公開されDVDで映画も見ましたが平和で美しかったプラハの町に異様な姿の戦車が走り、逃げ惑う人々の姿を映すシーンを今でもよく覚えています。
改めて「プラハの春」と「チェコスロバキア侵攻」を調べるとソ連のスターリン批判を背景にチェコスロバキア共産党第一書記の「ドゥプチェク」が「人間の顔をした社会主義・自由を尊重した社会主義」を目指した変革運動でその運動を抑えるため「ワルシャワ条約機構(1991年解散)軍(ソ連、ポーランド、ブルガリア、東ドイツ、ハンガリー)がチェコスロバキアに侵攻したとあります。
この変革運動は軍事進攻のため8ヵ月で頓挫してしまいまが、実はその軍事介入の翌日にアメリカ、イギリス、フランスの要求で「国連安保理」が開かれソ連の即時撤退を求める決議が採択されています。結局はソ連が拒否権を行使して廃案となってしまったため現在も進行中のウクライナ侵攻と同じような状況になっていたという事になります。
そして時が流れ、ソ連軍がチェコスロバキアから撤退したのは20年後の1989年で、駐軍の長さに今更ながらに驚きます。しかも撤退の原因は1988年から1991年に起きた「ソ連崩壊」で自らが幕引きをした形です。同年にはドイツの「ベルリンの壁」が崩壊し東西ドイツが統一され民主化運動「プラハの春」は東ヨーロッパの国々に大きな影響を与え続けたことになります。
因みにチェコスロバキアがチェコとスロバキアに分離(円満離婚)して社会主義体制から連邦共和制になったのは1993年です。ソ連の侵攻から25年で自分達が求める国の実現を果たしたことになります。
元々は同じ民族の2つの国ですがチェコはドイツ、スロバキアはハンガリーの影響を強く受けた国で文化や習慣が大きく異なっていること、経済的にはチェコが優位であったためスロバキアはチェコに見捨てられた形で分離となってしまいました。ふと、マレーシアに見捨てられ独立したシンガポールのことが浮かびます。
早、4年が経過するウクライナ戦争やアメリカ、イスラエルのイラン攻撃など以前に見た言葉「歴史は繰り返さないが韻を踏む」を思い出します。そして「存在の耐えられない軽さ」という小説のタイトルを見ると自分の意思に反して戦場に駆り出される人達の事も考えてしまいます。