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テーマ:プロ野球全般。(13356)
カテゴリ:本帰国で再発見!
1924年に阪神甲子園球場で開催された「第10回 全国高等学校野球選手権」から100年という節目になる第106回大会が今日開幕しました。開会式に先立って阪神甲子園球場設立の経緯について説明があり、1回目が1915年大阪の豊中グラウンドで行われた琴を知りました。
明治維新から4年後の1872年現在の東京大学で英語を教えていたアメリカ人「ホールス・ウィルソン(1843-1927)」が日本に伝えた野球は大学野球(1888年 慶応大学に初の野球倶楽部)高校野球そしてプロの順番でチームが結成され、阪神甲子園球場は高校野球のために建設されたという歴史に長く「高校球児の憧れの地(整地)」である事に納得です。 十干の最初「甲」は大木を意味するそうです。 十二支の最初「子」 豊中グラウンドに話を戻すと1913年に現在の阪急電鉄が建設、設置したものでしたが規模の小ささが当初から問題になっていて、学生野球が人気になるにつれて観客が増加し9回大会では観客がグラウンドになだれ込む事故まで発生したようです。新たな球場建設に尽力した阪神電鉄の専務「三崎省三」氏の紹介もあり後でネットで調べて「甲子園」の名付け親である事を知りました。甲子園が完成した1924年(大正13年)は「十干」と「十二支」のそれぞれの最初の年である「甲」と「子」が60年振りに重なる縁起の良い年で、これにあやかりたいとの思いがあったそうですが今後も長く愛される球場と思うと感慨深いものがあります。 第二次世界大戦中の試合の中止や地震などの自然災害を乗り越えての開催、コロナ禍の影響についても画像が流れ様々な事を乗り越えて開催を続ける高校野球の意義のようなものも考えさせられました。 余談ですが、個人的には「エスコンF」で全国区になった北広島市の「札幌日大高」に更に北広島市の地知名度を上げて欲しいと思っています🥎
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最終更新日
2024.08.07 12:05:33
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