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星の国から星の街へ(旧 ヴァン・ノアール)

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2024.06.19
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 ​​​先日図書館で六人部(むとべ)昭典著「もっと知りたい ゴーギャン 生涯と作品」を見つけ、館内でさらっと読み進めると以前から気になっていたエルミタージュ美術館所蔵の「肘掛け椅子のひまわり」について詳細があったのでじっくり読もうと借りて来ました。

 2011年にエルミタージュ美術館で見た時には特に惹かれれる絵ではなかったものの、昨年読んだ原田マハ著「リボルバー」でフランスからタヒチに届いたひまわりの種に纏わる記述があった事からも徐々にこの絵に興味が湧き、昨年ブログにも書きました。

 「もっと知りたい~」の中に「ゴーギャンの言葉」として手紙の紹介があり、ひまわりについては1898年10月、ゴッホの死から8年後、ゴーギャンの死の5年前に友人モンフレー宛てに送られたものが下記です。

 「お願いしたい事がある。もし、絵が売れるような事があったら、花の球根と種を送って欲しい。一重のダリア、ナスタチウム、いろいろなひまわり。あなたの判断で、暑い地方でも育ちそうな花を頼む」

     
ゴーギャンの死の2年前 1901年作     ルドン 1883年作 

 ただ著者は想像で描く事を重視したゴーギャンが実際に育てたひまわりを描いたかどうかは分からないとしながらも「この絵は親しかった2人の画家に対する共感の表れであった」と書いています。

 1人は勿論ゴッホで、ひまわりが咲かないタヒチでも「ゴッホ=ひまわり」が脳裏にあった事とアルルでゴーギャンのために用意したのと同じような椅子にひまわりが置かれている事に象徴されています。

 そして2人目に挙げている画家がゴーギャンと共にポスト印象派の礎を造った「オディロン・ルドン(1840-1916)」でした。私は​​​
この画家の名前は「原田マハのポスト印象派物語(芸術新潮)」で初めて知ったのですが、ゴーギャンはルドンの絵画においても「我が道を行く」姿に共感していてタヒチ行きについても唯一相談した人物と書かれています。今まで私は全く気が付かなかった「肘掛け椅子のひまわり」に描かれた15本のうちの1本(上部 左から2番目))の「眼球」は確かにルドン作「おそらく花の中に最初の視覚が試みられた」に代表される眼球をテーマにする事を好んだルドンへの共感が表されています。何となく一匹狼で孤独なゴーギャンのイメージでしたが、絵画の中に友人への思いを描き入れていた事にゴーギャンの「人情」のようなものを感じます。

 因みにゴーギャンが書いたいくつかの手紙をこの著書で初めて見ましたが、下記はゴッホの死の1か月後にゴーギャンが同じくポスト印象派の画家「エミール・ベルナール」に送ったものです(数少ない葬儀の参列者の1人ベルナールはとりわけ人情味溢れる人物だったそうです)

 「フィンセントの死の通知を受け取った。君が埋葬に立ち会ってくれたことは嬉しい。この死がどんなに痛ましいものであろうと、私は嘆かない。それを予測していたからであり、狂気と闘うあの哀れな男の苦しみを知っていたからだ・・。彼が他の命に生まれ変わるとしたら、現世での善行が報われるだろう(仏陀の教えによって)」







































































































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最終更新日  2024.06.19 12:26:50
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